あまのじゃくの叛乱


オイどうしたと頭上から降ってきた声でやっと、俯いてたことに気がついた。
ハッとして目を開けると、なんてこった。
並んでベッドに座ったまま、 額を恋次の胸にくっつけてもたれかかってる。
しかも背中がなんだかあったかい。
背中半分を覆いつくす勢いで張り付いてるコレはは多分、恋次のデカい手。

うわっ、もしかしてあのまま寝ちまったのか?!
しかも何だこれ、この恥ずかしい体勢!!

あまりのショックに、
不意打ちで横っ面を叩かれるってきっとこんな感じだろうと
脈絡なく合点がいくぐらいにはビックリした。
けどそんな動揺、絶対コイツにだけは見せられない。
だから押し付けてた頭をわざとゆっくり離し、代わりに拳を突きつける。
すると視界の端で恋次の口元が歪むのが見える。

なんだよ、それ。
スゲえムカつく。

何か一言、怒鳴って突き放そうとした。
だけど声が出ない。
突きつけたままの俺の拳もぴくりとも動かない。
体が強張ってる。

おかしい。
何だろ。
思わず抑えた喉元。
何か違った言葉が重く引っかかって詰まって邪魔してる。
仰ぎ見ると、不審げな紅い瞳とぶつかる。
夜目にも白い手拭いの下に、額の入墨が少し覗いてる。
頸のは闇に溶けてしまって、まるでガギザギの穴が開いてるみたいだ。
なんて奇妙な刻印。
あれが身体中に走っている。

初めてちゃんと触れたのは、二人で夜を過ごすようになって幾度目だったか。
それはただの普通の皮膚で、ただ色が違うだけで、別になんにも特別なことはなくて。
なんか拍子抜け、みたいな気がした。
でも月明かりだけの薄闇の下、何にも音がしなかったのを鮮明に覚えている。
墨を辿る指をくすぐったそうに震えて堪えてた、半ば閉じられた恋次の瞼も。



「一護・・・、オイ、一護」

何度も呼ばれてたみたいで、なんとか飛ばしてた意識を引き戻すと、恋次が不審げに俺を覗き込んできてる。

「・・・一護?」

その声が妙に低く掠れてたから、慌てて俯いて追求を逃れる。
何やってんだよ、もう。
つか普段の俺なら、さっさと手を伸ばして手拭いを取ってる。
そして恋次に鬱陶しがられて振り払われて、意地になって応戦して。
その先、大喧嘩っていう選択肢もあるにはあるけど、多分待ち受けてるのは、床だの壁だのに押し付けられてコトに至るっていう結末。
ヘンにいちゃいちゃするより俺たちには合ったやり方な気がするし、別に本当の本気でイヤな訳じゃない。
でも、多分。
だからこそ余計イライラするんだ。

ちくしょ。
そんなつもりじゃねえってのに。

言うこと聞かない拳を離し、代わりにドンっと勢いをつけて頭突きを喰らわせる。
だけど俺とは違う厚さの胸は、「いてッ」と小さな呟きを零しただけで、あっさりと頭突きの衝撃を吸収してのける。

くそったれ。
ムカつくんだよ、テメエ。
睨みつけると、オマエなあと恋次は呆れ果てたような声を出す。
そして、 「もう寝ろ、な?」 と首を傾げて覗き込んでくる。
んだよそのガキ扱いと思ったけど、眼が同じ高さ。
ヤケに心配そうなツラに喉の奥、くくっと笑いが漏れそうになる。

つか熟睡してたところ、起こしたのはテメエじゃねえか。
今更寝ろとか何、ボケたこと言ってんだ。
笑いを隠すために深く俯くと、死覇装と白足袋に包まれた爪先。
現世での戦闘帰りだという恋次の言葉どおり、どちらも泥に塗れ、白と黒の中間、限りなく濁った色に堕ちている。
苦戦したのかなとも思う。



ほんのさっき。
いつもどおり突然、窓から侵入してきた恋次は、
いやに明るい月を背にしていて、全然、表情を見せてくれなかった。
だからかもしれない。
慌てて布団から飛び出たのはいいが、すぐに戻らねえとと続いたその言葉に、一言たりとも返せなかった。
硬直してしまった。
すると俺の目の前にひらりと舞い降りた恋次は、いつもみたいに直ぐに触れてくることもなく、距離を置いたまま無言で突っ立ってた。
俺はその沈黙に、何も返さなかった。
恋次も何も言わなかった。
けれどパジャマの上から肩を掴んできた指の乱暴さに怯んだところをベッドに座らされた。
その上、頭を抱え込むように抱き締められたから、俺は決定的に言葉を失った。

なんだよ。
訳分かんねえよ。
俺たち、いつだって喧嘩腰でやってきたじゃねえか。
でもってやることやって、それで仕舞いだったじゃねえかよ。
オマエ、そんな風にするヤツじゃなかっただろ。
なのになんで今日に限ってそんななんだよ。
そんなんじゃ丸っきりフツウみてえじゃねえか。
それとも何かあったのか?

俯いたまま、こつんと俺は恋次の胸に耳を着けた。
恋次が何を考えてるか聞こえるような気がして。
すると、ふわっと頭の上が温かくなった。
恋次の手が俺の頭を撫でていた。
ガキ扱いされてるはずなのに、
不思議と腹が立たなくて、気持ちよくって。
だからあんなふうに眠ってしまったんだ。
なんだか隙を突かれたみたいで悔しいけど。



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