「へえ…」
こんな色、してたっけ?
そういや
こんな風に恋次の眼を覗き込むのって、闘ったとき以来じゃねえか。
あの後はいつだって怒鳴りあうか、背中合わせかで、
真正面から向かい合うことなんて無かったんだよな。
なんか、すごく新鮮。
「…んだよ、何見てんだよ。気色悪りィな」
「うっせェ」
つか恋次の眼って こんな色じゃ無かった気がする。
尸魂界の時とは違って見える気がする。
なんでだろ。
ベッドに腰掛ける恋次のななめ前に突っ立ったままだったからよく見えなくて、
腿に両手をつけて屈みこみ、
じーっと覗き込んでみた。
それが近すぎたのかもしれない。
恋次はぷいっと横を向いてしまった。
睫毛の影が、瞳を殆ど覆ってしまった。
さっきまでの、すごく明るい赤色も翳った。
あ、眼に日光が差し込んでたのか。
だからあんなに明るい色だったのか。
にしても。
俺は思わず苦笑を堪えた。
だって恋次の横顔、意地になってる。
ソッポ向いたまま、引っ込みが付かなくなったみたいに見える。
これはアレかな。
俺が見てるから、固まっちまったのかな。
ったくガキくせえよなあと思いつつ視線を逸らし、
恋次の見てるのとは反対の方、つまり窓の方を見てみた。
沈みかけた太陽が眩しかった。
振り返ると、部屋の奥まで差し込んできてる。
そして恋次と俺の影ができてる。
二人分だから、いつものような一人の影とは違ってて、
恋次が本当の本当に、俺の部屋まで来たんだってのが実感できてしまった。
想像の中で何度も何度も繰り返してたようなのとは全然違ったけど、
でも恋次はここにいて、これからしばらくここで寝起きして、
そういう嘘みたいな現実が本当になってしまった。
どうしよう。
心臓がどくっと鳴った。
まだ慣れてない。
この新しい感情にも、そんなものを抱えてる自分にも。
だからかな。少しだけ胸が痛い。
俺はひとつ息をついてから、恋次に視線を戻した。
すると恋次はいつの間にか、俺を正面から見据えていた。
う…。
何だよ、その気合入りまくった眼は。
「あのさ…。あのさ、恋次」
「なんだごちゃごちゃと煩せェ」
「オマエなあ、いきなり喧嘩腰かよ…」
「つかテメエが訳分かんねえからだろ!」
「俺のせいにすんじゃねえ!」
つか!
そんなに真っ当に俺のこと、見るんじゃねえ!
こっちは慣れてねえんだ。
正直、まだ覚悟もできてねえんだ。
ほらみろ。
声まで出なくなった。
なんか心臓が更にドキドキしてきて、息も苦しくなってきた。
両膝に押し付けた拳も震えだした気がする。
汗だって滲み出て、掌の中、ぬるぬるしてる。
あと一分もこのままだったら、叫んでしまいそうだ。
このままじゃ持たねえ。
「う…」
「んだよテメエ。やる気かよ?」
「は…?」
何だよその低音?
つかスゲー眼光鋭い気がするのは、もしかして睨み返してきてんのか?
ケンカ腰どころか臨戦態勢なのか?!
俺はマジマジと恋次を見た。
恋次は眉間の皺を更に深くした。
しかも半眼で、腰まで浮かせてきてる。
さっきまでのあの奇麗な瞳の色はどこへ消えたか、思いっきり異様な光を放ってる。
うーっていう唸り声まで聞こえてる。
…チクショウ。間違いねえ。
俺、思いっきり威嚇されてるぜ。
ふう、とため息がひとつ、零れた。
「あのさ。俺、別にケンカ売ってるわけじゃねえんだけど」
「は…?」
「だから! ケンカする理由、ねえだろ?」
「それをテメエが言うのか? いきなり上から目線だわ、ガンつけてくるわ」
「そ、そんなことは…」
「いや! そんなことはある」
「ねえよ!」
「ある!」
「ねえッ!!」
とんだ言いがかりだろ!
俺の気持ちも知らねえで全力で喧嘩に持ち込もうとしやがってこのヤロウ!
その手に乗るかってんだ。
ギィィィと思いっきり力を込めて睨みつけたら、
ぶほっと恋次が噴出した。
「はははッ」
「な…、なんだよっ!」
「だって! 何だそのツラ! 意地になりすぎだっての!」
「う…」
ちくしょ。
なんだよそれ!
大体、テメーのせいじゃねえか!
けど、ゲラゲラと腹を抱えて笑い転げる恋次を見てたら、なんか俺まで笑いたくなった。
だって恋次が思いっきり笑ってる。
会うのだって尸魂界以来だし、あのときだってほとんどずっと闘ってたし、
その後だって恋次、白哉の代行で仕事でいっぱいいっぱいだったりしてたから、
全然、バカやる暇だってなかった。
へえ、こんな風に笑うんだ。
俺は、恋次の横にとすんと腰を下ろした。
そして一緒にえへへって笑ってしまった。
すると恋次は俺を見て、一瞬、笑いを止めて、
しかもすごく困った顔になって、でもその後、また笑った。
瞳の色が、
いつもよりうんと明るい赤色になって煌めいた。
贔屓目だってのは、多分ちゃんと分かってる。
それでもやっぱり、キレイな色なんだと思う。
この色に気付いてるヤツって結構、少ないんじゃないんだろうか。
ヘンな眉毛してるわ、
しかもヘンな手拭いで半端に隠してるわ、
髪、俺以上に目立つ色なくせに、更に伸ばして括ってるわ、
しかも面倒くせえのか半端にしか眼ェ開けてねえわ。
これじゃあ普通、気がつけないよな。
面と向き合って闘うか、これぐらい近くに来ないと。
俺はまじまじと笑い続ける恋次の目に見入った。
命を掛けて闘ったときのことを思い出した。
頼むという叫びと共に姿を消したその瞳を、すごく辛く思ったことも思い出した。
だんだん鼓動が速くなってきてた。
そしてとても大事なことに気がついた。
「あのさ!」
「うぉっ…! んだ、いきなり叫ぶな!」
「あのさ! もしかしてテメーの眼の色って、変わるのか?」
「はぁ…?!」
「だってさ。尸魂界ん時って眼の色、もっと濃かった気がするんだ。こう、すっげー真っ赤っつーか、うーん、ほら、なんか…」
「血の色ってか?」
「そう! そんな感じ!」
「…」
恋次の瞳の色が翳った気がした。
皮肉げに口元も歪んだ。
「…恋次? どうした?」
「んでもねえよ」
「んだよ、急に…。まあいいや。でもさ!」
「んだよ」
「なんか今はもっと違う色だぜ?」
「違う?」
「おう! こう、なんつーか、なんだっけ。ほら、すげー赤い夕焼けとか、あ、そうだ、神社の鳥居とか、そんな感じじゃねえ?」
「はぁ?」
「うーん、やっぱ違うかな。こう、なんていうか、もっとほら、アレだ」
恋次は眉をひそめた。
「違う? 何言ってんだテメエ」
「んだよ、大違いじゃねえかよ!」
「つか何、ムキになってんだよ、いきなり捲くし立てやがって」
打って変わって本気で不機嫌になった恋次に、俺は一瞬、呆気に取られた。
「どうしたんだよ、いきなり。何、怒ってんだよ」
「別に!」
「ってオラ、怒ってんじゃねえか!」
「怒ってねえよ! ただ、」
「ただ?」
「いや…」
「んだよ! ハッキリ言えよ!」
「っせェなッ! いちいち怒鳴んじゃねえ!」
「そりゃあテメエだろ! つか何で眼の色のことぐらいで…」
…あ! そうか!
もしかして恋次、眼の色とかのこと、言われるの嫌いなんじゃねえか?
だってほら、さっき、「血の色ってか?」って言ってたじゃねえか。
すっげえイヤそうなツラしてたじゃねえか。
もしかして、散々、イヤな目にあったのかもしんねえ。
「別に眼の色とかそんなんじゃ…」
「じゃあ…、じゃあ、いいじゃねえかよ! 俺はその眼の色、きれいで好きだし!」
「…は?!」
「確かにあんまり無い色かもしんねえけど、でも真っ赤でキレイじゃねえか! 髪とか刺青とかであんま目立たないけど、実は一番、こう、なんていうか、恋次らしいって言うか。それに睫毛だっておそろいだしさ! 俺、なんかそういうのってあんま気がつかないほうだけど、でも今回は気付いたから俺の勝ちって言うか!」
あああああ、俺、何を言ってんだろ!
しかもフォローがフォローになってない!
ほら見ろ、恋次、思いっきりポカンとしてるじゃないか!
まずいまずいまずい、でも止まらない。
「だから恋次はもうちょっと自分に・・・、」
「分かった分かった、もう分かったから」
「分かってねえ! 大体テメエはどうしていつも、」
「分かったっつってんだろッ!」
「うおッ…、あ、危ねえ…!」
俺を遮ろうと恋次が思いっきり振り回した長い腕を避けようとしたら、
思いっきりベッドから転げ落ちそうになった。
けど受身を取ろうとした瞬間、体がふわりと宙に浮いたと思ったら、またベッドに座ってた。
眼を開けたら、恋次の両目が俺の顔のすぐ近くにあった。
「うお…っ」
「気ィつけろバカ」
ってもしかして俺、恋次に拾ってもらったのか?
両腕を掴んでる恋次の手が痛い。
く…、みっともねえ。
「っせえ、離せ!」
振り払うと、すげえ呆れたツラしやがった。
そしてまたソッポを向いた。
沈黙が落ちた。
俺は黙って恋次の横顔を見てた。
恋次がコリコリと頬を掻く音がやけに耳についた。
→「ハツコイ」3
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