迷走エゴイズム
うーん、やっぱりこれはヤバい。
俺は改めて自分の手に見入った。
デカくてゴツい上に傷だらけ。
醜いとまでは言わないが、世辞にも上等な部類では全く無い。
だがキッチリ働いてくれる。
気に入ってもいる。
つか挿げ替えようもねえ訳だし、これが俺。
気に入ってるもヘッタクレもねえってなもんだ。
・・・
とはいえ、だ。
俺はまた自分の手をじっと見た。
「おーい、恋次? オイッ! なぁってば! 恋次ッ!!」
「あ・・・?」
何だ、煩せぇな。
「あ?じゃねえだろ何ボケてんだクソ恋次!」
「んだよ、いきなりボケ呼ばわりかよ」
「ボケも大ボケッ、ボケまくりじゃねえか、このバカ恋次ッ!!」
「あのなあ・・・。何てめえ、好き放題・・・」
「つか!」
一護は怒鳴りながら、さらに一歩、距離を詰めてきた。
「つかテメエ! 今、俺が言ったこと、なーんも聞いてなかっただろッ!」
「あ・・・? んなこたァねえぞ」
多分。
「じゃあ俺が今、何て言ったか言ってみろよッ!!」
「う・・・、そ、それは・・・」
「ホラ、やっぱそうじゃねえか!」
「・・・す、すまねえ」
「素直に謝ってんじゃねえよ、こんのボケがッ」
「・・・だからボケっつうなッ! つか謝ってんだろうがッ!」
「謝りゃ済むってもんじゃねえんだよッ!」
「あのなあ・・・。じゃあどうしろっつーんだよ、あァ?!」
「そりゃあオマエ・・・、なんていうか・・・、ど、どうもこうもねえだろッ」
「ほら見ろ、テメエこそなんも考えてねえんじゃねえか。ふわっふわの中身無さそうな頭しやがって!」
「んだと、そりゃテメエだろ、テメエ! この赤アタマ!」
「赤で悪かったな! つか赤の何処が悪いってんだ、縁起イイだろうがッ」
「縁起だぁ? 縁起っつーよりはメデてェんじゃねえのか、あァ?!」
「んだとこの・・・、掻き卵アタマッ!! 」
「だ、誰が掻き卵だッ!!」
「なんだ掻き卵じゃ不満か。あ、こっちじゃオムレツとか言うんだっけ?」
「オ・・・・! こ、この野郎・・・・ッ!!!」
売り言葉に買い言葉とはよく言ったもので、一護言うところの赤アタマでわざわざ考えなくても、条件反射で言葉はポンポンと飛び出してくる。
だがその一方で、ずいぶん前に一護が口にした「ボケてる」という言葉がガンガンと木霊してる。
だってなあ。
実際、ボケてんだろ。
その証拠に、ほら見てみろこの手。
勝手に動き出そうとウズウズしてる。
キレてうっかり距離を詰めすぎたせいで、
思いっきり俺のこと見上げながら怒鳴りつけてきてる一護の頭を撫でたくて、怒りの余り震えだしたまだ細い肩を鷲掴みにしたくって、そのまま物陰にでも掻っ攫ってしまいたくって、酷くウズウズしてる。
抑えようとしても一護を求めて指が跳ねる。
だからもう一方の手で押さえつける。
すると腕ごと動き出そうとする。
だから思いっきり腕組みして、自分をがんじがらめに押さえつける。
もう動けない。
ホラ、これで大丈夫。
すこしホッと安心する。
だが息をつけたのだってほんの一瞬。
見上げてくる一護の眼が一層キツくなってやがる。
「んだテメエ・・・。突然、黙り込んだと思やぁ、何だよ、その上から目線ッ!!」
「・・・あ?」
「偉そうに腕組みとかしてんじゃねえよ!」
んだそりゃ。殆ど言いがかりじゃねえか。
つか、こんだけくっついてんだし、
「タッパが違うんだ。見下ろしちまうの、仕方ねえだろ」
すると、一護の眉がいつも以上に思いっきり寄った。
「・・・んだと?」
殴りかかってくるかと思ったが、一護はそこで踏みとどまった。
俺としては体使った喧嘩にでも持ち込んで、不要に険悪な空気を笑い飛ばしたかった訳だが見事に失敗したらしい。
「テメエ、恋次。いい加減にしろよ?」
今度は思いっきりの低音。
威嚇音のようなゴロゴロと響く低周波。
ついにキレちまったか。
俺は澄み渡った青空を見上げてボリボリと首筋を掻く。
「テメエ・・・、わっけ分かんねえんだよッ!!」
一護は仁王立ちで俺を見上げたまま、死覇装の袖でグイと頬の血を拭った。
「仕掛けてきたの、テメエじゃねえかッ! なのに何だよ!」
仕掛けてきた・・・?
何を? 俺、今日はまだ何にもしてねえぜ?
「大体、今日のテメエ、変過ぎんだよ! いきなり来て、睨みつけてるかと思ったらいきなりソッポ向いたり、かと思えば、こんな所で、さ・・・、触ってきたり」
お、赤くなった。
それも首筋まで。
ってことは最高潮に照れてるってことだな。
それでも踏ん張って俺を睨みつけ続けてるのは流石といったところか。
まあしかし鼻息荒いことこの上ない。握り拳も震えてるぜ?
つか触ったっつったってなあ。
「仕掛けてきた」ってのはそのことか?
頬に、しかもあんなに乱暴に触れるぐらい、仕掛けたうちに入んねえだろ。
それにこんな所っつったって人影のない裏通り。
どうせ死神姿の俺たちの姿なんて誰にも見えてねえ訳だし。
自意識過剰にも限度ってもんがあんだろ。
もはや習慣になったツッコミを入れる一方で、たったあれだけのことでこんなに浮き足立ってる一護を見ていると、どうしても口元が緩むのを止められない。
手のウズウズが身体中に広がってきている。
もうすぐ制御不能の予感。
「なぁ。ほんっと今日、ヘンだよオマエ。手だってそんなだし・・・。だから俺は・・・。俺は、オマエになんかあったのかって思って・・・!」
ついに一護は俺から眼を逸らして下を向いた。
代わりに旋毛が姿を見せる。
気付かれぬようにそっと覗き込むと、噛締められた下唇が僅かに震えてるのが見えた。
一護の視線の先を辿ると嫌でも目に入るのは、不覚にも深手を負ってしまった俺自身の利き手。
さっきから包帯の拘束を抜け出したくて、いつもの自由を求めて暴れまくってる我儘な俺の手。
・・・ああ、つまるところ動揺してるのか。
この怪我のせいで。
だからいくら煽っても、殴ったりしてこねえ訳か。
そこに全く思い至らなかった自分自身に対して、
そして困りきったツラの一護に対して、苦笑が漏れ出るのを止められない。
別に同情引きたかったわけじゃねえが、これじゃあ確かにずいぶんと派手な怪我に見えるな。
包帯に血が盛大に滲んでるし、隙間からは添え木代わりの棒っきれが飛び出てる。
手ぬぐいも吹っ飛んじまったし、括り直せなかった髪はザンバラだし、死覇装こそまだしっかり残っちゃいるが酷でぇ有様なことにゃ変わりねえし、見た目的にはかなり惨めな状態とも言えるだろうな。
だが、その場しのぎに我流の手当てだけで尸魂界を飛び出してきんだ。
仕方がねえ。
無性にテメエの馬鹿ヅラ見たくて、堪らなくなって、四番隊の制止を振り切ってこっちに来ちまったんだ。
介護詰め所から抜け出した俺に気付き、慌てふためき引き止めてきた奴らのツラを思い出すと更に苦笑が大きくなる。
ハハッ。確かにこのザマじゃあ止められもするな。
みっともねえったらありゃしねえ。
こんな傷、何でもねえし、昔はよくやったもんだし、怪我が絶えなかった十一番隊の平隊員の頃なんて、誰も気になんか留めちゃあくれなかった。
ソレが今じゃあの六番隊の副隊長サマだからな。イヤでも目に付く。
俺の傷を目にして慌てて駆け寄ってくる四番隊隊員の姿が目に焼きついている。
庇い切れず重症を負ってしまった平隊員たちが脇で唸っているにも関わらず、だ。
俺自身は何も変わってねえのにな。
胸の中のもやもやが、ため息の形を取って大きく漏れると、一護の肩がそれに反応して、びくりと小さく震えた。
俺は、やっと真っ直ぐに見上げてきた一護の両眼を覗き込んだ。
そこには何か、柔らかい光が揺れている。
その色に魅入ってしまう。
「なあ、恋次。ちゃんと話してくれよ」
「あ? 何を?」
いやに不安そうな眼だな。気になる。
「何があったんだ? すげえ怪我、してんじゃねえか」
「あ・・・? コレか? いや、どうってことねえ。見掛け倒し」
「本当だな?」
「ああ。ヘタこいちまってなあ」
うっかり気を抜いちまったときに、雑魚に手に一発、喰らっちまった上に自分で手当てしたら巧く行かなくってなあと、身振り手振りを交えて見せると、
「ったく。何やってんだ。そういやテメエ、鬼道は苦手だったな」
とようやく一護はほっとした表情を見せた。
「煩せぇ、放っとけよ」
俺の無事を知ってあからさまに安堵した一護を前に、胸の奥で噴出したのはどうしようもない幸福感。
自然と顔が笑みの形を取ってしまったのが感じられた。
想われているという事実の何と力のあることか。
だが同時に、ガムシャラが取り得の一護にしちゃ、こんなことぐらいで動揺するなんて過敏すぎだという不安がチラつく。
大体、俺たちは死のギリギリで闘ってきたし、これからだってそうだ。
なのにこの程度の怪我でこんなに動揺するなんて、コイツ、大丈夫なんだろうか。
俺は一護の眼を覗き込んだ。
ほっとして気が緩んだのか、素の一護が顔を覗かせている。
年相応の、少年らしい一護の表情。
一護は本来、そうあるべきだったんだ。
胸の奥がズキリと痛む。
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