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NOVEL

Un tournesol 〜神社裏と花火と大好きな人〜
おまけ

注意) 特になし

 朝起きて、隣で寝ている直輝くんを起こさないようにそっとベッドから抜け出す。
 エッチのし過ぎで体は酷くだるくて重くて、腰はずきずきと痛かった。
 だけど今日はお昼からバイトだから、少しまだ眠いけど、早くお風呂入って体を綺麗にしないと。
 そう思いながら、お風呂を沸かす為によろよろと浴室へと向かう。脱衣所で汗と精液でがびがびになっている下着を洗濯カゴの中へ脱ぎ捨て全裸になると、そのまま浴室へと入った。
 浴室ではざっとだけ湯船を洗った後、栓をしてそこに湯を流していく。
 お湯が張り終わるまで部屋に戻るのも億劫で、僕はひんやりとしたお風呂場に腰を下ろしてぼんやりと浴槽にお湯が溜まって行くのを見つめる。
 体中汗とか自分の精液とかでべとべとで、早くお湯入らないかなぁ、なんて思いながら浴槽を見てたんだけど、ふと、自分の体を見下ろして僕は驚いた。
 あちこち赤い痕がついていて、明らかにそれは虫刺されには見えなくて、一瞬これは何だろうと思ってしまう。
 だけど寝ぼけていた頭が少しずつ晴れていくと、それが何なのか解り、僕は一人で赤面してしまった。
 だって、これ、明らかに……。

「キスマーク……、だよ、ね……?」

 誰に聞くともなくそう自問自答をし、呆然と胸板やお腹、太ももとあちこちに残されているその赤い痕を見下ろしてしまう。
 頭の中は、え、なんで? どうして? という思いで一杯で。
 だって今まで直輝くんは僕の体にキスマークなんてつけたことなんてなくて。
 しかも一箇所だけじゃなくて、こんなに大量にあちこちにつけるなんて、何で……?
 もう訳が解らなかった。
 理由も解らなかった。
 なんで、なんで、なんで……、その言葉ばかりが頭の中をぐるぐると回り、気がつくと湯船からはお湯が溢れていて、僕の足を温かく濡らしていた。
 それでも僕は蛇口を閉める事には頭がいかなくて、呆然と、足元を流れるお湯を見つめる。
 だけどお風呂の中はもうもうと白い湯気が立ちこめ、湯船から零れるお湯の量は更に増えてザーザーと僕の耳を打ち、それで漸く僕の頭は正気に戻った。
 慌てて立ち上がり、蛇口を閉める。
 そして、頭の中で何度も、落ち着け、と呟いた後、一度浴室から出た。
 そのまま浴室の隣の脱衣所兼洗面所の洗面台に手を突くと、壁に張ってある鏡を恐る恐る覗き込む。
 やっぱりというか、なんというか、僕の首筋には幾つもの赤い痕があって。
 しかもどう考えてもシャツの襟や、バイト先のメイド服の襟では隠れそうもない位置にも何個かあって、僕は鏡を凝視しながらまたパニックに陥った。

「わぁああああ……っ!!」

 思わずそんな悲鳴にも似た大声を出すと、その足でバタバタとベッドの所まで走っていく。
 そしてベッドの上で幸せそうに寝ている直輝くんの体をこれでもかと揺すった。

「!? ……はっ、わっ、なんだ?! 地震か……っ!?」

 ガクガクと直輝くんの体を揺すると直輝くんはめちゃくちゃ驚いた顔をして、がばっと起き上がった。そしてキョロキョロと辺りを見渡した後、僕の顔でその視線がぴたりと止まる。

「? あれ? 蒼衣……? 何、今、揺らしたのお前……てか、何、なんだ、怒ってんのか?」

 僕の表情を見て凄く不思議そうな顔をした後、直輝くんは首を捻りながらそう聞いてきた。
 それに僕はまたちょっとだけムッとする。
 だってどうしてくれんだよ……っ! こんな一杯キスマーク体中につけて!! しかも見える所にまで!! 僕、今日バイトなんだよーーー!!!
 そんな思いを込めて直輝くんを睨みつけてやった。
 だけど僕のそんな思いは直輝くんには通じなかったみたいで、直輝くんはまた不思議そうに首を傾げると、のんきに伸びをする。

「なんだよ、どうした?」

 しかもそんなのほほんとした顔で聞いてきた。

「……だって、き、キス、マーク……、つけたでしょ……?」

 憤る僕だったが、なんとなく直輝くんののほほんとした顔を見ていると強くは言えなくて、そして今更ながらに恥ずかしさがこみ上げてきて、そんな力のない追求をしてしまう。
 それに直輝くんは、目を瞬かせた後、あぁ、と小さく呟いた。
 何が、あぁ、だよ。何か言い訳とか、理由とかないのかよー、そんな風に思いながら直輝くんを睨むと、直輝くんは僕の顔を見て苦笑をした。
 そしてぼりぼりと頭を掻いた後、ベッドの上を体をずらして移動し、僕の頭に手を回すとぐいっと僕の顔を直輝くんに向けて寄せてくる。

「だから、夕べ言ったろ? それ、魔よけだって。」
「? 何、それ? 意味解んないよ。」

 にやにやとどこか意地悪な顔で言われても、全く意味が解らないし、そもそも僕がこんなに怒って戸惑ってるのにその笑い方はどうよ、とか思ってしまい目の前にある直輝くんの顔をもう一度睨み返す。
 すると直輝くんはハァ……と呆れたように溜息を吐くと、少し逡巡するかのように瞳をぐるりと回した。
 その後、ちょっとだけ僕の顔を見た後、もう一回小さく溜息を吐く。
 なんで直輝くんに溜息を吐かれるのか解らず僕は更にムッとしてしまう。
 それでも直輝くんがその言葉の意味を説明してくれるのを直輝くんを睨みながら待っていると、直輝くんはまた苦笑した後、口を開いた。

「……だからさ、お前困ってんだろ?」
「? 何に?」
「……。」

 余りに主語が抜けている言葉に僕はすぐに聞き返す。
 すると直輝くんは流石に少しバツが悪そうな顔をしたけど、また瞳をぐるりと回した後、僕の髪を突然ぐしゃぐしゃと掻き回し始めた。

「なっ、何?! もーっ、止めてよー!! 髪の毛絡むーっ!」
「……あー、お前って本当に鈍いよなー。普通解るだろーよ。」
「はぁ?! 鈍くないよー! てか、なんでいきなりそんな話になるの?! 誤魔化さないでよっ!」

 どこか呆れたような、楽しそうな微妙な笑顔で直輝くんは僕の髪を更に両手でぐちゃぐちゃに掻き回す。寝起きで乱れていた髪がそのせいで更にぐちゃぐちゃになって絡まっていくのが解るので僕は必死になってその手を止めようとしながら抗議をする。
 だけど直輝くんは僕のそんな抗議なんてどこ吹く風で。呆れた声で僕が鈍いだのなんだのぶつぶつ言っていた。
 それはこっちの台詞だって……! そうは思いながらもとりあえず自分が鈍いっていうのだけは否定する。そしてそんな事で話を逸らそうとしている直輝くんに僕はますますムッとして口をへの字に曲げて、ブーブー文句を言う。

「もうっ! なんでこんなの付けちゃったの? 僕、今日これからバイトなんだよ……! こんなのマスター達に見られたら……、あぁーっ、もうっ考えるだけで怖い〜っ!! もう、本当どうしてくれるんだよー!! 怒られちゃうよー!」
「どうしてもこうしても、それでお前に変な虫が寄って来ねぇんならマスターも万々歳なんじゃね?」

 僕が声を荒げてそう訴えても直輝くんはしれっとしている。
 それがまたなんだか悔しくて、僕はムーーッと頬を膨らませて直輝くんを睨みつけた。しかも、直輝くんの言い方がまた、憎ったらしい言い方で、これはもう絶対に僕をからかってるんだと確信する。
 大体、変な虫ってなんだよ。キスマークが一体どういう殺虫効果をもたらすって言うのか、さっぱり解らない。それにバイト先は当然ちゃんと害虫駆除を徹底してるし。ますます意味わかんない。
 それをそのまま直輝くんに伝えてみると、直輝くんは一瞬ポカンとした顔で僕を見た後、何故か盛大に噴出した。
 ゲラゲラと腹を抱えて笑って僕のベッドの上でのたうち回っている。
 もうこれはどうやったって直輝くんは僕に本当の意味を教える気がないんだと、僕はそう受け取る。ていうか、この状態じゃ直輝くんが本当の意味を教えてくれたとしても、今の僕がそれを信じられるとは思わなかった。
 なので、笑い転げている直輝くんに向けて溜息を一つ深く吐くと、もうこれ以上追求するのは止めて、とりあえずお風呂に入る事にする。
 それにさっきお湯を張ったばっかりだけどこのまま放置してたらお湯が冷めちゃうのもあるし。あんまりいつまでも追求してたらバイトに間に合わなくなっちゃうし。
 なので僕は直輝くんに背を向けてそのまま浴室まで向かうと、ムカムカする気持ちのまま引き戸を閉めた。
 と、数秒程遅れて直輝くんの足音が結構早足気味にこっちに近づいてきたのが解る。
 そして僕がお風呂場の鍵をかける直前に直輝くんは引き戸に手をかけ、一気に扉を引き開けた。

「怒んなよ。笑って悪かったって。」
「……別に、怒ってなんてないよ。」

 苦笑を満面に湛えた顔で直輝くんは僕に引き戸を閉めさせないようにその部分にしっかりと手をかけながら、そう口先だけの謝罪をしてくる。
 それに出来るだけ素っ気無く答え、僕はお風呂入るから出てって、と手振りで示すが直輝くんは相変わらず入り口の部分を陣取ったまま出て行こうとはしない。

「……あの、僕、お風呂入りたいんだけど。」
「あぁ。」
「……そこ居られたら、ドア閉められないんだけど。」
「そうだな。」
「……出てってよ……。」
「ん〜、断る。」
「なっ!?」

 僕のムッとした口調にも直輝くんは全く動じず、のらりくらりと僕の言葉をかわすから、仕方なく直球の言葉をぶつけたら思いもしない言葉が返ってきた。
 唖然としてると直輝くんはニヤリ、と笑い、そのままずかずかと浴室内に入ってくる。

「わぁっ! や、もーっ、出てってよ!! 僕、一人で入るんだからっ!」

 入ってくる直輝くんに慌てて僕はその体をそれ以上浴室の中に入れないように押そうと直輝くんに向かって手を伸ばした。ら、その手を直輝くんにがっちりと掴まれてしまう。
 その事にまた更に慌ててしまい、やだ、とか、離してよ、とか言いながらあがいていると直輝くんは、なんでかまたハァッと溜息を吐いた後、掴んでいる僕の手を思い切りよく引いた。

「ひぁ……っ?!」

 僕の口から驚きの声が漏れ、次の瞬間には直輝くんの腕の中に自分の体が収まってて、僕はカァッと自分の顔が火照ったのが解る。
 一体直輝くんが何がしたいのか解らず、僕は顔を火照らせたまま直輝くんの腕の中でもぞもぞと抜け出そうと足掻く。だけど、直輝くんの腕はやっぱりというか当然と言うか外れなくて。
 困り果ててしまいチラリと下を向くと上向いていた直輝くんの目と視線が合い、僕は小さく口の中で唸り声をあげた。

「……お前ってさ、男がキスマーク残す意味、マジで知んねー訳? 解んねー訳?」

 僕の目を見上げながら直輝くんが、さっきとは打って変わって少し真剣さを湛えた目をしてそんな事を聞いてくる。
 男がキスマークを残す意味? なにそれ?
 頭の中に直輝くんが聞いてきた疑問が答えを求めてぐるぐる回るけど、どれだけ考えても僕にはそんなのちっとも解らない。
 大体施設とかでシてた時は基本的にキスマークなんてつけられた事もなかったし、たまにつける人が居てもそれはその人の性嗜好の一つとしか思えなかったし、AVとか見る限りじゃ、視覚的な興奮を得る為の小道具としか取れないし、それ以上の意味合いがある事自体僕にとっては初耳だ。
 だから、暫く考えてどうしても解らないから、その事をそのまま直輝くんに伝える。
 すると直輝くんはまたポカンと口を開けて呆然とした後、何故か酷く落胆したような笑みとも苦笑ともとれる笑いをその唇に浮かべて僕から視線を逸らせた。
 なんなんだよ。なんでそんな変な表情するんだよ。
 直輝くんの表情の意味が解らなくて、僕は直輝くんを見下ろしながら首を捻る。
 ひょっとして僕は何か凄く間違った事でも言ってしまったんだろうか、なんて不安まで頭をもたげてきた。

「……あー……、そうか、そっからなのか……。」

 しかも直輝くんはなんか知らないけど妙に納得しているような、落ち込んでいるような声でぶつぶつと呟いている。
 それを見ているとやっぱり僕自身が何か頓珍漢な事を言ってしまったという思いが強く湧き上がってきた。

「あ、あの……、僕、何か凄く変な事言った……の?」

 流石に自分の世間知らずさが怖くなり、恐る恐る直輝くんにそう聞いてみる。
 すると直輝くんは僕を上目使いに見上げた後、小さく苦笑した。
 その笑みがまた僕が頓珍漢な事を言っていたのだという証拠になってしまい、僕はズーンと落ち込んでしまう。
 元々、普通の人とはどこか決定的にずれていると自分でも自覚しているけど、やっぱりこうしてそのズレを目の当たりにしてしまうとショックだ……。
 そんな僕の気持ちが解ったのか、直輝くんはフッと息を吐くように笑顔を作った。

「あ〜、あのさ、お前が知らないんならいいんだよ。気にすんな。」

 そしてそう僕の無知を取り繕うように言う。
 直輝くんの言葉に、でも僕は素直に頷くことは出来なくて、唇を尖らせて直輝くんを恨めしそうに見ると、直輝くんはちょっとだけ苦笑を口元に浮かべた。
 だけどそれ以上その苦笑は広がらず、ただ、もう一度軽く力を抜くように息を吐く。

「蒼衣。」

 名を呼ばれ、そして、直輝くんが僕の背中に回していた手を僕の頭に持って行くとぐぃっと押さえて僕の頭を下げる。そのまま、薄く直輝くんは僕の唇にその唇を合わせた。

「……直輝くん、どうしたの?」

 余りにあっさりとすぐに離された唇に少しだけ名残惜しさを感じながらも、直輝くんに突然のキスの意味を聞く。
 だけど直輝くんは緩く微笑んだだけで、僕の体を解放するとそのまま踵を返した。

「直輝くん?」
「あー、俺もう一回寝るわ。お前風呂から出たら起こして。」

 僕のお風呂が長いのを見越してだろうか、直輝くんは僕にニヤリと笑って見せながらひらひらと手を振って、そして、お風呂のドアを閉めて出て行く。
 その曇りガラス越しに直輝くんが遠ざかっていくのを見ながら、僕は、結局直輝くんがどうしてキスマークをつけたのかの理由が解らずじまいで少しもやもやした気持ちで居た。
 だけどすぐに気持ちを切り替えると、お風呂に張っているお湯を洗面器に取り、体にかけた。
 お湯の温かさが全身を包み、そして、昨夜の汚れがじわりとお湯に溶けて流れていくのが解る。
 何度かかけ湯をしてある程度の汚れを落とすと、僕はスポンジを取りそこにボディーソープをたっぷりと含ませると体を洗い始めた。
 どうやってキスマークを隠してバイトに行こうかと、真剣に考えながら。
 それと平行して、いつか直輝くんにはキスマークをつけた理由と、つける意味ってのを聞き出してやろう、と僕はひそかに決意する。



 結局、キスマークは絆創膏を貼って誤魔化した状態でバイトに行ったんだけど、奥さんにそれを目ざとく見つけられ、しかも無理矢理剥がされ、盛大にからかわれたのはまた別の話。
 そしてそのキスマークにマスターが何故か激しくショックを受けていたのも、また別の話。
 更にその日から直輝くんがバイト先に現れると、マスターが何故か塩を持って追い出しにかかるのも、結婚は許さーんっとか訳解らない事を喚き始めたのもまた別の話。
 ……一体全体、何でこんな事になったんだろう。
 でもマスターと直輝くんの攻防戦は、なんか見てて面白いし、妙にほのぼのした気持ちになるからそれはそれでこのままでもいいかも、と思ってる僕も居る。
 ただ、何故かこの日から直輝くんは度々エッチすると僕にキスマークを残すようになった。
 流石にマスターの事があってか、見える場所につけたのはこの花火の日が最初で最後だったけれども。
 そして、回数を重ねる毎に段々と僕もキスマークをつけられるのが嬉しくなってきたのは何でなんだろう。
 やっぱり、色々と理解不能だ。人間って。そして、自分の感情も。
 一番解らないのは、直輝くんの心だけど。
 でもいつか解読してみせる! そんな無駄な意気込みだけを抱えて今日も僕は陽の光りが溢れている世界に出かけて行く。
 気がつけば、僕が見ていた世界は随分と違うものになっていた。
 太陽の下で大きく華を開かせるひまわりみたいに、明るくて、見ているだけで幸せになれる、そんな世界に。
 きっとこれは直輝くんのお陰なんだろうなぁ、って思うと尚更嬉しい。
 バイト先にお昼ご飯を食べにきている直輝くんをそっと僕は見つめながら、心の中で小さく直輝くんに感謝の言葉を呟く。
 本当に本当にありがとう。大好きだよ、直輝くん。
 そんな僕の心の声が聞こえたのか、直輝くんはふっと顔を挙げると僕を見て、緩く微笑んだ。
 それはまるで、ひまわりみたいな明るい笑顔だった。

「神社裏と花火と大好きな人 おまけ」 終