ビシィィィッ!
「んぎいぃぃっ」
鞭打たれ、跳ね回る三奈子の体。が。
「ん、はあぁぁ……」
次の瞬間には、悩ましい声をあげ、トロリとした表情を見せる。
後ろから聖に被虐責め、前から蓉子に快楽責めを受け、三奈子の理性はすっかり翻弄されてしまっていた。
「お姉さま……」
苦悶と悦楽を交互に顔に浮かべる三奈子を見ながら、どこか熱っぽい口調で真美が呟く。彼女の鼻には、三奈子を辱めていたのと同じフックがかけられている。真美を抱きかかえる女性も、蓉子から江利子に交代している。
「ねぇ真美ちゃん。三奈子ちゃん、気持ちよさそうだと思わない?」
あいかわらずフックの先の革バンドをクイクイ弄び、かわいらしいつくりの鼻を変形させながら、江利子は真美に話しかける。
「蓉子はね、優等生だから相手の気持ちのいい所がすぐわかってしまうのよ。ああやって、唇や指を体中に這わせながら、わずかな反応も見逃さないの。弱いと思った所を徹底的についてくるのよ。イヤな性格よね」
「聞こえてるわよ」
蓉子が苦笑しながら江利子を咎める。が、そうしている間も蓉子の指と唇は三奈子の体を這い回っていく。実際江利子による蓉子評は的を射ていて、三奈子の敏感な部分を見つけては、そこを責めて三奈子を啼かせていた。今もまた、三奈子の弱点と思われる乳首を指先でクリクリと転がし、甘い声を引き出している。
とろける三奈子の表情が、次の一瞬には苦痛に歪む。三奈子が悦楽に酔い甘い声を出したその時を見計らい、聖が鞭を振り下ろす。
「ああやってアメとムチを交互に与えていくと、どうなると思う?」
江利子の問いに真美は答えることができず、首をわずかに左右に振る。吊り上げられた鼻が引っかかり、首はわずかにしか動かなかった。
「次第にね、痛みと気持ちよさが混ざっていくの。しまいには、体が鞭を受けることを快楽だと勘違いしてしまうのよ」
「そ、そんなこと……」
真美にはとても信じられない。あんなに痛そうに、背中は真っ赤になっているのに、それが気持ちよくなるだなんて。
「三奈子ちゃんはマゾの素質十分だし、この雰囲気にすっかり酔ってしまっているもの。見ていなさい、今に私の言った通りになるから」
真美は、じっと三奈子の顔を見つめる。鞭が奏でるカン高い音と淫靡な水音、荒い吐息だけが室内に反響する。するといつしか、鞭打たれた後に浮かぶ苦悶の表情の後、一瞬だがなにかに酔ったような表情を三奈子が浮かべるようになった。
(お姉さま……感じて、いるの?……本当に鞭打たれて、気持ちよくなってしまっているの?)
「どう、三奈子ちゃん。少しは鞭の味がわかってきたかな」
聖がすっかり真っ赤になった三奈子の背中に指を這わせながら尋ねる。
「い、いたいんです……もう、やめてください……」
「あら、まだわかんないか。じゃあもうちょっと味わってみようね」
言うが早いか再び鞭を振り上げ、背中を一閃させる。
「ひぐぅっ」
口から漏れる悲鳴。それがいつの間にか甘い響きを含み始めていることに、真美は気づいてしまった。
「今度はどう?」
「……いたい、です……」
「あらら」
「もう、許してください……」
涙声で懇願する三奈子。
「そっか。さっきはいじめられるのが嬉しいって言ってたのに。つまんないの。ま、三奈子ちゃんがもうギブアップだっていうんじゃ、選手交代するしかないね」
そう言って、聖の視線が三奈子から真美に移される。
「えっ」
三奈子と真美の驚きの声が重なった。
「ま、待ってくださいっ。真美は……」
「だって三奈子ちゃんもう耐えられないんでしょう。じゃあ残りは妹に受けてもらうしかないじゃない」
「わ、わたし……まだ、耐えられます……」
「う〜ん、ホントに嫌がってる娘を虐めてもあんまり面白くないんだよねぇ。三奈子ちゃんは私の眼鏡違いだったようだけど、真美ちゃんならマゾの素質持ってるんじゃないかなぁ」
聖は手のひらをポンポンと鞭の柄で叩く。突然矛先を向けられ、真美はすっかり混乱してしまいどう対処してよいかわからなくなってしまった。
「わ、わたしっ!」
真美が口を開くより早く、三奈子が叫ぶ。
「わたしに、鞭を、ください……」
「三奈子ちゃん、もう鞭で打たれるのイヤなんでしょう」
「いえ……イヤじゃ、ないです……」
「じゃあ三奈子ちゃんは、鞭で打たれたいの? 鞭打たれるのが嬉しいの?」
「は……はい……わたしは、鞭で打たれたいです……鞭打たれるのが嬉しいです……」
妹を守る為、必死で矛先を自分に向けようとしている三奈子。いつのまにか、自分の言葉がある方向に向けられていることに本人は気づいていない。
「鞭打たれるのが嬉しいなんて、やっぱり三奈子ちゃんは自分がマゾだって認めるの?」
「は、はい……三奈子はマゾです……マゾ奴隷です……」
「そう。そこまで言うなら打ってあげる。その代わり、打たれたら素直に喜びなさい。そうね、お礼の言葉を忘れないように。わかった?」
「は、はい……」
己をマゾだと認めさせられ、鞭打たれれば喜んでみせる。いつのまにか三奈子の思考は聖の望むまま、被虐性の強いマゾ女のものへと書き換えられていく。しかしその思考は、鞭打ちに戸惑う自分にそれを快楽と捉えていいのだと免罪符を与えることにもなった。
ピシャァァンッ!
再び背中に振り下ろされる鞭の一撃。
「アヒィィィッ……あ、ありがとうございますぅっ」
ピシッ、バシッ、ビシィィッ!
「あぎっ、きひぃっ、あ、ありがとうございますっ、三奈子は感じてますっ、鞭打たれるのが気持ちいいですぅっ!」
三奈子の口から漏れ出る言葉が本心を表しているのだということは、彼女自身の表情が物語っていた。半開きになった唇からトロトロ涎をこぼし、熱に浮かされたように真っ赤な顔をして、目元は蕩けて潤んでいる。
「お姉さま……」
すでに三奈子が心の底から喜んでいることは一目瞭然だった。鞭の痛みの後に上げる喜びの声は、決して仕方なく言わされているものではなくなっている。
(こんなことが気持ちいいはずない。でも、仕方ないの。私は気持ち良いと言わなければならないの。だから、その為に鞭打たれて気持ちいいマゾ女のふりだってしてみせるわ)
あくまで三奈子の中では『マゾ女のふり』をしているにすぎない。例えそれが他から見ればどんなに自然に見えたとしても。
自然なのも当然であろう。気づいていないのは三奈子自身だけ。知らず知らず、自分でも気づかなかった本性を引きずり出されていたのだから。
(お姉さまは、私をかばってくださったの? それとも本当は……)
真美はすでに目の前の光景をどう捉えていいのかわからなくなっていた。
混乱する真美の目の前で、姉は鞭に鋭く打ちすえられ、悶え、泣き、そして悦びの声をあげる。
(こんなお姉さまの顔、私見たことがなかった……)
雑談の中笑みをもらす表情とも、特ダネを掴み狂喜乱舞するのとも全く違う、緩みきっただらしのない笑顔。
(これはオシオキなのに……。どうしてお姉さまは、そんな嬉しそうな表情で罰を受けているの? 蓉子様たちに言われて、私だって恥ずかしいのにこんな格好して、でもこれでお姉さまを更生させることができるのならって……それなのに……)
真美は、知らぬ間に歯噛みしていた。薔薇様たちに虐められ、心の奥底をさらけ出して悶え狂うその様が、たまらなく苛立たしくて、悔しくて……でも、愛しくて。
そんな真美のもどかしい気持ちを一番最初に汲み取ったのは、やはり蓉子だった。三奈子の前から一旦離れると、どこから手にしてきたのか口元以外を全て覆い隠す全頭マスクを抱えて、再び三奈子の前に立つ。
「ねえ三奈子さん。もっと気持ち良くなりたくない?」
一も二もなく三奈子は頷く。とりもなおさず、それは鞭打ちを快楽と認めてしまっていることになるのだが、タガの外れてしまった三奈子はその事実を認識することができない。
「そう、ではこれをかぶってみなさい」
言うが早いか、蓉子は三奈子の了承も取らずに頭からスッポリと全頭マスクをかぶせてしまう。三奈子自身が暴れることもなかったため、作業自体はスムーズに行われたが、視界をすっかり塞がれて、三奈子の体が急にガタガタと震えだした。
「こ、怖いです……蓉子様……」
「大丈夫よ、三奈子さん。私はここにいるわ。ね?」
蓉子の手のひらが優しく体を撫で回すと、三奈子は見えない恐怖から少しは解放されたのか、体の震えは止まり、変わりにくすぐったそうに体をピクピク震わせ始めた。
「三奈子さん、どう? 視界を塞がれるのは確かに怖いでしょうけれど……それ以上に、ドキドキしているんじゃない? これから何をされるのか自分の目では確かめることもできず……耳と、この敏感な肌で感じるものだけが全て……」
蓉子が背に沿って指先をツツツと這わせると、三奈子は熱っぽい吐息を吐き出す。
三奈子の体から絶妙なタッチで官能を引き出しながら、蓉子は聖に目配せする。一つ頷くと、聖は真美に近寄りその手にそっと鞭の柄を握らせた。
「えっ……」
思わず声を漏らした真美の口を、江利子の手が慌てて塞ぐ。幸い三奈子は蓉子の見えない愛撫に酔っていて、気にした様子はない。
「真美ちゃんさ……お姉さまを、いじめてみない?」
聖の提案に真美は驚いて手の中の鞭を見つめる。
(私がお姉さまを、いじめる……?)
「あなたがこんなに心配しているのに、鞭打たれて浅ましく感じてしまっているお姉さま……あなた自身の手で懲らしめてやりたい。そう、思ったでしょう」
背後の江利子が囁きかける。落ち着いた声がすぅっと鼓膜を通り抜け、真美のくすぶっているものをチクチクと刺激する。
「でも……私……」
「三奈子ちゃんさ。ホントは誰よりもしっかりしている妹のあなたに叱ってもらいたいんじゃないのかな」
「私が……」
「そうよ。あなたが言ったのでしょう? 姉の責任は妹の責任でもある、って。なら、妹のあなたがこの機会にお姉さまをしっかり教育するのに、なにか問題があって?」
「…………」
聖と江利子が、真美の心をゆっくりと揉みほぐしてゆく。そして、真美の心に芽生えたモノは。それはたった今生まれたのか、それとも元から秘めていたモノなのか。真美自身にもわからないが、それはたしかに、真美の手にしっかりとその鞭を握り直させた。
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