「フラガ様」
クルーゼが開け放したままのドアを通り、ディアッカはおずおずとフラガへと近付いた。
フラガは両肘をデスクに衝き、組んだ両手に額を乗せていた。乱れた髪と微かに震える指先が、フラガの苦悩を物語っているようだ。
「あの、午後のお茶をお持ちしたんですが…… 後にした方がいいですか?」
ここは一旦出直した方がいいのか、それとも何事も無かったフリでお茶の用意をして退室するほうがいいのか。もし今ここに居合わせたのがノイマンだったら、きっとフラガに気まずい思いをさせずに済む最善の選択が出来るのだろう。しかしディアッカにはどうすることが一番良いのか、正しいのか、判断できるほどの自信も経験もない。
せめてフラガから何か指示があれば、と返事を待っても、フラガはひたすら沈黙を続けている。
「……ごめんなさい。また後で来ます」
一言も喋らないフラガにどう対峙してよいのかわからない。とりあえず一旦ノイマンの指示を仰ぐ方がいいかもしれない。ディアッカは小声で退室の礼を告げると、そろそろとドアへと足を向けた。
「ディアッカ」
二歩下がったところで、掠れた声で呼び止められた。
「フラガ様。どうなさいました? お疲れですか?」
「違う…… いや、ちょっと疲れたかな」
ゆっくりと顔を上げたフラガの顔には、想像以上に疲労の色が濃く滲んでいた。いつもきらきらと輝いていた深青の瞳は翳り、表情は精彩を欠いている。疲れている、というよりも、生気が無い、という方が正しいのかもしれない。どことなく影まで薄くなっているような気さえする。
フラガは無理矢理に浮かべた笑顔をディアッカに向け、苦しげに言葉を吐き出した。
「言葉は通じている筈なのに、その言葉の意味が伝わらないってのは案外とツライもんだね。何を言っても、伝えたい内容の半分だってあの男には伝わらない。どうしてなんだろうなぁ。どうして伝わらないんだろう」
くしゃりとフラガは顔を歪め、ディアッカに両手を伸ばした。
縋りつくような、切羽詰った様子に、ディアッカはおずおずと近付き、伸ばされたフラガの手を取った。指先が掌に触れた瞬間、びくりとフラガの手が震えた。
「ねぇ、言ってよ。『大丈夫』って」
震える手で引き寄せられ、腕の中にディアッカは抱き締められた。フラガの胸に密着した耳殻に心音までもが響いてくる。
「お願いだから、こないだみたいに言って。『大丈夫』だ、って。ディアッカが言うと、本当に大丈夫だって思えるんだ」
子供のようにフラガがディアッカに縋りついてくる。いつも快活で、堂々として。まるで太陽を背負って生まれてきたかのようなフラガが初めて見せた弱さに、ディアッカの胸がズキリと痛んだ。
この人に弱さは似合わない。この人にだけは。
「大丈夫です。フラガ様は間違っていません…… きっとクルーゼ様にもわかっていただけます」
ぎゅうっと縋りついてくるフラガの背にディアッカは両手を回した。図々しいと思われないよう細心の注意を払って、そっとフラガを抱き締める。
「大丈夫です。ぜったいに」
フラガに請われるまま、ディアッカは何度も繰り返した。