HOME >>

NOVEL

好きなCPアンケート一位(8票)
Un tournesol 直輝×蒼衣

注意) 酔っ払い/淫語/襲い受

 それはちょっとした好奇心からだった。

「……そいや、蒼衣ってゼッテー酒飲まねーよな? なんで?」

 蒼衣の家に行く途中のコンビニで今夜呑む酒とその肴を物色していて、ふと思いついたままそう隣に立つ蒼衣に聞いてみる。
 すると、裂きイカを手に取っていた蒼衣の動きが何故かギクッと固まった。

「え……? あ、う、うん……、よ、弱いんだ、僕。お酒。だから……飲まないっていうか、飲めないっていうか……。」

 どこかわざとらしさを含んだような、嘘くさい声でそう俺の問いかけに答える。
 その声に俺は顔をあげ、まじまじとその真意を問うように蒼衣の顔を見上げれば、蒼衣は何故か俺から視線を逸らし、慌てたように手にしていた裂きイカを陳列棚に戻すと、「あ、ぼ、僕、あっちの方見て来るね〜」、と言って俺から離れようとした。
 あまりにも取ってつけたようなわざとらしい挙動に、こりゃなにか別の理由があるな、と思い、俺はそそくさと俺から距離を置こうとした蒼衣のその腕をしっかりと掴む。

「弱くとも少しは飲めるんだろ? たまにゃ俺に付き合えよ。」
「ぅ……、あ、えぅ……っ。」

 俺に腕を取られ身動きが取れなくなった蒼衣の正面に回り、俺がそう言いながら蒼衣の目を覗き込むと、明らかな動揺がその瞳に広がり、そして、おろおろと視線を彷徨わせる。
 だがはっきりと俺のその言葉を否定することはなかった。
 ただ、いつも通り、あー、とか、うー、とか口の中でごにょごにょと何かを呟きながら、困ったように眉尻を下げる。
 そして少しの後、どこか観念したように溜息を吐いた。

「……本当に弱いからすぐ寝ちゃうけど……それでもいいなら……。」

 半ば渋々といった感じに、そして、どこか言い訳じみた色を滲ませて蒼衣は俺の誘いに不承不承頷く。
 しかし、もう一度念を押すように、寝ても怒らないでね、と今度はやけにはっきりとした口調で俺に釘を刺した。
 この時の俺はこの言葉の意味をそのままだと思い、そんなことで怒るわけねーだろ、と返事をし、初めて蒼衣と酒を酌み交わせる事を純粋に喜んでいたのだが。


 まさかあんな事になるとは、想像だにしていなかった。



 酒に弱いのなら、ということで買ってきた蒼衣用のアルコール度数の低い甘めの缶チューハイ。
 そして俺用のビール。
 それを、互いに手に取りカンパーイという掛け声の後、プルタブを引きそれに口をつける。
 しかし蒼衣は俺が旨そうにビールを嚥下するのをどこか羨ましそうに見つめ、なかなか缶チューハイには口をつけようとはしなかった。

「……飲まねーの?」
「あ、うぅん……。飲むけど……。」

 一通り喉を潤した後、俺が缶から口を離してそう尋ねれば、蒼衣はふるふると首を横に振る。そして、一応注ぎ口部分に唇を寄せた。
 だが、それは形だけ寄せたようなもので、なかなかその缶の中身が蒼衣の口の中に流れ込むことはなかった。
 いくら弱いとはいえ、ここまで酒を飲むことに躊躇する蒼衣に俺は少しだけいぶかしむ。
 酒に弱い、すぐに寝る、たったそれだけでここまで酒を口にする事を躊躇う事が俺にはとても不思議で。もしかして酒に対するアレルギーのようなものでもあるのだろうか。もしそうであれば、酒を口にする事自体を躊躇するのも分かるが、それならそうと言えば俺だって蒼衣に酒を進めようとは思わねーのにな……。
 そんな事を思っていると、俺が蒼衣を見ていることに気がついたのか、蒼衣は少し困ったような顔をして俺から露骨に視線を逸らした。
 一体何なんだ。
 そう思う。
 そしてそれはそのまま言葉となって口から零れた。

「なんなんだよ。そんなに飲みたくねーなら別にいいぜ。後で俺がそれ飲むし。」
「っ……ち、ちが……っ、飲みたくないわけじゃ、なくて……。」
「じゃあ、マジなんなんだよ。飲もうとしてねーじゃん。」

 煮え切らない蒼衣の態度と言葉に思わず声に苛立ちが含まれてしまう。
 含まれた苛立ちに、自分でもしまったと思う。そして、案の定、蒼衣は俺の言葉にびくついたような視線を俺に向けた後、おろおろと視線を揺らした。

「ご、ごめん……。その……、僕……。」
「……。」

 別にここは蒼衣が謝る必要などない場面で。
 それなのに謝らせてしまった事に俺は内心、自分の短気さに呆れた溜息を零すと、蒼衣が握りしめている缶チューハイの缶へと無言で手を伸ばす。

「あっ……、な、直輝くん……?」

 蒼衣の慌てたような声を聞き流しながら、俺は缶チューハイを奪うと、そのままテーブルの上へと置いた。だが、缶から手は離すことはなく握りしめたままで。
 そして、改めて蒼衣に向き直る。

「……なぁ、ひょっとしてなにか持病でもあんのか?」
「え……?」

 突然俺に聞かれた質問の意味を測りかねたらしい蒼衣が、驚いたように目を瞬きながら俺を見た。
 その目を見つめ返しながら、俺は再度質問を繰り返す。

「たかが酒を飲むのにこんだけ躊躇するんだ。弱いってだけじゃねー理由があるんだろうがよ?」
「……。」

 真剣な顔をしてそう尋ねてみれば、蒼衣は困ったような顔をして押し黙った。
 それだけで分かる。
 蒼衣が酒を飲むことを躊躇する理由が確実に、酒に弱い、ってだけじゃないことが。

「俺にそれは話せねーこと? 聞かれたくねーこと?」
「……っ。」

 ぷるぷると頭を振る。風呂上がりで下ろしたままの長い蒼衣の髪がその度に空を踊り、その白い頬にかかった。
 じゃあなんで……、そう口にしようとした時。蒼衣の手が缶チューハイの缶を握っている俺の手の上に置かれる。
 そして、ぎゅっと握りしめてきた。

「蒼衣?」
「……嫌いにならないでね。」
「は?」

 いぶかしみ蒼衣の名を口にした俺に、蒼衣は何とも言えない顔をしてそんな意味不明なことを口にする。
 一体全体、なんで俺が蒼衣の事をこんなことくらいで嫌いにならなきゃいけないんだ。
 それらの感情は言葉にしなくても蒼衣には表情で十分に伝わったらしい。
 蒼衣は、うっすらと俺に向かって微笑むと、俺の手を握ったまま缶チューハイを持ち上げた。そして、意を決したようにその注ぎ口に自身の唇をつけ、その中身を口の中へと流し込んだ。
 ごきゅ、ごきゅ、と喉を鳴らして飲む、その飲み方、というか飲みっぷりに俺は呆気にとられ、缶チューハイの中身がその口の中へ飲み込まれていく姿を暫くただ馬鹿みたいに眺めるしかできない。
 そしてその唇が缶チューハイの缶を離すまで、俺は何も言葉を発することさえできなかった。
 唇の端からはまるで涎を垂らしているかのように、口の中に入りきらなかったチューハイが細い筋となって流れて行く。
 それは顎を伝い、そして、ぽたり、ぽたり、と蒼衣の足の上へと落ちて行った。
 その滴を、もったいねーな、とぼんやりと思いながら眺めていると、蒼衣の手がようやく俺の手ごと缶チューハイの缶を唇から離した。
 手に伝わる缶の重さは、かなり軽くなり、中身の半分くらいを蒼衣が一気に飲んだのが分かった。
 おいおい、急激に飲んで大丈夫かよ、そう思い視線を蒼衣の唇からその顔全体へと向ける。
 そして、俺はギクリと身を固めてしまう。
 大してアルコール度数のないジュースのような缶チューハイだったにも関わらず、蒼衣の顔はすでに真っ赤に染まっていた。
 目尻には朱が上り、頬もピンク色に染まっている。
 そしてその目も、どこかとろんと潤み、すでに焦点が定まっていないようだった。

「お、おい……蒼衣? 大丈夫か?」

 思わずそう声をかける。
 すると、蒼衣は突然けたけたと笑い始めた。その事にも驚き、俺はポカンと馬鹿みたいに口を開けて目の前の蒼衣を見る。

「らいじょ〜ぶ、らいじょ〜ぶ〜〜。なんか楽しい気分になっれきらし〜〜。って、あれ〜〜?なおきくんがいっぱいいるょ〜〜〜〜? なんれ〜〜〜???」

 何がおかしいのかけたけたと笑いながら呂律の怪しい言葉を口にする。そして、ふらふらとその体を揺らし、焦点の定まらない瞳で俺を見て、またけたけたと笑った。
 明らかに、たったあれだけの量の酒で即効、盛大に酔っ払い、しかも笑い上戸になっている蒼衣の姿に俺は、少しばかり飲ませるんじゃなかったか、と思う。
 そして、蒼衣が言っていた、酒に弱い、という意味が少しだけ理解できた。
 たったこれだけの量でここまで酔えるのなら、確かに、酒に弱い、いや、激弱だと言ってもいいだろう。
 だが、だからといって酒を飲む前に言った、嫌いにならないでね、の意味は理解できなかった。
 たかが笑い上戸になったくらいで俺が蒼衣を嫌いになると、本気でこいつは思ってたのだろうか。そして、そのせいであれだけ飲むことを躊躇したのだろうか。
 だとしたら、とんだ間抜けだと思う。
 酒を飲んで陽気になるのなら、別に俺に迷惑がかかるわけでもなし、少量で楽しい気分になるのなら俺としては嬉しい。こんな蒼衣を見ること自体珍しいし、見ていて楽しいのだから。
 くだらないことで勿体ぶりやがって。そんな事まで苦笑を交えて思う。
 未だに目の前で、なおきくんがいっぱぁい〜〜〜、と言いながら、けらけら笑っている蒼衣を見ながら、俺はそんな風に少しばかり拍子抜けしていた。
 大体が蒼衣は何においても大げさなんだよな、と思いながら、蒼衣が残した缶チューハイの中身を何の気なしに口に含む。
 と、不意に蒼衣のけたけた笑いが止まった。
 そして。

「あ〜〜、それ、僕の〜〜〜。」

 そんな間延びした声がしたと思った、ら。
 唇に、生温かく湿ったものが押し当てられた。
 それが蒼衣の唇だと気がつく前に、口の中に蒼衣の舌が侵入し、そのまま俺の首に蒼衣の腕が絡まり、強く引き寄せられる。
 そして、口の中にあるチューハイを蒼衣に吸われ、舌まで吸われてしまう。

「う、う……っ?!」

 突然の蒼衣の行動に俺が驚き、目を白黒させていると、蒼衣の舌は普段の蒼衣とは違う積極さを持って俺の舌に絡まり、くちゅくちゅと音を立ててそれを吸い上げる。
 しかも、蒼衣の腕はさらに強くぎゅうぎゅと俺の体を抱きしめ、そのまま、勢い余って俺の体を畳の上と押し倒すように倒れこんできた。

「ん……っ、はぅ……ん、ん……っ。」

 体が倒れた拍子に一瞬だけ外れた唇は、だが、すぐに俺の唇に覆いかぶさり、もうすでにチューハイの味など残っていないだろう口腔内をその舌で舐めあげ、這いまわり続ける。
 その蒼衣の積極的なキスに、最初はただただ驚いていた俺だったが、こうも熱っぽく舌を絡まされ、吸われれば、そりゃ男としての本能がむくむくと盛り上がってくるのはいたしかたない事だろう。
 なすがままというのもなんとなく悔しくて、口の中を這いまわる蒼衣の舌を捕え、お返しとばかりに絡め、吸い込み、歯で甘く噛めば、蒼衣の唇が更に熱っぽくなった。

「っ……、ぁ、はぁ……ん、んん……っちゅ、くちゅ……っ。」

 唾液を混ぜ合わせ、角度を変えて唇をこすり、余すところなく舌で舐めとる。
 そうすれば簡単に蒼衣の息は上がり、合間合間に、甘く可愛い吐息を洩らし始めた。
 酔っ払ってても感じるもんだな、そう思いながら、蒼衣の背中に手を回し着ているシャツの中へと手を差し込む。
 今日は女装をしていないから、普通の男の恰好だ。
 その事に妙な背徳感というか、新鮮さを感じながらいつもならブラをつけているはずの胸板へと手を伸ばす。
 と、途端に蒼衣の体が跳ね上がった。
 ぴくん、と緊張したように体が固まった後、蒼衣の唇が無理矢理俺の唇から逃げるように離れる。

「っあ、あ……っ、や、はぁ……ぁあっ!」

 俺の体にまたがった状態で、上体を軽く起こし、ふるふるとその頭を振る。それは、嫌がっているのか、それとも、感じてそういう素振りを見せているのか、ちょうど逆光のせいで俺からは蒼衣の表情が読み取りにくくてどちらかは分からなかった。
 だから、その反応は無視してそのまま遠慮なく胸板に手を這わせる。
 すると、蒼衣の体がびくんびくんと大きく痙攣するように俺の上で跳ね、更に顔を左右に振った。

「ぁあ、あ、あ……ぁ……っ、はぁ……っ、あぁぅ……!」

 そして俺の指先が蒼衣の胸にある突起にかかると、更に大きくその背が仰け反る。
 はぁはぁと肩で息をし、蒼衣は快感に震えるようにその唇を噛む。
 普段も感じやすい体ではあるが、今日はまた一段と感じているのだと、その時ようやく俺は気がついた。
 感じているのなら遠慮をすることはない。
 そう思うと俺は指先で蒼衣の乳首をつまみ、こねくり回す。
 それだけで蒼衣の体は分かりやすく快感に跳ね上がり、俺の上で乱れた。

「蒼衣、気持ちいいのか?」

 普段なら俺がこうして愛撫することを素直に受け入れられず緊張し、不安と恐怖を隠しきれないでいる蒼衣が、純粋に俺の愛撫に感じていることに俺は嬉しくなり思わずそう尋ねる。
 と、蒼衣の乱れた髪の下で、蒼衣の切れ長の瞳が妖艶に細まり、あえぎ声を零していた唇がつぃっと釣り上った。
 見た事のない蒼衣の、顔。
 それに俺の手の動きが一瞬鈍る。

「あ、おい……?」
「うふ……、ふふ……。」

 戸惑いがちに蒼衣の名を呼べば、蒼衣は釣り上げた唇から聞いたことのない笑い声を零し始めた。
 その事にぎょっとし、蒼衣の顔をまじまじと見上げる。
 蒼衣の瞳は妖艶に細められ、相変わらず唇は笑みの形に釣り上ったまま。
 だが、その笑みはいつも蒼衣が見せる、人をどこかほっとさせるような笑みではなく、どちらかというと不安にさせられるような、どこか、禍々しさを感じさせるものだった。

「蒼衣……?」
「ふふ……、うん、キモチイイよぉ……、ねぇ、もっと、してぇ? もっと……、きもちよくなりたい……。」

 俺を見ながら蒼衣は、ふふふ、と笑い、そう普段の蒼衣ならば言わないような言葉をいつもとは違う口調で零すと、俺に再度覆いかぶさってくる。
 ぬるりと蒼衣の唇が俺の唇に覆いかぶさり、熱っぽく舌が差し入れられる。
 蒼衣らしからぬそのキスの仕方に俺は、戸惑う。
 ねっとりと舌が舌に絡まり、水音を立てて唇が合わせられ、咥内を蒼衣の舌が這いずりまわった。

「ぅん……はぁ、ちゅ、む……ん……ん。んふ……っ。」

 積極的に蒼衣は俺に唇を合わせ、そして、戸惑っている俺をよそにその手を俺の体に這わせ始めた。
 シャツの生地越しに胸板を触り、どんどんと位置を変えていく。
 そして、唇も。
 俺の唇を吸い上げていたはずが、気がつけば俺の顎や、首筋にその唇が這い、舌が肌の上を舐めまわしていた。
 じんっとした熱い感覚が蒼衣の触れている部分から湧き上がる。
 蒼衣のなにかがおかしい、とは思うのだが、その熱のせいで蒼衣のこの積極的な行動を拒否することもできず、俺は結局蒼衣にされるがままの状態になってしまった。
 ちゅ、ちゅ、とかすかな音を立てながら普段俺がするように蒼衣の唇が俺の肌の上に吸いつき、這いまわる。

「ん……、蒼衣……っ。」
「はぁ……っ、ん、ふふ……、ん、なおきくんの味がする……。美味しい……。」

 蒼衣の唇が俺の胸板まで降り、いつの間にかめくりあげられていたシャツの下にその手のひらと唇で俺自身に淡い快感を与えた。
 それに俺が堪らず蒼衣の名を呟けば、蒼衣は嬉しそうな声を出して笑い、そして、溶けた声でなんともいやらしい言葉を呟く。
 その言葉に俺の背中にぞくぞくとした電流が走り、俺の中に一気に欲情が膨れ上がっていった。

「蒼衣っ!」

 そう蒼衣の名を鋭く口にして、俺は体を起こしその体を組み敷こうとする。
 だが。

「だぁめ。きょ〜は、僕が、するの。」

 俺の手が蒼衣の肩を掴むと、蒼衣がくすくすと笑いながらそう言ってやんわりと俺の体を畳の上へと戻した。
 蒼衣の言葉の意味に俺は一瞬頭の中に疑問符が浮かび、そして、その言葉の真意を測りかね、蒼衣を見上げると、蒼衣はその唇を妖艶に釣り上げた。

「いっつもシてもらってるからぁ、きょうはぁ、僕がなおきくんを、気持ちよ〜くさせてあげるの。ね? うふふ……。」

 相変わらず溶けたような口調で、熱に浮かされているように蒼衣は先ほどの言葉の意味を、そう俺に伝える。
 そしてそのまままた俺の体に覆いかぶさってきた。




 熱い。
 どこもかしこも熱かった。
 蒼衣の舌が、手が、体中を這い、余すところなく熱を与えて行く。
 さらさらとした蒼衣の髪の毛が俺の体をくすぐり、それがまた俺の体温を上げていった。

「っ……ふ、ん……、ぅ。」

 そして、情けないことに蒼衣の唇が、手が俺の体に触れるたびに、俺の喉は快感の息を吐いてしまう。
 しかも蒼衣の右手は先ほどからずっと俺自身を握りしめて、上下にこすり続けている。
 これじゃ、快楽の息が上がるのも仕方がない。
 その上、蒼衣の手の巧みさに俺はどんどん上り詰め、少し前に一回その顔に向けて精を吐きだしていた。
 一度吐きだした敏感な部分を、蒼衣は力を加減してきつくならない程度に扱く。
 それが堪らなくて、俺の喉は情けないことにさっきからずっと息を吐き続けているようなありさまだ。

「ん、ふ……っ、なおきくんの、からだ、たくましくて、すきぃ……。ん、は、ふふ……、さっき出したのに、もぅ、こんなおおきい……。」

 蒼衣が嬉しそうな声でそう呟くのが聞こえた。
 それがまた俺の中の熱を激しく燃え上がらせる。
 ぞくぞくとした快楽の波が押し寄せ、今吐きだしたばかりのそこに集中していくのが分かった。
 さすがに時間を置かずに二発も蒼衣の手だけでイかされるのは癪で、俺は奥歯を噛みしめ、なるべく我慢をしようと試みる。
 が、俺のへそ辺りを彷徨っていた蒼衣の唇の感触がなくなった、そう思った瞬間。俺のモノにぬるりと生温かく蒼衣の舌が絡みついてきた。

「っ……ふっ、く……ぅあ……ぅっ。」

 ぬるう、とそのまま蒼衣の口の中に吸い込まれていく感覚に、俺の背中が今まで以上の快感に震え、情けなくも声が零れる。
 そんな俺の声に蒼衣はちらりと嬉しそうな瞳を俺に向けた後、妖艶な顔で、俺の怒張した性器にその舌を這わせ、喉で締め付け、的確に俺に対して強い快感を与えてきた。しかも、執拗に。

「っ、ちょ、た、タンマッ! 蒼衣、ちょ止めっ……!」

 絡みついてくる舌の感触と、蒼衣の口腔内の狭さと温かさと、柔らかさ、先端を強く吸われる感覚と、唾液がもたらすぬめりと……、一気にそれらの感覚が脳髄を焼き、弾けるような快感が下半身に集中していくのが分かった。
 その止めようのない強い快感に俺は慌てて上体を起こすと、蒼衣の頭に手をやり、押し戻そうとする。だが、やはりというか、なんというか、蒼衣の口は俺から離れることはなく、そのまま何故か更に激しくねちっこく俺自身へ舌を絡め、吸い上げ、舐めあげ始めた。

「ふ……っあ、あ……っ、や、め……っ、あお、ぅ、……ぁあっ!!」
「ん、ちゅ、はぅ……っ、んんんん……っ、ふぁ……っ。」

 ビクビクと体が揺れ、蒼衣の頭に置いた手に力がこもり、そのまま蒼衣の髪の毛を無造作に掴んで掻き回してしまう。そして、蒼衣の口に包まれている俺の分身からは二度目の欲望が蒼衣の口の中へと一気に爆ぜた。
 俺の吐きだしたそれを蒼衣は俺のモノを咥えたまま、躊躇することなくその口の中で受け止め、しかもそのまま嚥下していく。その姿を上から見下ろしながら、俺は肩でゼーゼーと息をしつつ、蒼衣の中に挿入することもなくこの短時間で二回も蒼衣にイかされたことにどこか悔しさを感じていた。
 それでも二度目の精液を蒼衣が全てその胃の中へ飲み干し、更には名残惜しそうに俺のモノをぺろぺろと舐めたり、溝に舌をねじ込むようにしてそこに残っている精液を舐めとる姿を脱力しながら見下ろし、内心、なんなんだろーな、と呟く。
 蒼衣の表情は、なんというか、本当に嬉しそうで。
 俺が蒼衣の手と口で簡単にイってしまった事を喜んでいるというのがはっきりと見て取れる表情に、俺はもう一度なんなんだろーな、と胸の内で呟いた。
 こんなことでこんな嬉しそうな顔をするその理由が、俺にはあまりよくわからない。
 まぁ、元々こー言うことを強要されて育ってきた蒼衣だけに、男が蒼衣のすることで欲望を吐き出すことを喜ぶように躾けられているのだろうとは思うし、それに関しては、やはり俺としてはいい気はしない。
 だが、それでも今の蒼衣に対して苛立ちが生まれないのは、躾けられたからだけではない恍惚がその表情や息遣いから多少なりとも伝わってくるからだろうか。
 そりゃ俺のただの欲目なのかもしれないが、今蒼衣が見せている表情は、他の男たちに向けるものとは違い、純粋に俺が蒼衣の口と手に感じた事が嬉しい、そういう風に俺には見えた。もっとも、俺は蒼衣が他の奴らにどんな表情を向けていたのかは知らないし、知りたいとも思わないのだが……、それでも、今のこの表情は俺以外の人間に見せていないことを、俺は願っているし、そうだと思い込みたい。
 と、まるで俺の考えていることを見抜いていたかのように、蒼衣が満足そうな溜息とともに小さく呟いた。

「ん、……はぁ、んん……、なおきくんの、おいしい……。大好き……。」

 うっとりと、恍惚とした表情を浮かべて俺のモノに未だ名残惜しそうに舌を絡め、その唇を甘く這わせながら呟かれたその言葉に俺の中で何かがざわめく。

「……他の奴よりも、か……?」
「……え?」
「っ、い、いや、なんでもないっ。」

 無意識のうちにポロリと零した小さな言葉に、蒼衣がとろんとした瞳を俺に向けて、その小首を傾げる。きっと俺の言葉は蒼衣の耳には届かなかったのだろう。その事に少しばかりホッとしながら、俺は頭を振り、今しがた洩らした言葉を打ち消した。
 すると蒼衣は少しの間じっと俺を見た後、とろん、と微笑んだ。
 その微笑みに俺の心臓はどきりと大きく痛いくらいに脈打つ。

「んふふ……、だいすきだよ〜、なおきくんのぜぇんぶ。」

 俺の言葉が聞こえていたのか、それとも、ただ俺の表情を読み取ってそう言ったのかは分からなかったが蒼衣はとろんと微笑んだまま俺の体にぎゅっとしがみつくように抱きつくと、その頬を猫がするようにすりすりと俺の胸板にすりつけた。
 その蒼衣の行動に説明のできない感情が胸の中に湧き上がる。
 そして俺は胸の中に湧き上がった感情に突き動かされるままに俺に抱きついている蒼衣の体を抱きしめ返し、そのままその体を畳の上へと押し倒した。



 蒼衣の甘い声が耳朶を打つ。
 その声に呼応するように二度も精を放った俺のモノはまた熱を帯び、固さを増していった。
 蒼衣の着ているシャツを大きくまくりその薄い胸板に舌を這わせれば、途切れることなく喘ぎ声をその口に上らせる。触れる唇にも蒼衣の体が異常に熱を帯びているのが分かった。

「ん、ん……はぁ、あ、なおき、く……、ん、もぅ、だめぇ、ぼく……ぅあ……んんっ。」

 熱くなっている体に唇を這わせ、吸いつき、舐めあげ、手と指でも愛撫を与えると蒼衣の口から感極まったように俺の名前が零れ、その手が俺の体をもどかしそうに這いまわる。
 そして、その内蒼衣の手は俺の股間へと入り込み、そこで雄々しく勃起している俺のものをその手に握りしめた。鈍い快感がその部分から背中へと這い上ってくる。
 しかも蒼衣の手が当たり前のように俺のモノを扱き、更に快感を与えるように動く。

「ね、なおき、く……、これ、おちんちん、ちょうだい……、ぼくの、おしりに、はやくぅ……ふぁ……っ。」
「もう少し我慢しろって。」
「ん、んん、やだ、や、ほしいの……、じらさないで、もう、ぼく、だいすきななおきくんの、おちんちん、ほしくて、おかしくなっちゃう……。」

 俺の愛撫を受けながら蒼衣が可愛く、そして、いやらしく俺のモノをねだる。
 それにぞくぞくとした快感を覚えながら、まだもう少し蒼衣の体を堪能したくってそういうと、蒼衣は眉を八の字に下げていやいやと頭を振った。そして、潤んだ瞳を俺に向けると、おしりがうずいてしかたないの、なんて堪らない言葉を俺にその赤く染まった唇で囁いた。
 思わずごくりと生唾を飲み込む。
 本音を言えば、蒼衣が求めるままに俺だってとっとと挿入したい。
 だが、いつもこの欲望に負けて大した前技もできないことが悔しい。しかも今日はまだ蒼衣のケツだって慣らしていない状態なわけで。
 せめて慣らしをしてからじゃなけりゃ、どんなにこの行為に慣れているとはいえ尻でのセックスは苦痛に決まっている。
 そうは思うのだが……。

「なぉきくん……、ね、ほら、ぼくの、ここ、こんなになおきくんが欲しいって、ねぇ……。」
「っ、蒼衣……っ。」

 俺がなかなか蒼衣の欲求に応えないことに焦れたのか、蒼衣は俺の手を取ると自分自身の穴へと導き、そこがどんな状態になっているのかを知らせる。
 指先で触れただけで蒼衣のそこはひくひくと収縮を繰り返し、汗で湿っているせいか少し指先に力を込めただけで俺の指を飲み込もうとした。
 その柔らかさと、すでにどうやら準備ができていることに俺が驚き半身を起して蒼衣の顔を見下ろすと、蒼衣はどこか妖艶さの中に悪戯っぽさを混ぜた笑顔を俺に向ける。

「ね? さっき、なおきくんのなめながら、じぶんでほぐしたから、だいじょうぶだよ? だから、ねぇ、いれてぇ……、ぼく、なおきくんのおちんちん、ほしいんだ、……ここに、こんなふうに……。」
「あお、い……っ。」

 俺の驚きに蒼衣はそう蕩けた声でなんともいやらしい言葉を口にする。
 その言葉だけでも充分我慢の限界が突破しそうな所に、しかも、蒼衣は俺の指先が触れているその部分に、自身の指を挿入させていった。
 俺の下で大きく足を開き、まるで見せつけるように自身の指をアナルに挿れ、ぐちゅぐちゅと掻き回す。その指が動くたびに蒼衣のモノも快感でぶるぶると震え、その先端からはたらたらと透明な液を零し、蒼衣の白い腹の上に粘っこい水溜りを作っていく。
 そして最初は一本だけだった指はすぐに数を増やしていき、三本目の指がそこに入り、いやらしく出し入れを始めるころには俺の我慢の限界は一気にメーターを振りきって突破していた。

「あおいっーー!!」
「あっ、あぁ……んっ、なおき、く……っ! あ、んん、い、……は、ぁあああ、あ、いぃ……っ、ん、だいすきぃ、あぁ……ん、はぁ、なおきく、だぃすきぃ……っ、ぜんぶ、ぜんぶ、すきぃ……なの、なおきくぅん……っ!!」

 興奮が大量に混ざったかすれた声で蒼衣の名を叫ぶと俺は、蒼衣が自身で挿入しているその指を一気に引き抜き、そのまだ閉じきる前のアナルに自身の高ぶりを押し当て、これまた一気に熱い塊をそこへ挿入した。
 俺の下で蒼衣の体が歓喜に打ち震え、甲高い喘ぎ声と、俺の名を何度も何度も零したのを聞きながら俺は自身の欲望のままに蒼衣の中を蹂躙し始める。
 蒼衣の中はいつも以上に熱く蕩け、俺のものを嬉々として受け入れ、締め付け、その腸壁をいやらしく蠢かす。
 俺のモノが蒼衣の中を無造作にこすりあげ、突き上げるたびに蒼衣の喉からはいやらしくて、色っぽい声が零れ、俺の獣欲を酷く刺激する。
 気がつけば俺も蒼衣も言葉は発せずただただ荒い息を吐きながら互いの体を貪るようにして、食い散らしていた。
 何度も何度も蒼衣を突き上げ、その肉を貪り、その柔らかい体内に欲望と愛情がごちゃまぜになった濃い精液を吐き出す。蒼衣もまた、俺のその突き上げや、愛撫などに感極まった声を出し、俺にしがみつき、何度も何度もその精を吐き出した。
 結局その晩は一晩中空が白むまで俺たちは絡み合い、繋がりあい、互いの体を貪り続け、セックスの余韻に浸るまでもなく互いの体に放出した欲望に引きずられたまま泥沼のような眠りの中へと堕ちて行った。
 満ち足りた幸せを抱きあう体温に感じながら。

 
 たったあれだけの酒で酔っ払ったせいなのか、あんな風に俺を求め、乱れた蒼衣は、翌日見事なまでに記憶を無くしていた。
 朝起きて、隣で寝る俺を見て、そして、自身の汚れた体と、部屋に充満する男独特の匂いに裏返った声で俺をたたき起し、今俺の目の前で蒼衣はずっと半泣き状態で謝っている。
 それを寝ぼけた目で見ながら、内心、蒼衣が昨夜の行為の全貌を覚えていないことに、多少の安堵と、そして、落胆を感じていた。
 落胆を感じるのは俺の勝手だ。
 それでも。

『すきぃ……、なおきくんの、ぜんぶ、すきなのぉ、だぁぃすきぃ……っ。』

 耳に残る蒼衣のあの言葉と声を、目覚めた蒼衣がこうもすっぱり覚えていないというのは、やはり寂しいものがあった。
 蒼衣がそういうから俺は自分でも訳がわからなくなるくらい蒼衣をぐちゃぐちゃに犯し、食いつくし、ある意味精も根も果てるほど蒼衣の中に吐き出しまくったというのに。
 また一からかよ。そんな思いもある。
 だが、それでも。
 今目の前で顔を真っ赤にして、泣きそうな顔で、謝り続けている姿を見ていると、ふっと、また一からというのも楽しいか、とそんな気持ちになってきた。
 下着さえもつけていない裸の状態で、長い髪を寝乱れさせたままで、蒼衣は、ごめんね、ごめんね、酒乱でごめんね、と見当違いの事を謝っている。
 それに俺は、小さく笑うと手を伸ばして蒼衣の顎に手をかけて、上向かせた。

「直輝くん……っ、僕、お酒飲んじゃうと見境なくなるみたいで……、本当、ごめんね……。」
「ばーか。気にしてねぇよ。」
「……本当……?」

 うるうると潤む瞳が俺を見上げ、そう殊勝に謝る蒼衣に俺は笑みを深くして、軽い口調でそう蒼衣に気にしていないと伝える。
 だが、蒼衣としては俺の言葉に疑り深い瞳を向けた。
 それに苦笑をして示すと、もう一度、気にしてない、と伝える。

「……でも、」
「もー、いいって言ってんだろ。」

 まだ何か言いたげな唇を、そう言い放った後俺は自分の唇で塞ぐ。俺の腕の中で蒼衣が驚いたように体を固め、そして、戸惑ったようにその体を身じろぎさせる。
 蒼衣の緊張を解すようにゆっくりと蒼衣の唇を舌先でなぞり、ついばむようにして軽く何度か触れ合わせた後、そっと舌を口の中へと侵入させると、蒼衣の体からゆっくりと力が抜けて行く。そして、小さく喉の奥で溜息を飲み込んだような音を零した後、蒼衣は俺のキスを恐々と受け入れて行った。
 昨夜のキスとは違う、いつもどおりに蒼衣のキスの仕方に、少し妙な安堵を感じながら、それでもいい加減慣れないかな、とちょっとだけ勝手なことを思いながら蒼衣の唇に深く唇を沈めて行く。
 蒼衣の唇は昨夜の名残りの味が少しだけした。

「……直輝、くん……。」

 たっぷりと蒼衣の唇を堪能し、名残惜しさを感じながら唇を離すと蒼衣の唇からうっとりとしたような溜息とともに俺の名前が呟かれる。
 それにまた欲情しそうになり、俺は慌てて、少しだけ体を離した。

「直輝くん?」
「ん、いや、そろそろ時間ヤバクね?」

 蒼衣の怪訝そうな声に俺がちらりと視線を時計に向け、そういうと蒼衣は驚いたような顔をして俺と同じように時計へと視線を向けた。
 そして、面白いように顔色が変わる。
 蒼衣も俺も今日は昼からバイトだった。
 だというのに、時計の時間はそろそろ十一時を指し示そうとしている。

「あぁあああああ……っ、寝過ごしちゃったああああ!!!!」

 まるで寝坊しただけで人類が滅亡するかのようなこの世の終わりを感じさせる絶望に彩られた絶叫を蒼衣はすると、俺にもたれかかっていた体を慌てて起こし、一気にベッドから飛び降りた。そしてそのまま、どーしよ、どーしよ、と言いながら床の上に散らかっている俺たちの服を掻き集めながら、風呂場へと走っていく。
 その後ろ姿を眺めながら、俺は蒼衣が風呂からあがるまでもうひと眠りをしようと、体をベッドに横たえた。
 と、ばたばたともう一度走ってくる音が聞こえて、薄目を開けると蒼衣がこちらに戻ってきているのが見えた。

「? どうし……。」
「あ、あのね、僕、お酒飲んで、あの、こんな風になってシちゃったの、直輝くんだけだから……! 前、飲んだ時は、その、なんにもなかったから……!! た、ただ、お酒飲んだら、僕、えっちな気持ちになるみたいで……、しかも自制できなくなるみたいで……、で、でも、その、本当に、その時はなにもなかったから!! でも、その、ごめんね……。お酒弱くて……、えっち、せがんじゃって……。それが分かってたから、直輝くんとお酒飲むの、躊躇してて……嫌な思いさせちゃったよね? 僕、本当……自分が情けない……。けど、僕、直輝くん以外の人と、お酒飲んであんな風に最後までした事ないから……本当だよ……!」

 軽く上半身を起こしてどうしたのかを聞こうとした俺の言葉を遮って、蒼衣は一気にそう俺に今回の事への言い訳というか、釈明のようなものをし始める。
 最初はきょとんと聞いていた俺だったが、話を聞いているうちに何とも言えない気持ちになる。
 そりゃ、ただ酒を飲むという行為にあれだけの躊躇があったのだから蒼衣もそれなりに酒を飲めば自分がどうなるかわかってるのだろうとは思っていた。だが、こうして本人の口から実際に過去、未遂だったとはいえ同様の事があったのだと聞かされると心中穏やかではいられない。
 そして、昨夜からなるべく考えないようにしていた事を、俺が問いただす前に蒼衣が口にした事にも、俺は何故か苛立ってしまった。

「……蒼衣。」

 そっと低い声でその名を呼ぶ。
 蒼衣の体がびくりと震え、少し怯えたような瞳を俺に向けた。
 きっと知らず知らずのうちに、蒼衣を呼ぶ声に険が含まれていたのだろう。その感情を敏感に感じ取った蒼衣が、怯えるのも無理はない。

「ご、ごめんね……直輝くん……。」

 びくびくと怯えた瞳を俺に向けて、蒼衣は再度そう俺に謝りの言葉を口にした。
 それに対して俺は小さく溜息を吐くと、手を伸ばして蒼衣の髪を触る。びくりと蒼衣の体がまた震えた。

「……誰と飲んだんだ?」
「っ……マスター、と……、僕が、二十歳になった時、お祝いで……。」

 じっと蒼衣の瞳を覗き込んでそう聞いてみると、知っている人間の名前が出てきた。
 そしてその名前を聞いて俺は、思わず眉をひそめてしまう。
 すると、蒼衣が慌てたように口を開いた。

「だ、だけどね、マスターには朱里さんがいるから、本当に、本当にっ、何もなかったんだよ?!」
「へぇー……、何も、なかった、ねぇ。」

 我ながら嫌な声だと思った。
 だが、胸の中に湧き上がった言葉にならない怒りにも似た感情を抑えることはできず、怯えた目をした蒼衣を多分冷たい目で見下ろしたのだろう。
 蒼衣が泣きそうに顔を歪め、小さな消え入りそうな声で、ごめん、ともう一度呟いた。
 その声を聞いて、俺は己の醜さに苛立ちがシフトする。
 まだ恋人でもない相手の、しかも、本人が未遂だと言い張っている事に対して、俺がこんな風に怒る理由などないはずだ。そして、責める資格さえも今の俺にはまだないのだ。

「……わりぃ。お前が謝る必要はねーよ。未遂だったんなら、それでいいし、それに俺にゃ俺と出会う前のお前にどーこー言う資格はねぇしな。」
「……直輝、くん……。」
「それに、俺とお前はまだ恋人でもねーもんな。俺がお前を縛ることはできねーし。だからさ、俺も気にしねーから、お前も気にスンナ。酒での失敗なんざ俺にだってあるんだ。」
「……。」

 あえて明るい口調で自分自身の勝手な憤りを吹き飛ばすつもりで、そして、蒼衣の罪の呵責を少しでも軽くするためにそう言い放つ。
 だが。
 蒼衣の表情は晴れることはなく、ただ、先ほどよりももっと曇った。
 そして、俯くと何故かもう一度、小さな声で、ごめんね、と口にする。その謝罪の意味など分からなかったが、恐らく、蒼衣は俺の言葉を悪い方へと受け取ったのだろう。
 仕方なく俺は蒼衣の髪を触っていた手を滑らせ、その頬へとあてる。そのまま俯いてしまっている蒼衣へ顔を近づけた。

「蒼衣。」

 極力優しく聞こえるように蒼衣の名を呼ぶ。
 ぴくりと体が震え、俯いている瞳が薄く俺の方へと向けられた。

「あのさ、過去の事は今さらどーにもなんねーし、酒での失敗は不可抗力って奴だから気にしないっつったんだが。」
「……。」
「だけどさ。」

 そこで一拍を置き、蒼衣のまだ曇っている瞳をしっかりと見返す。
 蒼衣は戸惑ったような色をその目に浮かべ、俺と視線を合わすべきかどうかさえも迷っているようだった。
 ゆらゆらと揺れる瞳を見返しながら、俺は、薄く笑う。
 そして、ゆっくりと口を開いた。

「これから先は、俺以外の奴と飲むなよ。特に、二人っきりで。」
「え?」
「まだ恋人でもねー俺がお前にこれ言うのは反則だとは思うんだか、過去はともかくとして、今、お前が俺以外の奴と昨夜みたいな失敗したら、俺、多分相手の奴殴り飛ばしに行くと思うからさ。お前だって傷害沙汰は勘弁だろ?」

 徐々に顔を近づけ、呆気にとられている蒼衣の頬に軽く口づけを落とす。
 そして、自分勝手な言い分を蒼衣の耳へと注ぎこんだ。
 俺の言葉が全てその耳の中に飲み込まれた後、暫くの間蒼衣は俺の言葉の意味を測りかねているようにきょとんとしていたが、徐々に意味が飲み込めたのか、かぁああああ……!とその頬から耳、項までを真っ赤に染め上げた。
 分かりやすいというか、可愛いというか、あわあわと顔を真っ赤にしながら、頷いているのか、それとも、ただの反射なのかは分からないが、こくこくと頭を振りながら蒼衣はその瞳をきょろきょろと動かしている。
 そんな蒼衣が本当に可愛くて、時間が迫ってきているというのに、俺は蒼衣の首に腕を回しそのままその唇に抑えきれない感情とともに噛みつくようにキスをした。



 そして、後日。
 マスターにそれとなく蒼衣と関係を持った事があるか、と聞き、ないよ、ときっぱりと否定されたことで、俺は一人胸を撫で下ろした。
 あんな淫らで可愛い蒼衣を知っているのは俺だけでいい。
 それに。
 あの時、酔っ払って言った言葉だったとしても。
 あいつがあんな風に俺の事を好きだと言って、俺を求めてくれた事は俺だけの秘密として胸にしまっておきたかった。
 いつかシラフの時に言ってくれるようになるまでは。
 そして、いつか俺も蒼衣に素直にこの胸の中で募る熱い感情を伝えられる日まで。
 それまで俺以外の奴と酒を酌み交わすことがないようにしないとな、そんな事を思いながら俺は蒼衣に深く深く口づける。


 それはちょっとした好奇心から知った秘密。
 だが、今は俺だけの秘密。
 それがなんだか嬉しかった。