変わりゆく人生 -001-

 全てがコンクリートに密封されたかのような殺風景が広がる一つの部屋。あるのはソファーと透明なガラスで出来たテーブル、そして、小さな棚が二つ程だった。
 口に銜えた煙草に火を点け、一つ煙を漂わせる。その煙は、小さな風に紛れ、姿を薄くしながら部屋の隅へと消えていった。
 直後、黒河の背後で威勢良くドアが音を立てて開かれた。
 割かし多きめな音だったにも関わらず、ビクとも反応を見せない黒河。それどころか、1cmほど長くなった灰を落とす事もなく、その煙草を指に挟んで片手を上げた。
「飯担当は、お前に任せたはずだが?」
 相手を見ずとも問いかけたのは、その相手が誰であるかが分かっているからであった。この場所には、黒河・零、そして、三日ほど前からこちら側の仲間に加わった赤井の三人だけだった。
 赤井はこの場所に来て以来、部屋から一歩も動こうとはしなかった。だから、今勢い良くドアを開けたのも、赤井でない事は把握できていたのだ。
「あいつはあれから飯を口にしない。あいつの相手は疲れる。死なせたくなきゃ、あんたが食わせてやれよ」
 窓辺にある小さな腰掛にスタスタと向かいながら、零は冷めた口調で黒河に反した。
「やれやれ、困った子だ」
 黒河はそう言うと、吸い始めたばかりの煙草を銀の灰皿に押し付け、ゆっくりとした動作で立ち上がった。
 零はそれに一度目をやるが、直ぐに逸らして小さな窓の外に視線をかえた。

  ◆

 一番奥の部屋のドア前に立ち、黒河はポケットから煙草を取り出す。その場で火を点け、深々と吸い始める。先ほどと同じように煙が流れ、今度は目の前のドアの隙間に消えていく。一息で出た煙が全て消え失せたところで、黒河はドアノブに手をかけ押し開いた。
 ぎこちない音を立ててドアが開かれ、そのまま同じように閉じられる。
 黒河はそのドアに背中を預け寄りかかると、銜えていた煙草を改めて深々と吸い始めた。
「……何」
 煙を吐く息の音か、もしくは気配がそう感じさせたのか、ベッドにうつ伏せでの状態で、赤井は黒河の方に顔だけを少し傾ける。笑みを浮かべる事も睨みを効かせる事も忘れた顔は、既に限界が誓いように窶れ、目の色さえも失いかけていた。
「飯担当の零が、君の相手は疲れると言うものでね。俺が代わりに相手をしてやろうと、わざわざ来てやったのさ」
 銜えていた煙草を指に持つと、まだ新しいというのを躊躇うことなくそれを床へ落とした。灰があたりに散らばり、それを擦りながら、靴の底で煙草を消しつぶす。
 それから目線を赤井のほうへやると、赤井は口を開いた。
「…別に…わざわざって言うなら、来なくていい」
 眉間の皺をより一層深くし、目を伏せてまたうつ伏せになる。
「可愛いことを言う」
 鼻で笑いながら、尚も冷たい眼差しをよこす。そして更に目を細める。
「お前を死なせる訳にはいかない」
 瞬間、赤井の体がビクッと反応を見せた。
 赤井は再びゆっくりと黒河の方に顔を向ける。
「何で…俺は、あんたの力が効かないだけで…使う事は出来ない。…もう一人の奴…みたいに、銃を握る気もない」
 途切れながらも必死に訴えている赤井。心許ない黒河の言葉に、違和感を感じずにいられなかったのだ。
 今赤井が発した通り、赤井には自分自身が防ぐ事ができるだけで、皆を守れるわけでもなければ、黒河同様に戦えるわけでもない。そして灰久津のようにも…。
 赤井は黒河の冷たい瞳をじっと見つめる。黒河はくっくっと笑い出した。
「お前は何もしなくていい。ただここにいて、快楽と言う名の道に縋っていればいい」
 言って、ドアに預けていた背を離し、たち直した。
「そんなの…」
 辛すぎる赤井はそう思っていた。
 戦う事も抗う事もせずにこの場に居ろと言っている黒河の内心がつかめない。
 数日間共にした藤堂、森本、栗栖。そして、長い事一緒だった蒼山と佐倉。その仲間と共に過ごす日々を奪われ、暖かい心までも奪われた赤井に、尚も生きろと言う。
「もう…いらない…なに、も」
 うわ言の様に続く赤井の言葉。
 赤井は黒河から顔を背けると、うつ伏せになっていた体をもそもそと動かし、壁の方を向いて彼に背を見せた。完全に、完璧に全てを捨てたいと現した赤井の態度。ご飯にも手をつけず…いつかは自然に謙っていく事が望みだった。
 そんな泥沼状態の赤井を尻目に、黒河のあざ笑いは失せなかった。逆に少し楽しむように、赤井の横になっているベッドへと近づいた。
「本当になにもいらないのか?」
 意味のあるような言葉を言いながら、黒河はそのベッドに片足を乗せた。パイプ式の古びたそれは、黒河の体重に合わせて軋み音をたてた。
 覆いかぶさってきた事に気づき、焦りを感じた赤井は、青ざめながらも抵抗しようと、両腕をあげた。かろうじて上がった腕は、力なく黒河の胸を押し返そうとしている。
 だが、所詮は弱った体だ。体力万全である黒河に勝てるわけがない。おまけに、上から圧し掛かられては、押し返そうにも押し返せないのだった。
「やめっ…ろ…うっ…あぁっ」
 黒河は唐突に赤井の中心を握りこむ。弱り果てている体は簡単に反応をし、その身を捩じらせる。あの日に味わった、忘れようにも忘れる事のできない快感が蘇るのと、だるい体からくる苦痛に眉を顰める。
 赤井は正直、黒河の行為に溺れていた。否が応でも突き進んでくる彼に嫌悪感を持ち抱いても、最終的には寄り縋ってしまう。それ程貪欲な体をしていた。
「くっ…ん…」
 ズボンの上からの強弱のついた擦り方。黒河はあの時既に、全てを知り尽くしたのだ。そして今、その箇所を的確に弄り、赤井を追い詰めていた。
 その度にこみ上がってくるメいいモと言う気持ちと熱い吐息が、黒河の目の前に曝される。
「…ん…あ、はっ…」
 上がらなくなってしまった腕がぶっきらぼうに放り出され、シーツを握る力も惜しくなっていた。もう、理性を保てる自信もない。
「どうやら、鳴く程度の力は残っているようだな」
 言われて、無意識に声を上げていた事に気づく。頬をカァッと上気させ、赤井は残っている力で下唇をかみ締める。それを楽しむかのように見下げると、黒河は赤井のズボンのファスナーをゆっくりと下げ始めた。そして赤井のそれを指先で力をこめながらなぞると、先端部まで進めていった。
「なら、もっと素直に鳴いておいた方が楽だぞ」
 言った瞬間、先端に爪を立てられる。
「ひ、あっ…っ…」
 力がないはずなのに、体は弓のように反り返り、目尻に涙が浮かぶ。あれだけで昂っていたそこは、強く脈を打ちながらとろとろと白濁の液を流していく。
「さて、次はどうする?」
 そう言いながらも、黒河は濡れた手で赤井のズボンを脱がしていく。赤井は赤井で、荒い息を繰り返すのみで反応はない。
 シャツがはだけ、下半身の衣服を全て取り払われて、赤井はやっとで言葉を口にする。
 最も、出てきた言葉は拒絶ではなかった。
「…て……い、いれ…て……欲し…」
 そしてそのまま朽ち果ててもいい。
 黒河の口端が吊り上ったかと思うと、黒河は赤井の両足を持ち上げ、自分の肩にのせあげた。そして器用な手を使い、濡れそぼったそこから未だ流れるものを掬い取っては、奥の方へと運んでいく。以前はこんな事もせずに進入してきたくせに、今回ばかりは違った。赤井の体力を知っての行動かどうかはわからないが、少なくとも赤井をメくたばらせる事だけは皆無のようだ。
 らしくもない行動に、自ら鼻をならしながら、黒河は指先を埋めていく。
「あう…く…い、たっ…」
 溜まり場をなくした涙が、とうとう瞳から零れ落ちる。
 あがらない腕は未だシーツの上にあり、力を入れそれを握ろうと、小刻みに震えていた。
「相変わらず狭いな」
 皮肉めいた声と共に、一気に奥まで突き進められる。声にならない悲鳴が赤井の口から放たれる。熱く柔らかい内壁を擦りあげ、かき乱される。
 最早声すら出ない快楽が、赤井の脳裏を埋め尽くしていた。
「指だけで満足な訳ではないだろう」
 ニヤリと笑いながら、突き入れたばかりの指を引き抜いていく。反射的にそれを締め付けるが、それは淫猥な水音をたてて抜かれていった。
 そして代わりにと押し当てられるものは、覚えのある熱さと塊。何も考えずしても、ついつい顔を横に振ってしまう。しかしそれが許される事はなく、黒河のモノはグッと進入してきた。
「うあぁ…あっ…っ」
 流れ落ちた涙の痕にならい、次々と涙がこぼれる。
 指とは違う圧倒感に軽い眩暈を覚え、視界が霞んで見えた。その霞む瞳で前を見据えようとすれば、黒河が前のめりになり、奥深くへとしずんで来る。
「お前が本当に何もいらないと思うのは――」
 最後まで入れたところで一度言葉をきる。そして嘆息し、その続きを口にした。
「当分先の事だ」
 ニッと口端を吊り上げ、直後に腰を動かし始める。
「うっ…あ、や…はっ…」
 擦りながら抜けては入ってくる熱いモノに、背筋がゾクリと震え上がる。
 声を抑える事も涙を止める事も忘れ、ただ押し寄せる痛みと快感だけに身を委ねていた。
 自分に出来る事がこれだけとはノ情けなくも抵抗する事ができない。
 此方のサイドに回ったときから、それは運命付けられたものだったのかもしれない。たとえそれが赤井の意思ではなくとも、本能には逆らえないのだから。
「全てを俺に縋り…っ…泣いていればいい…」
 容赦なく突かれ、赤井は意識を飛ばしかける。
 それでも、やがて痛みも消えてしまえば、口から出るのは欲求の塊。
 彼を求めるだけの言葉。
 吐けば楽だった。
 そうする事で、少しでも自分が楽になれるのならばノ。
「泣いていれば…」
 耳元に落とされたはずの言葉を聞き取る前に、赤井は意識を飛ばしてしまった。
 ぐったりとした体は暫く動く事もなく、荒く息をして胸を上下させていた。

  ◆

 赤井が目を覚ましたのはその日のうちだった。激痛に見舞われながら、目の前にいる黒河から目を逸らす事ができずにいた。
「食べろ」
 赤井は目の前に出された食事を黙って見つめた。
 そして暫くしてから、錘のついている様に力の抜けた手が、その食事におそるおそると伸ばされる。
 久しぶりに口にする食事だから、普通ならばがっつく所、赤井は力ないまま、そして軽くむせながら食べ始めた。
「いい子だ」
 口元に笑みを浮かべた黒河が、大事なものを見るような眼差しで赤井を見つめていた。
 黒河には珍しい、否、若しくは始めてみる表情と言ってもいいだろう笑みだった。

 そして赤井は音もなく、静かに涙を流していた。

2004.--/NEXT→