バスターの投降は、想像以上にAAに波乱を呼んだ。
殆どは、遠巻きに見つめるだけではあったけれど。
(まだ子供じゃないか・・・)
(捕虜のクセに態度がでかいっつーか・・・)
(ザフトのお偉いさんの息子らしいぜ。人質交換ですぐに戻れるってのがわかってるから、簡単に投降してきたんだろ。コーディネーター中のコーディネーターって訳だ・・・)
(しかしキラといい、前に迷い込んできたザフトのお姫様といい、今度の捕虜も美人だよなぁ・・・)
連行されてきたパイロットは、褐色の肌に濃い金髪、紫の瞳と、優性遺伝上共存しえない外見で、それだけでも彼がナチュラルに生まれた者ではないことを雄弁に物語っていた。
しかも、その遺伝上ありえない取り合わせが絶妙のバランスで組み合わされていることが、パイロットをどこか作り物めいて見せていた。
その外見に煽られた訳でもあるまいに、自制の効かない少年兵たちが個人的な復讐を果たそうとしたり、またAA自体の不安定な状況も重なって、いつのまにか捕虜はAAのクルー達から意図的に無視され、ある意味「封印された存在」になりつつあった。
「おーい、捕虜ー!生きてるかぁ」
フラガは拘禁室の鉄格子越しに声をかけた。予想どおり中からは、何の応えも無い。
「聞こえてんだろぉ?!お返事しないと、勝手に入っちゃうよ〜」
それでも返事が無いことを勝手に了承の意味と捉え、フラガは電子錠を開けると拘禁室に足を踏み入れた。
「おーい、起きてんでしょ?!お返事くらいしてくれてもいいんじゃない?!」
できるだけ飄々とした印象を与えるような笑顔を浮かべて、ベットの上のシルエットに呼びかけた。
「・・・ディアッカ」
「なーにー?」
「ディアッカ!俺、捕虜って名前じゃないし」
「あー、そりゃ悪かったね、ディアッカ・エルスマン君。名前を知らなかった訳じゃないよ。突然知らない敵軍の兵士が名前で呼んできたら警戒するかと思ってさー。お兄さんなりの配慮だったんだけどね。 余計なお世話だったかな?!」
言いながら、フラガはディアッカが寝転がっているベットの端に腰掛けた。ディアッカに必要以上の警戒心を持たれないよう、細心の注意を払って距離を縮めていく。
「最近取り調べもないし、お子様たちがあんな事件を起こしたせいで、ずっとここに押し込められっぱなしでしょ。退屈してんじゃないかと思ってさ」
「あんた…ヘンな人だね。ここに来る連合軍の兵士で、一人でこんなに近寄って来た人いないよ」
ディアッカは上体を起こしてベットヘッドに背を預け座りなおすと、気だるげににフラガを見上げた。
「そりゃ、きみがキレイだからでしょ。緊張してんだよ」
ディアッカの瞳を覗き込むように顔を近づけた。
「なーにバカなこと言ってんだか・・・」
軽くフラガのセリフを受け流すと、ディアッカはついと視線を逸らせた。フラガの言葉に照れた訳ではない。幼い頃からその手の賞賛に馴れていたために、気にならなかっただけだ。
だが、もし視線を逸らさずにいたなら、それがタダの賞賛ではないことに気が付いたかもしれない。飄々とした笑顔を裏切って、フラガの薄青の瞳の奥には暗い影が潜み、目の前の獲物を舌なめずりせんばかりに見つめていることにも。
しかし、殆ど他人と接触しない一人ぼっちの退屈な毎日が、ディアッカの中に人恋しさと寂しさを募らせ、親しげに話しかけてくるフラガへの警戒心を解かせていた。
「ねぇ、俺これからどうなるの。俺って一応ザフトのエースパイロットの一人だし、親父は最高評議会議員なんだよね。人質交換のいい材料だと思うんだけど。俺、いつ帰れるの?あんた連合軍の士官でしょ?何か知らない?」
必要最低限のことしか話さない今までここに来た連合軍兵士とフラガを違う、と思ったディアッカは、フラガに向き直り問いかけた。
無邪気、と言ってもいいような笑顔付きで。
その笑顔が無邪気であればあるほど、フラガの中に昏い喜びを生んでいることに気がつきもせずに。
「んーごめんね。こっちも今ちょっと取り込み中でさ。まだ君が捕虜になってるってこと、ザフトに連絡してないんだよね。それに・・・」
フラガはつっとその手をディアッカの髪に伸ばすと、
「せっかく俺のために捕まってくれたのに、わざわざ手放すわけないでしょ?!」
「・・・・・・あんた、何言ってんの?訳わかんないんだけど」
フラガの優しげな物言いと、言葉の裏腹さに戸惑いながら、しかし本能的な警戒心がフラガを「危険な男」であることをディアッカに告げはじめている。
強張る表情を抑えながら、フラガの真意を探ろうとディアッカは問い返した。
ディアッカの髪を梳いていたフラガの指は、ディアッカのこめかみから頬へと辿り、唇へと滑っていった。
「キレイな色だよね、きみの瞳。ほんとキレイだよねぇ・・・それにこの唇。物欲しげで、なんかやらしいっつーか・・・誘ってるよね、キスしてって・・・」
指先でディアッカの顎を掴むと、その薄い唇を舌先でゆっくりと舐め上げた。
「ほんと、やーらしい・・・」
そして、そのまま唇を重ねると、その柔らかさを確かめるように自らの唇でディアッカの唇を挟み、舌先でなぞっていった。
予想外のフラガの行動に一瞬虚を付かれたものの、唇にかかる吐息の熱さに我に返ると、ディアッカはフラガの手を振り払い、拳を振り上げ叫んだ。
「っ!ふざけんなっ!!てめぇホモかよ!?俺に触んな、気色悪いっ!!」
男にキスされた、生理的な嫌悪感に吐き気がした。
だが、フラガはその拳を悠然と掌で受け止めると、そのままディアッカの身体ごとベットに縫いとめた。
「気色悪い、なんて酷いなぁ。誘ってきたのは君の方でしょ?!俺は誘われて乗っただけ」
くくっと喉の奥で笑うと、フラガはディアッカの首筋から顎先までをゆっくりと唇を滑らせていった。
「触るなーっ!!離せっ!!離せって言ってんだろ!!くそっ、触んな、この変態っっ!!やめろーっ!!」