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NOVEL

Un tournesol 〜深き悩み、加えて、新たなる波乱?〜
14

注意) 体臭に対する言及/匂いフェチ的な/過去への恐怖/告白

 蒼衣のうなじにキスを落としながら、真剣な表情で直輝が蒼衣にとっては頷きがたい事を聞いてくる。
 その直輝の言葉に蒼衣はまた戸惑ったように瞳を揺らし、答えを言い渋った。蒼衣の本音を覗いてみれば、直輝の言葉に否応などない。うなじに感じる直輝の唇の感触が、熱い。体を抱きしめている直輝の腕が愛しい。下半身に触れている直輝の手のひらが堪らない。素直になれるのならば素直になってしまいたい。
 だけど。

「う……ぅうう……っ。そ、それは……っ。」

 それでも、蒼衣の心に刷り込まれた叔父の恐怖の躾と、言葉はなかなか蒼衣自身に、うん、とは言わせなかった。
 口の中で唸り、心の中で葛藤し、蒼衣は目の前にある真剣な直輝の瞳をおどおどと見返す。

「だ、だって……そのままじゃ汚いし……。」
「そんなん気にしてねーし。てか、気にしてたら男のお前とセックスできっかよ。ケツでしてんだしさ。」
「うぅ……っ、で、でも……、病気のリスクだって……。」
「お前も俺も今んところなんの病気も持ってねーだろうが。つーか、今までも散々ナマでしてるんだから今更それは意味ねーぞ。なってるならもうとっくになってるだろ。」
「うーっ、でも万が一って事も……。」
「そんなに心配ならゴムつけるか? つっても、お前ここにあるゴムはどうせ一枚か二枚だ。すぐ足りなくなるぞ。」
「ぁうぅ……っ。」
「なんだ、もう反論はなしか?」
「うぐ……っ、えーと、えーと! あっ、そ、それにっ! そのっ、きょ、今日はっ、あ、汗、沢山掻いたから! そ、その、に、匂い……だって強くなって……る、し……。汚いし……。」
「はぁ? だーかーらーっ、俺は気にしねぇって言って。つかそれも今更だろ。匂いだったら、お前、夏祭りのときだって、さっき俺がお前の下着越しにお前の舐めた時だって、俺は散々嗅い……。」
「うわぁっ!!?? あぁあああああ……っ!! そ、そんなの嗅いじゃだめーーーっ!!!」

 なんとか直輝の気持ちを逸らそうと、蒼衣が意義を唱えると直輝はすぐさま蒼衣が返答に困るような反論をする。だが、直輝の返答はある意味いちいちごもっともで。蒼衣には反論が出来ない。仕方なしに次々と苦しい言い訳を続けるが、直輝が蒼衣の匂いに言及すると、顔を真っ赤にして言葉を遮った。
 直輝に体を愛撫され、夢心地に陥っていた為にその時は気が付きもしなかった事実を直輝の言葉によって目の前に突きつけられ、途端に居た堪れないような恥ずかしさを感じる。
 蒼衣のスカートをめくり、その下半身を確かに直輝は顔を押し付けて舐めていた。
 と、言う事は当然、どうやったってその部分の汗の匂いや諸々が直輝の鼻から吸い込まれている訳で。
 うぅううううう……っ、どうしよう……! 洗ってもない下半身の匂いを直輝くんに嗅がれてたなんて……っ!!、と、そのシーンを思い出し、あまつさえ直輝がそこを舐めながら匂いを嗅いでいる姿を想像し、蒼衣は体中が羞恥で真っ赤に染まり、血液は沸騰しそうになった。
 恥ずかしくて、恥ずかしくて、死にそうで。
 しかも大声で遮っていた筈の直輝の言葉はまだ、続いていた。

「そんなん言っても、もう嗅いじまったし、お前の匂いってさ……。」
「いやーっ! 忘れてっ!! わーすーれーてぇええ!!! だめーーーーっ!!!! それ以上言っちゃだめーーーっ!!!」
「むがっ。」

 聞いてはいけない言葉を言いそうになった直輝に、蒼衣は慌てて後ろから抱きしめている直輝の腕から脱出をすると、くるりと体の向きを変え、思いっきり直輝の口をその両手で塞ぐ。それはそれ以上、直輝にその事について言わせないようにする為だ。
 突然色気の欠片もない声を上げ。しかも自分の腕からも逃げ出し、その上、口まで塞いできた蒼衣に直輝は少しばかりむっとする。直輝としては、いかに蒼衣のシャワーを浴びる前の体臭が自分を興奮させる起爆剤になっているのかを蒼衣に説く絶好のチャンスだったのだ。そのチャンスを蒼衣に潰され、直輝は少し瞳を眇めるとすぐに反撃を開始する。
 直輝の口を塞いだ事で恐ろしい話を聞かないように出来た事にホッとしていた蒼衣の手のひらに、ぬるりと何かが押し当てられ、まるでくすぐるようにその手のひらの中で踊る。そのくすぐったさと、どこかざらつきを感じるそれの感触に蒼衣は思わずその手を引きかけた。
 が。
 直輝にその手首をがっしりと掴まれると、そのまま手のひらに直輝の唇の感触が強く押し当てられる。

「! っ……ぁ、や、直輝、く……っ。」

 ちらりと直輝が蒼衣の表情を上目使いに眺めると、戸惑いを表している蒼衣をまるでからかうように瞳を細めて笑い、そのまま直輝は更に蒼衣の手のひらに唇を押し当て、その内側にたっぷりと唾液を乗せた舌を這わせていく。
 ざらざらとしている癖に、妙にぬるぬるとした感触を持つ直輝の舌に手のひらを余すところなく舐められ、その唇でキスを繰り返されると、蒼衣の腰から力が抜けそうになった。
 たったこれだけの直輝から与えられる愛撫にさえ蒼衣の体は、素直に反応し、心のベクトルを一気に欲情へと傾けられる。手のひらから聞こえてくる直輝の唇が発する濡れた音や、吸いついて離れる時に微かに聞こえる、ちゅっ、と言う音にさえ体は熱くなり、陶然としてしまう。
 こんな風にわずかな事にさえも反応し、心さえも全て溶かすような行為など蒼衣の記憶には直輝とのそれしかない。過去、叔父や他の職員や少年達と行ってきた行為は、全て蒼衣の心を冷やし、固めていくだけのものだった。誰かに抱かれる度に、乱暴を振るわれる度に、蒼衣の中にあった反抗する気力を冷やし、個性を消し、感情を押し込め、喘ぎ声以外の言葉を話す事も少なくなり、ただただ叔父や周りに居る男達に従順に服従する心に変えてしまうばかり。まさに叔父が言うように蒼衣は叔父たちの手によって、生きた人形となっていた。
 それなのに、直輝だと、ただこうして触れているだけでまだ心の底にある冷たく固まっているまるで永久凍土のような叔父に植え付けられていた自分の存在の無意味さ、生に対する価値観さえも溶けていきそうになる。
 だからか、こんな風に直輝に触れられれば触れられるほど蒼衣は自分自身が全て溶け、崩れていくような錯覚さえ覚えた。しかしそれは自分がなくなる事への恐怖を伴うものでは決してなく、あるのは、ただひたすら新しい自分が生れていくようなうっとりと目が眩むほどの幸福感だけだった。
 それでもまだ蒼衣の心には叔父の存在が大きく残っている。
 頭の中で大分薄れたとはいえ、何度も反響する叔父の言葉を蒼衣は自分の言葉に変えて口にしていく。

「っ、……っ、だ、ダメ……っ、ダメ、だよ……っ、僕は……、僕には、汗の匂いもしちゃ、ダメ、なんだ……っ。人形だった、から……っ、いつも綺麗で清潔にしていないと……、いけないって……っ。汚い人形には、誰も見向きもしないって……。石鹸の匂いしかしちゃダメだって……、そう言われてたから……っ、だから僕の匂い、僕自身の匂いなんて……、汚いし、嗅いだら、直輝くんが、嫌な思いしちゃう……から……。その……、ぅ。」

 しかし、手のひらに感じる直輝の唇に寄る言葉に出来ないうっとりとした感覚に蒼衣は、叔父の言葉も、今直輝と交わした会話への反論も、抗議も、尻すぼみになっていき、しまいにはきゅっと下唇を噛みしめると、ただ、直輝から与えられる感覚に耐えるような表情になる。
 それでも、やはりさっきの直輝の言葉は聞き逃す事が出来ず、なんとかもう一度主導を握ろうと弱々しくも言葉を発する。 
 しかし、それは直輝の声に遮られた。

「汚い、体の僕は、ダメ、なん……。」
「なぁ、蒼衣。俺はさ、お前の匂いが好きだ。この手のひらの匂いも、指の匂いも、耳の匂いも、うなじの匂いも、髪の毛の匂いも、もっともっと他にも色々な所にある、お前自身の匂いが好きだ。」

 蒼衣の手のひらに口づけ、その手の甲へと鼻を寄せるとすぅっと息を吸い込みながら、直輝はそう自分の思っている事を伝える。蒼衣の口から、人形、という単語が飛び出し、“誰か”にそうしないといけないと言われたと言った言葉に、直輝は一瞬の怒りをその“誰か”に覚えはしたが、その感情はひとまずぐっと胸の奥に飲み込む。そして、今はただ、蒼衣に自分がどれだけ蒼衣自身が纏う蒼衣という人間の匂いが好きかと言う事に直輝はひたすら言及する。
 じっと蒼衣の瞳を真剣な目で見返しながら、直輝は一言、一言、ゆっくりとまるで噛みしめながら口にする。どれだけ自分が蒼衣の、蒼衣自身の、人間としての体臭が好きなのか、と。
 直輝のその思ってもみなかった言葉に蒼衣は一瞬言葉を失い、反論すべく開いた口はぽかんと開かれたままになる。
 そんな蒼衣に、上目使いにくすりと笑った後、直輝は蒼衣の手を愛おしそうにその手で握りしめると、再度その手のひらに口づけを落とす。

「俺は、お前の人間らしい匂いが本気、好きなんだぜ? それがあるからお前にありえねーくらい興奮するし、もっと欲しくなるし、俺以外の奴にこの匂い嗅がしたくねーし、だから風呂入ってねーとか、洗浄してねーとか、汚れてるとか関係なくお前を抱きたくなるし。これがお前が言うようにただの人形相手だったっら、んなんならねーよ。ただただお綺麗で良い匂いがするだけの人形なら欲しいとも思わねーし、欲情もしねーし、丸ごと抱きたいなんてぜんっぜんっ思わねー。」
「……っ。」
「それによ、夏祭りの時にさ、外でお前とセックスしたろ? あん時にさ、お前の洗ってないチンポとケツ舐めて、俺、お前の匂いと味にめっちゃ興奮して、たまんなくなって、しかもお前がそれでイきまくってんの分かったら、余計止められなくなっちまって……。あん時からさ、お前にゃ言えなかったけど本当は、こうして風呂入らずにセックスしたくて仕方なかった。でもお前はさ、いっつも俺に気を使ってシャワーと洗浄は絶対、って譲らねぇし。つい昨日見たいな無茶しちまって……。今もお前には無茶言ってるのも分かるし、お前が頷くの難しいって分かってるし、俺だってお前を傷つけてまでしたくはねーんだけど……、でも本音を言えば、シャワーも洗浄もなしでお前を抱きたい。……なぁ、これって俺の我が儘か? お前と誤魔化しなくセックスしてーってのは、俺だけの我が儘か?」

 じっと蒼衣の表情を伺いながら、直輝は自分でもズルイやり方だと分かっていながらも、蒼衣に率直に自分の想いをぶつける。再度選択を迫る。
 直輝の言葉に、蒼衣の瞳は戸惑ったように揺れ、そして時にはその内容の恥ずかしさに瞳を伏せ、その目元を欲情の色で赤く染めた。とうとうと流れるように聞こえてくる直輝の告白とも言える言葉の数々に蒼衣は嬉しさに溺れそうになりながらも、直輝くんはズルイ、とそう胸の中で呟く。同時に、敵わない、とも。
 心の中に重く圧し掛かっていた呪詛のような叔父の言葉が、直輝が言葉を紡いでいく度に蒼衣の中で小さくなっていき、直輝の言葉だけが蒼衣の心を埋め尽くしていく。
 その事を不思議に思いながらも、蒼衣はその理由など分からなかったが、妙に納得もしていた。
 直輝くんだから、だと。
 施設に居た頃にシャワーや洗浄を行っていない状態で男に抱かれる事は、いや、性欲のはけ口としての玩具として扱われる事は、あってはならない事で、確実に懲罰の対象だった。お前は人形なのだからと、口汚く罵られる程に、蒼衣自身の人間としての匂い、つまり、汗を含む体臭がある事は、あってはいけない事だった。汚い所など何もない石鹸の良い匂いのする清潔な人形に徹していなければならなかった。
 そもそもシャワーを浴びず、洗浄もしていない段階で性急に求めて来る人間も居なかった。いや、実際には求めてきたことも多かったが、必ず先に蒼衣にそれらをさせた後、ようやくその体に群がり、蒼衣とは違いシャワーさえも浴びていない男達の性器をその口と手と尻に握らせ、挿入し、愛撫などなしに好き勝手に動く。そして、男達が満足するまで男達の性の匂いだけをその体になすりつけられ、口にも尻にも注ぎこまれる。
 それが普通だと思っていた蒼衣にとって、直輝の言葉は本当に青天の霹靂とも言うべき驚きで、そして、今まで想像だにしていなかった世界がある事に軽く感動さえ覚えていた。
 相変わらず直輝の視線は真剣な色を湛え、その瞳だけでも直輝が本気でそう思っている事を窺わせる。決して興味本位で言っているのではなく、真剣に今の状態のままの蒼衣を抱きたいのだと、その瞳は語り、求めていた。
 直輝の瞳を見つめ返しながら、蒼衣はどう返事をしたものかと考えあぐねている。
 それでも、いつまでも直輝の問い掛けに応えない訳にもいかず、蒼衣は恥ずかしさで身を焦がす思いをしながらも、ゆっくりと口を開いた。

「…………、僕は……。」

 だが、やはり今一つ勇気が出ず、一旦そこで言葉を止めてしまう。
 そして瞳を左右に落ち着きなく動かした後、そっと瞳を伏せると、その顔を直輝の肩口へと埋めた。そのまま腕を直輝の首に絡ませ、自分から直輝に抱きつく形になるとゆっくりと、考えながら口を開く。

「……直輝くんは、僕を、……人形じゃなくて、人間として、扱ってくれる、の? 見てくれている……の?」

 精一杯勇気を振り絞って蒼衣は直輝に表情を読みとられないようにその肩口に顔を埋めたまま、小さな声でそうまるで独り言のように呟く。
 すると、すぐ隣で直輝が軽く笑ったような気配がしたと思った瞬間、蒼衣の腰に直輝の太い腕が絡まり、強く抱きしめ返した。

「ばーか。人間として扱うも何も、出会った頃からお前は日向蒼衣っつー一人の人間だろうが。お前はよく笑うし怒るし泣くし拗ねるし。こんだけ感情表現豊かで何言ってんだ。どっからどう見たってお前は人間だよ、蒼衣。」
「直輝くん……。」

 蒼衣の体をぎゅうぎゅうと抱きしめ返しながら直輝は、真面目な声で蒼衣の言った言葉を一笑に付す。
 思わず直輝の言葉に感動し、その名を蒼衣が呟くと、直輝は小さく笑った。
 そして言葉を続ける。

「……てかさ、お前、滅茶苦茶感じやすいし、俺よかよっぽどエロいし、表情も行動もエロエロだし。昨夜だってあんだけ自分から俺のチンコ舐めまくって、挿れて、挿れてってせがんで、ケツに俺の突っ込まれてあんあんエロい顔で喘ぎまくったよーなエロい奴がマジ人間じゃなきゃなんなんだよ。人形は喘がねぇし、エロい事言わねーし、エロい事したがらねーし、あんなに気持ちいい気持ちいいって言わねーだろうが。」
「あぅぅ……っ、直輝くん、エロエロ言い過ぎ……っ、ていうか、僕、そんなエロくないもん……。」
「エロいじゃねーか。な、……ほら、ここだってまだこんなガチガチだし。」
「っ、ふ、ぁ……っ。」

 今の重苦しい雰囲気を吹き飛ばすように少しからかいの混ざった意地悪な声色で、ニヤニヤと笑いながら直輝はいかに蒼衣がエロいかと熱弁をふるい始める。
 その直輝の言葉に蒼衣は、直輝の肩口に顔を埋めたまま、だが、恥ずかしさからその耳まで真っ赤にすると、それでも一応直輝の言葉に幾分か心に溜まっていた重い沈殿物のような沈んだ感情は緩まり、いつものように拗ねたような口調で直輝の言葉に反論を返す。
 しかしその反論は直輝にまたしても一笑に付されてしまう。
 しかも蒼衣の腰を抱きしめていた腕の片方が素早く蒼衣の前面に回ると、スカートの上から局部を握りしめた。
 スカート越しに感じる直輝の手の感触に思わず蒼衣の喉から上擦った声が漏れる。
 その声に直輝は唇の端を少しだけ釣り上げると、すっかり降りてしまい下着を隠してしまっている蒼衣の着ているワンピースのスカートをもう片方の手で持ち上げていく。
 そして、下着が露出する位置にまで持ち上げると、今度はスカート越しに握りしめていた手をその中へと忍び込ませ、下着とパンストを太ももまで一気にずらした。

「ぅ……ぁ、や……っ。」

 下着とパンストに包まれていた部分を急に外気へと晒され、蒼衣が恥ずかしそうに微かに身じろぎする。だが、直輝の肩口から顔を上げる事はしない。額を直輝の筋肉の盛り上がっている肩へと押し付けたまま、下着を下ろされた恥ずかしさを超える何とも言えない期待のような感情に蒼衣は瞳を伏せた。
 そして窮屈な下着とストッキングに押し込められていた蒼衣の肉棒は解放された喜びからか、びくびくと震え、蒼衣が身じろぎすればその度に直輝のチノパンにぶつかる。その時にじわりと湧き上がってきた先走りが直輝のチノパンに小さな染みを作り、糸を引いて少しだけ離れた。

「ほら、エロい汁だってこんなに滲ませて、びくびく震えてるし、これでエロくないなんてあり得ねーじゃん。下着だって、お前のエロい汁でぐっしょりだし。」
「はぁ……っうぅ……だ、だって……ぁ、直輝くんが……あ、ぁう……んっ。」
「俺が、なんだよ。」

 更に強くしがみついて恥ずかしさを我慢している蒼衣を横目に見ながら、直輝は開いている方の手で蒼衣の欲情の源を掴むとその先端から滲み出ている先走りを亀頭の部分へと指で撫でつけていく。
 その痺れるように甘い快感に蒼衣はくらくらとしながらも、一生懸命直輝に対して反論を試みるが、直輝の手が蒼衣の性器を直接握りしめいやらしく動くと、言葉は声にならなくなる。
 それでもかろうじて、蒼衣をこんな状態にさせている直輝の名を出すと、直輝は口元に笑みを張り付けたまま、蒼衣の真っ赤になっている耳へと意地悪な声でその先を促す言葉を吹き込む。
 耳に当たる直輝の唇の感触と息遣いに、蒼衣の体がまたふるりと快感で震えた。

「っぁ……ん、直輝、く……っ、が、そ、な風に……っ、エッチなこと、す、る、から……ぁっ。」
「だから、エロくなんの?」
「ぅ、ん……、ぁ、はぁ……っ、そ、だよ……、な、おきく、に触られたら、僕、凄く、エッチな……はぁ……ん、気分に、なる、ん、だから……あっ、はぁ……ぁ……ん。」
「奇遇だな。俺もお前触ってっと、すっげぇエロい気分になってくる。」

 蒼衣から今自分がどんな気持ちなのかを引きだすと、直輝はぺろりと自身の唇を舐め、傍にある真っ赤に染まっている耳へと息を吹きかけながら言葉を囁いた。
 びくびくと蒼衣の体が快感で震え、直輝の首に回っている腕が更に強くしがみついてくる。
 そんな蒼衣に愛しさを感じながら、直輝は蒼衣の男根を握り、擦り、溢れて来る先走りをその肉へとなすりつけていけば、いつしか直輝の手の中からくちゅくちゅといやらしい音が零れ始めた。

「ぅ……はぁ……ぁ、ん……ん、なお、きく……っん。」
「蒼衣、俺にはさ、今までの奴らと同じようにすんなよ。俺はお前を性欲を発散する為の道具だとか人形だなんてどうやったって思えねーし、お前が必ずしも体を綺麗にしてからじゃなきゃセックスしちゃいけねーとは思ってねー。寧ろ、綺麗にする前のお前にかぶりついて、全身舐めまわして、お前を滅茶苦茶感じながら、お前を感じさせてぇんだ。お前が、俺に、じゃない、俺が、お前に、そーしてやりたいんだ。」
「……ふぁ、ぁ、あ、直輝、く、ん……、僕は……、でも……。」
「分かってるよ。頭にも体にも染みついた習慣ってのはなかなか抜け出せねぇってな。それが暴力での支配下の中、強制的に、恒常的に植え付けられたモンなら尚更だ。だけどよ、蒼衣。お前はそろそろンなひでー過去から解放されて、幸せになる為の未来を築いていかなきゃな。俺と一緒に築く未来をさ。」
「っ、なお、き……くん……っ。」

 蒼衣のイチモツに指を絡め、扱きあげながら、直輝は蒼衣の耳にずっと囁き続ける。
 直輝のまるで魔法のような言葉と、与えられる快楽に蒼衣の頭の中はさっきから何度も何度も稲光のようなスパークを繰り返す。その度に直輝の言葉は蒼衣の心に染み込んで、体は欲情の炎へと飲み込まれていく。
 淡く漏れる喘ぎ声を直輝の肩口へと零しながら、蒼衣は霞む思考の中、心を決めた。
 直輝の首に回していた手を片方外すと、その肩や胸板の筋肉に手のひらを這わせながらゆっくりと手を下ろしていく。
 そして、指先が直輝のチノパンへと触れると、そのまま器用に片手でベルトのバックルからベルトを外し、ボタンをも外すと、すでに露出してあった直輝の未だ衰えていない性器へと指を絡ませた。
 蒼衣のすぐ傍で直輝の小さな快楽の声が聞こえる。
 互いに互いの性器を握りあい、手を交差させた形でそれぞれへ刺激を与えていく。
 蒼衣は直輝の肩口に顔を埋めたまま、直輝は蒼衣の長い髪に鼻先を突っ込んだ形で、荒く息を吐いた。
 その体勢で、蒼衣はゆっくりと自分の中の想いを口にする。

「……ん、ぁ、僕、は、直輝くんが、好き、だよ……。はぁ……、すっごく、大好き……。でも、不安、なんだ……。ん、僕は、今まで、人間じゃなかった、から……、……、ただただ男の人を喜ばすための人形だって、玩具だって言われて生きてきたから……。シャワーや、洗浄もしない状態で、男の人に、抱かれるなんて、出来なかった。しちゃいけなかった。汚い人形なんて、用無しだって……。はっ、ぁ、だから、……、直輝くんには、嫌われたく、ない、から……、ぁ、だから、余計に綺麗にしないと、って凄く思ってて……。」

 直輝と互いに与えあう快感に淡く喘ぎながら、蒼衣は、もう片方の手で直輝の背中に指を這わせ、その背中を抱きしめる。
 しかし言葉が進むにつれ、快感とは違う震えが徐々に体を蝕んでいく。それを抑えるように更に蒼衣の手は直輝の背中を強く抱きしめる。
 直輝の言葉で薄れていった筈の叔父の言葉は、蒼衣自身の言葉でまた頭の中に大きな声で蘇ってきた。そのどうにもならない恐怖や威圧感に蒼衣は震えながら、それでも、蒼衣はゆっくりと言葉を探りながら、直輝に伝える。
 自分がどんな事を不安に思い、考え、何故ここまでシャワーや洗浄に拘っているのかを。

「ねぇ、直輝、くん……、僕は、本当に、人間、なの? 人間として、生きてもいいの……? 直輝くんが言うように本当に、シャワーとか、浴びなくても、汗の匂いがあっても、……僕の事……、嫌いに、ならない……? 僕は、人間として見て貰える事も、扱われた事も本当に少ないから、他の人達と同じようには出来ないし、どう生きたら普通になれるのか、わからないし、人間として、直輝くんと一緒にずっと居る未来なんて……想像も、つかないし……、望んじゃいけないって、ずっと、ずっと、思ってた。いつかは、直輝くんも僕を置いて行くんだって……、そう、思ってた。でも、だけど、ねぇ、そんな未来、本当に……、僕が、こんなダメな、僕が、望んでも、いいの……?」

 ゆっくりと、ゆっくりと、紡ぎだされる言葉に直輝は蒼衣の心にある不安や、自分には想像さえも及ばない深い傷がある事を改めて知る。
 それでも、今までの人生、絶望ばかりを味わっていた蒼衣が、ようやく微かな希望を込めて直輝に自分の境遇を含め、自分自身の不安を言葉にしていくという、辛い行為を静かに聞きながら直輝は、蒼衣のスカートを握っていた手をそのまま蒼衣の背中に回すと強くその体を抱き返した。
 直輝よりも背の高い蒼衣は、少し上半身を屈めた恰好で直輝の肩口に顔を埋めている。だから、体と体の間にはわずかな隙間ができていたのだが、それを直輝は少し背伸びをするとしっかりと密着させた。
 そうすれば蒼衣が感じている不安や恐怖が少しでも和らぐのではないか。和らげばいいと、真剣に思いながら。

「――当たり前だろ。お前は、人形でも玩具でもねー。ちゃんとした人間だ。大体俺がンな事でお前の事、嫌いになるなんてありえねーだろ。つかさ、んな心配する必要もねーだろ? 俺がそのままのお前を抱きてーって言ってんだし。それにさ、さっきも言ったが俺はお前を人形だなんて思った事はねー。何度も言うが、お前は人間だ。だからお前は、ずっと俺の傍で日向蒼衣として生きて、人間として俺と一緒に居ればいい。お前が今まで経験してこれなかった、色々な愛情とか友情とか、人と人との繋がりとか、俺の隣で、ずっと、人形じゃなく、日向蒼衣一個人として、経験していきゃーいい。この世の中、お前の事をそんな風に扱う人間ばっかりじゃねぇって事を、俺が教えてやるし、何があっても、そんな人間じゃねー事思う奴らから俺がお前をずっと守ってやる。」

 蒼衣の背中を強く抱きしめながら、その体を、存在を直輝はしっかりと感じながら蒼衣の中にある不安を取り除こうと言葉を尽くす。感情で先走ってしまいそうな自分を律し、ゆっくりと考えながら言葉を選びながら慎重に自分の中にある蒼衣への想いを口にする。
 勿論それらの言葉は、直輝自身の本心であり、蒼衣をただ喜ばしたいが為だけの言葉ではない。直輝自身、勇の言葉であれから色々と考えた末の結論だ。
 勇からは、蒼衣の全てを知っている訳でもないのに知ったような気になって悪戯に蒼衣の心を乱すような事はするな、ぬか喜びさせるような行動は慎め、深入りするのは止めろ、と蒼衣が少し席を外していた隙にそう釘を刺されていた。
 その言葉は直輝の胸に戒めとして深く突き刺さっている。
 勇としては、恐らく同性愛者でもない直輝が興味本位から蒼衣を弄ぶのを止めろ、と言いたかったのかもしれない。そんな事をしても、どちらも傷つくだけだからだ、とそう付け足された言葉に勇の直輝や蒼衣を思いやる気持ちが表れていた。
 だが、直輝としてはその勇の言葉には素直に頷ける筈もなかった。
 あの時勇には蒼衣と付き合いだしたいきさつは大まかにしか話していない。だから説明不足だった為、勇は知り合ってまだ日の浅い二人だと言うのに、あり得ない関係を築いている事に対して苦言を呈したのだろう。友達として。それ自体は至極まっとうな苦言だと直輝も思う。
 しかし、確かに日数だけを見てみれば浅いとしか言いようのない月日だが、直輝と蒼衣はそんな日数の少なさを凌駕するほど深く互いの心に入り込んでしまっている。もう後戻りなど出来ないほどに。
 だから勇のその言葉に直輝は、自身の蒼衣への想いの真剣さを込めて、真剣に考えている、と応えた。
 実際、蒼衣の過去は、直輝の想像も及ばないほど深く暗い闇が広がっているのだと言う事は勇に指摘されなくとも、――もっとも先ほど勇が指摘した蒼衣の事を全て知っている訳でもないのに、と言うのは、ただ単に日数が浅いと言う事しか示していない――、直輝にだって分かっている。だが、直輝自身未だ知らない蒼衣の過去も含めて、直輝は蒼衣自身と向き合って、受け止めて、これから先、出来れば少しでも長い時間一緒に過ごしていきたいと考えている事も事実だ。
 勇は、直輝と蒼衣のこの関係は一時的なものだと、そう見ている節が直輝にも見て取れたが、生憎と直輝は勇の見立てに従う気は全くなかった。蒼衣との関係はできる事なら生涯を通しての付き合いにしていきたいと真剣に考えているからだ。そしてそんな予感さえも最初会った時から薄々は感じてる。
 その形が最終的にどんなものであれ、変わっていったとしても、直輝は今現在真剣に蒼衣に愛しさを感じているし、今までの人生観などぶっ壊しても構わないと思う程、蒼衣との関係は直輝にとって何物にも代えがたい大切なものになりつつある。
 セックスだけではなく、友人として、大切な人間として直輝は蒼衣と人生を共にしたいと、そう最近は強く思うようになっていた。
 だから、その気持ちを込めて、蒼衣に伝える。

「――だから、蒼衣。俺の傍にこれからも居てくれるか?」

 直輝の肩に埋めていた蒼衣の顔を半ば無理矢理に起こし、その涙でたっぷりと濡れた瞳をじっと見詰めながら、直輝はゆっくりとそう蒼衣に答えを委ねた。