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NOVEL

罪 悪 感  〜第七話〜

注意) 【過去】社長×主人公 強姦 

一体何度目の絶望だろう……?

一体何度目の失望だろう……?

一体、何度俺は壊されるのだろう……?

「なぁ、答えろよ、渉。俺と、親父、どっちが良かった? 上で咥えた方か? それともやっぱり下で咥えた方か? 顔にぶちまけられるのと、腹の中にぶちまけられるの、どっちが気持ち良いんだよ? なぁ? 渉? どっちだ?」

 くつくつと低く喉の奥で笑いながら、航矢は下品な質問を俺に浴びせかける。
 そのどこか常軌を逸したような楽しげな笑いに、俺は呆然と航矢の顔を見詰め返す。そこに俺の良く知っていた航矢の姿はなかった。ただ、航矢の中にある昏いモノが噴出し、その端整な顔を憎悪と嫌悪で醜く歪めていた。

「こ、航矢――。なんで、なんでお前……。」

 今日一日、奴にいいように玩具にされ蔑まれ、それでもその中には航矢らしさがあった。だけど、今の奴にはそれはなく、まるで別人が航矢の皮を被っているかのような、そんな不気味な不快感があって、俺は何故か酷く泣きそうになる。
 ガクガクと膝が震え、奴の名を呼ぶ唇が戦慄く。
 胸の中を染め上げるのは、恐怖ではなく、今まで味わった事のないような悲しみだった。
 悲しくて、悲しくて、どうしてそんなに悲しいのかは分らなかったけど、とても悲しくて――いつしか俺の視界は滲んでいた。

「――なんで、そんなに変わっちまったんだよ……ッ!」

 震える声でそう叫んだ瞬間、俺の瞳から堰を切ったように涙が溢れ出した。
 今までどんな目にあっても涙を流した事がない俺が、何故、今、こんなにもただ悲しいと言うだけで涙しているんだろう?
 答えの出ない疑問が、胸の中で渦巻いた。
 ボタボタと留まる事を知らないように、瞳から零れた涙は頬を伝い、顎を伝い、胸元を濡らし、白いガウンに染みを広げていく。

「渉……。」

 まさか俺が泣くとは思っていなかったのだろう。間近から聞こえた航矢の声は、意外にも戸惑いと後悔を多く含んでいた。

「なんで……、なんで、俺達こんな風になっちゃったんだよ……。なんで……。」

 俺は、胸の中に渦巻くどうにもならないやり切れなさと、後悔、そして悲しさに、しゃくりあげながらただ、なんで、と呟き続ける。
 目を閉じて、唇を噛んで、喉を震わせて。
 航矢の変貌も、自分自身の変貌も、一也さんの変貌も、全てが悲しくて、悲しくて、悔しくて、切なくて、痛くて。痛くて。
 ただ、子供みたいに涙し、しゃくりあげる。
 そんな俺を見て、航矢はどんな事を思ったのか。

「…………っ。」

 航矢は小さく何かを呟くと、ギシリとベッドを軋ませて、俺から離れた。
 そして――。
 ベッドの下に落ちていたのだろう。俺の衣服を乱暴に掴むと、俺に投げつけた。

「早く着替えろ!!」

 怒ったような声で、そう強く命令してきた。
 俺は未だ滲んでいる視界で、数秒自分に投げつけられた衣服と、航矢の後ろ姿を見比べる。

「早くしろっつってんだろっ!!!」

 俺の動きがないのに業を煮やしたのか、また強い言葉で航矢が怒鳴った。
 その声に俺は、ガウンの袖で荒く涙を拭き、急いで自分の体の上、ベッドの上へとぶちまけられている衣類をかき集めると、ゴソゴソとそれを身に着け始める。
 下着を着け、スラックスを履き、シャツに袖を通してボタンを留める頃になって、航矢は漸く俺を振り返った。
 そして、キツイまなざしで俺を睨みつけると、俺の腕を引っ張ってベッドから引きずり降ろした。
 そして小さく、履け、とだけ俺に向かって呟いた。
 航矢の言葉にベッドの下に目を向けると、そこには俺の革靴が無造作に置いてあり、俺は航矢の言葉に従ってそれを素足に引っ掛ける。
 それを見届けた航矢は、

「――ずらかるぞ。」

 そう、一言言うと航矢は俺の腕を引っ張ったまま、その部屋を後にしようとした。

「ちょ、ちょっと待てよっ! ずらかるって……お前、美奈さんどうすんだよ!? それに、一也さんも……っ!」

 かなり強い力で引っ張られ、毛足の長い絨毯に足を突っかからせながらドアまで近づいたとき、俺は漸く声を上げた。
 俺の叫んだ言葉に、航矢の足が止まる。
 そして、冷ややかな光を湛えた瞳で、俺を振り返った。

「そんな愛してもいない女も、最低で最悪な親父も、どーでもいいんだよ。」

 瞳と同じ冷たい声で。
 航矢は俺をじっと見詰めてそう、言った。

「俺は……っ。」

 そこで言葉を止めると、何かに気がついたように航矢は不意に俺から視線を外した。そして暫く何かを逡巡するかのように、視線を宙に彷徨わせた後、もう一度俺に向き直った。

「……兎に角、お前は俺の言う事に従ってりゃいいんだ。」

 有無を言わさない強い口調。
 相変わらず人の意見なんか聞く気がないとでも言うような、不遜な態度。
 それは俺が良く知っている、航矢の姿だった。
 先ほど感じた違和感も不快感もすっかり影を潜め、航矢はいつもの無遠慮な態度で俺を振り回す。
 その事に俺は、何故か不思議と安堵を覚えた。

「勝手な奴だな……。」

 航矢の言葉に、俺が返したのは呆れと苦笑を多く含んだ言葉。
 そう言いながらも俺は、もう今更航矢のする事に、航矢に振り回される事に抗う気はなく、素直に従う気になっていた。
 その理由は、自分でもよく分らない。
 ただ、何も考えず流されたかっただけかもしれない。
 それとも、航矢とどこかへ行く事によって、今の自分のこの堕落し退廃したどうしようもない生活を変えたくなったのかもしれない。
 もしくは、この先に待っているものを、自分達を待ち構えている運命を見たくなったのかもしれない――。
 もう悲しみは遥か遠くに立ち去り、そのことに気がつくとなんだか急に可笑しくなってきた。

「まったく、式を終えたばかりの新郎が、男と、しかも幼馴染で一時は義理の兄になった人間と駆け落ちかよ? 折角、富も名誉も地位も手に入れるチャンスだってーのに、航矢、お前何考えてるんだ?」

 くすくすと笑い声を絡ませながら、俺は航矢にそう問いかける。
 俺の笑い声に航矢は眉を不快そうに潜めると、俺の問いかけには答えず強く俺の腕を引っ張った。
 そして無言のまま、ドアを開け俺を連れたままホテルの廊下に出た。

「なぁ、これからどうすんだよ? ボスも美奈さんも、美奈さんの親族も黙っちゃいないよ? ボスと美奈さんの実家の財力と組織力使ったら、俺達、どこまでも追いかけられるよ? なぁ、航矢、お前俺を連れて一体どこにずらかるつもりなんだ? どこにも逃げ場所なんかないのに?」

 くすくすと密やかだった笑い声が、どんどん大きくなる。
 なんだろう。
 とても可笑しい。
 可笑しくて、笑いが止まらない。
 俺は何が楽しいのか分らなかったが、どこか螺子の外れた笑い声を廊下に響かせながら、航矢に質問の嵐を浴びせ続けた。
 だが、航矢は一向に俺には振り返らず、質問に答えもせずどんどんと俺の腕を掴んだまま先を歩いていく。
 そして、廊下の突き当たり。非常階段の前まで来た時、漸く俺を振り返った。

「どこまでも、逃げんだよ。俺とお前、二人で。そうだな、世界を旅したっていい。誰にも邪魔されねぇ場所まで、二人で行くんだよ。渉。――そして、幸せになるんだ。」

 今まで見たこともないような真剣な顔で、声で航矢は俺にそう言った。



 それはきっと、初めて垣間見た航矢の本心――。



 そして、これが幸せという名の破滅への、第一歩。

◇◆◇◆◇

 ボスに強制的に体を繋げられたのは、ボスに連れ去られたすぐその後だった。
 次の視察地へ向かうリムジンの中。
 普通の車よりは数倍は広い、その車中で、俺はスラックスだけをずり下ろされると、頭を座席に押し付けられ尻を突き出した屈辱的な格好で強制的に挿入された。
 大した愛撫もなされなかったソコに、荒々しく熱い塊を押し付けられる。
 推し進められるたびに肉が切れ、血が太ももを伝って流れ落ちる。
 ボスの高ぶりの熱さと、傷つけられた入口が熱を持ち、灼熱の中に俺は身を落としていた。

「――――ッ!!」

 痛みに熱さに、声にならない叫び声をあげる。痛みによる生理的な涙が、頬を伝って革張りの座席へと零れ落ちた。
 無理な体勢に、ギシギシと関節が鳴る。
 結合部分も流れた血液だけでは潤いが足りず、ボスの一物が行き来をする度に、ただ、焼け付くような痛みだけを俺に伝えてくる。
 ゼェゼェと喉から空気が漏れた。
 頭の中にあるのは、ひたすら“痛い”“熱い”“苦しい”“気持ち悪い”、それらの感情だけ。快楽なんて、一欠けらもなかった。
 だが、俺を後ろから犯しているボスは、俺の苦しさなど理解してないように満足気な熱い息遣いを俺の項へと吹きかけていた。
 その熱い息遣いと共に耳元で、囁かれる。

 ――いいぞ。お前の中は熱く蕩けそうだ。……ふん、しかし、私が初めてではないようだな?  まぁ、いい。お前のココにこれから色々な快楽を仕込んでやろう。初めての男など忘れて、私だけを欲するようにしてやるよ。どんな場所でも、どんな時でも私に命令されれば簡単に股を開くようにな――

 くすくすと、狂気とサディスティックさを含んだ笑い声をあげながら、ボスはひたすら俺を貫く。
 ボスが出入りするたびに、ガクガクと体は揺さぶられ、内臓を引きずり出されるような不快感が下半身を襲う。潤いの足りない入口は、ギチギチと悲鳴を上げ、血と言う名の涙を流す。
 結局、俺はボスがイクまでの数十分間、その痛みに屈辱にひたすら耐えていた。
 ただ一秒でも早く開放されるのを、願いながら。


 そして。


 その日から俺はボスの玩具になった。
 苦痛と不快感は、しかし、そのリムジンの中での一回のみで、翌日からは打って変ったように優しく、じっくりと体を開かされた。
 舌と唾液でたっぷりと潤いを与え、指でじわじわとその部分を解す。その時間をかけた執拗な愛撫は、俺を狂わせた。
 初日から、ベッドの上でのたうち回り、我慢できず何度も何度もボスに許しを乞うた。
 だがその度に、無情にも俺の願いは聞き入れられず更なる快楽の中に引きずり落とされる。それがまた、俺の中にあった昏い肉欲を湧き上がらせ、身もだえする。
 ――それが、堪らなかった。
 あんなにも人は快楽に狂えるのだと、その時俺は初めて知った。
 心地よさではない。
 優しさでもない。
 温かさでもない。
 ましてや、愛やら恋やらそんな生易しい感情など、微塵もそこにはなかった。
 ただ、浅ましい情欲や、肉欲。獣じみた欲望。
 感情の伴わないその行為が、どれ程燃えるものなのか今まで俺は知らなかった。
 そして、一也さんとしていたSEXがどれだけ子供じみた、単調なものだったのかを、ボスの調教で俺は知ってしまった。
 いつしか俺はボスに逆らう気も、彼の元から逃げる事も考えなくなり、ただひたすら彼から与えられる快楽を待つようになった。
 それは、服従。
 ココロもカラダも、完全にボスに服従し、彼の命令にはなんでも素直に従った。
 それがどんなに屈辱的な事でも。否、屈辱的であればあるほど、俺は快楽にココロを震わせ、のたうち回る。
 ボスの命令で、色々な奴とボスに見られながらした。
 代わる代わる一日中、知らない男共に犯され続けたこともあった。
 縛られて目隠しをされて、好き放題ボスや側近の男達に遊ばれた。
 ありとあらゆる玩具を使われ、それを差し込まれたまま街中を歩かせられた事もある。
 鞭で叩かれたこともある。
 他にも、筆舌に尽くしがたい責めを味合わされた。
 そして、その度にボスは俺に言った。

 ――あぁ、お前は、とても素晴らしい。

 と。
 その言葉は、繰り返される責めに、カラダを脳髄を熱く溶かしている俺にとって、強烈な麻薬だった。
 どんどんと彼の言葉は俺の全てに染みこみ、俺はいつしか彼の言葉が全てだと思うようになっていた。
 更にボスは、甘い声色で俺に囁く。
 
 ――こんなにも簡単に私の調教を受け止めるとはな。渉は本当に、素晴らしい。ご褒美に、もっと、色々な事を教えてやるよ。どんな責めにも快楽しか感じないように体を作り変えてやろう。

 それは、甘美な誘惑だった。
 彼の言葉に服従するしかない俺には、その言葉は待ち望んでいたものだった。
 彼が俺に何かを囁くたび、俺は恍惚と頷く。
 そして俺の頷きに、ボスは満足気な笑みを零した。

 ――くくく、あぁ、私は本当にお前は素晴らしい。お前となら、私も一生退屈する事はなさそうだ。ふふ、お前と居る楽しさの為なら、私もお前と一緒に堕ちていこう。愛してるよ、渉。お前の淫乱さを――

 俺が彼の言葉に頷くたびに、狂気を宿した口調で、瞳で、ボスはそう言いながら俺を責め立てる。
 その責めに、俺はただただ彼の背中にしがみつき、与えられる快楽にカラダを溶かし、彼の言葉に従うだけだった。

 だけど、その内。

 毎夜繰り返される狂宴の最中に、ふと垣間見るボスの表情、言葉、それらに、俺の中にまだ残されていた理性が彼の内面を深く見詰めていた。
 そして、彼の狂気も不誠実なまでの凶行も、彼の中にある埋められない空洞を満たすものだと、俺は気がついてしまった。
 それに気がついた時。

 俺は、決意した。
 
 彼と一緒に、どこまでも堕ちていく事を。
 彼の望む事に、今以上に誠実に尽くしていく事を。

 そう決意した。
 いつしか俺は、彼を愛おしく感じていたのだろう。

 その狂気を。その執着を。

 その、ココロの冷たさを。

 俺を人間として扱わない、その傲慢さを。

 同じ埋められない空洞を持つもの同士として。
 例えそれが、一生治る事のない傷を負った獣同士が、互いの傷を舐めあって痛みを和らげているだけの、下らない、意味のない行為だとしても。

 俺は、ボスの痛みを少しでも和らげてあげたかった。
 それが自己満足でしかないと、解っていても。


 その日から俺は、一層彼の愛玩動物として、この身の全てを彼に捧げた。





to be continued――…