HOME >>

NOVEL

Un tournesol 〜深き悩み、加えて、新たなる波乱?〜
13

注意) 女装エッチ/鏡/体臭に言及

 さっきからずっと胸の高鳴りが止まらなかった。
 直輝に握られている手からまるで全身が心臓になったかのように、蒼衣の体はドキドキと脈打っている。
 欲しいものを一通り買い揃え、夕食を軽く済ませた後、直輝に導かれるままに街中の一角にある、ある建物の中を今蒼衣は直輝に手を繋がれた状態で歩いていた。
 この手の建物自体に入った事は過去、実は何度かある。場所自体は勿論全て違ったが、どれも一般的にブティックホテル、ラブホテルと言われる類の建物だ。
 だから、建物自体が珍しい訳でもないし、こういった場所に慣れていない訳でもない。
 勿論ある程度慣れているからと言っても、今までこの場所を訪れる事に全く緊張しなかった訳ではないし、それなりにドキドキもしたのだろうとはおぼろげに思う。だが、当時は、明らかに今とは違う感情が蒼衣の中にはあり、そして状況もまるっきり違っている。
 その当時蒼衣の胸の中を満たしていたのは、何に対してもただただ無味乾燥なもので。特に感動もなければ、絶望もない。いや、絶望を感じる余裕さえない程、その当時はただただ生きるのに精一杯だった。だから、ここは「セックスをする場所」と言う意味以上の何かを感じる余裕などなかった。
 だけど、今は……。
 まるでこんな場所に初めて来たような、恥ずかしさと、表現できない嬉しさと、照れ臭さと、そして緊張が入り混じった複雑な感情が蒼衣の心を占めている。
 握られている手が、熱かった。
 先を歩く直輝の背中が、眩しかった。
 心臓が煩く鳴り響いていた。
 足元はまるで雲の上を歩くようにおぼつかなく、視線は恥ずかしさと緊張で忙しなく左右に動く。
 直輝くんと、ホテル……、なんか、凄く緊張する……。そんな思いが蒼衣の心を独占し、ますます蒼衣は緊張と恥ずかしさで直輝の背中を直視できなくなっていた。
 こんな感情を抱くのは、初めてだった。
 足元がふわふわして、頬が熱くて、まともに前を見れなくて、直輝に引っ張られるままに廊下を歩いて。床に敷かれている赤茶けた絨毯の上をゆっくりと歩いている。
 この手の建物の内装なんてどこだってそう大差はない。歩く廊下は更にどこも同じような作りだ。それなりにデザイン性を重視された造りではあったが、どこも大抵、プライベートを尊重してか、それとも気分を盛り上げるためか、間接照明を使った薄暗い灯りで、薄暗い廊下が続く。そしてその廊下や壁は良く見れば薄汚れていて、簡素な廊下に整然と並ぶそれぞれの部屋に通じるドア。そのドアをくぐれば、その先にはバスルームと大きめのベッドが置いてあるだけのシンプルな部屋があるだけ。
 大して心が躍るようなデザインや、内装がしてある訳じゃない。
 それでも普通のビジネスホテルに比べれば、訪れる恋人達の心を燃え上がらせ欲望を煽る仕掛けはそこそこあった。
 それはこの場所が、ただ睡眠を取ったり、疲れを癒したり、恋人同士で幸せを感じる場所と言うよりも、人間の欲望を発散する事を目的に作られた場所だからだろう。勿論、この場所で幸せを感じるカップルも多いだろうが、この場所に来る目的の大多数は基本的に欲情を満たすセックスをする為だろう。その為の施設だ。
 だから本当ならば蒼衣がこんな風にふわふわした気分になるような場所ではないかもしれない。どちらかと言えば、これから先に起こる期待や、欲望の発散にそわそわする場所のような気もする。
 それでも、直輝と居る、それだけでこの場所がとても神聖で素晴らしい場所のように思えてくるのが蒼衣にはとても不思議だった。
 浮足立っている、と言えるようなふわふわした足取りで、高鳴る胸を抱えて、蒼衣はおごそかな気持ちになりながら直輝に引かれるがままその後を着いて歩く。
 と、直輝の足があるドアの前で止まった。

「この部屋みてーだな。」

 まるで独り言のように呟いた直輝の声に、蒼衣の体がびくりと大きく揺れる。
 それに繋いだ手から気がついたのか、直輝が後ろを振り返りいつものような意地悪な顔をしてみせる。

「なんだよ。嫌なのか? それとも、怖いのか? すげぇ顔強張ってるぞ?」
「……っ、ち、ちが……っ。」

 そんな訳ないと分かっていながら、直輝は顔を真っ赤にして俯いてしまっている蒼衣にそう意地悪に聞く。それに蒼衣はもう一度びくりと体を震わせた後、ふるふるとその頭を振って直輝の言葉を否定した。だが、言葉は途中で途切れ、ちらりと恥ずかしそうに直輝の顔を見る。

「ん? どうした?」

 顔を真っ赤にして俯き加減でちらちらと直輝を見ている蒼衣に、直輝は更に意地悪な気持ちになりながらそう蒼衣の心境を聞きだそうとそう尋ねる。
 すると、蒼衣は更に恥ずかしそうに瞳を伏せると、何かを口の中でごにょごにょと言う。
 直輝のところまで届かないその声に、直輝は小首を傾げると蒼衣に顔を寄せた。

「なんだよ? 聞こえねーぞ?」
「ぁう……、そ、その……、なんか……、直輝くんと、その……、すっ、好き、な人と、ホテルっていうのが、初めてで……。その、なんか、……凄く、嬉しいっていうか……、緊張するっていうか……、恥ずかしいっていうか……。だから、その……ぁうう……。」

 直輝が背伸びをし、顔を寄せるとようやく聞こえるような声の大きさで蒼衣は、本当に恥ずかしそうに今の自分の心情をごにょごにょと口ごもりながら直輝へと伝える。
 しかし、話している途中で恥ずかしさがピークに達してしまったのか、かぁあっと首筋まで真っ赤になると、直輝の視線から視線を外して横を向き俯いてしまった。
 そんな蒼衣に直輝はまたしても制御不能なほどの熱情が臍の下あたりから強く湧きだす。
 じぃっと蒼衣の真っ赤になった顔を改めて一度覗き込んだ後、掴んでいる手を強く握ると、くるりと向きを変え無言のまま手にしていたカードキーをドアへと差し込む。微かな電子音の後に、施錠が外れた音が小さく響くと、すぐに直輝はドアノブを押し部屋の中へと蒼衣の手を引っ張ったまま入っていった。
 強く握りしめられた直輝の手の力強さと、その手から感じる熱さと、微かに湿り始めたその手のひらに蒼衣もまたドキドキと胸の高鳴りを抑えられない。
 引かれるままに部屋へと続くドアをくぐり、ふわふわとした足取りのまま直輝に着いて歩く。
 だが、部屋の中に入った瞬間に、直輝の手が更に強く蒼衣の手を引き、まるで引き寄せられる形で直輝の体へとぶつかる。その事に驚き、蒼衣の手に握られていたいくつかの紙袋などがドサドサと音を立てて床の上へと落ちた。
 と、同時に蒼衣の後ろにあった部屋と廊下を繋ぐドアは直輝の手により手荒く閉められる。
 バタンッ、と大きくドアが閉まる音が部屋の中に響いた時には、蒼衣の腰は直輝に強く抱きしめられていた。

「っ、な、おき、く……っ。」

 ドキドキと大きく高鳴る心臓の音が直輝にダイレクトに響きそうで、蒼衣は少し恥ずかしそうに直輝の腕の中で身をよじる。だが、当然のごとく直輝の腕は外れる事はなく、ますます強く抱きしめられた。
 そして、その腕はそのまま蒼衣の服の中へと遠慮なく入っていく。カーディガンの中に忍び込んだ直輝の手が、腰から背骨へと撫でるように動かされ、蒼衣の体が少し緊張したように硬くなった。
 直輝の手の動きに蒼衣は更に恥ずかしさが募り、そして、首筋にかかる直輝の髪の毛の感触にさえ敏感に反応しそうな自分を必死になって律する為にきゅっと下唇を噛みしめ、体を硬くした。

「……蒼衣。」

 そんな蒼衣の反応に直輝は小さく苦笑を零すと、その名を呼ぶ。その声に反応し、直輝を見下ろすように視線を移した蒼衣に直輝は、背伸びをするとその唇に自身の唇を押し当てる。
 軽くついばむように食み、蒼衣が直輝とキスをしやすいようにと少しだけ体を屈ませると、そのまま深くその唇を貪った。薄く開いていた唇の隙間から舌をねじ込み、蒼衣の口の中に舌を這わす。蒼衣の舌が恐る恐る出てくれば、それを絡め取り、吸い込み、舐める。
 そうしながら蒼衣の体を先ほど閉めたドアに押し付けるようにすると、直輝は蒼衣の背中に回していた腕を下へと下ろした。

「っ、ん、んん……ぅん……っん、んんっ!」

 蒼衣の唇から甘い吐息が零れる。
 それとともに、びくり、と体が震えた。
 直輝の手が蒼衣のワンピースの裾を持ち上げ、その中へと侵入を果たしたと思ったらそのままその太ももをざらりと撫でたからだ。しかも、その手はいやらしく何度も何度も蒼衣の太ももを撫で、時に強く揉み、下着ぎりぎりまでその指先が這う。
 直輝のキスだけでも蒼衣は体中の細胞がまるで沸騰したように熱くなっていると言うのに、この直輝の手の動き、指の感触のせいでますます追い詰められていく。

「んっ、ん、ぅ、ぁ、……んっ。」

 唇は直輝に強く塞がれたままな為、蒼衣の口の中に溢れそうになる甘い声はそのまま直輝へと飲み込まれていった。
 そんな蒼衣の反応にひっそりと直輝は笑うと、自分の片足を蒼衣の太ももの間に割り込ませる。少し強めに押し込めば、蒼衣の足はすんなりと直輝の足を間へと誘い、そのまま互いの足を擦り合わせるように絡ませると、触れている部分から互いにじんわりとした欲情が湧き上がってきた。
 下がっていた蒼衣の腕も持ち上がり、その腕は直輝の逞しい首を抱きしめるように、誘うように、絡まる。その腕に直輝は更に劣情を煽られ、蒼衣の太ももに這わせていた手の動きを熱っぽいものへと変えていった。
 喉の奥で甘い声を立てながら蒼衣は背中をドアにくっつけた体勢で、半ばずり下がり直輝と同じ高さになっている唇を強く直輝へと押し当て、その唇を深く求めていく。そうするだけで、どんどん頭の中は直輝一色になり、さっきまで頭の中にあった悩みも、不安も、全てが吹き飛んで行った。
 直輝の体を抱きしめるようにその逞しい首に、背中に手を這わせ、力強い筋肉の動きを感じ取る。
 腕の下で、手のひらの下で、直輝の筋肉が動く度に蒼衣の体は熱くなり、もっと深く直輝と交わりたくなっていった。

「ふ、ぁ……んっ、なお、き、く……ぅ、んっ。」

 唇の角度を変えるその一瞬に離れた隙間で、直輝の名を熱っぽく呟く。すると、その呼びかけに応えるように直輝の唇が激しく、深く蒼衣の唇に噛みつくように覆いかぶさり、交わる。
 そんな獰猛ともいえるキスに、蒼衣はくらくらと欲情による眩暈で体中が包まれる感覚を味わっていた。
 と、直輝の太ももを這っていた手がそのまま尻を撫で、蒼衣の腰を抱きよせるように動く。
 そして、もう片方の手が自身のチノパンのジッパーをゆっくりと下ろし、その中から自分自身を引っ張り出した。

「……蒼衣。」

 薄く唇を離し、欲情に掠れた声で目の前にあるすっかり欲情でのぼせているような顔になっている愛しい人間の名を呼ぶ。
 すると蒼衣の瞳がゆっくりと持ちあがり、たっぷりと潤んだ瞳で直輝の目を正面から見つめ返す。それだけで重い快感が直輝の腰にわだかまり、堪らないほどの欲情を燃え上がらせた。
 ごくり、とどんどんと口の中に溜まっていく生唾を飲み込むと、直輝は無言のまま自分の腰と蒼衣の腰を密着させる。
 直輝の手によってすっかりめくりあげられているワンピースのスカート部分の下、蒼衣の穿いているストッキングと下着の薄い布越しにある硬くて熱いその塊に直輝は自身の欲望の滾りを押し付けると、蒼衣の体がびくびくと揺れた。

「お前のコレ、すでにガチガチじゃねーか。……そんなにシたかったのか?」

 先端部分を擦りつけるように動かしながら、目の前にある蒼衣の耳にいやらしくそう囁けば、蒼衣は紅い顔をますます紅くさせ、恥ずかしそうに瞳を伏せる。
 だが、ちらりと横目で直輝を見ると、自らも腰を直輝の猛りへと擦りつけはじめた。

「っ、ん、だっ、だって、直輝くんがエッチなキス、するから……っ、そ、それに、な、直輝くんの、だって、凄く、エッチな形になってるし、か、硬く、なってるじゃんっ……んっ、はぁ……っ。」
「そりゃ、まーな。お前とホテルに入ってるんだ。興奮して当たり前だろうが。」

 精一杯の虚勢を張って恥ずかしさを誤魔化しながら蒼衣が言った言葉に、直輝はくつくつと笑いながらしれっとまた蒼衣が真っ赤になるような言葉を囁く。そしてそれは案の定、蒼衣の顔を更に赤く染め上げた。
 そんな蒼衣の頬に舌を這わせながら、直輝はストッキングと下着の向こう側にある蒼衣の男の部分に強く自身の欲望を擦りつけた。先端がストッキングの細かに編み上げられている少しつるつるとした感触に触れると、その下にある熱さと硬さとに相まってじんっとした快感が湧き上がる。その快感に押し上げられるように、直輝は蒼衣の腰を引きよせていた手を前に回すと蒼衣のストッキングと下着の淵へとその指先を引っかけた。
 しかし、ふと何を思ったのかその指はすぐにそこから離れ、密着させていたその体さえも少し離してしまう。
 突然密着していた体が離れた事に蒼衣は、どうしたのだろう、と直輝の顔を見るが、下を向いている直輝の表情はその前髪に隠れて良く見えなかった。

「直輝、くん……?」

 そっとその名前を呼んでみると、直輝は微かに顔を上げたがまたすぐに下へと視線を戻す。一体何をそんなに真剣に見ているのだろう、と蒼衣も同じように視線を下へと下ろすが、直輝の体や頭などに阻まれて直輝が見ているものは蒼衣からは見えそうもなかった。
 もう一度声をかけようと口を開きかける。
 だが、その前に直輝の体が、すっと静かに沈んだ。

「っ? なお……っ、ぅ、んっ、んぁ……っ!」

 突然しゃがむように腰を下ろした直輝にどうしたのかと声をかけようとした瞬間、下半身からぞくぞくとした熱い快感が這いあがってきて、蒼衣の言葉は喘ぎ声に飲み込まれる。
 ちょうど直輝がしゃがみこんだその頭は蒼衣の股間の部分にあり、その唇はストッキングと下着越しに蒼衣の快感の源に寄せられていた。薄い布越しに、直輝の唇が蒼衣のそれに食いつくように這いまわり、舌がざらざらと舐めあげる。そのもどかしさを伴う、だが、確かな熱い快感に蒼衣の腰がびくびくと揺れた。

「はぁ……っ、あ、ん……っ、あぁ……っ、だ、ダメ……っ、や……っ、ぅ、ふっ、ん、んんっむぅ……む、ふぅ……っっ。」

 突然襲ってきた快感に思わず甘さのたっぷりと含まれた喘ぎ声が蒼衣の唇を割り、溢れだす。しかし、今自分が居るのが部屋に入ったばかりの場所だと言う事に思い当たると、蒼衣は慌てて両手を持ち上げその口を手で覆う。手に覆われた事で抑えようとしても抑えられない喘ぎ声は手の中でのみ反響し、くぐもった音として漏れ聞こえてきた。
 そんな蒼衣を上目使いにちらりと直輝は見た後、その手を外そうかと少しばかり思案するが、また立ちあがるのも行為を中断させる事になると判断し、直輝はまた蒼衣の欲望の元へ唇を這わす愛撫に集中し始める。
 肌色のストッキングに包まれている足に手のひらを這わせながら、その股間の中心へと舌と唇を押し当てて蒼衣に快感を与えれば、蒼衣のそこは更に熱を持ち、硬さを増していく。それを唇に感じながら直輝は、もう一度視線を上へと向けた。
 視線を向けた先には、俯き加減で口を押さえている蒼衣の姿。
 それを上から下までじっくりと眺める。
 上半身だけを見れば、本当にただの女性の姿にしか見えない。
 白いカーディガンは先ほど直輝が蒼衣の体をまさぐった時に肩から幾分かずれ落ち、その男にしては華奢だと思われる肩が露わになっている。ワンピースとキャミソールの紐がその肩幅を更に華奢に見せるように交差するように肩にかかり、ビスチェ風のキャミソールが体の線を強調するようにその胸から腰までを覆っていた。その服の下には女物の下着を着け、――当然ブラジャーの中にはその平らな胸を誤魔化す為のパッドが何層にも重ねて入ってはいるが――、それなりの大きさの胸があるように見える。そしてその胸の膨らみから下はビスチェ風のキャミソールにその腰までを覆われ、そこから下はふんわりとしたワンピースのスカートが覆っていた。だが、そのスカートは今や直輝の手により大きく捲りあげられ、蒼衣の下半身は露出した状態になっている。
 直輝はそんな姿の蒼衣の姿をじっくりと眺めながら、唇に感じる蒼衣の男の部分の熱さと硬さに小さく苦笑をした。
 最初に抱いた時にも思った事だが、上半身だけを見ていれば蒼衣の女装姿は普通にそこら辺にいる女と変わりない位完璧だった。それなのに、こうしてひとたびスカートを捲り、その下にある下着を見れば、女性にはない膨らみと硬さを持つモノが隠されている。しかも、こうして快感を与えてやれば、下着の中でそれはみるみる大きく膨らみ、成人男性として充分な大きさと硬さを備えて女性用のレースをふんだんに使った小さな下着の中からその先端を覗かせていた。
 その事が酷く直輝を興奮させた。
 上半身はそそるほどの美女。
 下半身は自分と同じ普通の男。
 そのギャップが直輝には堪らないのだ。
 下着とストッキングを持ち上げて、その先端をすっかり下着の中から露出させている蒼衣の股間を眺めながら、それに尚熱っぽく、興奮した鼻息を零しながら舌を丹念に這わせていく。
 しかも、未だシャワーも浴びていない為下着とストッキングを通してさえも蒼衣の発情した汗と性器から滲み出る先走りの匂いが直輝の鼻孔を強く刺激し、その匂いにさえも強い興奮を覚える。
 その上、頭上からはくぐもってはいるが、確実に感じているとわかる甘い切ない蒼衣の喘ぎ声。
 それが直輝の劣情を更に強く揺さぶり、口の中に溜まっていく唾液を嚥下しつつ、余った唾液をストッキング越しに蒼衣の性器へとなすりつけていく。

「ふ……っ、ん、ちゅ、……はっ……っん。」

 わざと音を立てるようにして蒼衣の男根に舌を這わせ、唇で挟み、下着越しに歯で甘く噛む。
 そうすると、蒼衣の太ももががくがくと震え、頭上からは更に甘い、堪え切れないような声が零れ落ちてきた。
 直輝の唾液で蒼衣の穿いている下着とストッキングはすっかりぐしょぐしょに濡れ、下着に至ってはその下にある蒼衣の欲望の塊の色と形をうっすらと浮き上がらせている。

「ん、……は、蒼衣。」

 いやらしく下着に蒼衣のモノの形が浮かび上がってきたのを確認し、直輝はようやく蒼衣の股間から唇を離す。そして、上目使いに蒼衣を見ながら、そう蒼衣の名を呼んだ。
 直輝の呼びかけに、ぎゅっと瞑っていた瞳を薄く開き、蒼衣は下へと視線を落とす。
 すると直輝のどこか意地悪な光が宿っている瞳とまっすぐに視線が合った。

「っ、な、何……? 直輝、くん……。」

 直輝が離れても腰から湧き上がる快感に息を飲みながら、蒼衣は恐る恐るそう尋ねる。直輝の瞳の中にある、意地悪な、サディスティックとも言える光に胸はどきどきと脈打ち、何とも言えない緊張と、そして、ある種の期待のような感情が蒼衣の胸の中を満たす。
 怯えたような声色ではあったが、その奥にある期待感のような感情を直輝も敏感に嗅ぎ取ると、じっと直輝を見下ろしている蒼衣に向けて、ニッと口角を釣り上げて笑いかけた。
 そして、立ちあがる。

「直輝くん……? な、何……?」

 無言のまま蒼衣の肩へと手を掛けると直輝は蒼衣の瞳を見つめ返しながら、その体を半ば強引に自分の左隣にある壁へと向けさせた。そこには、大きな姿見が壁に設えてあり、蒼衣と直輝の姿を映し出していた。
 今の今までその鏡の存在に気が付かなかった蒼衣は、ハッと息を飲む。
 それはさっきからずっと蒼衣の位置からでも十分に見える場所にあったのだが、直輝との初めてのホテルに緊張し、そして性急に求められた行為に気を取られていた蒼衣にはその存在に気付く余裕がなかった。だが、蒼衣が冷静に辺りを見渡し、少しばかり顔を動かせば、そこには蒼衣達の全身を映している鏡があったのだ。恐らくその鏡は、ホテルから出る前の全身の身嗜みを確認する為に設えられているのだろう。
 だが、今そこには直輝の手によってスカートを大きく捲りあげられ、直輝の腕に背中を預けた状態で顔を欲情に紅潮させた自分の姿があった。しかも、捲りあげられたスカートの中までしっかりと映しだされている。直輝の唾液により股間の部分がぐっしょりと濡れそぼり、その部分にはくっきりと自分の欲情の証である肉棒が下着とストッキングを押し上げている上に、その形と色までをはっきりと下着越しに浮き上がらせているのがよくわかった。

「っ……っ。」

 かぁああ……っ、と体中の血が恥ずかしさで沸騰するような感覚を蒼衣は味わう。
 女装姿で直輝とエッチする事自体には慣れていたし、それを今まではここまで恥ずかしいとはそれ程思わなかった。それに前に一度、直輝の命令で自身で制服のスカートを捲ったまま自分の下着に包まれた性器を見せた事だってある。だが、しかし。こんな風に自分自身の目で女装姿で直輝に欲情している姿を客観的に鏡を使って見せられるとは思ってもみなかった。そのせいで、今までにない恥ずかしさが蒼衣を襲う。
 だが、何故か視線は鏡に釘づけになり、外す事は出来ない。それどころかますます高鳴る胸を抱きながら、鏡に映っている自分のあられもない姿に見入ってしまう。
 鏡の中には、女性の恰好で直輝に後ろから抱きしめられ、直輝の手によってスカートを大きく捲りあげられているせいでその中に隠していた自身の欲望が遮るものもなく全て露わにされている自分の姿。下着に包まれた自身の雄は、直輝から与えられた快感に下着の中で大きく膨らみ、その形をはっきりと浮かべている。そんな姿が映る鏡を見て、冷静になる事なんて到底出来ないだろうと思われるほど、それは余りに扇情的で、羞恥心を煽る姿があった。そして、鏡に映ったその姿と、後ろで意地悪く笑っている直輝の姿に何故か蒼衣の体はますます熱くなり、ドキドキと激しく心臓が高鳴る。その上、はっきりと鏡の中で蒼衣の欲望の証がびくびくといやらしく下着の中で動き、まるでこんないやらしい自分の姿を見せられた事に快感を覚えているのだと主張しているように見えた。

「くく……、やぁらしいよなぁ。でも、ほら、なんか嬉しそうじゃないか、……これ。」

 鏡に映る自分の姿に釘づけになっている蒼衣の耳に直輝がそう意地悪く囁く。その言葉にも蒼衣は体中を真っ赤に染め上げ、そして、そんな蒼衣の羞恥心を嘲笑うかのように下着の中でびくびくと性器が震えた。そんな蒼衣の姿を鏡越しに見ながら、直輝は更に意地悪な顔になると、くすくすと笑いながらスカートを持ち上げていない方の手を蒼衣の股間へと持っていく。
 その指が蒼衣の盛り上がった性器の形に添って上から下へと動くと、蒼衣の喉から堪え切れない快感の声が漏れ、その体から力が抜けて行った。かくんっ、と膝から力が抜け、後ろにいる直輝に寄りかかるような形で更に直輝に抱きしめられる。

「ひぁ……っ、んんんっ……ふぁ、……っぁ、あぁ……んっ、んんーっ。」
「蒼衣、可愛い。」

 ずり下がる蒼衣の体を抱きとめ、近くなった耳に唇を寄せながら直輝は蒼衣が喜ぶ言葉を囁きながらその耳たぶに舌を這わせる。途端に、蒼衣の体は快感に震え、声を抑えることも忘れて喘ぎ声を漏らしていく。
 そんな蒼衣の姿を鏡でも、間近でも見ながら直輝は自分の股間が今以上に熱く脈打つのを感じた。ごくりと生唾を飲み込み、蒼衣の股間の上を彷徨わせている指を、今度はそれを包み込むようにして下着ごと握りしめる。
 手の中で蒼衣の肉棒はびくびくと嬉しそうに震え、その熱さと硬さを直輝の手のひらへと伝える。
 その感覚に直輝はもう一度、ごくりと生唾を飲み込むと、自身の股間を蒼衣の尻へと押し当てた。

「凄く熱いな……。蒼衣、どうして欲しい?」
「はっ、あ、ぁ……っ、なお、き、く……っ、んっ、あぁ……っ、や、そ、そんなの……言え、ない、よぉ……っ。」
「……へぇ、言えない……ねぇ。」

 ぐいぐいと尻の窪みに自身を押し当てながら、蒼衣の耳を甘く噛みそう直輝は意地悪に尋ねる。
 だが、蒼衣は恥ずかしそうに顔を左右に振って、直輝の望む答えは返さなかった。その事に直輝は予想していた事とは言え、やはり少しばかり物足りなく感じ、小さく蒼衣の言葉をオウム返しに呟くと、手の中にあった蒼衣の性器を下着越しに上下に扱き始める。

「っ、あ、あぁ……っ、あ、はぁ……っ、ん、ぁう……っ。」

 途端に蒼衣のいやらしい声が止めどなくその唇から零れ、いやいやをするように直輝の肩の上でその顔を左右に振る。はらはらと蒼衣の黒髪が広がり、それが直輝の頬や肩をくすぐっていく。その感触に直輝は少しくすぐったそうに肩を竦めた後、スカートを捲りあげているその手を一旦離すと、蒼衣の手を握りしめた。
 そして、その耳へ囁く。

「蒼衣、自分でスカート捲りあげて俺に全部見せて。」
「ぁ、う……っん、そ、そんな……っ。」
「見せて。」
「っ……っ、ぅ、うん……っ。」

 蒼衣の手をスカートへと押しやりながら、ふわりと股間を覆ってしまったそのスカートを自分自身の手で捲りあげるように直輝は蒼衣に強要する。そんな直輝の欲求に蒼衣は恥ずかしそうに瞳を伏せて、戸惑うような素振りをみせたが、直輝に強めにそれを促されると熱い息を吐きながら素直に従う。
 直輝の手に誘導されていた手を自分の意思で恐る恐るスカートへと伸ばし、その裾を持ち上げて行く。
 その姿は相変わらず鏡に全て映し出され、恥ずかしそうにしながらも徐々に自分の手で持ちあがっていくスカートに蒼衣は恥ずかしさと共に、今まで感じた事のないような高揚感のようなものを感じていた。
 はぁはぁと荒い息を吐きながら、鏡に映る自分の姿と、その後ろでサディスティックな笑みを浮かべてその様子を見ている直輝の姿を見詰めながら蒼衣は、ゆっくりとスカートを持ち上げる。ほどなくしてそれは先ほど直輝が持ち上げていた位置まで捲り上がり、また、そのスカートの中の様子を余すところなく鏡へと映し出された。

「恥ずかしいか……? それとも、」

 鏡の中に映る自分自身の恥ずかしい姿に意識を持っていかれているらしい蒼衣に、直輝はくすくすと笑いながらその気持ちを問う。だが、言葉を一旦止めると、鏡越しに蒼衣にそれとわかるようにじっくり蒼衣の姿を舐めるように見た。
 そして、少しの間の後、ゆっくりと口を開く。

「……いつも以上に興奮するか?」

 鏡越しに蒼衣の体に視線を存分に這わせた後、直輝は恥ずかしそうな蒼衣の瞳をじっと見詰めながらそうその耳に低い声で囁いた。
 直輝の声に、言葉に蒼衣の体がまたびくんっと過剰な反応をする。
 その問いに蒼衣は鏡越しに直輝の瞳を見つめ返しながらも、言葉にして返す事は恥ずかしくて出来ない。
 しかし、直輝を見つめる瞳はいつも以上にたっぷりと欲情で潤み、目元には艶のある赤が上り、その薄い唇は熱くて甘い吐息を絶え間なく吐き出していた。
 それはまるで体全体で直輝の問いに答えているようなもので。
 恥ずかしさとともに、ぞくぞくした快感が蒼衣の体中を駆け回る。

「興奮してるみてーだな。」

 言葉はなくとも蒼衣の表情と、その反応に直輝は満足そうにそう呟くとすぐ傍にある蒼衣の首筋へとその顔を埋めた。そして、汗の浮いているその皮膚に舌を這わせ始める。
 蒼衣の汗は微かな塩気と、何とも言えない発情の匂いがした。
 丹念に首筋に舌を這わせ、唇で甘く食み、歯を軽く立てる。
 それだけで蒼衣の唇は快感に戦慄き、直輝にもたれかかったままいやらしい声を上げた。

「スカート、下ろすなよ。持ち上げたままでいろ。いいな。」

 直輝の愛撫に力が抜け、捲っていたスカートを握る手がゆっくりと落ちて行きそうなのを見て、直輝がそう首筋に唇を這わせながらも命令口調でそう囁く。その言葉に、蒼衣はハッとしたような表情になると、落ちそうになっていた手をもう一度意識して胸の辺りまで持ち上げる。
 そんな蒼衣に鏡越しに優しく微笑むと、直輝は蒼衣の肩に置いていた手を下ろし、前へと持っていく。そのまま、蒼衣が捲りあげているスカートの部分からワンピースの中へと手を忍び込ませた。

「んぅ……っ、ん、ふぁ……っ。」

 直輝の手が蒼衣の腹に触れ、そこを撫であげると蒼衣の喉からまたしても甘い声が漏れる。
 そして、徐々にその手が上へと上がり、完全にワンピースの中に入り込み、ブラジャーの上から蒼衣の胸をまさぐると蒼衣が軽く息を飲むのが直輝にも伝わった。
 だがそれは無視して大量のパッドが入っている胸をまるで女の乳房を揉むようにして何度か揉んだ後、直輝はそのブラジャーの中へも手を侵入させていく。女とは違う、まっ平らな胸板に指先を這わせ肉付きの薄いその胸を手のひらで撫でるように、揉むように動かす。その度に蒼衣の体はびくびくと揺れ、その体重が直輝の体へと圧し掛かっていった。直輝の愛撫によって蒼衣の体からはどんどんと力が抜けていく。それでも、崩れ落ちないように蒼衣は必死になって足に力を入れて自身の体を支えるが、それでもその体はずりずりと下へと下がっていく。だが、ある一定以上は何故か下がる事はなかった。
 直輝が後ろで蒼衣の体重をその体で受け止め、支えているからだ。
 蒼衣の体を両肩と、そしてその体の前面へと回した腕だけで直輝は支えながら器用に蒼衣の体を後ろから弄っていく。
 そして時たま視線を鏡へと向けた。
 鏡の中ではすっかり直輝の腕の中で直輝に与えられる快感に溺れかかっている蒼衣の姿がある。
 そのしどけない、そして、溢れんばかりの色気を湛えた蒼衣の姿に直輝は堪らない気持ちになりながら、それでも、じっくりとゆっくりと蒼衣の体に愛撫を加えていく。

「蒼衣。どこが気持ち良い?」
「はぁ……ん、ん……っ、ぁ、ぜ、んぶ……っ、はぁ……っう、直、輝くんが、触ってるところ、全部……っ。ぁ、はぁ……あ、きもち、……っいぃ……っんん……っ。」

 蒼衣の体を抱きしめ、その胸を弄りながら直輝がそう尋ねれば、今度はかなり素直に蒼衣は蕩けた声でそう答えた。
 そして、顔をわずかばかり直輝の方へと向ける。
 紅潮しきり、快楽に飲まれたトロンとした瞳を直輝へと向け、まるでキスをねだるかのようにその唇をわずかに開いた。薄く開いた唇の先には蒼衣の赤い舌がちらちらと踊り、直輝を誘う。
 色っぽい蒼衣の表情に直輝はぺろりと自身の唇を舐めると、顔を寄せてその唇に唇をかぶせた。
 唾液をたっぷりと注ぎこみながら、舌で蒼衣の唇や歯や歯茎を舐める。それに蒼衣も応えるかのように舌を突き出すと、直輝の舌に自分から積極的に絡ませていく。
 この所積極性を増している蒼衣のキスに直輝は嬉しさを内心噛みしめながら、蒼衣が、そして自分自身が満足するまでたっぷりと蒼衣と唇を交ぜ合わす。

「ふ……ぅ、ん、ちゅ……っ、くちゅ……ふぁ……っ、ん、ん……っ、なおき、くぅん……っ。」

 角度を変え、位置を変え、唇を何度も何度も深く合わせながらその合間に蒼衣は直輝の名を何度もその唇に上らせる。直輝の名を口にすればするほど、体は抑えきれないように燃え上がり、直輝に触れられている場所からじんじんとした快感が全身に広がって蒼衣を侵していく。
 それがどうしようもなく蒼衣にとっては幸せな事のように思えて、スカートの裾を自分の手でしっかりと握りしめながら力が抜けていく自分の体をなんとか立て直すと、擦りよるように直輝の体に自分の体を密着させた。
 先ほど尻に押し当てられていた直輝の剛直の感触が更に強く蒼衣の体に快感を与える。薄いストッキングと下着越しに直輝の生身の熱さと硬さを感じ、堪らないじれったさを感じた。
 片手でまとめるようにスカートの裾を持ち直すと、蒼衣は片方の手を下へと下ろし、直輝のその肉棒へと指を絡めていく。
 蒼衣の指が直輝のそれに絡まり、ゆっくりと愛おしそうに撫でると直輝の唇から蒼衣の唇の中へ堪え切れないような吐息が溢れていった。

「……は、ぁ、なおき、く……、これ、ぁ、ん、僕、も……ぅっ……っ、ほっ……しつっ……っ、ぁ、ぅっ。」

 指に、手のひらに感じる直輝の熱さと硬さに蒼衣の体の中から律しがたい欲求が生まれる。それをそのまま直輝から唇を離すと、思わずそう自分の欲望を口にしかけた。
 だが、その言葉は最後まで口にする事は出来なかった。
 蕩けきった頭で口調で、そして手の中にある直輝の熱さと硬さで、蒼衣は陶然としたまま、心に持ちあがった欲求を口にしかけたが、ハッとした表情になるときつく唇を噛みしめて押し黙った。
 まだシャワーさえ浴びていなかった事を思い出したのだ。汚れた体のまま直輝を欲した事に、蒼衣の中に残った理性が自分を、はしたない、最低だ、と叱責する。
 しかもこんな前準備さえ出来ていない状態で、直輝を求めるのは直輝に対しても失礼なことだ。
 それに、昨夜だってあれだけ直輝に対して蒼衣は洗浄してからでなければダメだと言ったのだ。そのせいでとんでもない事にはなってしまったが、だからと言って、やはり、シャワーさえも浴びずに行為に及ぶのはいけない。そう叔父にもずっときつく言い渡されてきた。
 そもそも、今日はかなり暑い日だった訳で。外を歩くだけで汗は出たし、女装姿で街中を歩くと言う緊張の連続といつもは穿かないストッキングを穿いているせいで下着の中も大量の汗をかいてかなり蒸れている状態だ。それなのに、ホテルと言う状況に酔い、思わず直輝に求められるまま流されるままに、そして、自分自身も直輝を求め、ここまで行為を進めてしまった。
 その事を蒼衣はわずかに残っている理性で後悔する。
 こんな事なら、直輝に求められた時点で、シャワーを浴びた後で、と言えば良かった。今更、シャワーを浴びてからじゃないと、直輝のモノを受け入れられないなどと直輝に伝えたら、直輝がどれだけ興ざめする事か。折角互いにこれ程までに体も心も燃え上がっている状態で、蒼衣のわがままでまた中断させ、直輝を待たせてシャワーを浴び、セックスをする為の処理をする……。少し考えただけでも、それがどれだけ互いの欲情も気持ちも醒めるのか分かる。下手をすれば、興ざめした直輝がセックスそのものを面倒くさく思い、このまま中断したままで終わる事も考えられる。
 それだけは、蒼衣としては避けたかった。
 散々直輝に弄られ、鏡で自分のあられもない姿を見せられたせいで蒼衣の中にはどうしようもない欲情と興奮が渦巻いている。例え、この後自分はシャワーを浴び、洗浄をして時間が経ち今のこの気持ちの盛り上がりがある程度落ち着いたとしても、セックスをしたくなくなる程に下降するとは思えない。それに直輝に触れればある程度落ち着いた欲情もすぐに取り戻す自信もあった。それ程、蒼衣はいつだって直輝に触れられれば、欲情をどこかで覚える程直輝を求めている。飢えている、と言ってもいいかもしれない。
 しかし直輝はどうだろうか。
 初めて直輝と蒼衣が体を繋げた時にも何度か蒼衣のわがままで中断しかけた。だが、あの時は中断していた時間が短かったためすぐに気分を盛り返したし、最終的に直輝の強引さに蒼衣が引きずられて最後まで出来た。
 だが、シャワーを浴びて洗浄をするとなると、かなりの時間が必要となる。
 そうなった場合、元々セックスに対して淡白だったという直輝が完全にする気をなくす事も充分に考えられた。
 だからと言ってシャワーも浴びていない体で直輝に抱かれる事だけは、避けなければいけない。汚い体で直輝に抱かれる事は、直輝に嫌われる可能性も孕んでいるからだ。男に抱かれる時は常に綺麗に体は洗い、挿入される部分は念入りに洗浄しなければならない。そうする事で、蒼衣はようやく相手の男に抱かれる事が許されてきたからだ。
 もし蒼衣が、施設での過去がなければここまでシャワーを浴びる事や、洗浄をする事を気にして、悩まなかったかもしれない。勿論、基本的に男同士のセックスは、その辺はきちんと処理してからの方が望ましいのは確かだ。
 だが、それを鑑みたとしても、蒼衣にはその事前準備を必ずするように叔父にきつく躾けられ、調教されてきた過去がある。
 それがあるからこそ今までは、ある程度突発的に直輝とスる事になってもいいように、直輝が泊りに来ると分かっている日は隙を見て、トイレなどで洗浄は行っていた。それに、泊りに来た時は必ずシャワーを浴びてからエッチをする事が暗黙の了解のようになっていた。
 しかし、その暗黙の了解が一度崩れてしまった。
 あの夏祭りの日だ。
 あの日はただ直輝と花火を見て、夜店を見て回るだけのつもりだったし、するとしてもマンションに戻ってからだと言う甘えが蒼衣にはあり、洗浄はその時でも間に合うだろうと高をくくっていた。それにもしその甘えがなかったとしても、朱里に浴衣を着つけられたり、化粧を施されたりして隙を見てバイト先のトイレで洗浄をする暇もなかった。そのせいで直輝には嫌な思いをさせてしまったと、蒼衣はそう思っている。思い込んでいる。汚れたままの局部を直輝がその口で舌で愛撫した事が、例え直輝がそれを望んでした事だとしても、蒼衣にはそうは思えないし、そんな発想もない。ただただ用意をしてこなかった自分が悪いのだと、そう思いこみ、その為に尚更、直輝に対してシャワーも浴びないままにセックスはさせてはいけない事だと改めて強く思っている。
 そもそもあの時、バイト上がりの汚れたままの体を直輝にその唇や手や指で愛撫され、しかも直輝を受け入れる部分をその舌で解された事が蒼衣にしてみれば、絶対に直輝にさせてはいけない、受け入れてはいけない事だったのだ。
 あの時は思わず直輝の強引さに飲まれ、流され、しかも野外だった為に他人に見られるかもしれない、通報されるかもしれないと言う方へと意識が言ってしまい、結局燃え上がった心と体は止めようがなかった。
 だからこそ、欲情に飲まれたまま、またあの日のような事を繰り返してはいけないと、あの日から蒼衣は強く決めていた。

「どうした? 蒼衣?」

 言葉を途中で止め、何かを考えるように口をつぐんでしまった蒼衣を後ろから抱きしめながら直輝が少しばかり意地悪な口調でそう尋ねる。
 勿論、直輝は蒼衣がなんと言いたかったのかは分かっていた。そして、言いかけた言葉を止めた理由も。
 昨夜の事があるだけに、今もまた同じような理由で蒼衣が自身の欲望を口にする事を躊躇い、そして、どうやって直輝にこの行為を直輝の気分を害さないように中断させようか、その言葉を必死になって考えているのだろう。
 そんな所が直輝としては可愛くもあり、だが、反面、少しだけ物足りなさや、もどかしさ、そして、微かな苛立ちを感じる。
 男同士のセックスだからこそ蒼衣は尚更神経質に、シャワーを浴びたり、元々性行為を行う場所ではないあの部分の洗浄をする必要性に駆られるのは、直輝にも理解が出来る。そして、蒼衣の過去を思えば、蒼衣の叔父と言う男に局部の洗浄を徹底を命令され、他の職員や、少年達へと体を与えるように強要されていたのだから、蒼衣がそこに拘っていても仕方がないと言えば仕方がない事なのだろう。
 それでも、いや、だからこそ直輝としては、その事にどうしても苛立ちを覚える。
 ひょっとしたら蒼衣がこうして自分に対してまで、その職員や叔父、そして少年達と同じような対応を取るのが気にいらないのかもしれない。もしくは、蒼衣に対して抱えている直輝のこの愛情かもしれないと感じている想いさえも蒼衣の心と体に染みついたその叔父との因縁のせいで、愛情など錯覚で、過去蒼衣をそう扱っていた人間と同じくただの欲望のはけ口として蒼衣を利用しているように見えるのが嫌なのかもしれない。
 それに思えばいつだって蒼衣がその過去の片鱗を見せる度に、仕方がないとは分かってはいても直輝は心の奥でどこか苛立ちを覚えていた。
 どれだけそれは今現在の蒼衣とは関係のない事で、それは過去の事だと分かってはいても、蒼衣の人格形成のほとんどをその過去が占めている事も確かで。その為蒼衣の歪んだ性への知識や、行動は当然のようにその過去の経験値から導き出され、それがその過去とは関わりのない直輝に対して行われるのが直輝にしてみれば悔しいのもある。
 せめて俺に対してまでそんな事を気にする必要なんてねーのにな、そう胸の内で呟き、視線を目の前にある鏡へと向ける。
 そこには相変わらずスカートを自身の手でしっかりと握りしめ、顔を欲情と羞恥心で赤く染め上げた蒼衣の姿があった。だが、その表情の内側に深い戸惑いと、不安が欲情に濡れた瞳から見え隠れしている。

「……蒼衣。」

 蒼衣のその姿とその内にある不安を見つけ、直輝の心の中に、ゆらりと何か陽炎のような曖昧な、だが、確かな感情が湧き上がってくる。その感情のままに、蒼衣の名を低く呟いた。
 その声は酷く凶暴なようで、妙な優しさに満ちていて、蒼衣の体がびくりとまた小さく震える。
 そして戸惑ったように視線が揺れ動き、恐る恐る直輝の方へとその顔を向けていく。

「な、直輝、くん……。」
「なぁ、俺はこのままでヤりたいんだが、ダメか?」

 蒼衣が言い出せなかった言葉を直輝が自分の言葉に変換して伝える。
 どこか不安や戸惑いを内包していた蒼衣の瞳が、更に大きく揺れ、戸惑いを表すようにそっと伏せられた。
 直輝がそう言いだした事は蒼衣としては素直に嬉しい。
 本心ではこのまま直輝に求められるまま、体を繋げてしまいたい。
 しかし、やはり今のこの状態で直輝を受け入れる事は蒼衣の心情としては難しかった。シャワーだって浴びていない。しかも、汗だってたっぷりと掻いている。だから、そんな汚い状態では、色々な事が気になって直輝との行為に没頭など出来ないだろうし、直輝に嫌な思いをさせてしまう。
 そんな感情がありありと現れている蒼衣の表情に直輝は小さく苦笑をする。
 そして、蒼衣の答えが出る前に直輝は蒼衣の胸に這わせていた手を素早く下ろすと、今度はそのストッキングと下着の中へと潜り込ませた。

「っ……ふぁ……っんん、んっ!」

 直に蒼衣の肉棒へと指を這わすと、蒼衣の喉から驚きとともに甘い声が漏れる。
 手の中では蒼衣のそれがはちきれんばかりに膨れ上がり、その熱さと硬さとドクドクと脈打つ感覚まで直輝の手のひらへと伝えた。

「蒼衣。素直になろうぜ? 俺は、今、すぐにでも、お前のケツに、これぶっ挿して、掻き回して、突いて、お前のエロい姿が見てぇ。なぁ、お前は? やっぱ昨日みてぇにちゃんとシャワー浴びて、ケツも洗浄してからじゃねーと、ダメか? 俺を待たしてでも?」
「っつ……っ!」

 蒼衣の体を支えていた方の腕も下へと下ろすと、直輝の肉棒に絡まったままになっている蒼衣の手の甲へと同じように手を当て、自身の欲望ごと強く握りしめる。直輝のそれもまた蒼衣同様にはちきれんばかりに膨張し、その熱さと硬さ、そして脈動を蒼衣の手のひらへと強く伝えた。
 手のひらに感じる直輝の欲望の源の感覚と、耳からダイレクトに入ってくる直輝の下品な言葉で表されたその率直な欲情に、蒼衣の心は呆気なく折れそうになる。
 手の中にある直輝の硬くて太いそれを、直輝が今言ったように今すぐにアナルへと挿入し、荒々しく掻き回してほしい。腸壁を突き破るように強く、深く突きあげて欲しい。そんな欲望が蒼衣の心の中で大きく膨らんでいく。
 しかしその半面、やはりどうしても汚れた部分へ直輝の肉棒を受け入れる勇気が持てなかった。

「ぅう……、で、でも……っ。」
「……蒼衣、あのさ。」

 欲情に飲み込まれそうになりながらも、最後の一点だけで必死になって理性をとどめようとしている蒼衣の姿を鏡越しに見詰めながら直輝は、ゆっくりと口を開く。

「お前はさ、俺がシャワー浴びてなくても、便所から出た後でも、んなの気にせず俺のチンポ舐めるし、俺の汗まみれの体だって、平気で舌這わせていくじゃん? しかも、お前、俺の汗の匂い嗅ぎながら、俺の汗の匂い好きーっ、とか言いうじゃねーか。」
「え……? あ、ぅ、うん……。」
 
 突然、自分が直輝に普段している行為の事を持ちだされ、蒼衣は少しばかり面喰いながら、戸惑った瞳をもう一度鏡の中への直輝へと向ける。
 そこにはどこか悪戯っぽい表情でありながらも、蒼衣の事を優しい瞳で見つめている直輝の姿があった。その直輝の表情に蒼衣の胸が大きく脈打つ。ドキドキと早鐘を打つように心臓が高鳴り、体中に何とも言えない熱さと、高揚感が広がっていく。それは決して不快なものではなく、ただただ妙な心地よさがあった。
 そんな自分の心と体の変化に蒼衣は戸惑いながらも、それでも、直輝が何を言いたいのかが分からず静かに直輝の言葉に耳を傾ける。

「だからさ、俺だってお前には同じようにしたいんだよ。シャンプーとかボディソープの匂いだけがするのも良いんだけどさ、やっぱ、その、さ……。」
「……? 直輝くん……?」

 直輝の言葉に、自分を見つめる瞳の意外な優しさに蒼衣の胸は更に高鳴っていく。しかし、途中で直輝にしては珍しく言い淀むように言葉を止めた事に、瞳を瞬かせてその名を口にすると、直輝はちらりと蒼衣の顔を鏡越しではなく、直に見詰めると、どこか照れ臭そうに笑った。
 そんな直輝の表情にもまた蒼衣の胸はドキリと大きく脈打つ。
 また、体中がふわふわしたような感覚に陥り、蒼衣はまるで乙女になったようなドキドキとした浮ついた気分で直輝の次の言葉を待っていると、直輝は照れ臭そうに笑いながらようやく続きを口にした。

「……お前のさ、ボディソープとかで誤魔化していないお前自身の匂いを嗅ぎながら、俺だってお前を抱きてーんだよ。お前の汗とか、洗ってねー、これ、の匂いとか、そういうのを感じながらしてーの。……分かるか、蒼衣?」
「……ぇ、う……、あ、ぅううううう……ぅう。」

 後ろから蒼衣の体を愛おしそうに抱きしめながら、直輝が蒼衣にとっての殺し文句をその耳へとたっぷりと囁く。
 しかも、これ、と言ったタイミングで先ほどから握っていた蒼衣の欲望を、ゆっくりと下着の中で扱きあげる。そして、そのまま揉むようにその手を動かして、蒼衣の男の部分に刺激を与えた。
 直輝の手によって下半身から湧き上がった男としての眩むような快感に蒼衣は瞳を霞ませながら、直輝の妙に優しい声で言われた言葉の内容に体中の血液が沸騰しそうになっていた。
 頭の中は直輝が今言った言葉がくるくると回り、くらくらするほどの欲情を感じる。感情としては、今直輝が言った言葉に頷いてしまいたい。それでもなかなか頷く事が出来ないのは、一重に蒼衣に中に過去叔父に散々言われた言葉が蘇っていたからだ。
 その言葉は、昨夜からずっと蒼衣の頭の中で何度も何度も、まるで昔叔父が蒼衣に言い聞かせるようにしていたように、繰り返し繰り返し反響している。
 ――蒼衣、お前は私達男の為だけの性欲処理のお人形だ。だから、いついかなる時でも人間の男に求められればお前はその尻と口と手と、その体全身を使って相手を満足させる為に誠心誠意、奉仕しなければならない。しかし、人形が汚れていてはだめだろう? お前は人形とは言っても、生きている限りどうしても汚れていく。そんなお前の汚れた場所に私達の神聖な人間の性器を挿入させる訳にはいかないのだ。だからこそ、その尻も手も口も、必ず綺麗に洗浄して相手を不快にさせてはいけない。体臭も、汗も、もちろん、その他の匂いも全て石鹸で消して、お前は人形として私達の欲望をその腹の中に溜めるん為だけに生きるんだよ。――
 毎日、毎夜、蒼衣の体を本当に人形のように扱いながら、叔父はそう繰り返し繰り返し蒼衣に説いた。説き続けた。それはすでに、呪詛のような効力を発して蒼衣の心を強く強く縛りつけ、蝕んでいる。
 だから、蒼衣の中には体も洗っていない、洗浄も済んでいない場所に男を受け入れる事は、今のようにある程度理性が残っている段階ではなかなか難しい。
 夏祭りの時のように、もし今回も直輝が有無を言わせず蒼衣の体を貪り、蒼衣がそれを気にするよりも多くの事に心を逸らし、言葉を囁きかけ、その心から理性をはぎ取ってしまえば、ひょっとすればその呪縛は蒼衣の中から少しずつではあるが消えていったかもしれない。蒼衣が直輝の手によって、漸く男に愛撫される事やキスをする事を未だ不安に駆られながらでも、受け入れてきたように……。
 だが、直輝はそうはしなかった。
 あくまでもまだ理性が残っている段階で、蒼衣にこの選択を蒼衣自身の意思で応えて欲しいと思っている。それは昨夜のように、直輝が無理矢理求めて蒼衣を傷つけてしまう事は避けたかったからだ。だから理性が残っている状態の蒼衣の意思で、シャワーや洗浄をしないまま直輝と愛し合う、と言う選択をさせたかった。
 しかしこの選択は、直輝がただ性急に蒼衣と繋がりたいという欲求に突き動かされたからという話ではなく、もっと深く直輝には直輝なりの考えがあるが故の選択だった。
 蒼衣にとって男とするセックスがどういったものかと言うのは、直輝も全てではないが、今までのセックスや蒼衣の口から語られた言葉で多少は知っている。
 最初は直輝にその体を愛撫される事さえも、頑なに拒み、慣れない事をされる恐怖から蒼衣はその瞳を涙で潤ませ、直輝に「そんな事はしないで」と懇願した。男とセックスはしても、キスだけは、今まで一度もされた事もした事もなかった。やり方さえもよくわかっていなかった。揚句に、二度目に蒼衣が直輝に肉体関係を迫った時に言った言葉は、セフレでもダッチワイフでもいい、などと自分の価値を貶める言葉を発したのだ。その言葉は蒼衣を大事にしたいと思っていた直輝を怒らせた。
 勿論、蒼衣がそれらの言葉を口にし、直輝からの愛撫もキスも恐怖し、拒んだのは一重に、過去、蒼衣の身に降りかかった不幸のせいだ。それも、蒼衣自身には何の非もない、一方的な暴力と虐待の果てに蒼衣の心に刻み込まれた滅茶苦茶なルールだ。
 だから、何故蒼衣がシャワーや洗浄に拘るのかも、その口から改めて聞かなくともなんとなくは分かっていたし、そもそも男同士のリスクなどを考えればそれは必要な事だろうとも思う。
 それでも直輝としては、どうしても、今、その壁を一つ乗り越えて、自分に歩み寄って欲しいと思っていた。
 そうすれば、蒼衣が過去、叔父に叩き込まれた蒼衣自身には全く非のない、蒼衣という人間の全否定や、存在価値を咎める行為と少しずつ乖離して、自分に対して自信を持って生きていく事が出来るのでは、と。
 男の都合のいい性の玩具としてではなく、蒼衣がちゃんと一人の人間として男に、いや、直輝に愛されているのだと、求められているのだと言う事を蒼衣に知ってほしかった。
 その為の、選択だ。
 勿論、蒼衣がシャワーを浴びて、直腸の洗浄を終えてからでなければセックスをしたくないとどうしても言い張るのならば直輝は無理強いするつもりはない。
 その時は素直に引きさがり、シャワーを浴びるつもりではいる。
 
「なぁ、どうしてもシャワー浴びてからじゃねーと、ダメか? このまま俺とスるのはどうしても嫌か?」

 しかし、それでも直輝は期待を込めて、希望を込めて、蒼衣に選択を迫る。
 きっと、蒼衣は頷いてくれると、信じながら。