ひとしきり泣いた後、三奈子は鼻をすすりながら蓉子に尋ねた。
「な、なんで、こんな事、するんですか……」
「あら。理由は最初に言ったじゃないの。あなたが知ってしまった秘密、それが原因」
「え……」
「さすがにこんなものバラ撒かれちゃマズイもんねえ」
 聖が指で一枚の紙を摘まみヒラヒラと風にそよがす。それは、マリア様が隠されたはずの、幻のリリアンかわら版・特別号。
「そ、それはっ」
「『紅薔薇姉妹・秘められた禁断の恋』ね。なかなか面白かったわよ。濡れちゃうくらいに。三奈子さん、新聞記者より官能小説家になった方がいいんじゃないかしら」
 江利子がからかうように言う。三奈子は自分の顔が真っ赤になるのを感じた。
「こんな過激な記事、本当にリリアン瓦版に載せるつもりだったの」
「ち、違うんですっ。これは、その、試しに刷ってみただけで、公表するつもりは全然なくて……」
「ふぅん。詳しく聞かせてもらえるよね」
 お三方にまっすぐに見つめられては、三奈子は首を縦に振るしかなかった。

「なるほど。放課後偶然祥子と祐巳ちゃんが校舎裏であつ〜いディープなキッスを交わしてるのを見て、誰かに話したくてたまらなくなった、と」
「わ、私も、これは公表できる内容じゃないってわかってはいたんです。でも」
「どうしても我慢できなくて、記事にするだけして自分で眺めて楽しんでいた。そこまでなら、褒められたことではないけれどまぁ責められないわね。けれど」
「そんな大事なものを置き忘れちゃダメよね」
 蓉子と江利子が頷き合う。三奈子はただ小さくなるしかなかった。
「三奈子さん、よくできた妹に感謝なさい」
「あ、じゃあやっぱり真美が」
「そう。彼女じゃ持て余して、どうしていいかわからなくて私に電話してきたってわけ。もし噂好きの生徒にでも拾われてみなさい。たちまち広まって学園中大パニックよ」
「保護者からはこんな穢れた学園に大事な娘は通わせられない、と猛突き上げ。姉妹制度は崩壊、退学者も大量に出て、学園への寄付金も止まりリリアンの伝統は幕を閉じるわね」
「そして面子を傷つけられた小笠原家は総力を上げて犯人を探し出し、口には出せないほどの恐ろしい拷問の後、一族郎党闇に消されてしまう、と」
「ひいぃぃっ」
 再びガタガタと震えだした三奈子を胸に抱き、蓉子は「いじめないの」と調子にのる二人をたしなめる。二人はそろってペロリと舌を出した。
「でも、三奈子さん。下手をすれば本当に今のが冗談ではすまなくなっていたところよ」
「は、はい……」
 消え入るような声で呟き、何度も首を縦に振る三奈子。
「反省してる?」
「は、はいっ」
「えー、蓉子、それで許しちゃうつもりじゃないだろうね」
「そうよ、私わざわざこんな格好までしてきたっていうのに」
 聖と江利子が不満そうな声を上げる。蓉子は後ろを振り向き、二人にニコリと笑って見せると、改めて三奈子に向き直った。
「三奈子さん。今回の騒動に対して、貴方には罰を受けてもらうわ」
「罰……」
 三奈子は再び震え上がる。その様子を見て、聖は笑いながら言った。
「ハハ、さすがに本当に海外に売り飛ばそうなんて思っていないから。安心して」
 安心してと言われても、いまだ戒めが解かれていない自分の恥ずかしい姿を見れば、安心なんてとてもできない。
「そうね。貴方には特に、私達黄薔薇はお世話になっているしね。たっぷりとお仕置きしてあげなくちゃね」
 江利子が舌なめずりをする。その動きが美しさと妖艶な衣装にマッチして、三奈子は肝を冷やした。
「な、何をすれば、許していただけるんですか」
 消え入りそうな声で三奈子が尋ねる。
「ホントは気づいてるんじゃない。エッチな三奈子ちゃん」
 聖の手のひらが三奈子の尻たぶを撫で上げる。
「貴方の体に刻み込んであげる。迂闊な行動が、どういう結果を招くか」
 江利子の手が三奈子の胸に回され、強めにギュムギュムと揉みしだかれた。
「そうね。みんな心配しているのよ。アナタがこの先、好奇心にかられて大きな事件に巻き込まれることになるんじゃないかって。だから、今日を境に生まれ変わりなさい。築山三奈子」
 蓉子の指が三奈子の唇をなぞり、口内にズブリと押し入る。ラバーの匂いが口から鼻へツンと抜けていった。
「フフ、ちょっと待っていなさい」
 蓉子が立ち上がり、元来た闇の方へ歩いていく。そして、戻ってきた際には、手に鎖をもち、何か生き物を従えていた。
 本来の服の意味を全く取り違え、胸と尻だけを丸出しにした破廉恥極まりないラバースーツを着込み、家畜のように大きな首輪を嵌められ、首輪についた鎖に急き立てられ四つんばいでのたのたと歩く少女。口にはボールギャグを嵌められ、ダラダラと涎を零しているが、その顔はたしかに……。
「ま、真美っ!?」
「そ、貴方の大事な妹の真美ちゃん」
 江利子は真美に近寄りしゃがみこむと、まるで飼い犬にするように、喉の下をくすぐる様に撫でる。真美は、どこか焦点の合わないうつろな瞳をしていた。
「ま、真美は関係ないはずですっ。罰を受けるのは私だけで十分じゃありませんかっ」
「ダメよ。妹の責任は姉の責任。その逆もまたしかり。それがリリアンの『姉妹』の絆よ」
 蓉子が冷たく言い放つ。
「でもっ」
「それに、これを望んだのは真美ちゃんの方なんだよね」
 聖も真美に近寄り、その髪を優しく撫でる。
「真美が……?」
「そうよ。この娘、貴方のことでずいぶん思いつめていたみたいね。祐巳ちゃんや由乃ちゃんとの友情と、お姉さまとの板挟み。貴方の知らないところでずいぶんフォローしてたみたい」
「…………」
 初めて知らされた事実を前に何も口に出せずにただ見つめると、真美は恥ずかしそうに視線を逸らした。
「今回の件も、ずいぶんと責任を感じていたみたい。それで、『お姉さまが罰を受けるなら、私も罰を受けなければならないんです』って。本当、すばらしい妹を持ったわね」
 三奈子の視界が潤んでいく。恐怖ではない、悔恨の涙。
「三奈子さん。貴方はもっと周りを見なければダメ。貴方の迂闊な行動は、沢山の人を巻き込んで、貴方の大事な人も傷つけてゆくの」
 溢れ出す涙が止まらない。三奈子は窮屈な態勢ながら、床を這いずって真美の傍に寄る。
「真美……ごめん……ごめんね……」
「お姉さま……」
 ギャグを外された真美が、三奈子に向き直り、気丈にも笑顔を見せた。
「フフッ。いいわね、姉妹って」
 蓉子が目じりにたまった水滴をそっと指で拭う。
「そうね。でも」
「きちんと改心してもらうために、お仕置きはちゃんと受けてもらうからね」
 聖と江利子は、共に体の自由が利かない三奈子と真美を向かい合わせる。
「ただ、その前に」
「キス、初めてなんでしょう? 初めての相手は、やっぱり、ね」
 三奈子はお三方の顔を順に見る。三人とも、コクリと頷いて見せた。真美はといえば、目を閉じ、その時をただ待ちわびているよう。
「ん……」
 三奈子もまた目を閉じ、真美の唇へ、唇を寄せた。


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