しゃくりあげるディアッカの喉の震えが止まるまで、ノイマンはディアッカを抱き締め続けた。
やがて嗚咽が止み、背の震えも止まった頃、ディアッカが戸惑いがちに離れていく。消えていく体温に、ノイマンは少しだけ寂しさを感じた。
「ごめん、ノイマンさん…俺……」
「いいよ、気にするな」
ノイマンは涙の跡が残るディアッカの頬を両手で包み、親指で未だ頬に残る涙を拭った。
くすぐったそうにディアッカが目を細める。
幼げな表情に、束の間目を奪われた。
「昔、子供だったとき、父様が同じことしてくれた…庭で遊んでたら、イザークにお気に入りのおもちゃを壊されて、すごく悲しくて、涙が止まらなくて…そしたら父様がずーっと抱き締めてくれて、泣き止んだら大きな掌で涙拭ってくれて…そしたら悲しかったこと、全部どこかに消えてた」
「それは、ちょっとは俺が役に立ったってことなのかな?」
「ん…ありがとう」
ディアッカが目を閉じてノイマンの掌にすりすりと頬を擦り付けている。きっと、父親の面影を追っているのだろう。
微笑ましい、と思うと同時に、未だ両親の庇護を求めて止まないディアッカの寂しさと幼さを垣間見たようで、胸が痛む。
その胸の痛みを振り払うように、ノイマンはディアッカの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「でもなー、父親を思い出したってのは、ちょっと寂しいなぁ。これでも俺、未だ20代なんだから。いくらなんでもディアッカのお父さんより、かなり若いと思うんだけど。せめて『お兄さん』にならない?」
「えっ、あ、ごめん!そんなつもりじゃなくて、俺、兄弟いないから、兄さんってどんなものなのかよくわかんなくて」
おたおたと言い訳をする姿がとてもかわいくて、苦笑が禁じえない。ノイマンはからかうように指先でディアッカの鼻先をつついた。
「俺も兄弟はいないけど、ディアッカみたいな子が弟だったらいいな、と思うよ」
ディアッカが驚いたように目を見開いたと思ったら、無邪気な満面の笑みが広がっていく。
あけすけな笑顔に、つられたようにノイマンも笑みを返した。
「あのさ、兄弟ってどんなもんなのかな?俺たちコーディネーターって出生率が低いだろ?!周りに兄弟や姉妹がいる奴って全然いなかったから、よくわかんないんだ」
「そうだなぁ…俺も他人から聞いた話だけど、しょっちゅう殴り合いのケンカしたりもするけど、いなくなったら寂しい、そんな存在みたいだよ」
「ふーん……」
ディアッカが考え込むように眉を寄せ、首を傾げる。
「それって、イザークとアスランの関係みたいなもんかな?」
「さっきも出てきたけど、イザークって誰なの?アスランはジャスティスのパイロット、だよね?!」
「俺の幼馴染。俺とイザークとアスラン、アカデミーの同期生なんだ。アスランはどの科目でもいつも一番で、イザークが二番。でも、イザークって、すっごい負けず嫌いだから、アスランに負けるたびに八つ当たりがすごいの。いっつもアスランにつっかかってばかりで、知らない奴が見たら、きっと仲が悪いって思うんだろうけど…でも、心の底ではお互い認め合ってるんだよね」
きらきらと瞳を輝かせて語る様は、年齢相応の少年のもので。ディアッカが如何に友人たちを大切に思っているのか伺い知れる。
「そっか。いい友達に恵まれてたんだな」
「うん、多分そうだと思う。でも…イザーク、今もザフトにいるから…生きてもう一度会えるのかな。会いたいけど、会えるかなぁ…」
ディアッカの瞳に暗い影が落ちる。きゅっと唇を噛み締め、俯く。泣かせてしまったか、とディアッカの頬に手を掛け、顔を上げさせた。
涙は無かったけれど、紫色の瞳が悲しげに揺れている。その瞳に引き込まれるように、ノイマンはディアッカの頬に唇を寄せた。
「こんなことしたら、今度は『母様みたいだ』って言われるのかな?!」
何度も頬へキスを繰り返し、最後に額にキスを落した。視線を合わせると、ディアッカが茫洋とした瞳で空を見つめていた。
「…そうだね、ほんとに母様みたい」
笑みを浮かべているのに、どこか寂しげで。ノイマンが視線で問い掛けると、ディアッカが胸にきゅうと抱きついてきた。
「俺、ここに来て、こんなに優しくしてもらったの、初めてだ…」
腕の中の背に手を回すと、指先が触れたと同時にディアッカが離れていった。伸ばした手だけが取り残される。
「ありがとう。俺、ほんとに嬉しかった」
ディアッカが小さく背伸びをすると、ノイマンの頬に唇を寄せた。頬に触れる柔らかな感触にノイマンが息を呑む。
「ディアッカ?!」
「母様がキスしてくれた後は、いつも俺からも母様のほっぺたにキスしてたから」
ディアッカが床を蹴って、廊下の向こうに泳いでいく。表情は既にいつものディアッカで、それに安心しつつも寂しくもあって。
「ありがとう、ノイマンさん。またね。未だお仕事いっぱいあるんでしょ?!がんばってね」
廊下の先のエレベータのボタンを押し、開いた扉の中にディアッカが滑り込んでいく。閉まっていく扉の向こうのディアッカを、ノイマンは複雑な思いで見送った。