ハツコイ
「よし。これで完璧」
やっとそう思えるプランが出来た。
すげえぜ、俺!
恋次だってひれ伏すに違いねえ!
「…けど」
いざ出来上がった計画表を手に取ってみると、不安がドカンと襲ってきた。
「うー…、本当にコレで大丈夫なのか?」
書いては消し、書いては消し、を繰り返したせいで、紙自体もヨレてる。
内容だってなんつーか、雑誌の記事の切抜きの寄せ集めと変わりゃしねえ気がする。
しかもなんだよ、このタイトル、”現世研修予定・恋次用”って、まんまじゃねえか!
つかわざわざ恋次用って何だよ。
現世研修とか阿呆臭い企画、恋次だから引き受けたんであって、他の誰かだったら絶対断ってたに決まってんだろ!
我ながら舞い上がってたのが明らかで、どうにもこうにも居たたまれない。
あああ、もう!
本当にコレで大丈夫か?
のたくった字も相まって、陳腐というよりはもはやゴミに見える。
恋次の字はあんなにきれいだったってのに。
初めて六番隊隊舎を訪ねたときに目にしたものを思い出す。
あの時は、まだ白哉が入院中ってんで、代行してた恋次の机の上には山のように書類が重ねられてた。
当然っちゃ当然なんだろうけど、その全部が和紙に筆書きだった。
その中の一枚、読んでみようとしたけど、達筆すぎて何が書いてあるのかさえ分からなかった。
恋次は、「ああ、こりゃー隊長のだ」と苦もなく読み上げた上、ちんぷんかんぷんだった俺に意訳してくれた。
でもやっぱり知らない言葉ばっかりで訳分かんなくて、ふーんとだけしか応えられなかった。
恋次は、現世とは違うんだから仕様がねえだろと笑って筆を取り、仕事の続きを始めた。
その時に見せた横顔はすごく静かだったけど、なんだか少し得意げで、だから初めて、恋次って白哉のこと、本当はすごくすごく好きなんじゃないかって気がついたんだ。
その時は、ただの友情っつーか憧れっつーか、そういう普通の感情だって思ってたから、
へえって思っただけで、別にどうってこと無かった。
─── 嘘だ。
俺、本当は、この時もう、少し、もやもやもしてた。
他人のそういうの、あんま気にならねえほうだけど、好きなのにあんなに必死で斬りかかっていっただなんて、面倒くさいヤツだなと思った途端、なんかすごくいろいろと自分らしくないぐらい気がついてしまって、だから、ぎゅっと拳を握り締めてしまうぐらい、もやもやした。
筆を走らせ続ける恋次をじっと見てたら、
「俺ァ隊長みてえには書けねえぞ。素養ってヤツはねえからな」
と苦笑して、俺は追い払われた。
それでも無理やり手元を覗き込んでみると、恋次のはいわゆる楷書ってヤツで、
確かに白哉みたいにとはいかなかったけど、読みやすくてすごくいい字だと俺は思った。
なんであの時、素直に言葉にできなかったんだろう。
恋次が、字のことも含めて自分に自信が無さすぎなのにも、その比較対象がいつもいつも白哉なのにも気がついてたのに。
それになんであの時、自分の気持ちに気が付いてなかったんだろう。
恋次の違う一面を見ることができて嬉しく思う自分に戸惑うだけ戸惑って、肝心のこの感情には蓋をしてしまってた。
だから自覚するのにこんなに時間が掛かってしまったんだ。
もしあの時、気がついてたら、何かが違ってただろうか?
白哉を見つめ続ける恋次の気持ちを辿ることで、自分の抱えてる想いを深めるだなんてこんな無様な真似、避けられてただろうか?
答なんて出やしない。
ふうっとため息が口をついて零れ出た。
とりあえず、現実に戻らねえと。
手にした紙を今度はしっかりと机の上に広げてみる。
うん。俺だって別に字がヘタな訳じゃねえ(と思う)。
けど、こんなヨレヨレの紙にヘロヘロの鉛筆書きの羅列っての、一体どうなんだろ。
相手は筆と和紙の世界のヤツだぜ?
見せた途端、軽蔑されるんじゃねえか?
どんだけ時間と労力かけたと思ってんだ、全部、無駄かよ、クソ。
せめて同じ世界の住人だったらよかったのに。
俺は尸魂界と現世の間に横たわる壁にぶち当たったことを実感した。
でも今更、そんなこと言っても仕方がねえ。
つか、もう時間がねえんだ。
アイツ、もう、いつ来てもおかしくねえんだ。
ちゃんと準備できてねえとマズいじゃねえか。
「…あっ! アイツ、俺んちに来るのって初めじゃねえか?!」
そんな大事なことを忘れてたなんてアリかよ?!
椅子をぐるりと回して部屋ん中、見回してみると、いつもよりうんと散らかってる気がする。
つか…。スゲえガキ臭くねえ、この部屋?!
いかにも今時の高校生っぽすぎねえか?!
薄っぺらいっつーか、そんな風に思われねえか?!
もっとこう、恋次のバカでも俺のことがちゃんと分かるような、そういう感じにしたほうがよかったんじゃねえか?
大体、恋次、しばらく俺んちに泊まるんだぞ?
もう少し和風にした方が馴染みやすいんじゃねえか?
つかそもそも、畳が無え…!
不眠症とかになったらどうする?
恋次、いかにも図太そうだけど、こればっかりは分からねえ。
あああ、まずはこっちから準備するべきだった!
こんなんで大丈夫なのか?
「なんか大丈夫じゃない気が…する…」
思わず口にした弱気すぎる自分の言葉と声のトーンに、更にテンションが下がった。
自分で自分に追い討ちかけてどうするよ。
…俺、バカじゃね?
ふうとため息をつくと、背骨を支えていた力も抜けた。
くるんと背中が丸まり、体重が掛かった椅子の背が、キシリと甲高い音を立てた。
記憶の中、白哉の側に静かに控える恋次の姿が横切る。
いつもはあんなに騒がしくてガサツでどうしようもないのに、白哉の側に行くと、雰囲気まで変えちまうんだ。
それぐらい、恋次にとっての白哉ってのはデカい存在な訳で ───。
「…つかなあ。大体、いつからだったんだろ…」
なんでこんなに恋次のことが気になってるんだろ。
ぜんっぜん、分かんねえや。
つか意味も希望もねえだろ。
恋次はアイツだけをずっとずっと見てきてんだから。
しかもあの単純さだ。
ルキアのこともあるんだし、もういっぱいいっぱいだろ。
俺の入り込む隙間なんかねえだろ。
んなこと百も承知なのに、何で俺は恋次にこだわってんだろ。
…なんか俺、自分が分かんねえ。
「分かんねえよ…ッ!!」
俺は、無機質に広がる目前の机に八つ当たりして、拳をぶつけた。
ドンといやに空々しい音が部屋中に響き渡った。
すると、
「何が分かんねえって?」
「うお…ッ?!」
まさに青天の霹靂、降って湧いた想い人の声に、一瞬、マジで幻聴かと思った。
否、今回ばかりは幻聴であってほしいと思った。
「れ、れ、れれれ、恋次…!!」
振り向いた拍子に、勢いが付きすぎて椅子からずり落ちかけた。
すると窓枠にぎゅうぎゅうに収まったまま恋次は、
「驚きすぎだろテメエ」
と素で呆れた後、当たり前のように俺のベッドに腰を下ろした。
反射的に「うっせえ」と返しながら椅子に腰掛けなおすと、恋次はにやりと口元だけで笑った。
あれ?
尸魂界んときとは違って見えるのは何でだろ。
こういう角度で恋次を見ることって無いからかな。
「久しぶりだな、一護。つか俺が来ること、ちゃんと覚えてたんだろうな?」
「あ、当たり前だろ…ッ!」
「ほー、エラいエラい」
「んだよ、その言い草!!」
「つかテメエ、驚きすぎなんだよ。みっともねえ。
俺の霊圧も忘れたのか? 鈍り過ぎてるんじゃねえか、あァ?」
「な、な、な…、何だよッ!」
動揺しすぎてむしろ滑稽に違いない俺に、だが恋次は何も答えなかった。
そしてじっと俺の目を覗き込んできた。
売り言葉と買い言葉がひしめき合ってた部屋が、急に空っぽになった気がした。
「う…」
何だよ、何か言えよ。
つか、何だよ、その冷たい目線!
…大体な!
今回のテメエの現世研修、俺が責任者なんだぞ。
テメエの大事な大事な白哉に直接、頼まれたんだぞ、オイ!
すっげえイヤそうにだけどな!
そこんとこ、 分かってんのか!
でもそんなこと口にしたら、元々あまり乗り気じゃなさそうだった恋次のことだ。
絶対、売ってもいない言葉を買い漁って、
現世研修なら他でも出来るとか何とか言って、とっととどっかに行っちまう。
ヘタしたら尸魂界に帰っちまう。
───
アイツの、
恋次が尸魂界を離れたくない元凶でもあったあの男の元へ。
脳裏を、あくまでも冷静な白哉の面影が過ぎった。
そしてその後ろに片膝をつき、視線を落として控えるその赤色も。
─── そんなの、絶対、イヤだ。
胸の中をどす黒いものが満たした。
これって多分、嫉妬とか、そういうんだ。
さっきまで、せめて俺のことも少しは見てくれれば、ぐらいの気持ちだったのに、実際、こうやって恋次を目前にしてしまうと、どんどん欲が出てしまう。
ちくしょ。
俺ってこんなに小さいヤツだったのか。
「くそ…ッ!!」
けど!
白哉が絶対ってわけじゃねえだろ!
だって
恋次の気持ち、まるっきり無視でさ。
使うだけ使ってるじゃねえか。
恋次、確かにダメかもしんねえ。
弱いかもしんねえ。
スラム育ちってんだから利用しやすいのかもしんねえ。
けどさ。
同じ人間(というか死神)なんだから、そういうのってもうちょっとちゃんとしたほうがいいんじゃねえか?
つか恋次も恋次だ。
どう考えたって、人間扱いされてねえだろ!
マヒしてんじゃねえか?
つかソレがいいのか?
「クソ…」
「い、一護…? オマエ、大丈夫か…?」
恋次と目があった。
なんだかすごく困ってるように見えた。
でもすごく素に見えた。
だから俺は覚悟を決めることができた。
…よし。
腹を括れ、俺。
これが今、俺ができる最上のプランだ。
ダメな訳がねえ。
俺は現世生まれの現世育ちだ。
そこに間違いはねえ。
…自信を持つんだ、俺。
少なくとも現世研修に関しては、
あの、尸魂界内でさえズレてる白哉よりは何百倍もイケる筈だ。
ならやるしかねえ。
あのボケ隊長の下でズレ続けていく恋次を救えるのは俺だ。
見てみろ、この間抜けヅラ。
絶対、自分のことも分かってねえぞ。
じゃあ俺しかいない。
この研修期間中に絶対、恋次の目を覚まさせてやる。
まずはそれが最初だ。
でもってその後はその後だ。
「よっしゃあッ!!」
「うぉ…ッ」
椅子から勢いをつけて立ち上がった。
ベッドの端に座ったままの恋次は、不審げというよりはむしろビビって俺を見上げてきてる。
「恋次ッ!!」
「お…おう?」
「今から現地研修、始めるぞ」
恋次はコクコクと頷いた。
素直でよろしい。
この調子だと、結構、うまく行くんじゃねえか?
よし。このまま現地研修プランになだれ込んでやる。
覚悟しろよテメエ。
思いっきり睨みつけると、まん丸になった目の中に、真紅の瞳が浮いてた。
→「ハツコイ2」
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