夢を見ていた。
渇望していた力を手に、立ち向かってくる全てを叩きのめし、背後の弱き命を護る。
だがその高みに昇ってみれば、目前には累々と横たわる屍。
背後には怯えた瞳。
──── 俺は一体、何を夢見ていたというのだろう。
疾駆
半端な眠りから戻ってきた先は、半覚醒の不安定な意識世界だった。
ああ、そうだ。
俺は四番隊の介護所に居るんだった。
雑多な音が響いている。
閉じられたままの瞼を通して光も感じる。
だが顔の筋ひとつ動かせない。
四肢も動かない。
────
まだ麻酔がまだ効いているのかもしれないな。
未知の巨大虚の霊圧と能力を計測するという名目で十二番隊に連行されそうになったのを、徹底した治療が先決と、四番隊隊長直々の命で連れてこられた。
どちらにしても似たようなもんだと思ったのは、結局、麻酔まで掛けられて検査をされることになったからだ。
眼は確かにヤバいかもしれねえが、他はほんのかすり傷に過ぎない。
麻酔まで打っての治療など必要ない。
──── むしろ罰を受けるのが妥当だったのに。
薄ぼんやりとした生温い世界で、ぼんやりと今に至った経緯に思いを巡らせた。
同期を為す術もなく失い、引率という責で預かった後輩たちをまともに逃がすことさえ出来ず、半端以下にしか全うできなかった責任は、救援に来た隊長格に肩代わりしてもらって事なきを得た。
──── 格が違いすぎた。
まるで虫けらのようだった。
虚に対しても、隊長格に対しても。
庇われるだけだったあの頃から、如何程も強くなってはいないことを思い知らされた。
チクショウ、と悪態が漏れる。
早く、強くなりたい。
六回生筆頭だの超有望株だの、看板だけじゃ意味がねえ。
将来なんて関係ねえ。
今、強くないと意味がねえんだ。
気が狂いそうな焦燥に流されそうになったその時、阿呆みたいに気の抜けた野太い声が、俺の繊細な神経を逆撫でした。
「オーイ、大丈夫かアンタ」
強く肩を揺すぶられ、麻痺してたはずの顔のど真ん中、眉間に皺が深く深く寄るのを感じる。
頬がぴくりと痙攣する。
この声には聞き覚えがある。
「ちょ・・・ッ、止めなよ、阿散井くん!」
「そうだよ、先輩に対してその口の聞き方は・・・」
・・・この二人の声にも覚えがある。
「っせえなあ。うなされてっから起こしてやってんだろ!」
「それはそうだけど大先輩のこと、アンタとか呼んじゃダメだよ。ね、雛森くん?」
「うん、そうだよ! どうして阿散井くんはそうなのかなあ、もう!」
「あァ?! んだよ、っせえッ!」
ああ、そうだ。
自分の霊圧さえコントロールできないこの未熟さは、確かにあの時の一年坊共。
せっかく楯になって逃がしてやったというのに、舞い戻ってきやがった三人組。
赤くて長いのと黄色いのと小っこいの。
特進に入ってるだけあって、確かに潜在的な能力はあると思う。
大虚の牙を、浅打ちで防ぎもした。
だが荒削りで、全く均衡の取れていない、不揃いな豆粒みたいなガキども。
全過程を無事修了できるか、そして死神としてモノになるかどうかも分かりはしない。
お膳立てされた実習で成功したぐらいでのぼせ上がり、実力の程も弁えず、他人を助けられると思い上がっている。
──── だがこいつらに俺は助けられたんだろ?
頂点に立つ隊長格から見ると、コイツらも俺も、何の変わりもないのだと分かるだけに、腸が煮えくり返る。
歯を食いしばって今までやってきたことは何だったんだ。
結果が出ない。
まだ足りない。
焦るな、焦るんじゃねえ。
とりあえずまだ生きている。
先に進む術はいくらでもある。
ギリ、と耳障りの悪い音がした。
どうやら歯軋りが出来るほどには麻酔が切れてきているらしい。
指先も何とか動く。
もう少しだ。
俺の焦りなど露知らず、耳元では、一年坊たちが相変わらず呑気な会話を続けてる。
しかも俺をエサに。
「つか酷え傷だよな、オイ。これ、治らねえのか?」
「そんなことはないと思うよ。四番隊ってスゴイらしいから、こういう表面的な傷なら完全に治癒できるはずだと思う」
「でも実際、残ってんじゃねえか。つかコレ、何かマジナイか?」
「え? ただの数字じゃない? でも69って、何か特別の意味があるのかな。吉良くん、何か聞いたことある?」
「い、いや、さあ、僕にはちょっと・・・」
「オイ、吉良! 何テメエ、赤くなってんだ、あァ?!」
「あ、ほんとだ。どうしたの? 吉良くん?」
「う・・・」
「モジモジしてねえで意味、教えてやりゃあいいじゃねえか?」
「え? 吉良くん、意味、知ってるの?! すごい! 教えて!」
「ちょ・・・! 阿散井くんッ!」
「んだよ、ストーカー」
「失礼な人だな、君は! 大体、僕はストーカーじゃない!」
「あれだけ細かく情報収集してりゃストーカーだろ。つかテメエ、自分の方がよっぽど優秀とかこーんな鼻の穴、おっ広げてたじゃねえか」
「あ、阿散井くんッ! この間も思ったけど、君って人は・・・」
「もう、止めてよ、阿散井くんも吉良くんも!」
絶え間なく続く阿呆臭い会話に、今度はこめかみが痙攣しだすのを感じる。
よし。
そろそろ麻酔も切れそうだ。
そうなったらまず、どちらからぶちのめそうか。
ひょろひょろと背だけ高い赤頭か、
それとも気の弱そうなツラしてのぼせ上がってる黄頭か。
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