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NOVEL

Un tournesol 〜深き悩み、加えて、新たなる波乱?〜
12

注意) 特になし

 お互い勇と別れた後、終始無言だった。
 直輝と蒼衣はそろそろオレンジ色に染まりかけている街中を駅の方へと歩きながら、互いに勇が二人の関係に零した言葉の意味を考えている。
 勇には色々な言葉をかけられた。
 それは、確信を突くものでもあったし、今更ながらにハッとさせられるものだったりもした。その中でもひと際蒼衣の心に深く突き刺さっているものがある。
 ――……なるほどネ。でもサ。もし、二人が晴れて恋人同士になった時、その事を直輝の両親にはどう説明するの? 蒼衣ちゃんを紹介するの? 出来るの? 結婚もできないのに?――
 そう、厭味でもなく、嘲るでもなく、勇はただ素朴に二人の今後に対しての疑問としてなんとなく口に上らせたのだろう。そうでなかったとしても、少なくとも蒼衣は、そう捉えていた。
 だがその言葉は予想以上に蒼衣と、そして勿論、直輝の心にも重く圧し掛かっている。
 特に蒼衣に至っては、その言葉に含まれる重大さと深刻さに塞ぎこみ、未だに顔面蒼白になっていた。
 それもその筈だ。
 直輝をこんな人の道に外れるような関係に引きこみ、誘惑したのは、――蒼衣なのだから。例え直輝がそれを否定したとしても、蒼衣自身は深くそう思いこんでいる。
 あの時、蒼衣が直輝にあんな事を迫らなければそもそもこんな関係は築いていなかった筈だと。お礼だと言って、体を繋げた。最初は蒼衣の申し出を拒否し、パニックになっていた直輝。それもその筈だ。直輝には男同士でセックスをするという発想がない程、直輝はノーマルなんだ。そんなノーマルな直輝が結局は蒼衣の必死さとその過去に同情をし、一夜限りの約束で関係を持った。それだけで終わってしまえば、いつかは笑い話で済み、“普通の世界”で生きていた直輝にこんな重い問題を抱えさせなくてもよかった。
 それなのに。
 一度は友達になってくれるだけで幸せで、体など繋げない友達のままで良いと思っていた癖に、結局は一度味わった直輝の優しさに、そして、直輝に触れられたいという体の欲求に逆らえず直輝にもう一度抱いてもらう事を望んだ。せがんだ。泣きついた。
 その浅ましさが招いた、あり得ない筈の、今。現在。
 あの時から今まで、直輝は変わらず蒼衣の隣に居る。
 だがそれはあくまでも蒼衣がそれを望み、求めているからだ。その感情を直輝が汲んで、そして蒼衣の過去に同情して体を繋げた負い目で、こうして蒼衣に付き合ってくれているだけだと、そう思っていた。
 だから本来なら直輝がこうして蒼衣の隣を歩いている事自体、あり得ない事だったのだ。
 そのあり得ない事態を引き起こしたのは、他でもなく自分だ。
 あの日、あの時、直輝の体を求める蒼衣に、直輝は何度も何度も自分達は友達だと、それ以上でもそれ以下でもない、と、そして、あれ一度きりだった筈だ、と、そう冷静に、そして賢明に説いたのに……。それなのにそれを半ば無理矢理、滅茶苦茶な事を言って迫り、そのせいで直輝を怒らせ、冷静な判断さえも失わせ、結局越えてはならない一線を越えさせた。
 それが怒りからくるものであっても、蒼衣と体を繋げる事を選んだのは、直輝自身だと蒼衣は思わない。しつこく迫ったが故の過ちなのだと、そう思っている。
 そしてその時何故あれ程までに直輝が怒ったのかも、今だ蒼衣には分からなかった。勿論、その怒りがどこから来たのかも、何故蒼衣の不用意な言葉に直輝が怒ったのかも、蒼衣には想像もつかない。想像する余地さえない。
 ただただ、今はこうして直輝が隣にいる事を、そして、直輝の両親に対して顔向けできない事をしている自分に対して、馬鹿な事をしたと責め立て、消えてしまいたいと思っている。
 そう、蒼衣はひたすら自分を責めていた。
 勇の言葉がもたらした混乱は、蒼衣の手には余り、その脳内は自分を責める言葉と、直輝に対する申し訳なさと、そして、直輝への両親への謝罪と自責の念でいっぱいになっている。
 まだ耳の奥に残っている勇の声が、大きくなってきた。
 ――まさか、ずっと黙ったママ、ずっと内緒にしておく、なんてマネしないよネ? いつかは話さなきゃいけなくなるんじゃナイ? その時は本当にどうするの?――
 頭の中で何度も何度もリフレインするその言葉に、蒼衣は唇を噛む。
 そして、どうしよう、と思う。
 直輝の両親になんて、絶対に会えない。
 顔を合わすことさえできない。
 そんな事になったら、直輝くんに酷い迷惑をかけてしまう……。
 そんな事ばかりが頭の中をぐるぐると回る。
 まだ会うと決まった訳でもない、直輝に紹介すると言われた訳でもない。ただ、勇にそう指摘されただけだ。実際に今から会うなんて事は、絶対に、ない。
 だから、今蒼衣が想像している事は、本当にまったくの一方的な思い込みと、勝手な推測でしかなかった。
 だが、それでももし何かの拍子や、それこそ、直輝が両親を紹介するような事態にでも万が一なったとしたら、その時、直輝の家族が、いわゆる普通の人間が、普通ではない自分に対してどんな視線を向け、どんな反応を返し、そして何よりこんな自分と付き合おうとしてくれた直輝に対してまでその大切な肉親が蒼衣に向けるのと同じような視線を向けるかもしれない、と言う事は簡単に想像できる。
 こんな変態としか言えない女装趣味で、しかも、男の癖に男に抱かれる事が当たり前の日常で、それが普通だと思いこまされた生活を送ってきた“普通”ではない蒼衣は、どこまでも“普通”な直輝の傍にいる事さえ本来は許される事ではない。そう蒼衣は考える。
 そもそもまだ蒼衣と直輝は、友達以上恋人未満の間柄であって、確かに好意は抱いてい入るが、その互いの互いに対する感情が本当に恋愛感情なのかさえも当事者なのにはっきりできていない。
 それなのに直輝の両親に会ったり、ましてや紹介だなんて、想像するだけで恐ろしい。
 もしこれから先、互いの気持ちがそうだと互いにはっきりと言える日が来て、勇の言うとおり、晴れて恋人同士になれたとしても、いや、だからこそ、その時は絶対に直輝の両親には会えない。合う訳にはいかない。会わせる顔なんて、ない。
 自分という異端者のせいで、直輝の両親がどれだけ嘆くか、憤るか、不快に思うか、そんな事は考えなくても蒼衣にも分かる。
 まともな倫理観や、人生を歩んで来た人間であればあるほど、蒼衣のような異端者には不快感を覚え、拒絶反応を示すだろう。
 しかも、大切に育ててきた息子がそんな男に――例え一時の気の迷いだとしても――引っ掛かったなどと知れれば、どれ程怒り狂うことか。しかも、ノーマルだった直輝を誘い、男とスる快感を教え、普通の男としての道を誤らせたのは、間違いなく蒼衣なのだ。
 それを思うと蒼衣は、直輝の両親に対して心底申し訳ないという気持ちが際限なく膨らんでいく。出来る事なら、今この場で自分の息の根を止めて、直輝の前から消え去ってしまいたいと思う程に。いや、寧ろ時間が戻せるのならば、直輝と知り合う前まで時間を遡り、直輝と知り合うという偶然さえもどうにかして起こらないようにしたかった。
 ――あの時、あのままあの人達に昔のように強請られたり、殴られたり、それこそあの人達のたまり場まで抵抗せず連れて行かれた方が、きっと良かったんだ。
 あの時、ヒトとして生きて行く、なんて強がらなければ、きっと、こんな風に直輝くんを悩ませることも、もし直輝くんのご両親に会うことになって、嘆かれたり、絶望されたりする事はなかったのに……。
 そんな思いが湧き上がる。
 なんて自分は浅はかで、馬鹿なんだろう。
 一時の感情に任せて直輝くんを巻き込んで、不幸にさせて、人の道を外させて……、僕はやっぱり普通の人間になろうなんて、欲張ったらダメだったんだ。
 あんまりにもマスターや朱里さんが僕を人間として扱ってくれるから、人間として生きてもいいんだ、なんて馬鹿な勘違いをしてしまった。僕には、普通の人間として生きて行く資格なんてまったくなかったというのに……。
 そう胸の中で己の過去を振り返り蒼衣は反省し、呟く。
 そして、直輝と付き合うという事はその家族にも影響が及ぶという事を今の今までまったく失念していた自分を呪い、叱責した。
 自分にはもう家族といえるような血の繋がりのある人間は一人としていやしない。
 だが、直輝には血の繋がった大切な家族がある。
 直輝が傍にいてくれる事に、こうして大切にして貰える事に浮かれ、のぼせあがり、周りの事を見ていなかった。見えていなかった。
 どれだけ直輝の両親は、蒼衣の存在を嘆くだろう。悲しむだろう。怒るだろう。絶望するだろう。
 それを思うと、心がとても痛かった。
 これから先、直輝の両親や兄弟、そして親類縁者の人達を自分という存在のせいで、泣かせてしまう事に。絶望させてしまう事に。そしてなにより、直輝を苦しめる事に。

「……っ、僕は……。」

 ――なんて取り返しのつかない事を。
 続きは声にならず胸の中に、苦しさと悲しさと辛さと言った感情とともに落とされる。
 直輝の人生を滅茶苦茶にしてしまう危険性を孕んだ、こんな関係はもう止めるべきだ。自分には直輝は過ぎた相手だったのだから、潔く直輝の両親の事や未来を思い身を引くべきだ。……いや、身を引く、なんて事さえもおこがましい。直輝の記憶から綺麗さっぱりと自分の記憶を消してしまい。
 そんな思いで蒼衣の頭の中は一杯になる。
 だが、そんな事を考えれば考えるほどに胸は苦しくなり、切なくなり、――何故か直輝が酷く恋しくなった。
 直輝は蒼衣がその気になって少しだけ手を伸ばせば届く距離にいる。隣にいる。ともすれば体温だって、呼吸音だって、この雑沓の中でもはっきりと感じる事が出来るのだ。
 それなのに、どうしたって触れられない。
 触れちゃいけない。
 これ以上、傍には居られない。
 居てはいけない。
 そんな風に思い、蒼衣は大勢の人が歩くその雑沓の中、一瞬その場に立ちすくむ。
 このまま居なくならないと……、そう瞬間的に思い、大勢の人の流れに紛れて踵を返そうとした、――その時。

「……蒼衣、行くな。」

 静かな直輝の声と、そして、がっしりとした肉厚の手のひらが蒼衣の手を掴んだ。
 その直輝の少しがさついた手のひらの感触と、温かさと、優しさの籠った直輝の声に蒼衣はじわりと目元が熱くなるのを感じる。
 まるで蒼衣が考えていた事を見透かしたような直輝の言葉と、そして、引き留めるように繋ぎとめられた手。
 触れてはいけなかった筈の、その人の体温がそこにある。
 それだけの事で蒼衣は自分の膝から力が抜けて、崩れ落ちてしまいそうな感覚を味わった。
 それは安堵から来るものだったのか、それとも、恐怖からだったのか……。
 今さっきまで頭の中で考えていた悲壮な決意と、今、目の前にあるこの現実の乖離に、蒼衣は自分がどれだけ直輝の存在に救われ、支えられているのかを知る。
 だが、その半面。
 自分は直輝に何一つとしてしてやれる事がない、寧ろ自分の存在が直輝にとってはどれだけその輝く未来を潰し、足を引っ張るものでしかないのだという現実が辛い。
 どうやったって自分という存在は、直輝にとって足枷としかならない。
 だから、今目の前で蒼衣を優しい目で見つめている直輝の存在が辛かった。

「行くな、蒼衣。」

 もう一度、全てを見透かしたように直輝が蒼衣に向けて同じ言葉を告げる。
 その声に、言葉に蒼衣の体は震え、その切れ長の瞳には溢れんばかりに涙が盛り上がってきた。

「……僕、僕は……。」
「あいつの言った事は気にしなくていい。――いや、忘れろ。」

 何かを言おうと唇を震わせながら言葉を吐き出そうとすると、それを遮るように直輝がきっぱりとそう言い切った。
 それに蒼衣は困ったように眉を八の字に下げ、ふるふると頭を振る。

「で、でも……、っ……ぅ、っ。」

 直輝の言葉に救われそうになりながらも、蒼衣は忘れるなんて無理だとそう伝えようとする。
 だが、その言葉は蒼衣自身の嗚咽に掻き消された
 ぎりぎりまで溜まったダムが決壊を起こすように、直輝の言葉と掴まれた手の熱さに涙の決壊が破れ、ぽろりと目尻に溜まった涙がその頬に零れて行く。
 一度零れてしまえばそれは止めどなく蒼衣の頬を濡らしていった。
 女装をしているとはいえ、大の男がこんな往来の真ん中で立ちすくみぽろぽろと涙を流す事に蒼衣は恥ずかしさを感じる。しかし、それ以上に直輝との先のない未来にも、どうしようもない自分自身にも絶望し、流れる涙を止める事はできそうになかった。
 そんな蒼衣を見て、直輝は一瞬困ったように苦笑した後、掴んでいた手を一瞬だけ離し、そのまま蒼衣の指に自分の指を絡めるようにして繋ぐ。

「誰にも視えねぇ、未来(さき)なんざ考えるな。来てもない未来(さき)を憂うな。」
「……っ、だけど……っ。」

 ぎゅっと繋がれたその手の温かさにまた蒼衣の瞳からは大粒の涙が転がり落ちる。しかし、じっと眼を見て言われた言葉に、蒼衣は頷く事は出来ずふるふると頭を振った。肩に流れ落ちる黒髪が、蒼衣が顔を振るたびにさらさらと風に舞うように広がり、そして、その白い頬へとかかる。そのまま涙に濡れた頬に幾筋かの髪の毛が張り付いた。
 その髪を直輝は手を伸ばして払うと、涙で濡れている頬を包むように手を置く。
 そして、もう一度蒼衣の瞳をじっと見つめながら口を開いた。

「今は俺の傍に居ろ。」

 蒼衣が何を考え、悲しみ、絶望したのかは先ほどまで蒼衣と一緒に勇の言葉を聞いていた直輝にもなんとなくわかる。勿論、蒼衣が勇のどの言葉に対してここまで憂いているのかまでははっきりとは分からない。それでも、勇のなんらかの言葉に寄って蒼衣がショックを受け、戸惑い、自分を責め、そして直輝との未来を憂いている事は直感的に理解していた。
 確かにあの勇の言葉の数々は、直輝にとっても少なからずショックが大きいものだった。
 いつか遠くない未来、蒼衣とのこの関係を肉親に話さなきゃならない時がくるかもしれない。そんな初歩的な事に気がつかされたからだ。
 だが、直輝は勇のその言葉に蒼衣ほどの悲壮感は抱いてはいない。
 もし蒼衣との関係にきちんとけじめをつけた後、両親や兄弟に蒼衣との事を話す時が来たとしても、蒼衣を紹介しなければならない時が来たとしても、その時に自分の心が決まっているのならばそれは直輝にとって別段、難問でも、障害でもなかった。
 そして、もし、万が一にも蒼衣との関係が発展しないまま終わりを迎えたとしても、それは自分の両親や兄弟には関係のない話だ。
 勿論、今の直輝には蒼衣とのこの関係を終わらす気持ちはないし、いつまでも今のように優柔不断な状態で付き合っていくつもりもない。
 蒼衣が少し席を離していた時に、その辺の事は勇にも伝えてある。
 直輝と蒼衣の未来は、確かに勇の言うとおりバラ色なものではないかもしれない。だが、それでも直輝は今この手の中にあるものを手放す事の方が遥かに自分の人生を暗くするものだと思っている。
 特に他人の言葉に惑わされ、自分達の心や想いを見失い、本心を無視して、大切なものを、大切だと思える相手を、手放す事は直輝には出来ない。
 だからこそ、どうなるか分からない未来を想像して絶望するのではなく、今は自分の傍で自分達の手で未来を創ろう、そんな思いを込めて短く今言える言葉を短く蒼衣に伝えた。
 その言葉が蒼衣の心に届く前に、直輝は蒼衣の手を更に強く指を絡めて握りしめると、蒼衣との距離をもう一歩詰める。
 そして、間近で見上げた蒼衣の泣き顔に向けて、にやり、といつもするように悪戯っぽく笑いかけた。

「ま、もっとも、お前が逃げようとしたって、俺がお前を離さねぇけどな。……こんな風に、な。」

 くつくつと喉を震わせて笑い、まるで蒼衣の想像していた絶望的な未来を吹き飛ばすように、そんな言葉を蒼衣の耳に小さく囁いた。そして、その手を更に強く握る。それはまるで本当に逃がさないようにするかのように強く、しっかりと結びあわされ、その力強さと温かさを蒼衣へと伝えた。
 蒼衣の背丈に合わせ背伸びをし、耳元に悪戯っぽく囁かれたその言葉に、そして、繋がれた手の暖かさに涙が零れ落ちていた白い頬に薄く朱が差す。そしてぽろぽろと零れていた涙も、まるで潮が引くように引き、後に残ったのは頬の上に残った涙の後だけだった。

「……さて、と。そろそろ服でも買いに行こうぜ。蒼衣。」

 蒼衣の心に自分の言葉が届いたのを見届けると、直輝は更に悪戯っぽい表情になり、そう口の端を釣り上げて笑うと、繋いだ蒼衣の手を引っ張った。
 その手に導かれるように蒼衣はゆっくりと頷くと、直輝の手を強く握り返す。





 先を歩いていた勇の足が、ぴたり、と止まる。
 その後ろを釈然としない気持ちで歩いていた順平はその急な立ち止まりに、あわやその背中に顔をぶつけそうになり、慌てて足を止めた。

「なっ、なんだよ。急に止まるなよ。ぶつかるじゃねーか!」

 突然立ち止まった事に、順平は抗議の声をその背中に投げつける。
 だが、勇は順平の抗議には全く反応することなくただじっと立ち止まったままだった。その事に順平は眉根を寄せていぶかしむように瞳を眇め、自分よりも遥かに高い場所にある勇の顔へと視線を上げる。
 そして、おや、と首を傾げた。
 勇の視線は遥か遠くに向けられたまま、動かない。
 じっとどこかを、妙に真剣な、そしてやけに鋭い眼差しで見つめている。
 勇のあまり見た事のないその真剣で鋭い目つきに、順平は一瞬驚く。高校からの付き合いではあったが、勇に気にいられている順平はそれなりに長い時間を勇とは一緒に過ごしている。その順平も見た事のないような真剣な勇の眼差しに、何かの見間違いかと、瞳を何度か瞬かせた。
 だが、何度瞳を瞬いてみても、勇の真剣な眼差しに変わりはない。
 その事にもう一度首を傾げ、そして、一体何を見ているのだろう、と興味を持ちその視線を追いかけて順平も視線を巡らせるが、順平の身長では流れて行く人々の顔は見えてもその先にある勇の視線を惹きつけ離さない“何か”は、一向に見えてこない。
 背ぇデカイ奴はいいよな、遠くまで見通せて。そう胸の中で毒づきながら、順平は勇の視線を追う事は諦め、もう一度勇の顔を見上げる。
 と、真剣な表情の中にまた微妙な表情の変化が見え、順平は首を傾げた。
 新たな変化はまたしても順平が今まで見た事のない勇の表情だったからだ。
 いつも笑みの形に細めているその切れ長の目を、勇は見開き、そして、何故かその眉根に深い溝を刻みつけている。その上、真一文字にきつく結ばれた唇は、普段人の感情の機微に疎い順平でさえどこか悔しそうに、辛そうにその下唇を噛みしめていた。
 一体その視線の先にどんな光景が展開されているのか。
 どっちにしろ普段は笑顔に隠された勇自身の生々しい感情を順平が隣に居ると言うのに表したという事は、余程、勇にとって衝撃的かつ何か思うところのある光景がその目の前に広がっているのだろう。
 どこか悔しそうな表情を滲ませる勇の横顔に、ただ事ではない状況を感じ、順平は、暫くその勇の横顔を見た後、その視線の先に何があるのかを確かめるべく、駆け出そうとする
 しかし。
 勇の横をすり抜け、勇をまるで河の中にある岩を避けるように流れていく人ごみに飛び込もうとした順平のその手首を誰かががっしりと掴んだ。
 勢いを出しかけていたその体は、そのせいでガクンッと一度大きく体を弾ませるようにして浮き落ちた。そしてそれ以上先に進めなくなる。その事に驚き、順平は先に進めない理由を求めて後ろを振り返った。

「順平ちゃん、行かなくていいヨ。」

 そこにはいつものように穏やかな人当たりのいい笑みをその顔に浮かべて勇が、視線を順平に落として微笑んでいる。
 緩く釣り上った唇に、薄く細められた瞳。
 それらは本当にいつもと寸分違わない微笑みで、順平は一瞬さっきみた勇の表情は見間違いだったのだろうかと思う。
 だが、注意深く勇の表情を伺ってみれば、細められた瞳の中には未だ先ほどの驚きが燻っているように順平には見えた。

「……なんなんだよ。何が見えたんだよ。何を見たんだよ。」
「うん。ちょっと、ネ。大したことじゃないヨ。」

 訝しみ、眉根を寄せて、先ほどの表情の意味を問う順平に、勇は瞳の中から先ほどの驚きを完全に消して、頷きながらもう一度微笑んで見せた。
 その余裕さえ見える微笑みに順平は少しばかり苛立ちを覚える。
 勇はいつだってそうだった。
 同い年の癖に、何があっても余裕ぶって。人に慣れ慣れしくベタベタする癖に、自分の感情や思いは話さない。いつだって仲間内の誰よりも大人の顔をして、見下す事はしないが、順平達を子供だとそう思って適当にあやし、本心を悟らせることもなく誤魔化す。
 それは時々酷く順平の気に障った。

「俺にゃ話せねーって事かよ?」
「……そうじゃないヨ。本当に大した事じゃないカラ。」
「っ。」

 苛々とした感情を瞳に込めて見上げると、勇は少しだけ困ったように笑った後、また同じ言葉を繰り返す。
 それに順平は強く奥歯を噛みしめた。
 やっぱり、勇は自分には語らない。話さない。その心の内を。見せない。
 その事がやけに悔しい。
 さっきの映画館での事でもそうだ。
 直輝と蒼衣が結局あそこに居なかったのならそれはそれでいい。これだけ広い街の中で、あの二人を探すのはいくら勇の直感や洞察力をもってしても早々実現する事ではないのだから。
 だから、直輝と蒼衣はあの場所に居なかった、それだけを言えば良かったのだ。
 なのにあの時勇が順平に言った言葉は、「ゲームオーバーになっちゃったから、ご飯奢るヨ。」、それだけ。
 見つけるまで探すんじゃなかったのか、だとか、ゲームはどうなったんだよ、とか、なんでいきなりゲームオーバーなんだよ、とか、蒼衣と日向とは会えたのかよ、とか、ゲームオーバーの時のご飯は割り勘じゃなかったのか、とかとかとか……。言いたい事は山ほどあったが、折角本人がゲームを終わらすと言っているのなら、それらを聞くのは無粋だと思い順平は特に何も言わなかった。だが、やはり強制的に参加されたゲームだった事もあり、始めたのと同様に、何故突然勇がゲームを強制的に終わらせたのかの理由は知りたかった。
 しかし、それを問いただしても勇はのらりくらりとそれをかわして、まともに順平の質問に答えようとはしない。
 その事に苛立っていたのを勇は知っている筈だというのに、更にここにおいてもこの対応。
 朝から引っ張り出され、こうして振り回され、揚句勇に良いように肝心な事ははぐらかされる。
 まるで、お前は俺の手のひらの上で踊ってさえいればいい、とでもいうように……。
 そう理解してしまえば、順平の中で勇に対する不満や怒りが一気に爆発した。

「っ、なんっだよっ! なんなんだよっ! テメー、一人だけでなんもかんも全部分かった気になりやがって!!! 納得した気になりやがって!! バカな俺にゃどんな説明しても無駄ってか?! 説明もテメーの本心も何があったかさえも話したくねーってか?! 余裕ぶって、大人ぶって、そうやって俺をガキ扱いしてっ!! あーっあーっ! そうだろよ! お前にとっちゃ俺なんてダチじゃなくて、扱い易い玩具みてーなモンだもんなっ! どーせ俺の事ダチだなんて思ってねーんだろ?! 俺はお前にとってバカな玩具なんだろうよ!!」
「順平ちゃ……。」
「うっせーなっ! あーっ、もーっムカツクっ! 直輝も日向って奴もムカツクが、テメーが、一番ムカツク! 勝手に全部を見通したお釈迦様の気分にでもなんでも浸ってやがれってんだ!! 手ぇ離せ! 帰るっ!!」

 往来の真ん中で一気に勇への不満を口に上らせる順平に、一瞬勇は呆気にとられたような顔をしてみせその名を呼んだが、それさえも無視して順平は更にヒートアップしていく。
 そして未だに手首を掴んでいる勇に向けて、離せと叫ぶと無理矢理勇をその場に置いて帰ろうとする。
 だが。

「っ、離せってんだろっ!! って、てて……っ、いてーって! マジ、もーっ離せよっ!」
「ヤ。離さない。」
「! ぅっ、つぅ……っ、うぅーーーっ! な、なんなんだよっ!! ムカツクっ!! さんざっぱら俺を無視して一人で納得して結論出して、その癖、俺を巻き込んだ癖にっ! 肝心な事はしゃべらねぇ! 教えねぇ! そんな所がウザいんだよっ! 離せよっ!! 変態っ!!」

 勇の手はどんなに順平が外そうとしても外れず、しかも、更に強く握られて手首に痛みが走る。その痛みに順平は顔を歪めながら勇に手を離すように抗議するが、さらりと勇に笑顔で拒否された。
 ここに来てもまだ勇が余裕の表情を浮かべ、笑顔を向ける事に順平は更に顔を歪める。
 そして、一度下唇を噛んだ後、また文句の嵐を勇に浴びせた。
 周りを行きかう人々が、この順平の剣幕と、怒り狂っている男を繋ぎとめている笑顔の男の取りあわせに驚きや、好奇、恐怖の視線を向け、明らかに何らかのトラブルがあったのだと悟るとそそくさと二人を避けて通りすぎて行く。中にはそのトラブル自体に興味を覚えたのか、ただの好奇心からか、何事かと何度もちらちらと二人の姿を見ながら通り過ぎて行く人達も居た。
 しかしそんな周りの視線にも、順平の剣幕にもまるで頓着していないように勇はもう一度にっこりと順平に笑いかけた後、口を開いた。

「別に俺は大人ぶってるワケでも、余裕ぶってるワケでもないヨ? 実際、それ程俺は大人じゃないし、余裕だってナイし。」
「嘘吐けっ!!」
「嘘じゃないヨ。」
「っ、充分余裕噛ましてるじゃねーかっ!! お前俺が怒ってもいっつも、そうやってにこにこ笑って俺の文句もスルーしまくってて……っ、ただただ俺を宥めるか、そうやって適当にはぐらかしてばっかじゃねーか!!」

 順平を落ち着かせようと笑いかけた事が仇となり、順平は更に怒りを噴火させる。怒りで顔を紅潮させながら、その猫目を更に釣り上げて勇に食ってかかる。
 それに勇は少しばかり困ったように眉尻を下げた。

「俺ははぐらかしているつもりはないんだけどネ……。」

 眉尻を下げたのと同じように勇は口元に苦笑を浮かべ、そう小さく呟く。
 その言葉には、本当に困ったような、戸惑ったような感情が乗っていた。実際、順平がここまで怒るのは珍しいし、順平にこんな風に思われていたという事を直接聞き、少なからずショックもあった。
 勇としては本当に大人ぶっているつもりはないし、余裕ぶっているつもりもない。
 ただ、同じ年の人間よりも洞察力や観察眼、そして空気を読む力が鋭い為、余程の事がない限り己の激しい感情を表現する必要もない上に、勇としては激しい感情を面に表す事が実を言えば少し苦手だったりもする。
 子供の頃から周りの人間の考えている事や感情が意識せずとも良く見えていた。同年齢や、年下ならば尚更手に取るように相手の考えている事が読める。だから、物心着く頃から当たり前のようにうまく立ち回る事が出来た。それがいつしか勇自身の特徴となり、冷静に物事を見る姿が周りにとっても当たり前となり、そういう風に見られるようになっただけだ。
 それを大人ぶっている、余裕ぶっているように見えるというのは、勇にとって少しばかり心外であった。
 表面上は落ち着いているように見えても、内面はやはり年相応にそれなりに揺らいでいる時だってある。
 現に今だって、平静を保っているように順平には見えるかもしれないが、内心は無理矢理自分を落ち着かせているような状態だ。
 理由のはっきりと分かっている揺らぎならば、それを隠し通す事は勇には朝飯前だ。だが、今の揺らぎは自分自身でも何故こんなに動揺をしているのか分からない。そして、その動揺に、先ほど見た光景に気持ちを全て持って行かれ、うっかり順平の前だというのにその揺らぎを表情に表してしまった。
 その事を順平の言葉を聞きながら、勇は少し反省する。

「さっきのがはぐらかしじゃなけりゃなんだっつーの!! 大体お前はいっつもそーだよな! なんでもかんでも自分一人でさっさと決めて、俺達にはなんの相談もなし! さっきだってあんだけ悔しそうな顔して辛そうな顔して何か見てたってーのに、大したことじゃない、って……! んな訳ねーだろ?! お前があんな顔して見てた事が大した事ない訳ねーじゃん!! なんでいっつもそーやってはぐらかすんだよ!!」

 困ったような顔をして順平の手首を握っている勇に向かって、順平はそう吠え続けている。
 それらの言葉を聞きながら勇は、順平が何故怒っているのかの理由がうっすらと分かってきた。
 つまり、順平は普段と違う表情をした勇の事を、本人がそうと知らず心配をしているのだ。
 勿論、今までの勇の当たり障りのない付き合い方に対する不満もそこにはあるのだろう。順平にしてみればいつも人当たりのいい微笑みを絶やさず、のらりくらりと順平の言葉や不満をかわし、いなし、上手い事勇の手のひらの上で転がされていた事に対してそれなりに不満がある。そこに持ってきて自分の喜怒哀楽をあまりはっきりと現さない勇が珍しく現した表情をする原因になった事柄に対して順平なりに勇の心配をして、何かしようと思っていた矢先に勇自身にそれもまたのらりくらりとかわされてしまった。
 その為、心配は怒りに転じ、こうして勇に対してその感情をぶつけている。
 勇にしてみれば自身の余裕のなさのせいで、順平に心配をかける事も、こうやって怒らすことも、予想外の事だ。いつもの自分ならば、自分の発言や表情で順平がどういう反応をするかすぐに想像がつき、もっと上手く立ち回っていただろう。そして、順平の怒りも上手く宥めて、落ち着かせることもできた。
 しかし、今は何をどう言っても順平の心配から来た怒りはほぐれそうにない。それどころか、下手に落ち着かそうと言葉を尽くせば尽くすほど、順平の怒りにますます火に油を注いでしまいそうだった。
 こうして順平の感情を上手く逸らす事が出来ない初めての事に勇は戸惑い、改めて己の中に芽生えた感情を隠す事もせず面に表してしまった迂闊さを反省した。
 順平の前で、なんで感情を出してしまったのだろう、と。
 だから、今の勇が順平に言う言葉は限られていた。

「……ごめんネ。本当に大した事じゃなかったんだヨ。だから……。」
「じゃあ、なんで何も言わねーんだよ! 俺に教えねーんだよ! 大したことじゃねーんなら何を見たのか、あったのか言えるだろ?! なのに何も言わねーではぐらかして、テメーだけ一人でなんもかんも分かってて!! 俺バカだから話してくれなきゃわかんねーじゃんっ!!」

 困ったような顔で謝り、説明をしようとした勇に対してまた順平は苛立ったようにその言葉を遮ると自分の胸の中にある不満を勇へぶつけていく。
 順平の不満と、悔しさにも似た感情の迸りを聞きながら勇は、どうやって順平の興奮を収めようか、それを考える。
 しかし、今の勇は普段ではあり得ないほど心に制御できない揺らぎが起きていた。こんな事は初めてで、勇は順平の激情にも、自分自身の判断力の低下にも酷く戸惑う。
 その為目の前に居る順平を宥める言葉も、言い方は悪いが上手く丸めこむ言葉も思い浮かばなかった。
 どうしたものかな……、そう勇は順平の手を握りしめたまま考える。
 小手先の誤魔化しはどうやったって今の順平には届かないし、そもそも、それ自体が今の勇にはできそうになかった。いつもなら意識せずに出来ていた事が、今は上手くできる自信がなかった。
 相変わらず怒り続けている順平を見下ろしながら、勇は諦めたように溜息を吐く。
 結局、どれ程考えても今の自分ではこの順平の怒りを鎮める事はできそうにない。
 だから。

「順平ちゃん。」

 すぅっと決意を込めて息を吸い込んだ後、静かな声でそう順平の名前を呼ぶ。
 そのあまりに静かな声に順平は一瞬文句を言っていた口をつぐみ、勇へと視線を向けた。
 そこには先ほどまでの困ったような顔ではなく、真剣な表情を湛えた勇の顔があり、その普段は見ない妙な迫力に順平の心臓がどきりと鳴る。

「な、んだよ……っ。」

 勇の真剣な表情と瞳に気圧されたように順平は今まで不満をぶつけていたその勢いが鈍り、思わずそう戸惑ったような声が漏れた。そんな順平に、勇はまたしても見せた事のないような気弱な笑みを向ける。
 そして、握っていた順平の手を離した。

「ネ、良かったら、俺の話、聞いてくれる? 俺自身も珍しく答えが出てない事について、なんだケド。」
「え……?」
「聞きたく、ナイ?」

 順平の顔を見つめながらどこか弱々しい笑みを向けて言う勇に、順平は一瞬面喰い、思わず聞き返してしまう。
 そんな順平に勇はやはりいつもとは違う力のない声で聞く気はないのかと問われて、順平は急いでぶんぶんと頭を横に振った。

「き、聞く! 聞いてやるよ!」
「ん。ありがとう。」
「べ、別に、礼を言われるような事じゃ……。」

 勢いよく顔を振りながら順平が大きく頷くと、勇はどこか安心したようににっこりと笑い、礼の言葉を述べる。それに順平はどこか照れたような表情で微かに頬を染めると、ごにょごにょと礼を言われた事にたいして口ごもる。
 それでも初めて勇が自分を頼ってくれたという事が余程嬉しいのか、さっきまで怒っていたのが嘘のようにその顔に笑顔を浮かべると今度は勇の手首を順平が握った。

「俺、バカだからさ、大したアドバイスとかはできねーかもだけど、でも、話聞くだけはできっから! 大船に乗ったつもりで話せよな!」

 にこにこと上機嫌でそう勇に向けて大見栄を切る。
 その順平の上機嫌顔に勇はどこか救われたような気持ちになりながらも、話を聞いて貰うだけじゃ解決は出来ないんだけどネ〜、なんの大船に乗るんだか、と何かものすごく自信満々に胸を張っている順平に対して心の中で苦笑をした。しかし、嬉しそうにしている順平に対してそう思うのも失礼な気もしたので、勇は順平に向けて微笑みもう一度、ありがとう、と礼の言葉だけを述べる。
 すると順平はますます照れ臭そうに、でも嬉しそうに笑う。
 そんな順平に勇は自分がゆっくりといつもの自分を取り戻していくのを感じた。

「じゃあ、とりあえずどっかに移動しようネ。……俺達今スゴイ注目の的だカラさ。」
「へ……? あ、そ、そうだな。」

 へへへ、と笑う順平に、勇はいつもの笑顔で笑いかけると移動を提案する。そして、体を折り曲げ順平の耳元にそっと周りの状況を伝えた。
 その言葉を聞き、順平は改めて周りを見て、通り過ぎて行く人達の視線が好奇心に彩られて自分達に注がれている事に初めて気がつく。
 気が付いてしまえば、まるでちくちくと刺さるように注がれる好奇の視線に、今まで散々人通りの多い往来で勇に対して怒鳴りまくっていた事が恥ずかしくなってくる。
 かぁっと顔を赤く染めると、勇の提案に二つ返事で頷き、握りしめていた勇の手首から手を離した。
 それに勇がくすりと笑うと、長い手を持ち上げ順平の頭をいつもするようにぐしゃぐしゃと掻き回す。突然、頭を撫でられ順平は驚いたような顔をして勇を見上げた後、いつものように嫌そうにその顔を歪める。
 そして、やめろよー、といつものように嫌そうに勇の手を振り払う。
 順平の反応に、ようやくいつも通りの雰囲気と互いの関係が戻ってきた事を勇は感じ、自然に口元が綻んだ。

「……なんだよ。」
「ンー? 別に? ……行こうか、順平ちゃん。」
「……。」

 なんだか嬉しそうに微笑む勇を見上げ、順平は唇を少しばかり尖らせてその微笑みの意味を問う。
 だが、勇は嬉しそうに微笑み返し、いつものように軽くはぐらかした後、順平の腕を取り歩き出した。
 勇の腕に引っ張られる形になり順平も歩き出しながらも、いつものようにそれに抗議の声は上げず、順平は先を行く勇の自分よりも高く広い背中を見つめる。
 何故か、その背中は沈み行く夕陽に照らされているせいかいつもよりも小さく見えた。