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NOVEL

罪悪感 航矢編
〜第二話〜

注意)特になし

逃げた青い鳥を追うべきか。

それとも、新しい青い鳥を探すべきか。

俺にはいつでも一つの答えしかない。

「如月の人間でないなら、アンタ等にお願いしたい事があるんだ。」

 もう一本煙草を取り出し、口に咥えながら俺はそう切り出す。
 俺のその言葉に、また相手の男、野村は怪訝そうな表情をした。

「――私達は。」
「あぁ、アンタはいい。下っ端のアンタじゃ話にならない。」
「なっ……。」
「アンタはボスじゃないだろ? 後ろに座ってるあの男、アイツと話をさせてくれねぇか?」

 男が口を開きかけたのを制して、俺は男の後ろに座っている数人の男たちの中でも一際体格のいい男を指差してそう言うと、男は驚いたような表情をして後ろを振るかえる。
 男と俺の視線の先で、その体格の良い男はにやりと分厚い唇に笑みを浮かべていた。

「……良く解ったな。俺がこいつらの頭だって。」

 そうしてそいつはゆらりと立ち上がると、俺の指摘で明らかに狼狽を隠せていない野村の肩を押し、その場から退かせると男はそいつの変わりに俺の前にどっかりと腰を下ろした。
 そのままニヤニヤ笑いをこちらに向ける。

「そりゃー、俺も長い間こっちの世界に居た人間だからな。“組織”を纏めるリーダーが誰か程度なら、一目見てすぐに解る。力関係もな。」

 男の言葉と表情に俺は面白くもなさそうに答える。そして、俺は口に咥えていた煙草に火をつけた。
 深く紫煙を吸い込み、ゆっくりと肺の奥に溜まった煙を吐き出す。
 殊更ゆっくりと煙草を燻らせ、俺は、相手が何らかの反応を返してくるのを暫く待つ。
 だが、男は俺のそんな駆け引きさえもお見通しなのか、俺が煙草を燻らし続けている姿を瞳を少しだけ細めて見つめているだけだった。
 どうやら男は、先程までの野村とか言う奴とは格段に度量も度胸も、そして何よりこういう事態に慣れているらしい。
 さて、海千山千の相手をどうやってこっちのペースに持ってこさせるか。
 様々な戦略を頭に思い浮かべながら、俺はフィルター近くまで短くなった煙草を灰皿へと押し当てて消す。

「……で? お前は俺達に何を頼みたいんだ?」

 俺が一服を終えるのを待っていた男は、俺の先手を打ってきた。
 その事に内心小さく舌打ちをし、視線を男へと向ける。
 男は俺の事をじっと見つめていた。
 だが、てっきり俺を値踏みするように、俺の真意を探るように見ていると思われたその瞳は、何故か多少の好奇心に彩られ、細められていて。
 どういう訳かこの男が俺に対して妙に好意的な事に気がついた。

「……金で美奈に雇われてるなら、俺がもう一度アンタ達を、いや、アンタを雇いたい。」

 何故目の前の男に好意的に見られているのかは解らなかったが、これは多少なりとも自分に有利な展開になりそうだと思い、俺はそう何の捻りも加えず男の質問に答える。
 すると男の瞳が更に面白そうに細められた。
 どこか親密さを滲ませたその瞳に、俺もまた薄く瞳を細める。相手の好意の出所を探ろうとして。
 だが、男がそんな深い心情を俺になど、おいそれと顔にも行動にも晒すわけはなく、俺はまた小さく心の中で舌打ちをした。
 しかし俺はすぐにその舌打ちを打ち消す事になる。

「俺を雇ってどうするつもりだ? 渡良瀬航矢。仁科渉の奪還なら俺は手は貸せんぞ。」
「……。」

 先ほどの慇懃無礼な男とは打って変わってこっちの男はいやに話が早かった。
 それで気がついた。

「アンタ……、いや、アンタ達が、……渉を?」

 自分の瞳に剣呑な光が宿るのが解る。その瞳のままぐるりとこの場に居る男たちを見回し、目の前の男を睨みつけた。

「……さぁてな。俺達は“お嬢様”に、さっき話した言付けを頼まれただけだ。それ以外の事は知らん。それにもしその事に関して何かを知っていたとしても、それを話す事は“お嬢様”との規約違反になる。この商売、信用が第一なんでな。」

 だが、そんな俺の睨みと凄みになど動じる事もなくリーダーであるその男は、肩をひょいっと竦めながらうそぶく。
 しかし、いつしか俺を見詰める相手の細められた瞳には、好意的な色は消え、変わりに俺の動向を探るような色が現れていて。俺の答え如何によってはこの後の対応が変わると、その瞳はそう語っていた。
 明らかに堅気ではないその瞳の凄みに、俺は一つ溜息を吐く。
 無駄な諍いは今はするべきではない、そう自身の気持ちを落ち着かせると俺は吐く息と共に口を開いた。

「……そうか。ならいい。余計な事を聞いた。」
「物分りが良くて助かる。」

 くつくつと笑いながら男は俺の言葉に頷いてみせた。そして、俺が出していた冷えた茶の入っているグラスを手に取ると、その中身を一気に飲み干す。

「全く、こっちは暑くて敵わんな。」

 水滴のついた分厚い唇をシャツの袖で拭いながら男は、改めて俺に向き直った。

「それで? 渉奪回については俺から断らせて貰うとして、それ以外に何かあるのか?」

 そして再度そう俺に聞いてくる。
 だが、俺はすぐにその質問に答えることは出来なかった。
 その男の発した一つの単語に引っかかっていたのだ。
 ――こいつは、今、なんと言った?
 頭の中で目の前に座っている男に対する疑惑が湧き上がる。たった一言ではあったが、こいつはあいつの事をファーストネームで呼んだ。しかも、その呼び方には明らかな慣れがあった。今、初めて呼んだ呼び方じゃない。確実に、幾度となくそれを口にした事があるような、呼び方。
 恐らく、何か意図があって、例えば俺の動揺を誘うとか――の為にそれを口にした訳ではなく、かなり男の意識の及ばぬところでふと出た呼び方だったのだろう。
 その証拠に男は、俺の出方を待ってはいたが、そう言う意味での好奇心も、探りの色もその瞳には現れていなかった。
 それを見て、すぐに俺は確信した。
 こいつは渉と確実に面識がある。
 だが、俺の記憶の中にある渉の今まで人生に置いて、こいつの存在は今まで一度として浮上したことがない。
 と言う事は、つまり――。
 そこまで考えて俺は、薄く笑う。
 こいつが渉を拉致した張本人だ。間違いない。
 しかも、恐らく、拉致した後、渉と関係を持った。
 それがどういう経緯に寄るものかは解らない。渉の持つ、あの妙に男を誘惑するするような魔性に誑かされたのか、それとも、この男がただ単にそっちの趣味の人間だったからか……。
 だが、プロに徹しているこの男が、簡単に自分の仕事上の“商品”である渉に手を出す筈はない。拉致を頼んだ、依頼人がそう命令しない限りは……。
 しかし、兎に角、こいつが渉と何らかの関係を持ったことだけは、確実だ。その事によって、こいつは渉に好意を少なからず持ったんだろう。
 普通ならば、どんな事があっても“商品”に対して好意的な感情を持つことなどない。プロであるならば尚更だ。
 それでも、こいつは、渉に好意を持った。
 だからこそ、アイツの関心が向いている俺に興味を持ち、俺の動向を探ろうとしている。
 そこまで解れば、話は早かった。

「――アンタには、美奈との契約が切れた後、ある人物と接触を持って欲しいんだ。」

 一つの可能性と、一つの事実。
 それを切り札に俺は、目の前の男に依頼をした。

◆◇◆◇

 家を飛び出した後、学のない、腕っ節しかない俺が出来る事なんてたかが知れていた。
 職は当然のように見つからず、結局住む場所のない俺は中学の頃の仲間の家へ転がり込むと、そのままそいつと一緒になって街で喧嘩にカツアゲ、そして、喧嘩上等のチームへ入隊と荒んだ毎日を送ってしまった。
 だが、こんな生活ではいつまで経っても家を飛び出したときに誓った、あいつを守る、その為の力を手に入れる、は成就できない。それは、つまり、あいつの元には帰れないと言う事。
 だからか、俺は日々焦燥感を募らせ、その事が余計に俺を荒れさせた。
 そんな時だ。
 ある人に声を掛けられたのは。
 飯島というその男は、この辺一帯を仕切っている組の人間で。そして俺達が所属するチームも勿論この組の息がかかってた。
 だからか、そいつはいつも俺達が暴れる様を眺めていたらしい。
 もし余りに俺達の傍若無人っぷりが酷いようなら、その筋の人間として制裁を加えるつもりで。
 その中で、ふと俺と言う人間に目をつけた、と言っていた。
 どうやら俺の行動が、ただの不良グループのそれではないと、見て取ったらしい。
 飯島さんが言うには、俺が仲間達と一緒になって喧嘩をしても、いつも俺が冷静にその喧嘩の幕切れや、引き際を見極め、計算し、そのせいでどの喧嘩も大事にはならず、警察の介入も上手く阻止していた、らしい。
 俺としてはそこまで計算したり、見極めていた訳ではないが、暴力的な事に関してはプロである飯島さんが言うのならば、恐らく無意識に俺がそう動いていたのだろう。
 それから俺はその人に拾って貰い、ただのチンピラから正式に暴力団の下っ端構成員となった。
 最初はそれでも良かった。
 確かに下っ端としてする仕事なんて、ドサ周りにショバ代の回収なんてチンケなものだ。
 それでもただ闇雲に喧嘩をして、カツアゲをしているよりは遥かに建設的だったから。
 しかし、それにも限界は来る。
 チンケな仕事は、チンケな仕事らしく大した収入もない。
 日々食いつなぐだけで精一杯。これではまたいつになったら己の誓いを全うできる日が来るのか、まったく先が見えなかった。
 色々と俺なりに悩み、チンケな仕事をこなしながらどうすればここから先に進めるのか、ない脳みそを絞って考えた。
 だが、その答えが出る前に俺はある噂話を知る事となる。
 俺の父親と渉の母親が、離婚をしたという、噂。
 その話を中学からのツレに聞いたときは、耳を疑った。
 思わずその真偽を確かめるために、俺は今まで一度も帰らなかったその家へと足を運んだ。
 大よそ二年ぶりくらいに訪れた、我が家とはもういえないその家で俺が見たものは。
 人気のない、ガランとした暗い家。
 俺の親父も、渉も居ない、暗く静かな家。
 だが、ただ一人。
 渉の母親だけが、ぽつんと一人、やつれた顔をしてそこに残っていた。
 俺を見た渉の母親は、最初驚いた顔をして、その後ポロポロと涙を零し始めた。
 そして、ごめんね、ごめんね、と何度も俺に謝った。
 その人は、俺の親父との再婚で俺と渉を傷つけてしまったと、そればかりを悔いていた。
 隣同士で密な付き合いをして行くうちに、俺の親父に心を惹かれてしまった事、そして、その想いを隠し通していくことが出来なくなってしまったこと、それに寄って俺や渉がどう思うかまで考えが回らなかった事、そのせいで俺を傷つけ、渉を傷つけ、最後にはその全てを失った事を、何度も何度も悔やみ、俺に謝罪していた。
 だが、どれ程悔やんでも謝罪しても、もうこの人の手には何も戻らないだろう。
 俺の親父は離婚後すぐにこの家を後にし、そして、引き篭もりだった渉と二人っきりで人生をやり直そうとした彼女だったが、だが、その一人息子にさえも見捨てられた。
 そう、渉は目の前で泣き崩れるこの人を拒絶して、この家を出たそうだ。
 俺は何度も何度も俺の手を取って謝罪を繰り返すその人を哀れに思いながらも、彼女を見捨ててこの家を捨てた渉の行く末が気になっていた。
 渉の母親であったその人でさえも、その居所はわからないという。
 もしどこかで渉を見かけたら、そう言って彼女は食器棚の中にしまっていた渉名義の通帳と印鑑を手渡してくれた。
 そこには、彼女なりの愛情と言う名の預金が詰められていて。
 俺はそれを眺めながら、また一つ決意をした。
 渉を見つけだそう。
 そして……、今度こそ。

 だが、俺のそんな決意は、この一年後あっさりと打ち破られる事となった。
 もっとも憎むべき事になる相手に寄って。









to be continued――…