ちくしょ。
俺はまた一歩、下がった。
噛締めてた下唇がズキリと痛む。
ドクドクとやたら大きい心臓の動きに合わせて、痛みも波打つ。
なのに恋次は俺になんか気がついちゃいない。
俺のこと、見もしない。
チクショウ。
全部、恋次のせいだ。
テメエ、大体!!
今日は俺のために時間使うとか言ってたじゃねえかよ。
だから来たんじゃねえかよ。
つか初めてだろーが、
こんな風にテメエに呼ばれて俺、尸魂界に来るのって。
それがなんだよ、コレ。
俺と話してるより、他のヤツラと居る時間のほうがぜんっぜん多いじゃねえかよ。
しかもなんだよ。
なんでそいつらと話すときってそう、フツウなんだよ。
俺には目もろくに合わせて来ねえくせに。
なんだか急に、恋次のことを遠く感じた。
結局、そういうことなんだと思った。
アイツらが恋次の世界で、俺は通りすがりなんだ。きっと。
だって俺、恋次みたいに長く生きてないし、こっから先も多分、すげえ早い。
そん時、後に残るのは恋次とアイツらだ。
俺じゃねえ。
俺じゃねえんだ。
スッと頭が冷えた。
まるで冬のど真ん中にぶち込まれたみたいに。
「恋次!!」
たまらず
俺は怒鳴った。
「オ、オウ?」
「ハ、ハイ?」
と動きを止めた恋次と檜佐木が目を見開いた。
その表情がやけにそっくりで、声の調子だってもちろんそっくりで、そんなとこまでお揃いにすんじゃねえと怒鳴りつけたくなった。
何とか堪えて黙っていると、
「どうした?」
と恋次が改めて問いただしてきた。
檜佐木の襟首を掴んだまま。
檜佐木も恋次の頬を摘まんだまま。
けど俺は、喉から飛び出そうになってた罵声も全部キレイに堪えた。
だってどこのガキだよ?
俺のこと、もっとちゃんと見ろって。
一緒に居られんのは今だけなんだから他のヤツラより大事にしろって、
そんなこと言えるかよ。
ダメだ。
俺、こんなんじゃ絶対、ダメだ。
これじゃ真っ当に恋次と向き合えもしねえ。
俺はぐっと脚を踏ん張った。
「俺、もう行くから。いろいろありがとな」
「行くって・・・、どこにだよ?」
「現世」
「は・・・?」
「用事思い出したから帰る」
「え・・・? マジでか?」
「ああ」
素に戻って問い正してくる恋次の表情の無防備さに、あーやっぱこういうとこ可愛いよなあ、けどこんな不意打ち、ズリィよなあと思う。
バイバイと手を振ると、檜佐木に雁字搦めにされたまま、恋次は唖然としてる。
バカみたいに口をぽっかり開けてる。
バーカ。
テメエは一生、そこでソイツらとバカやってろ。
くるりと踵を返すと、目の前に広がるのは尸魂界の空。
現世とちっとも変わりやしねえ。
テメエの馬鹿馬鹿しいほど派手な赤がないとこもソックリじゃねえか。
なんか
鼻の奥がツーンと痛くなる。
けどこれでいい。
これ以上、アイツと居ると俺、頭おかしくなりそうだ。
でもって現世の俺の部屋で恋次を待つのも終いだ。
恋次を丸ごと独り占めできたと勘違いしてたこの短い時間とも。
それが多分、一番いい。
俺は一歩踏み出した。
その途端、
「待てって一護ッ!」
「待ったぁッ!!」
「うおぉッ?!」
いきなり、視界が真っ黒になってビビったのも当然。
超至近距離に恋次と檜佐木が並んで突っ立ってた。
コイツら、瞬歩、使ったな?!
だがツッコむ暇もなく、二人は更に派手ないい争いを始めた。
「何でいきなり帰んだよ、俺、何かしたか?!」
「つか帰る前に取材をッ!」
「ああもう、アンタは黙っててくれよッ」
「煩せ! テメエが黙ってろこの赤頭!」
「あァ?! つかアンタ、この卑猥刺青男!」
二人は揃って息継ぎをした。
こめかみに青筋が浮かんでる。
取材?
そういや昨日もなんかコソコソとそんなこと話してたな。
つか
俺、帰ってもいいんだよな?
そっと足を一歩踏み出すと、
「待てーッ!」
「オイこら、勝手に帰んなッ!!」
と襟首をあちこちから掴まれ、足止めを食らった。
「大体、恋次ッ!! 大先輩に向かって何つーことを言うんだッ・・・!」
「誰が大先輩! つかもういい加減、どっか行って下さいよッ!!」
と当然のごとく、二人は口喧嘩を続ける。
俺のことは無視。
・・・なんか、いい加減、慣れてきた。
つか飽きた。
腹立ててる自分がバカみたいだ。
ここは無言を貫くしかない。
とことん無視し返してやる。
「何言ってんだ、こんなおいしいネタ、見逃せる訳ねえだろ!」
「だからネタじゃねえし!」
「いやネタだ! コイツをズタボロにして表紙に載せりゃあ、売り上げ倍増は固てえ」
「ズ・・・! だから何でそういう卑猥な思い付きがッ・・・!!」
「卑猥じゃねえッ! ”実録! 尸魂界を揺るがせたあの双極戦が今、ここに再び・・・!”だぞ?! 様々なアングルから撮り下ろした豊富なカラー写真の数々と共に、手に汗握る迫真のドキュメンタリー! すげえよな! まあ俺が書くから当然だしな! 読者の熱い視線が刺さるようじゃないか、なぁ?!」
「センスの無さ丸出しのそのキャッチ、どうにかならねえんですか。つか一護がんな色物に出てえ訳、ねえじゃないですか、なぁ?!」
「は・・・・?!」
なぁと口々に同意を求められても、何が何だかさっぱり付いていけない。
「出るよな?!」
檜佐木が縋るような目付きで睨みつけてくる。
「出ねえよな?!」
恋次はすごく焦ってる。
いや出るも出ねえも訳分かんねえんだけど。
けど恋次のこんなツラ、滅多に見たこと無えよなあとちょっと驚いた。
でもってそんなツラさせてんのは元を辿れば俺らしいってのも分かった。
だからなんかちょっと嬉しくなった。
冷え切ってた胸の奥が、ほっこりと暖かくなった。
だって恋次、俺のこと、忘れてるわけじゃねえ。
俺は足を踏ん張った。
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