NOVEL

注意）　女装Ｈ/淫語/男性器の直接描写/いちゃいちゃ

　俺の体の上で、蒼衣が跳ねている。
　俺と蒼衣が繋がっている部分からは、先程からいやらしい水音が粘っこく響き、その度に蒼衣の口からも甘い、腰が痺れるほど色っぽい声が零れていた。
　俺と蒼衣は、今、蒼衣のベッドの上で騎乗位の体位で交わっている。
　――あの後、蒼衣は俺の体をベッドの上に押し倒すと、先程まで自分の中に埋まっていた俺のモノを、俺の制止を聞くことなくその口に躊躇なく咥え、丹念にその唇で、舌で俺の精液と蒼衣自身の体液を清めた。
　そして、その蒼衣の行為に俺のモノがゆっくりと三度目の屹立をし始めると、フェラをしている蒼衣のその口技もまた激しさを増していく。しかも、そうしながら蒼衣はまた自分の後ろの穴を指で解し、開き、トロトロと溶けている部分を更に溶かし、俺に見せ付けるように腰をくねらす。
　そんな蒼衣の姿に俺の中の欲望がまた否応なく掻き立てられ、そして直接的に快感を加えられる蒼衣のフェラも相まって十分に俺の肉棒が充血し、硬く勃つと蒼衣は俺のモノから漸く口を離した。
　そして、今のこの状況だ。
　蒼衣は俺の体を自分自身でまたがり、スカートを自分で胸の位置まで捲り上げたまま俺のモノをその尻のナカへと埋め込んだ。先程の俺との性交で十分に解れていたソコは、蒼衣自身の解しも加味されて俺のモノを今までにないくらいなんなく飲み込む。
　最初はゆっくりと、そして段々と蒼衣は俺の体の上で自分自身で腰を振り、俺のモノを出し入れさせていく。ぐちゅぐちゅと蒼衣が腰を振るたび卑猥な水音が漏れ、たっぷりと潤んでいる蒼衣の腸壁が俺の肉棒を本来ならば痛く感じるだろうってくらいに締め付けてくる。だが、たっぷりと解れ、溶けているせいか、痛みはほとんど感じない。
　その変わりに堪らないほど俺の下半身に焼け付くような快感を与え続けていた。

「……っ、蒼衣っ……っ。あおい……っ。」

　蒼衣に与えられるその快感に、俺は蒼衣の名を無意識に何度も口にする。

「ぁ、ん……っ、んんっ、ふぁ……っ、なおき、くん……っ、イィ？　僕の、ナカ、キモチ、イィ……？」
「っ……っく、あ、あぁ……すげぇ、イイ……っ。」

　すると蒼衣の蕩けた喘ぎ声の中に、俺の名前が混じり、そしてそんな事を聞いてきた。それに俺は、何度も何度も頷く。
　ヤバイくらいに気持ちイイ……、それが今の俺の脳内を占めている言葉だった。
　そんな俺の言葉にか、頷きにか、蒼衣は俺の上で嬉しそうに微笑むと、今度は俺に腰を押し付けるようにして俺のモノを最奥にまで咥え込む。そして、そのままケツを俺の下半身に擦り付ける様にグラインドさせ始めた。ぬちゃぬちゃと先程とはまた違った粘着質な水音がその部分から沸きあがる。
　それがまた、先程とは違った快感を俺の息子に与え、俺の脳内を熱く欲望だけに侵していった。
　しかも、耳には蒼衣のあられもない、今まで聞いたことがないほど蕩けた酷くいやらしい声がずっと聞こえてきている。

「あ、あ……っ、くぅ、んっ……、凄い、直輝くんの……っ、すごい……っ、はぁ……っ、あ、ぁ……んっ、イイよぉ……っ、なおきくんの、おちんちん、きもちいぃよぉ……っ。おちんちん、はいってる……っ、おしり、きもち、いぃ……っ。」

　その余りに扇情的な声と言葉に、俺は薄目を開けると、蒼衣を見た。
　すると、蒼衣は俺の上で腰を振りたくりながら、大きく捲り上げているスカートの下にある自分自身の欲望をスカートを握り締めていないほうの手で握り、それを動かしていた。
　しかも蒼衣の顔は快感に蕩けきり、赤く染まり、唇の端からは涎が垂れている。
　女装姿でセックスしてるってーだけでもインパクトは大なのに、その上、蒼衣のいやらしい顔に、自分のモノを扱いている淫乱な蒼衣の姿に、俺の心臓も下半身も激しく鼓動を打ち鳴らす。

「く……っ、あおい……っ、あおいっ！！」
「ふぁ……っ！！　ひあぁ……ん、んんんーーっ！！」

　堪らず蒼衣の腰を掴むと、俺は下から勢い良く腰を打ちつけた。途端に蒼衣の顎が上がり、仰け反ると、蒼衣はビクンッと一度大きく痙攣を起こし、その手に握っている蒼衣自身の欲望から三度目の白濁をドロリと零す。
　流石に三度目ともなると勢いも衰えてはいたが、ドロドロとまるで溶岩が山肌を流れていくようにそれを握り締める蒼衣の白い手を汚していく様を見ていると、俺は堪らない興奮が自分を包み込んでいくのを感じる。
　元々オナニーとか、自分で自分を慰める行為とは縁遠そうな蒼衣が俺に尻を突かれ、自分のモノを扱き、絶頂に達した。
　その事実がまた俺の中の獣欲を刺激し、今以上に激しく蒼衣のケツ穴を蹂躙させる。
　蒼衣を自分の体の上に乗せたまま俺は腰を振り、蒼衣のケツを掘り続ける。その度に蒼衣の体は俺の体の上で跳ね、俺のモノが蒼衣の最奥を抉る度に蒼衣のモノの先端からはドロリと精巣に残っていた精液が溢れ出してその手を更に汚していった。

「ひぁっ、あ、あぁ、あぁっ、ああ……っ！！　なおっく……っ、あっ、ダメッ、ぼく、……っ、ぼくっ……っ、イっちゃう……っ！　なぉきくんのおちんちんで、おしり、また、イっちゃうぅうう……っ！！　ダメェ……っ、だめぇっ……っ！！」

　蒼衣はその顔に似合わず、際どい言葉をその赤い唇から卑猥に吐き出しながら俺の上で淫らに踊る。しかも、蒼衣の手は自身の精液に塗れている自分の欲望を更にぐちゃぐちゃに擦り、射精後で硬さもなくなりかけているソレをまた無理矢理に勃起させていた。
　そんな蒼衣の乱れに乱れきっている姿に、俺は下半身にどうしようもない熱が篭っていくのを感じる。それを吐き出したくて、だが、吐き出したくなくて説明できないその苦しいジレンマの中、俺は蒼衣のケツを掘りながら、体を起こした。
　そのまま蒼衣の体を抱きしめると、対面座位の体勢で更に深く蒼衣の奥をえぐる。
　途端に蒼衣は俺の体にがむしゃらにしがみついてきた。

「ひぅ……っ、なお、く……っ、しんじゃぅ……っ、きもちょくて、しんじゃぅ……っ！」
「あおいっ、俺も、すげぇイイッ……っ、な、蒼衣、出して、いいか？　ケツん中、出していいか？　お前ん中で、俺の精液ぶっ放してもイイか？」

　自分でも何を言ってるんだ、とか思う。
　さっき自分で蒼衣に中出しはダメだ、とか、リスクが、とか言っていた癖に、だが今の俺の頭の中には、蒼衣のケツの中に射精をしたくて、こいつの中を自分の精液塗れにしたくて、孕ませたくて、それだけしか考えられなかった。
　切羽詰った声と、欲情で粘ついた声で目の前にある蒼衣の耳たぶを嘗め回しながらそう尋ねる。いや、尋ねるというよりも、それは宣言だったのかもしれない。
　だが蒼衣は俺のこの宣言に同意するように何度も何度も頷いた。

「うんっ、だして、だしてぇ……っ！　なおきくんの、せいえき、ぼくのおしりにのませてぇ……っ！　いっぱい、いっぱい、だしてぇっ……っ、ほしいのっ、なお、く、の、せぇえき、ぼく、おしりに、いっぱい、ほしぃのぉ……っ！！」

　そこら辺の娼婦でも言いそうにもないくらいエロくて卑猥な言葉を、蒼衣は正気を失っているせいか、いやらしい声でねだるように言う。
　その蒼衣の言葉と態度に俺はゴクリと口の中に溢れかえっている生唾を盛大に飲み込むと、熱で浮ついている蒼衣の唇を自分の唇で塞いだ。
　これ以上蒼衣にいやらしい事をしゃべらせていたら、俺の理性が持ちそうになかった。
　いや、もうすでにこの時俺の理性はぶっ飛んでいたのだが、それでも、未だ頭の隅に少しだけ残っているなけなしの理性までを手放すわけにはいかない。もし、それまで手放したら、俺はどれほど乱暴な方法を使って、蒼衣を壊すまで犯し尽くすか解らない。そんな危険な予感がしていた。
　それ程、俺は今、蒼衣に欲情し、蒼衣を征服した事に酔いしれていた。
　こんなに強い欲情も、征服欲も他人に今まで一度として感じた事はない。
　さっきまで優しくしてやろうと、癒してやろうと、そう決意をしていたはずなのに、今の俺はただ一匹の牡として蒼衣を犯しつくし、喰らい尽くそうとしている。
　それがどれだけ身勝手な事か、自分で痛いくらい解っている。
　だからこそ、最後の一片であってもまだ残っている理性をこれ以上手放すわけにいかなかった。
　必死になって快感と欲望に飲み込まれそうになる自分を律する。そうしながら、下半身の命ずるままに俺は蒼衣の尻の中を犯し、掻き回し、抉り、突き刺していく。
　その度に蒼衣はあられもない嬌声と卑猥な言葉を、俺に塞がれた唇の合間から零す。
　なおくん、なおくん、おかして、おしりおかしてっ、くらいつくして……っ、せいえきでぐちゃぐちゃにして……っ、そんな言葉が激しいキスの合間に俺の耳朶を打つたびに俺は、自分の中にある理性が蒼衣に喰らい尽くされていくような錯覚を感じていた。
　互いの荒い、獣のような息遣いに、俺たちの激しい動きに、ギシギシと安普請なベッドが嫌な音で軋み、悲鳴を上げている。
　そんな音さえも今の俺達にとってはただの欲望を加速するためのメロディーにしか聞こえなかった。

「あおい……っ、出すぞっ……っ！　お前のケツに、俺の子種植え付けてやる……っ！」

　どんどんと追い詰められている、追い立てられているその激しい焼け付くような射精への渇望に、俺はそう吼えると、蒼衣のケツ肉を掴み穴を広げながらグッと俺の股間に押し当てる。そしてその中に、三度目だというのに今まで以上に激しい勢いの射精をした。
　自分自身が吐き出した熱い精液が蒼衣の腸壁に当たり跳ね返って、自分の肉棒に絡みついてくるのが解る。
　俺にしがみ付いている蒼衣の唇から、説明のしようがないほど蕩けた嬌声の混じった溜息が零れるのを感じた。
　そして、俺の腹に押し付ける形になっていた蒼衣の勃起した男根の先からも、ドクドクと精液が溢れて互いの腹と股間を濡らしていく。
　途端に、ドーーーッと体中に心地よい疲労感が襲ってきた。
　それは蒼衣も同様だったのだろう。
　息継ぎのように荒い息を零しながらも、俺の体にその体をくたりと預けてくる。

「はふっ……っ、なおきくん……、ぼく、こんなきもちいいえっち、はじめて……、しんじゃうかとおもった……。」

　そして、相変わらず蕩けている、だが、さっきよりは幾分理性が働き始めたような声でそうめちゃくちゃ満足そうに蒼衣は呟いた。
　そんな蒼衣に俺はこっそりと苦笑を零しながら俺はポンポンと蒼衣の頭を撫でてやる。
　俺だって初めてだ。
　こんなにセックス相手に欲情して、滅茶苦茶にしたいと思ったのは。
　その上、このまま蒼衣を孕ませたいとか最後には本気で思っていたのだ。自分自身、どうかしてると思う。
　だがこの感情はきっと牡として当たり前のことなんだろう。
　……そりゃ、まぁ、蒼衣は男だから孕む事は絶対にないと解ってはいるが、恐らくこれは牡として正常な生殖本能に基づく感覚なんだろうし、セックスする相手に自分の子孫を残そうとするのも当たり前の事なんだろうし。
　などと自分が血迷った事を思っていた事を無理矢理正当化する。
　そうでもしなけりゃ男相手に、孕ませたい、なんて思った自分が余りにもバカすぎて、涙が出てくるじゃないか。
　そんなくだらない事を思っていると、俺にくたりと全体重を預けていた蒼衣がそろりと頭を起こした。
　そして、妙に嬉しそうな、満ち足りた顔でえへへ、と笑う。

「直輝くんって、エッチ、凄く上手だね……。僕、なんかますます直輝くんの事、好きになりそう。」

　そうしてもう一度照れたように、えへへ、と蒼衣は子供っぽく笑うと、俺の肩口にその額をこてんとくっつけてくる。
　そんな蒼衣の言葉と、笑顔に、俺の心臓に何か妙な痛みが走った。ずきん、とも、きゅん、ともするようなその変な痛みに俺はなんともいえないむずむずするような妙な感覚を覚える。
　だが、そんな感覚は一瞬の事だった。
　俺の心臓はすぐに通常営業に戻り、その代わり、蒼衣のナカに埋め込まれているままになっていた俺の愚息が変な反応を返す。
　蒼衣のナカで、びくん、と一回大きく跳ねたのだ。

「ひゃっ？！」

　俺のその反応に蒼衣の喉から、素っ頓狂な裏返った声が漏れる。そして、俺の肩口に埋めていた顔をバッと起こすと、俺を戸惑ったような顔で見つめた。その表情には、驚きと、そして照れたような、恥ずかしそうな様々な感情が入り混じっている。

「あ、あの……あのっ、な、直輝くん……なんか、あの……っ。」
「あー……、ワリィ、なんかお前が可愛い事言うから、反応しちまった。」

　あわあわと戸惑っている蒼衣に、にやりと笑ってみせ、全く詫びれる風もなく俺は言葉の上だけで謝った。
　すると、蒼衣は恥ずかしそうに瞳を伏せると、俺にきゅっとしがみついてくる。

「な、直輝くんが、シたいなら、僕、何回シても大丈夫だよ……？　僕、そう簡単には壊れないから、直輝くんがシたいように、シて……いいよ。直輝くんだったら、どんな事されても、乱暴にされても、僕、嬉しいし、感じちゃうから……。」
「……蒼衣……。」

　余りにも蒼衣の健気な言葉に、俺の胸と下半身がきゅんとなった。……いや、下半身はどちらかといえば、ドクン、って感じの生々しい脈動だったが。
　それでも、今まで抱いた女共には感じた事のない愛しさと、欲望がダイレクトに俺の心と脳を支配していくその感覚は、非常に心地いいものだった。

「……全く、なんつーか……。」

　思わず自分の中に湧き上がるその説明の難しい感情に、俺は小さく苦笑しながら呟くとボリボリと頭を掻く。そして、腕の中にある蒼衣の存在と、体温に、今一度愛しさを感じ、優しく抱きしめ返した。
　俺の小さな呟きに、蒼衣は少しだけ顔を持ち上げて俺の横顔を見る。
　その蒼衣の顔に俺は首を捻じ曲げると、きょとんとした面持ちの蒼衣の唇に自身の唇を押し付け、吸い込んだ。

「んっ、ん……ふっ。」

　蒼衣はもう全く抵抗はしない。
　少しだけ驚いたように身じろぎしたが、すぐに俺の首に腕を絡め、自分からも積極的に舌を絡めてくる。それだけで先程蒼衣が自分で言った言葉が、本気の言葉だと解った。
　従順というか、なんというか、蒼衣のその男に尽くすような所が無性に可愛く思える。
　ゆっくりと蒼衣の口の中を舐め回し、薄く唇を離すと唾液で塗れているその唇にも舌を這わせ蒼衣の甘い唇をたっぷりと味わった。

「……お前、本当、可愛いよな。」

　そして、もう一度軽く唇を合わせた後、くつくつと笑いながら蒼衣にそう思っていることを伝える。
　すると蒼衣は俺の言葉に、一瞬固まった。目をまん丸に見開き、信じられない言葉を聞いたような顔をして俺の顔をまじまじと見返す。
　その顔にはありありと、何の冗談？　と書いてあり、俺は小さく噴出した。

「えっ？！　なんで、笑うの！？」

　まさかこんな状況で、状態で、自分の方が笑われるとは思ってなかったのだろう。
　蒼衣は俺がケラケラと笑う姿に驚き、すぐにぷーっと頬を膨らませる。それがまた、可愛くて可笑しくて、俺は蒼衣を抱きしめたままケラケラと笑い続けた。

「直輝くんってばっ！　もうっ、なんで笑うの〜！」
「や、だってお前、本当に反応が可愛いからさ、思ってることがすぐ顔に出るっつーか……。」
「う〜〜っ、そんな事ないって！　僕、結構ポーカーフェイスなんだけどっ！」
「はいはい、ポーカーフェイスポーカーフェイス。」
「あーっ、絶対馬鹿にしてるだろーっ！　もぅ、直輝くんのバカバ……、カ……ぅ、わぁっ？！」

　俺の言葉に一生懸命になって無駄な否定をする蒼衣がますます可愛くて俺は、ぷぅっと膨らませている蒼衣の頬に唇を押し当ててキスをする。そしてそのまま蒼衣の尻から俺の半身を抜くと、蒼衣の体をベッドの上へ押し倒した。
　白いシーツの上で蒼衣がまた驚いた顔で俺の顔を見上げる。
　その蒼衣の顔に俺は笑いながらキスを落とす。

「馬鹿になんてしてねぇよ。いいじゃねぇか、褒めてんだからさ。」
「違うよ……っ、男に可愛いっての、褒め言葉じゃないよ……！」
「……はぁ？」

　可愛い、可愛いといいながら蒼衣にキスしまくっていると、蒼衣はとうとうヘソを曲げたのか、ぷいっと顔を横に背けて、俺としては一番想像もしていなかった否定の言葉を蒼衣は吐いた。
　その言葉に思わず俺は語尾が上がるほど、素っ頓狂な声で聞き返す。だって、蒼衣は女装が趣味、なんて野郎な訳で。
　そんな奴が、まさか“可愛いのが男にとって褒め言葉じゃない”、なんていうとは思っても見なかったからだ。
　俺が唖然としていると、蒼衣はキッと俺に向けて鋭い目を向けた。

「僕っ、女装っていうか、可愛い格好は好きだけど……でも、だからって、自分が可愛いって言われるのは、ちょっと嫌、だな……。そりゃ、全然男らしくはないけどさ、僕だって一応男だから……どっちかといえば、かっこいい、とかの方が嬉しいのに……。」

　だが、勢いが良かったのは最初だけ。
　少しするとしょぼんとした感じに言葉は尻すぼみになり、最後の方なんかは自分に対するコンプレックスやジレンマなんかがごっちゃになったようなしょんぼりした声で呟くように言う。
　どうやら蒼衣は自分が男らしくない事に結構なコンプレックスを抱えていたらしい。
　そんな蒼衣に改めて俺は、可愛い奴だと思う。
　だが、これ以上可愛い、可愛いというと余計に蒼衣がヘソを曲げてしまうような気がして、その言葉を飲み込んだ。
　その代わりに俺は、しょんぼりとしてる蒼衣の頬に軽くキスをするとその頭を抱きしめ、よしよしと頭を撫でる。

「直輝くん……？」
「ん、まぁ、悪かった。もう言わねぇよ。可愛いって。」
「えっ……？」

　そう一応素直に謝っておく。
　すると蒼衣はちょっと驚いたように俺の腕の中から顔を挙げた。

「嫌なんだろ、可愛いって言われんの。」
「う、うん、そりゃ……。」
「じゃ、もう言わねー。」
「え……あ、あの……でも……。」

　俺がそう言い切ると、蒼衣は何故か俺を少しおろおろとした顔で見ながら、ごにょごにょと口ごもる。そんな蒼衣に俺は、内心、にやりと笑った。
　薄っすらと顔を赤く染めて、俺の言葉に対して何か反論かなにかをしようとごにょごにょと口の中で呟いている蒼衣は、本当に解りやすくてとても可愛い。
　蒼衣が本気で、可愛い、と俺に言われるのを嫌がっているとは元々思わない。
　何せ、初めて抱いた時にこの言葉を囁いた時、こいつはめちゃくちゃに俺に感じ、乱れたんだ。そんな奴が、本気で嫌がってる訳がない。

「なんだよ？　ん？　嫌なんだろ？」
「ぅ……、え、ぅ、うぅうう……っ。」

　相変わらず、あー、とか、うーとか言って、先を言わない蒼衣に俺が更に追い討ちをかける。すると、蒼衣は、顔を真っ赤にして言葉につまり、パクパクと口を動かす事しか出来なくなった。
　蒼衣のそんな態度に、俺はもう誤魔化す事も出来ず、つい、にやにやと口元が緩んでしまう。と、蒼衣が俺のそんな表情に気がつき、余計に顔を赤くして、今度は恥ずかしさだけじゃない感情でパクパクと口を動かして言葉にならない文句をその口の中で唱えていた。
　余りに解りやすい、蒼衣の心の中。
　どーしようもなくそんな蒼衣が可愛くて、愛しくて、俺はパクパクと口を動かしている蒼衣を頭ごとまたぎゅっと抱きしめる。腕の中で、蒼衣が俺の名前を戸惑いがちに呼んだのが聞こえた。

「んー、やっぱお前が嫌って言っても無理だなぁ……。」
「え？」

　ぐしゃぐしゃに蒼衣の頭を撫でくり、俺がそう呟くと俺の腕の中でその呟きが聞こえたらしい蒼衣が聞き返してきた。
　それに対して俺は、蒼衣の耳元まで口を持っていくとその耳に囁く。

「蒼衣、可愛い……。」
「ひゃぁ……？！」

　そんな甘ったるい言葉を囁きながら、俺は蒼衣のスカートの中に手を差し入れた。そして、そのまま太ももに指を這わせて、その中心を手の中に握り締める。途端に蒼衣は、驚いたような声を出して、体を一瞬だけ緊張に固めた。
　だが、すぐに俺の背中に手を回して、俺の愛撫を大人しく受けいれる。

「可愛いぜ、蒼衣。」

　従順なその態度に、俺はくすくすと笑いながら蒼衣にもう一度そう囁く。
　すると蒼衣はちょっとだけ困ったような、怒ったような表情で俺を見たが、すぐに諦めたような微笑を浮かべると自分から俺の唇を求めてくる。
　そのまま俺たちは、唇を合わせ、舌を絡めながら本日四度目の営みへと突入した。

　翌日。
　ヤりまくり、寧ろヤりすぎだろって程蒼衣を抱きまくったせいか、目が覚めたのは昼前だった。
　隣で寝ていた筈の蒼衣はもうすでにベッドから抜け出したらしく、俺の隣はもぬけの殻だった。蒼衣の暖かさも余り残っていないベッドに驚き、思わず視線を部屋の中に走らせて蒼衣の姿を探す。
　すると、風呂場の方からシャワーを流す音が聞こえていることに気がついた。
　なんだ風呂か、と妙な安心をして、俺は体を起こす。
　体中が心地よい倦怠感と、疲労感、そして狭いベッドでデカイ図体の男が二人で抱き合って寝ていたせいで関節が固まっているのを感じた。それをベッドの上で伸びをして軽く解すと、俺は足を畳の上へと下ろす。
　そのまま立ち上がり、その場で更に首を回したり、腕を回したりして体の筋肉を解す。
　ベッドの下には蒼衣が夕べ着ていたセーラー服が乱雑に散らかり、俺達の精液がかかった場所が所々白くガビガビに固まっているのがわかる。
　その事に苦笑しつつも、蒼衣が散らかしっぱなしのまま、というのが珍しく俺は体を屈めてそれらの衣装を拾うと、蒼衣がシャワーを浴びているであろう風呂場へと歩いていく。
　脱衣所までくると、中で蒼衣が小さく鼻歌を歌って居る事に気がついた。そして、蒼衣が使っているボディーソープの良い香りが漂っている事に、なんとなく癒された気持ちになる。
　手に持っているセーラー服を脱衣所に置いてある洗濯籠に放り込むと、俺は風呂場と脱衣所を隔てているステンレスで出来ているガラスのはめ込まれた引き戸を、軽く叩いた。
　風呂の中で蒼衣がびっくりした気配が伝わる。

「あっ、な、直輝くん……、起きたの……？」

　そして風呂場の中から蒼衣の少し戸惑ったような声が聞こえてきた。

「あぁ。――なぁ、蒼衣、俺も入っていいか？」

　蒼衣の言葉に俺は頷くと、そう声をかける。
　すると蒼衣は風呂場の中で、何かを大きくその手から落とし、更には落としたものが下にある色々なものにぶつかったようなドンガラガッシャンッという派手な音を立てた。
　余りに蒼衣が俺の言葉に動揺したのが手に取るように伝わり、俺は、風呂場の引き戸の前で苦笑をする。
　一体、何驚いてんだか、そう思いながら引き手に手をかけた。

「――おい、何して……ってーーっ！！」

　引き手を引いてスライドドアを開けようとした途端、ドアの向こう側から蒼衣が思いっきり反対側の引き手を引っ張って開けかかっていたドアを勢い良く閉めた。その際に俺は指を少しだけドアと縦枠にある金具の間に挟めてしまい、その痛みでその場にうずくまってしまう。
　と、ドアがそっと横にスライドし、薄く開くと、その隙間から蒼衣の瞳だけが覗く。

「だ、大丈夫……？　直輝くん、ご、ごめんね……。」

　そうちょっとだけおどおどとした声と、申し訳なさそうな声で蒼衣が謝る。
　だが、どうしてかドアはそれ以上開く事もなく、蒼衣はこちら側に出てくる気配はなかった。

「っつつ……、なんだよ、一体。入っちゃダメなのか？　汗とか精液とか色んなモンで体中べとべとなんだが……。」
「あ、あの……っ、ごめん、も、もうちょっとだけ待って？　そ、そしたら、僕、出るから……そしたら入って……？」

　ジンジンとする指の痛みに顔を顰めながらも、蒼衣に風呂場に入れてくれない事に対して文句を垂れる。
　すると、蒼衣は戸惑ったように、そしておろおろとそう答えた。
　その答えに俺はムッとする。

「んだよ、一緒には入れねーの？」
「へぁ？！　い、一緒……？！　そ、それは、その……っ、ご、ごめんっ！！　きょ、今日は、ダメっ！」

　俺が、一緒に、というと蒼衣は激しく動揺した。そして、ドアの向こうで確実にあわあわと泡を食っている気配がドア越しに伝わる。そのまま激しく動揺しつつも、蒼衣は俺に謝ると、薄く開いていた扉を、ガダンッ、と盛大に音を立てて閉める。
　しかも、しかもだ。
　ドアを閉めただけでは飽き足らず、ガチャ、と微かな施錠音がしたところを見ると、中から鍵をかけたらしい。
　本当になんなんだ一体、とか思う。
　昨夜のあの甘えっぷりも、俺が好きだといった言葉も、なんだか急に白けたものに感じた。結局あれも俺とヤりたい為の口実だったのかと、そんな事まで思う。
　だってそうだろう？
　普通、あんだけいちゃいちゃというか、エロエロというか、な関係になったんなら、風呂くらい別に一緒に入っても構わないような気もする。
　というか、今まで付き合ってきた女達は総じて一緒に風呂に入りたがっていたし、風呂場で無駄にいちゃつきたがっていた。
　そりゃ男同士でこんな狭い風呂に入っても、余計暑苦しいし、狭い風呂が余計に狭くなるのは解るが、別段汗流すだけならいいじゃん、とか思う。
　それをあそこまで頑なに拒絶するには何か他の訳があるのか。
　ていうか、鍵までかける必要はねぇじゃん？　とか、そんなに俺信用ねぇのか？　なんて事まで考えがいってしまう。
　蒼衣が今ひとつ何を考えているのかよくわからず、風呂場の前で俺は無性にイラついた気持ちで佇んでいた。
　すると、程なくして風呂場の鍵が開けられた微かな音がした。
　そして蒼衣がそっとドアを開けて、そこから顔を覗かせたが、俺がそのまん前に今だ立っていた事に気がつくと、一瞬驚いたようにビクッと体と表情を強張らせる。
　だが、すぐにほわんと表情を緩めると、さっきまであれ程頑なだったくせに、今度はドアを大きく横にスライドさせその全身を俺の目の前に現した。

「あ、あの……さっきはごめんね、直輝くん。」

　全身ずぶ濡れの状態で、髪から雫を大量に垂らしながら蒼衣は、俺の前で全裸――但し前だけはタオルを巻いて隠した姿で立つと、ぺこんと頭を下げた。
　そして、チラリと上目使いに俺の表情を伺うように見ると、小さく唇を尖らせる。

「だって急に入ってこようとするんだもん……。」

　そう拗ねたように唇を尖らせながらも先程の俺の行動を咎めるような言い方をした。だが、俺の表情が変わらずムッとしたものだったせいか、蒼衣はしゅんと頭を垂れる。

「……ごめん……。」
「――あー、もう、怒ってねーって。……で、なんで一緒に風呂入るんダメなんだ？」

　蒼衣が余りにもしゅんとして謝るので、俺はついほだされてガシガシと頭を掻くと、そう尋ねる。
　すると、蒼衣はもう一度俺をチラリと見た。但し、今度は頬を赤く染めるなんておまけつきで。
　その蒼衣の表情の変化に俺は、少しだけあれ？　と思った。
　何せ頬を染めるだけでなく、蒼衣は、妙に恥ずかしそうにもじもじと体を小刻みに揺らし、その両手の指は顔の前で、所在なさそうにちょんちょんと互いの指を突き合っている。

「……だって、僕、その……、えと……。」

　そこまで言いかけ、蒼衣は何故か凄く恥ずかしそうに俯いた。
　その態度に俺はますます、あれ？　と思う。
　ひょっとして蒼衣は、俺と一緒に風呂に入る事自体を、とてつもなく恥ずかしい事だと感じているんだろうか。
　そう思うと現金なもので、さっきまでの苛立った感情はすーと引いていく。

「一緒に風呂入んの、恥ずかしい？」

　風呂場の中でもじもじと佇んでいる蒼衣に、俺はスライドドアの枠と壁側の縦枠に手をかけ、通せんぼをする形で蒼衣の顔を覗きこみながらそう少し意地悪な気持ちで尋ねてみると、蒼衣は近づいた俺の顔をチラリと見上げ、カァっと項まで赤くしてまた頷いてしまう。
　それは、つまり、ビンゴって事で。

「なんだよ、今更じゃねーか。」

　あんだけ夜に素っ裸で絡み合っていながら、風呂に一緒に入るのが恥ずかしいってだけで俺を拒絶した蒼衣に、呆れたようにそう言うと、蒼衣はまたチラリと俺を上目使いに見た。
　そしてまたもじもじと指と指を顔の前でくるくると回すと、口を開く。

「……だって、体、洗ってるの見られるの、恥ずかしいから……。」
「はぁ？」

　体を洗ってるのを見られるのが恥ずかしいだなんて、どこの深窓の令嬢だ、てーか、男同士でそんなん恥ずかしがるってどんだけ恥ずかしがり屋なんだと思い、語尾を上げて聞き返すと、蒼衣は更に体中を真っ赤に染めて完全に俯くと、消え入るような声でぼそぼそと俺に何故恥ずかしいのかの理由を話し始めた。

「……っ、だ、だって、エッチした後だから……、その、あ、アソコ、の中、も……、洗わないと、いけないし……っ。そ、そんな姿、恥ずかしくて、直輝くんには見せられないよ……っ。」

　その予想外の言葉と理由の数々に、俺の中で朝っぱらから何かが沸騰しそうになる。
　頭の中では、蒼衣の言う、アソコ、ってのを蒼衣自身がその指で開いて、自分でそこを丁寧に洗うビジョンが脳内スクリーンにデカデカと映し出されていた。ついでに、昨夜聞いた蒼衣の乱れまくった声付だ。
　起きたばかりの俺の息子がそれに反応したとして、誰が文句を言えようか。
　そう、俺のボクサーショーツの中で時間の経過と共に一旦は朝勃ちが静まっていた筈の愚息は、蒼衣の言葉で一気に硬さを増していた。
　朝っぱらからサカってどうするよ、とも思うが、反応してしまったものはどうしようもない。
　幸い蒼衣はまだ俺の体の変化には気がついていないらしく、風呂場の戸口で相変わらずもじもじと恥ずかしがっていた。
　そんな蒼衣を見ていると、どうしても悪戯心が刺激されてしまう。
　ずいっと一歩足を風呂場の中へと踏み込むと、蒼衣が俺の気配に押されたように、一歩後ろに下がった。そのまま俺は体を風呂場の中へ入れ、後ろ手でステンレスで出来ている引き戸を閉める。
　ドアが閉まった音がして蒼衣は漸く事の次第に気がついたのか、小さく、あっ、と声を挙げた。

「あっ、や、直輝くん、僕もう、出る……ぅ。」

　慌てて俺の横をすり抜けて出て行こうとするその蒼衣の腰に腕を巻きつけ、その場に留めると俺より背の高い蒼衣の頭に手をやり無理矢理少し屈ませる。そして何か言いたそうにしていた口を奪った。
　突然のキスに蒼衣は俺の腕の中で慌てたように、驚いたように暫くじたばたと暴れていたが、口の中に舌を挿しいれ、その上唇を舐めると少し大人しくなった。
　それに、相変わらず簡単な奴、と思いながら俺は蒼衣の腰に回している腕をゆっくりと下へ降ろす。すぐに指先に湿ったタオルの感触を覚え、そのタオルを引っ張りタイルの上に落として、むき出しになった蒼衣の尻の割れ目に指先を這わした。
　途端に、蒼衣が俺の口の中で素っ頓狂な声を漏らす。
　そして何故か抵抗が強くなった。

「……っ、や、い、今は、後ろはダメ、だよ……っ。」

　じたばたと暴れ、俺に押さえつけられている頭を無理矢理外し体を起こすと、顔を真っ赤にしてそう拒絶の意思を俺に伝える。
　蒼衣の拒絶に俺はまたムッとした。

「んだよ。夕べは何回シてもいいっつってたろーが。」
「あ……ぅ、そ、それはそうなんだけど……。」

　ムッとしたついでに、夕べ蒼衣自身が言った事を引き合いに出して迫ると、蒼衣は言葉に窮してしどろもどろになる。
　だが、すぐに俺を困ったような顔で見た後、蒼衣は何故かスッと体を落とし、俺の前に跪く格好になった。

「なん……。」
「ご、ごめんね。今はこれで許して……？」

　俺が言おうとした言葉を蒼衣は遮ると、俺が穿いているボクサーショーツを少しずらしてその中からいきり立っている俺自身を引っ張り出しそれをすぐに口に咥える。
　ぞくり、とした快感が下半身から駆け上がり、思わず俺は風呂場の壁に背中を預けてしまう。
　下半身からは蒼衣が俺のモノを舐めたり吸い付いたりする卑猥な水音が聞こえてきた。それと共に、蒼衣の唇の柔らかさ、舌の生暖かいザラザラとした感触があっという間に俺を追い詰めていく。

「……っふ、く。」
「んっ……ちゅ、はむ……っ。んむ……っ。」

　蒼衣の熱い息遣いと、舌遣いに俺は荒く息を吐く。すると更に蒼衣の舌は熱っぽく俺に絡まり、その唇と頭の動きを早めた。
　一気に俺のモノ全てをその口の中に飲み込み、その喉で俺の先端を締め付け、擦る。
　それだけで俺は呆気なく、我慢する事も出来ずに蒼衣の口の中に欲望をぶちまけてしまった。

「く……っ、ぅ。」

　ハァ……ッ、と肩で息をし、射精した脱力感に俺は壁にもたれかかると、薄目を開けて蒼衣を見下ろす。
　蒼衣は、俺が蒼衣の口の中にぶちまけた精液を、うっとりとした表情で飲み干していた。その白い喉がコクッと上下するたびに、俺のモノの先端は蒼衣の喉に吸い付けられ、竿や玉の中に残っている精液が搾り取られていくような感覚を覚える。
　そして最後の一滴まで蒼衣は当然のように飲み干すと、漸く俺のモノから口を離し、今度は丁寧にその舌で竿や玉に絡み付いている精液と自身の唾液を舐め取っていった。
　その仕草はやたらに堂に入り、板についているもので。嫌でも蒼衣がこの行為をし慣れすぎている程、慣れていることにまた気がつかされてしまう。
　その事にやっぱり胸の奥の方で、少しだけ鈍い痛みが走った。

「……んっ……、直輝くん、すっきり、した？」

　細部まで丁寧に蒼衣が俺のモノを清めているうちに、俺のモノがゆっくりと柔らかくなっていくのを感じてか蒼衣はそう俺に聞いてくる。
　上目使いに俺を見上げる瞳には、少し熱っぽい色が見て取れた。
　だが、それ以上に俺は蒼衣が当たり前のように行ったこの一連の動作に対して、妙な不快感を覚える。ムカムカとする胸に、さっきまで感じていた蒼衣に対する欲望の萎えていき、俺は一つハァっと溜息を吐くと俺の前で跪いている蒼衣の肩を押して横に退けた。

「？　どうしたの、直輝く……。」
「なんでもねぇよ。俺、シャワー浴びるわ。お前はもう出ろ。」

　不思議そうに聞いてきた蒼衣の言葉を遮り、俺は不機嫌さを隠す事もなくそう冷たく言うと、蒼衣の体を押して風呂場から追い出す。
　そんな俺に蒼衣は、少し戸惑った様子だったが俺が引き戸を乱暴に閉めると、特に俺の態度を追求することなく風呂場の前から去っていく気配だけを感じた。
　我ながらこの手のひら返しはどうよ、とも思わないでもない。
　それでも、蒼衣のあの当然のような態度に腹が立った。義務って訳ではないだろうが、男がおったててりゃ躊躇することなく口で奉仕して、その後処理を全部するのが当然ってー態度が、どうしても癪に障る。
　蒼衣の瞳の中に確かに欲情のような熱っぽい色はあった。
　だが、それ以上に俺が蒼衣に感じたのは、機械的に、事務的に男の欲望を始末する事に対する不快感と苛立ち。
　シャワーのコックを捻り、勢い良く冷水を出す。それを頭から被りながら俺は、血が上っている頭を冷やしていく。

「…………嫉妬、ってー奴なんかな、これ。」

　そして、冷水が体温を奪っていくのを感じながら、俺はなんともいえない感情と共にそう呟いた。




　風呂から上がると、部屋の中には旨そうな匂いが漂っていた。
　どうやら俺がシャワーを浴びている間に蒼衣が飯の用意をしてくれたらしい。
　和室と台所を仕切っているいつも開けっ放しになっているガラスの引き戸越しに顔を覗かせると、テーブルの上に食器やおかずなんかを並べていた蒼衣がその手を止め、まるでさっきの事など何もなかったかのようにふわりと嬉しそうに笑う。その笑顔に、俺は小さく自分に向けて苦笑をした。
　余りに俺を見て嬉しそうに笑う蒼衣に、こいつが過去に覚えさせられた仕草に対して無駄に苛立っている自分が少し馬鹿らしくなったのだ。

「ご飯、ちょっと遅くなったけど食べよ。」

　俺が戸口で立ち尽くしていると、蒼衣はもう一度にこりと笑い、そう声をかけてくる。
　その声に誘われるように俺は和室に入り、そのまま蒼衣の後ろに立つとその背中を抱きしめた。

「なっ、直輝くん……っ？！」

　突然抱きしめられた蒼衣が、驚いたような、戸惑っているような裏返った声で俺の名を口にする。
　それに俺は小さくまた苦笑をし、まだ幾分か湿っている蒼衣の髪に鼻先を埋めた。そして、ゆっくりと口を開く。

「あのさ、蒼衣。」
「う、うん……、何？」

　後ろから俺に抱きしめられ体を固めている蒼衣は、俺の言葉にまだ戸惑いを多く含んだ声で返す。

「俺のこと、恋愛対象として、好きか？」

　少しだけ真剣な色を含め、そう聞いた。
　すると蒼衣は、驚いたように深く息を吸い込み、そのまま息を止める。

「好きか？」

　もう一度そう尋ねる。蒼衣の体がまた更に緊張し、固まるのを感じる。
　蒼衣を抱きしめている腕から伝わる蒼衣の体温は、異常に熱く、その体中が心音になったかのように早鐘のように打つ蒼衣の鼓動を伝えていた。
　そして鼻先を埋めている蒼衣の髪からは体温が上がったせいか、シャンプーのいい香りが気化し、俺の鼻腔をくすぐる。
　その蒼衣の全身と、匂いを感じながら俺は蒼衣の返事を今か今かと待つ。
　だが驚きで息を止めてしまった蒼衣は、なかなか息を吐き出そうとはしない。
　余りに呼吸をしないので、限界を超えて長時間息を止めているような気になり、ちょっと不安になる。

「あお……。」
「…………ッ。」

　このまま息を止め続けるとヤバイんじゃないかと思い、蒼衣の名を呼ぼうとした瞬間、蒼衣の口から一気に息を吐き出す鋭い音が聞こえてきた。
　そして、次に大きく息を吸う、スゥ……ッという音。
　が、聞こえてきたかと思ったら俺の腕の中に居た蒼衣が体を大きく反転させ、俺の腕を無理矢理解くと、勢い良く立ち上がる。
　そのまま蒼衣は唖然としている俺を一瞬だけ見た後、バタバタとトイレに向かって走っていった。
　俺が正気に戻ったのは、蒼衣がトイレのドアを盛大に閉めた時だった。バタンッ、と大きな音を立てて蒼衣がトイレの中に入ったのに気がつくと、俺は慌てて蒼衣の後を追う。
　そして、トイレのドアをドンドンと二、三回叩いた。

「おい？　蒼衣？！　どうした？　おーい？　腹痛いのか？　気分でも悪くなったのか？」
「……っ、も、直輝くんの、ばかーーっ！！」

　ドアをドンドンと叩きながら、もう片方の手でノブをガチャガチャと回す。そうしながら蒼衣に声をかけ続けていると、トイレの中から蒼衣の絶叫のような、悲鳴のような声が聞こえてきた。
　バカはないだろ、バカは、と思いながらドアノブを更にガチャガチャと回す。と、突然ノブが回らなくなった。
　どうやら扉の向こう側で蒼衣が俺がくるくる回していたドアノブと掴んで、止めたらしい。

「なんだよ、何怒ってんだよ？　バカってなんだよ？」
「ばかっ！　直輝くんのばかばかばかばかっ！！！」

　ドアノブが回らなくなってしまったので仕方なくコンコンと扉を叩きながら蒼衣に声をかける。
　だが、返ってくる言葉はさっきからずっと、バカ、の一点張りだ。
　一体何が蒼衣の逆鱗に触れたのか。
　ただ、恋愛対象として好きかどうか聞いただけだというのに。
　俺にはさっぱりわからず、蒼衣の名を呼び続け尚もドアを叩き続ける。
　すると、暫く続いていたバカ攻撃が、少し止んだ。そして、ドアの向こうで蒼衣が溜息のような、長い吐息を吐いたのが解った。

「……蒼衣ー？」

　落ち着いてきたのを見計らって、蒼衣の名を呼ぶ。
　蒼衣はその俺の呼びかけに、軽くドアを叩く事で応えた。だが、相変わらずそのドアは開く事はなくただ重苦しい沈黙だけが落ちる。
　暫くするとドアが少し軋み、蒼衣がドアにもたれかかるのが解った。ドアについている明り取りの小さなガラスの窓からは蒼衣の黒い髪の影が小さく揺れているのが見える。

「……なぁ、俺、なんかマズイ事聞いた？」
「…………っ。」

　少しは距離が縮まった事に俺もドアに体をくっつけると、そうドア越しに尋ねた。
　俺の言葉に蒼衣は、ドアの向こうで息を飲んだらしい。
　そして、小さく鼻を啜る音が聞こえてきた。それで漸く蒼衣がどうした訳か、俺の質問に傷ついて涙を流しているらしい事に気がつく。
　まさかあんな質問ごときで男が泣くなんて思いもせず、俺は少し動揺した。

「……おい、蒼衣？　俺、そんな酷い事、聞いた？」

　こういう時は先回りして相手の気持ちを読んで、気の利いた言葉の一つでも言えればいいのだろうが、生憎俺はそういう駆け引きとか、他人の心の機微を読む、というのは得意ではない。
　仕方なく少し逡巡した後に、蒼衣にそう直球で尋ねてみた。

「…………。」

　だが蒼衣は無言だ。
　その無言が何を意味するのか俺の表情も見えない俺には良くわからない。
　ただ蒼衣がドアの向こうで小さく鼻を啜る音だけが、俺に蒼衣の動揺と、どうしようもない不安を抱えている事を伝えていた。
　そんな蒼衣の態度に俺は、困ったように頭を掻くと、先程の質問の理由を話す事にする。

「……あのさ、蒼衣。俺は別に軽い気持ちでも、からかってさっきの事聞いたんでもなくて、お前との関係をどうするか、ちゃんと考えてーんだよ。お前と寝た事を一時の気の迷いとか、欲情に負けてってー感じでうやむやにするつもり、ねーんだ。つかさ、あんだけセックスしまくって、今更“友達”って訳にはいかねぇだろ？　それにもし、お前がこれからも俺とシてーってんなら、その辺含めてちゃんと線引きしとかなきゃいけねーだろ？　だからさ、お前が俺の事どー思ってるのか確認したいんだって。」
「……。」

　俺がトイレのドアに手を当てそうさっきの質問の意味を釈明する。
　相変わらず蒼衣はドアの向こうで無言だった。
　それでも俺は言葉を続ける。

「なぁ、蒼衣。お前はさ、本当の所、俺の事どー思ってんの？　夕べは俺の事好きって言ってたけど、それって、つまり、友達として好きなのか、それとも恋愛として好きなのか、そのどっちでもなくただ単にセックスしてーだけなのか、俺とのセックスが好きなだけなのか、そこんとこが知りてーんだよ。決してお前を傷つけたくて聞いた訳じゃねーってのは解ってくれ。」

　自分でも何必死になってんだか、と思う。
　だが今ここでこんなつまんねー行き違いで蒼衣に嫌われでもして、今までの関係が壊れてしまうのは避けたかった。
　というか。
　これだけ深い関係になっていながら蒼衣の気持ちがなんなのか解らないまま、こんな事で疎遠になるのはなんとなく釈然としないし、後味が悪い。それに、胸の中に滞る、蒼衣が俺にも行う奉仕じみたセックスの仕方に対するもやもやした霧のような嫌な感情を振り払い、すっきりとしたかった。
　だからか、俺は俺らしくもなく弁解の言葉を重ね、理由を説明し、蒼衣の気持ちを解そうとしていた。

「……直輝くんは……。」

　すると俺の熱意が通じたのか、蒼衣がドアの向こうでそう漸く言葉を返してくる。
　その言葉に飛びつき、なんだ、と聞き返すと、ドアの向こうで戸惑うように気配が揺れた。

「僕とどうなりたいの……？　どんな関係になりたいの？」
「どう、……って……。」

　そして、戸惑いがちにそう聞いてくる。
　その蒼衣の問いかけに俺は、衝撃を受けた。
　どうなりたいか、なんて聞かれても正直はっきりしたビジョンがあるわけではなかったからだ。ただ、今のまま友達なのか、セックスが目当てなのかわからない様な関係を続けるわけにはいかないと、蒼衣の笑顔を見て衝動的に思い、はっきりさせたい、と思っただけだ。
　それには蒼衣が俺のことをどう思っているかを聞き出して、俺とどうしてセックスしたいのかが解れば、俺たちの関係に答えは自ずと出てくるものだと、漠然と思っていた。
　だからこうして改めて蒼衣に、どうなりたいのか、なんて俺自身の気持ちを聞かれると言葉に窮してしまう。
　その俺の戸惑いと困惑がドア越しに伝わったのか、ドアの向こうで蒼衣が小さく溜息を吐いたのが解った。

「ね、直輝くん……。直輝くんが僕との関係を真剣にけじめをつけようって思ってくれてるのは、凄く解った。だけどさ、直輝くん自身が僕とどんな関係になりたいのか、判ってないんじゃ、僕、直輝くんの質問にどう答えていいか、判らないよ……。それに、直輝くんが僕をからかってないってのは解ったけど、だけど、さっき直輝くんが聞いてきたことは、どうしても、僕には、僕が直輝くんにした事に対して試されているように聞こえて、辛い……。」
「蒼衣……、その……。」

　妙に落ち着いた、その癖、どこか痛々しさの混じる声で蒼衣は俺の軽薄さを責める。……いや、蒼衣自身は俺を責めているつもりは毛頭ないだろう。だが、俺は蒼衣の言葉に俺自身の弱さと後ろめたさで責められていると感じる。
　ドア越しに、蒼衣の表情も見えない状態で、淡々と言葉を重ねる蒼衣に俺は自分の短慮さを申し訳なく思い、改めて何故先程蒼衣があれ程までの怒り、泣いたのかの理由の一端が見えたような気がした。
　蒼衣は恐らく、さっきの風呂場での俺の冷たい態度に面には現さなくてもそれなりに傷ついていたのだろう。
　そこに持ってきて、あの質問だ。
　そりゃ、俺が蒼衣の心を悪戯に掻き乱し、試しているように感じたとしても仕方がない。
　あんな出すモン出したら冷たい、素っ気無い態度を風呂場で取っていながら、出てきたら優しく抱きしめ、あんな確信に迫るような質問をされる。それがどれだけ蒼衣にとって、重く痛い言葉で、その心を掻き乱す質問だったか。
　――蒼衣が俺を好きなことは、明白だ。
　確かにそれが恋愛感情なのか、友情なのかは俺にはまだ判別につき難いが、どんな種類のものであれ、蒼衣は俺のことを好きだと、何度も言っている。
　それを蒼衣が事務的に俺の性処理をしたってだけで、しかもそれは俺が勝手に思っただけで蒼衣自身の感情は違ったかもしれないのに、蒼衣の言葉を疑い、信じず、重ねてあんな質問をした俺は、蒼衣の気持ちを軽薄にからかい、弄んでいるにも等しい。

「……ワリィ。俺、そんな風にお前が思うなんて思ってもみてなかった。ただ、お前が俺の事どー思ってるのか、そこにしか頭行ってなかった。はは、俺やっぱデリカシーとかねぇな。だから前のオンナにも冷てぇとか人の気持ち解らない男とか言われるんだ。」
「…………。」

　ゴンッ、と少し鈍い音を立てて俺は自分を責めるように、自分の頭をドアにぶつけながら、そう蒼衣に自分の短慮さを謝った。
　ドアの向こうで蒼衣はまた無言だ。
　それが俺の心に鋭い痛みを与え、今更ながらに自分が蒼衣を酷く傷つけてしまった事を知る。

「あのさ、蒼衣。あんな冷てー態度とって、あんなデリカシーねー質問した後で、俺の事信用できねーかもしんねーけど。……俺、お前の事、ちゃんと好きだぜ？　そりゃ、この好きが、お前に聞いといてあれだけど、恋愛感情かどうかはわかんねぇし、友達としての好きなんかどうかも判んねぇ。でも、男のお前とあんだけ濃いセックスできるくらいお前の事、好きなんだよ。それに、お前とはこれからもセックスしてぇし、一緒に居てぇって思う。だからさ、その……、お前をからかってる訳でも試してる訳でもねーんだよ……っ。」

　頭をトイレのドアに押し付けてまま、俺は今現在の俺の気持ちを蒼衣に伝える。しどろもどろになり、文脈さえ可笑しい言葉の羅列だったが、ちゃんと伝われば良いと願いながら。
　その俺の言葉に、ドアの向こうで蒼衣が小さく息を呑んだのが解った。
　そして、コツン、と小さな音が蒼衣の頭がある辺りから聞こえる。多分、蒼衣もまた俺と同じようにドアに頭をくっつけたのだろう。

「……それって、エッチ、したいから、だから、僕と一緒に居たいの……？　友達としてとか、それ以上の関係でって事じゃなくて……、エッチがしたいから、なの？」

　俺の言葉が一旦止まるのを見計らって、ドアの向こうから蒼衣がそう恐る恐る聞いてきた。その声には、なんともいえない悲しそうな色合いが含まれていて、それに俺はまた何かデリカシーのない言葉を言って蒼衣を傷つけてしまったことに気がつく。
　自分の余りに雑な言葉の選び方を後悔した。

「それは違……、いや、違わねぇか……。あぁ、お前とはセックスしてー。滅茶苦茶シてー。優しく愛撫してやりてーって思うし、お前のチンコ咥えて感じさせてーって思うし、お前のケツ、ガン掘りして泣かせてーとも思う。そんで中出しして、お前男だって判ってるのに、孕ませてぇって思った。しかもお前が俺以外の他の男達のチンコ舐めたり、突っ込まれたりしてたかと思うと、ムカついて仕方なかった。こんな理性ぶっとぐくらいシてぇって思ったり、お前を抱いた奴らに嫉妬みてーな感情抱いたのはお前が初めてだ。」
「……っ。」

　一瞬蒼衣の言葉を否定しようとしたが、俺はすぐに蒼衣の言葉を肯定した。
　ドアの向こうで蒼衣が動揺した気配が伝わる。
　だが、俺は更に続けて蒼衣に向け言葉を重ねた。今度は少し言葉を選び、考えながらゆっくりと言う。

「ヤりてーだけか、って聞かれりゃ、確かにヤりてーだけなんかもしんねぇ。だけどさ、お前がシたくねぇならシねぇ。絶対、手は出さねぇ。お前を大切にしたいんだ。そりゃ、今さっき、ヤりてーだけなんかもしれねぇ、って言ったけど、でも多分、セックスだけがしたい訳じゃねぇんだよ。上手く言えねぇけど、俺とお前が居て、ただテレビ見たり、買い物行ったり、くだんねぇ話したり、飯食ったり、たまには喧嘩したり、そんな今までと同じで別に良いんだ。」

　俺が興奮を抑え、ゆっくり話す言葉を蒼衣はドアの向こう側で静かに聞いていた。
　一体蒼衣がどんな表情で、何を思って俺のこの言葉を聞いているのか、俺には全くわからない。
　それでも、蒼衣に性欲だけで蒼衣と一緒に居たいと思っているわけではない事を伝えた。
　本当に自分でもなんでこんなに必死になって弁解しているのか。
　今まで付き合ってきた女共には一切自分の行動を弁解しようとか、理解してもらおうとか思ったことはなかったというのに。
　勿論、自分の言葉足らずな説明で蒼衣に全てを解って貰えるとは思えなかった。
　それでも、俺は言葉を重ね、かっこ悪い弁解を重ねていく。
　すると、突然カチャッと小さな音がして、トイレの施錠が解除されたのが解った。そして、ドアノブがゆっくりと内側から回されると、静かにトイレのドアは開けられ、その中から蒼衣が顔を真っ赤にして戸惑ったような、酷く困ったような顔をして出てきた。
　思わず蒼衣の名を口の中で呟くと、蒼衣は俺をチラリと恥ずかしそうに見る。
　そして、きゅっと唇を噛んだ後、ゆっくりと口を開いた。

「……も、もう、いいよ、直輝くんの気持ち、解ったから……。直輝くんの言葉、信じる。」
「蒼衣。」

　小さな消え入るような声で、恥ずかしそうに俺の弁解にピリオドを打つように言うと、蒼衣は複雑な感情をその顔に宿したまま微笑む。
　そして、後ろ手でトイレのドアを閉めると、そこに体を預けながら相変わらず小さな声で言葉を続けた。

「……ごめんね、自分から直輝くんにエッチしたいって迫って無理矢理その気にさせて、関係持っていながら、肝心な所で直輝くんの言葉を疑って、直輝くんの思いから逃げて……。自分の事、棚に上げて、直輝くんを追い込んで……、僕、自分の事、本当にイヤになる……。」
「蒼衣……っ、それは……っ。」
「僕ね、直輝くんの事、大好きだよ。自分でもびっくりするぐらい、大好き。こんなに人を好きだって思ったも、好きだって認識したのも、初めて。」

　自分自身を責める言葉を言う蒼衣に、俺は思わず口を挟み、否定をしようとした。
　だが、蒼衣が顔を挙げて俺を見ながらきっぱりと言い切った言葉に、俺は蒼衣にかけようとした言葉を飲み込んでしまう。
　その上蒼衣の表情は言葉とは裏腹に、酷く自虐的な色に溢れ、悲しみと辛さが占めていて、俺に向ける微笑は痛々しい。その事にも俺は言葉を失ってしまう。

「……でも、あんな風に直輝くんを責めちゃったけど、本当は僕の方がただ直輝くんとエッチしたいだけなのかもしれない。直輝くんの事、好きって言ってるけど、本当の所は僕を気持ち良くさせてくれる直輝くんの手とか唇とかおチンチンが好きなだけなのかもしれない。僕って、ほら、どうしようもない淫乱だから……。お尻におチンチン突っ込まれちゃったら、直輝くんじゃなくても、嫌いな人が相手でも、感じちゃうようなどうしようもない体してるから……。だから、僕、直輝くんに大切にしてやりたい、って思われるような価値、ないよ……？　それに、直輝くんが僕との関係をちゃんとしたい、って思うような価値も、ないよ……？」

　もう、我慢が出来なかった。蒼衣の言葉の数々に俺の頭に凄い勢いで血が上り、その勢いのまま、俺は目の前にある蒼衣の体を一気に抱きしめる。
　俺よりも背が高いはずの蒼衣だったが、今俺の腕の中に居る蒼衣は俺よりも遥かに小さく感じられた。
　突然俺に強く抱きしめられた蒼衣は、戸惑ったように俺の腕の中で身じろぎする。だが、その体を手放す事はしない。蒼衣の頭に手をやり、その顔を俺の肩口に無理矢理埋める。そして、蒼衣の黒い髪に俺は鼻先を埋めた。

「直輝く……？」
「バカか、お前は。価値があるとかないとか、そんなん決めるのはお前じゃねーだろ。それに俺とヤりたいだけかもってんなら、そんなのお互い様じゃねぇか。俺だってお前とヤりてーし、お前のケツもチンコも、お前のやらしいよがり声も淫乱な所も好きだ。大体、お前が淫乱なのはお前のせいじゃねぇじゃん。それで俺以外の奴に突っ込まれてもヨがるってーんなら、俺が他の奴になんかお前をヤらせねーし、他の奴とヤりたくなるよーな寂しさをお前の体にはさせねぇって。それに俺がお前の事を大切にしてやりてーって思ったら、それでいいんだよ。お前は難しい事考えずに俺に大切にされてろ。いちいち自分を貶めるような事言うな。」

　蒼衣の言葉にカッとなり、俺は蒼衣の体を強く抱きしめながら頭に浮かんだ言葉を次々と口にする。さっきよりも更に文脈は怪しくなり、接続詞も滅茶苦茶で、自分でも一体何が言いたいのか解らない。
　だが、一気にそれだけをまくしたてると、蒼衣は俺のシャツをそっと控えめに掴んだ。そのまま俺の肩口に自分の意思でその額をコツンと押し当てる。

「……も、もう、十分だよ、直輝くん……っ、も、それ以上は言わないで……それ以上言われたら、僕嬉しさと恥ずかしさで死んじゃう……っ。」
「蒼衣？」

　俺の肩口に顔を埋めた蒼衣は、やたらにしどろもどろな小さな声で俺の言葉にストップをかける。
　そんな蒼衣の名を呼び、視線を蒼衣の後頭部に向けると、黒い髪から少しだけ覗いている耳と項が湯気が立ちそうなほど、真っ赤な事に気がついた。
　蒼衣自身が口にした恥ずかしさで死んじゃう、という言葉に、俺は今自分が蒼衣に向けて言った言葉の数々を改めて頭の中で反芻する。
　そして、俺もまた、蒼衣同様自分の言った言葉の気障ったらしさと、まるで蒼衣に対して“愛している”と告白をしているような内容に恥ずかしさで死にそうな感情を覚えた。

「あ、い、いや……その……、お、俺は、だな……、友達としてお前の事が好きで……、大切に思ってるってー話で……、いやっ、そりゃ、セックスしてるからそれ以上の感情も多分あるんじゃねーかなー、とは思ってるが……っ、だが、その……、恋愛感情とかそーいうのかどーかは解らねぇっていうか……えー……と……。」

　慌てて今言った言葉の数々を取り繕うように、誤魔化すようにしどろもどろになりながら弁解を始めると、蒼衣は俺の肩に顔を埋めたまま、小さくプッと噴出した。そして、その肩が小刻みに震える。
　その蒼衣の笑いに俺は、自分がいかにアホな言葉を連ねているのを改めて認識した。
　さっき言った言葉を否定するような事言ってどーするよ、と俺は心の中で自分で自分に突っ込む。
　暫くそうして蒼衣は俺の肩口に顔を埋めたまま、小さく肩を震わせて笑っていたが俺が無言になると、その笑いを引っ込めた。

「直輝くん。」

　蒼衣が俺の肩口から顔を挙げ、真っ赤になっているその顔で俺を見つめた。もうその顔には俺の言葉を笑っていたような面影はない。それどころか、蒼衣の瞳は薄く濡れていた。
　まるで泣いているようにも見える蒼衣の瞳に、俺は一瞬ドキリとする。

「ありがとうね。」

　そして泣いているように濡れている瞳を微笑みの形に細めると、そう俺に言う。
　何故蒼衣が俺に対して礼の言葉を述べたのか、俺には一瞬解らなかった。
　だが、次の瞬間蒼衣は唖然としている俺の唇に体を屈めて、柔らかくキスをしてきた。そして優しく触れて、すぐに離れる。

「やっぱり僕、直輝くんの事、大好きだよ。だから、僕が直輝くんへのこの感情を自分で受け止めて自信を持って言えるようになるまで、直輝くん、待っててくれる？　それと、直輝くんが僕の事ちゃんとどういった感情で好きなのか解るまで、僕も、待ってていい？」
「……え？」

　蒼衣が一体何を言っているのか、俺には瞬間理解が出来なかった。
　頭の中で何回か蒼衣の言葉を反芻する。だが、やっぱり良く意味が理解できない。
　すると、蒼衣は俺のそんな心理を読み取ったのか、恥ずかしそうに小さく笑った。

「僕は、直輝くんが大好きだよ。そりゃ、まだ自信を持って堂々と恋愛としてって言えないけれど、でも、いつか今の友達って関係から恋人になれたらいいなーってそう思ってる位には、恋愛として好きだよ。勿論、僕一人だけがそう思ってるんじゃなくて、直輝くんも恋愛として僕の事好きになっててくれたら嬉しいなぁ〜って思ってるんだけど……それじゃ、答えにならないかな？　直輝くんの質問の答えに。」

　相変わらず顔も耳も項も赤く染めたままで、蒼衣は俺にさっきの言葉を言い方を変えてもう一度説明をする。
　そしてそれを、俺が尋ねた質問の答えとしたいようだ。
　つまり、蒼衣はいつかは俺と恋人になりたいと思ってるくらいに、恋愛感情として俺のことを好きらしい。
　だがそれはまだ自分自身で胸を張って自信を持っては言えない位、曖昧なもので。
　しかも、俺が蒼衣に対して抱いている感情が恋愛としてのものなのか、友達としてのものなのかがはっきりと解らない限りは、恋人にはなれない、と思っている。
　つまり。

「――それって、お前の気持ちと俺の気持ちが同じ方向で固まるまで、友達って関係で良いって、事、か？」

　思わずそう確認を取る。
　すると蒼衣は、にっこりと笑って頷いた。その笑顔は恥ずかしさを含んではいたが、それでもかなり晴れ晴れとしたものだった。
　それで、蒼衣が自分自身の感情に自分でちゃんと向き合う決心をしたのが解った。
　蒼衣の笑顔と答えに俺は、少しだけ物足りないものを感じる。だが、それがどれだけ自分勝手な期待に寄るものか解っているだけに、俺は蒼衣のその答えに納得したように頷く。
　俺が、分かった、と言うと蒼衣は俺の腕の中からスルリと抜け出し、同じ姿勢で固まっていた関節を解すためか、小さく伸びをした。

「――お腹減っちゃったね。ご飯、温め直すから、直輝くん一緒に食べよ。」

　そして、数歩和室の方へ歩き、俺を振り返ると、晴れ晴れとした笑顔でそう言った。






　結局俺達はあれだけ濃厚なセックスして、好きだって言い合って、告白すれすれの会話して、それでもまだまだ当分“友達”のままらしい。
　ここまで来て、自分の感情を偽るのは男らしくないってーのは解っているさ。それでも、俺はやっぱり自分が蒼衣の事を恋愛対象で見ているのかどうか、まだはっきりとは解らないし、蒼衣の事をいつか恋人だと思える日が来るのかどうかも解らない。
　ただ単に蒼衣の体にハマってるだけかもしれねーし、それで、蒼衣の事をそーいう意味で好きなのかもしれないって勘違いしてるのかもしれない。そもそも男とセックスをした、という異常な状態がそう思わせているのかもしれない。
　そんな自分自身の蒼衣に対する感情の曖昧さと、はっきりと蒼衣に恋愛感情だって言い切れない自分、そしてその事に色々と理由をつけ、言い訳をつけている自分に情けなさと憤りを感じる。
　蒼衣は俺よりもきっと自分の感情をはっきりと理解しているというのに。
　それなのに、蒼衣は俺に待ってといい、俺を待つとも言ってくれた。
　どっちがリードしてるのかわかりゃしねぇ。
　だが、それでも、きっと俺はもう暫く蒼衣の言葉と寛容さに甘えるんだろう。
　だってそうだろう？
　俺達は男同士だ。女と男が付き合うのとは訳が違う。
　セックスしておいて何だが、男同士で恋人になるっていうのは、やっぱり『普通』じゃない。周りの目もある。親や兄弟に知られたら、きっとただじゃ済まない。仲良くしてるダチだって、俺が男を恋人にしたらどんな態度に転ずるかわかったもんじゃねー。
　だから、そんな俺の偏った認識とまだ俺にも残っていたつまんねぇ世間体って奴を取っ払うくらい、蒼衣の事を好きだって思える日が来るまで、申し訳ないが蒼衣の言葉に甘えさせて貰いたい。
　それが明日になるのか、それとも、数年先になるのかは解らないが……。
　きっと必ずその日は来ると、俺は予感していた。
　その時は、待たせた分だけ蒼衣に囁いてやろうと思う。

　好きだぜ、って。

「これからも仲良くしてね。」

　そう蒼衣があの日のように晴れ晴れとした笑顔で、俺に頭を下げた。
　それに俺は苦笑を絡めた笑顔で、頷き、わしゃわしゃと蒼衣の頭を撫でる。
　すると蒼衣は嫌そうに俺の手を取り、髪の毛をぐちゃぐちゃにした俺に小さく文句を垂れた。
　蒼衣の文句に俺は更に蒼衣に軽口を返し、その頭をぐちゃぐちゃに掻きまわしてやる。それをまた蒼衣が必死の形相で阻み、更に俺に対して言葉を返す。それにまた俺が軽口を返し……。
　そうして俺たちは、バカみたいにじゃれあい、言い合い、笑いあい、暫くガキみたいにはしゃぎあう。
　この時間がずっと続いていけばいいと、恐らく俺と同じように蒼衣もまた思っていると信じて。確信して。

　一通り騒いだ後。
　俺達は、ゆっくりと互いの存在を必要とし、近づいて、深まっていくのだろうと、窓から見える抜けるように蒼い空を見上げながら俺は思う。
　それが、友情でも、欲情でも、愛情であっても。
　どんな形でも、きっと、俺達はずっと“仲良し”ってー奴なんだろう。
　このまま、きっと、ずっと。

　俺達の大学生活はこれからも続く。