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アタシ達は運命を 嘲う(あざわらう)

第2話 その行く路は  by saiki 20060605



すがすがしい青空の下、時報のチャイムが鳴り響き、向い合った両者の間で無言の時間が過ぎる。
彼らの頭には容赦なく、夏を思わせる灼熱の太陽がじりじりとその熱を分け与え続けた。
そして痺れを切らした無粋な黒服の男達が、再び一見何の変哲も無い少年へと、その重い声を掛ける。

「君は、碇ゲンドウの長男のシンジくんだね?」

少年は、らしくも無く、くすりと笑いを漏らし、
やれやれと、その濡れ羽色の前髪を片手で梳き上げた。

「どなたかは知りませんが、違うと言えば信じてくれますか?」
「我々は公安庁のものだ、わけあって君には本部まで付いて来て欲しい」

再び少年の口元から、小さく笑いが漏れ、その場に広がった 威圧感(神威) に、
百戦錬磨の公安官達の背に冷たい冷や汗が伝う、彼らは思った、
いま、目の前で自分たちが相対している、一見少年にも似た (かいぶつ) は何なのかと。

「申し訳有りませんが、
お断りします、でわ、皆さんお元気で」

屋上からの退路、確かに 其処(かいだん) は唯一の出入り口だった、そう、彼が普通の中学生なら・・・
碇シンジは、彼らしくない優雅な仕草で男達へ深くお辞儀をすると、
まるで軽業師のように、ふわりと屋上のフェンスを越え五階建ての高さを飛び降りる。
呆気に取られて固まっていた男たちは、 質量物(ひと) が落下した音に我に返りフェンスへと走り寄った。
そして、校庭に出来たばかりの直径1メーターあまりの地面の陥没を見て顔を青くする。

「おい、俺たちは一体何の相手をさせられてたんだ?」

額に冷や汗を滴らせる男達が見下ろす、午後の授業が始まった校庭には、
彼らの目の前で飛び降りた少年はおろか、猫の子一匹見当たらなかった。
 
 
 
 
 
第2新東京駅ローカル線乗り場のベンチに、白く (ふち) の広い帽子と白のワンピースを纏い、
しっとりと黒く輝く髪を腰まで長く伸ばした少女が、一人静かに俯いて新書を読みふけっていた。
そんな彼女の前を、物騒な 黒服の男達(こうあんかん) が横切る、やがて、ベルが鳴り時刻表が切り替わると、仙台経由、
北海道行きの各駅停車、あの 大災害(セカンドインパクト) を超えて今だ使われる旧式なレールトレインがホームへと進入して来た。

「・・・」

少女は、本に栞を挟むと、大きめのバッグを足元から取り上げ、優雅にスカートをなびかせ立ち、
ゆるりと列車のドアへと向う、次の瞬間ドンと音がして少女が突き飛ばされ、バッグがホームの床を滑った。

「これは、申し訳ない、急いでいたもので」
「いえ・・・大丈夫です・・・あ、私のバッグは?・・・」

少女を突き飛ばす格好になった、見るからに厳つい 黒服の男(エージェント) が、その身を小さくして頭を下げる。
少女の飾らぬ唇から、か細いアルトの声が響き、男は慌てて落ちたバッグを拾うと何度も頭を下げながら、
逃げるように遠ざかって行き、やがて、再びベルが鳴り、駅員の声と共にドアが圧縮空気の音をさせ閉まる。

「いや、気が付かないものだね・・・でも、あの人 屋上(がっこう) で見なかったっけ?」

少女、いや碇シンジは再び顔を隠すように広げた本の影で、くすりと吹き零すと小さくその舌を出した。
あの、オーバー・ザ・レインボーで彼に自分のプラグスーツを着せて味を占めた 少女(アスカ) が、
幾度と無く、彼が寝ている間に無断で着替えさせ、嫌がる彼に無理やりお嬢様教育と称し、
一日をそのまま過させた結果がいま実を結んだと言えた、もちろんシンジにとっては 真に不本意(ふじょうり) なのだが。

「アスカにはよい暇潰しだったんだろうけど、逃げ足の速さとか、
この変装とか、こうなって見ると、使うのに抵抗有るけど結構役に立つ技術だよね」

あのアスカのことだから、自分を玩具にしただけで、将来を見越してなんてさらさら無いだろうけど、
と、碇シンジは一寸だけ欝が入った表情で俯いた、それが何とも言えぬアンニュイな美少女ぶりなのは、
本人が知れば力の限り否定するだろうが、回りにとって明らかな真実だったのは大いなる皮肉かもしれない。
 
 
 
 
 
相変わらず少女を演じ続ける碇シンジは、ついさっき車内販売から購入した神戸牛肉弁当を食べる為、
箸袋から取出した割箸を音をたて二つに割る、既に包装を剥した弁当箱からは芳しい香りが漂って来ていた。
さくりと甘辛く焼き上げられた肉に箸が通り、その下のたれが程よく染込むご飯に突き立つ、
そして、無粋な割り箸が程よい量を弁当箱から掬い上げ、彼の薄くリップを引かれた口へと運び込む。

「うん、 美味い(おいしい) !やはり新鮮な食材じゃないとね」

やはり、缶詰や乾燥物、冷凍物には無い味わいを感じると頷くと、おもむろに箸を握りなおす。
さくさくと掬い上げられる牛飯が彼の口へと次々運ばれる、たまにお茶で舌を湿らせるが、
休み無く食事がつづけられ、瞬く間に神戸牛飯弁当が彼のお腹の中へと消えた。
別に食べねば死ぬと言う立場ではないが、牛飯弁当の最後の一粒を美味しくそのお腹へと納めたシンジは、
うん、もう一食いけるかなと、少女の仮装をした、その中性的な顔を優美に傾け、先頭車両から戻った来た、
車内販売の売り子嬢へ声を掛けようと、手を上げた、その時軋むような音を上げ列車に衝撃が走る。

『ご乗車ありがとうございます、当列車は、箱根方面でのトラブルの為、
次の駅で停車します、お客様におきましては、お忘れ物無きようお願いいたします』
「まいったな、綾波かな、それともアスカかな?もう始めちゃったんだ・・・」

車内放送を耳にしたシンジは、まいったなとその額を指先で揉む、
そして、慌てて横を通り過ぎようとする、車内販売の売り子嬢へ、
腰まで有るウィッグを揺らして、”お姉さん、神戸牛肉弁当はまだ有りますか?”と暢気にその声を掛けた。
 
 
 
 
 
ジオフロント(ネルフほんぶ) を徒歩で抜け出したエヴァ初号機は、そのほとんど無敵の力を持ちながら途方にくれていた。
路面に沈み込まぬよう薄く張ったATフィールドの上を歩く彼は、第三新東京市街を出た所で、
緊急出動をしてきた厚木と入間の航空部隊に、その前を塞がれたのだ、周りを飛び回る重VTOLを屠るのは、
彼にとってなんら難しい事ではないが、根の優しい彼の 主人(マスター) はきっとその心を痛めることだろう。

『────────。』

汎用人型決戦兵器、全長50メートルにも及ぶ人造人間たる彼は人に聴こえぬ声で大きな溜息を付く。
その時、彼にとってのあかい糸のような量子の繋がりが彼の気を引き付けた。
低速で突っ込む巨大なミサイルを払いのけ、彼はその特異な構造の目を遥か彼方の山の向こうへと向ける。

────────────(おお、我が主人) !!』

初号機たる彼の中で、人外の喜びが渦巻き踊り狂う、ああ、ついに (われ)  ─── かの人を見つけたり!
 
 
 
 
 
碇シンジは、まだ、列車が緊急停車した駅の車寄せのベンチで、神戸牛肉弁当をぼそぼそと食していた。
その傍目にはとびっきりの美少女にしか見えぬ彼が、箸を休め、少しの驚きと共にその (こうべ) を上げる。

「あっ、まいったな、もう見つけられちゃった?
今の時期なら、まだ大丈夫だったと思ったんだけど、これなら沖縄の方がよかったかな?」

少年は、額に手をやり、その手の平の下でちらっと舌をだす。
彼に顔には、喜びと、鬼ごっこで鬼に見つかった時のようなちょっとした情けなさが浮かんでいた・・・




To Be Continued...



-後書-


このHPの他の多くの小説と違い、一人称で無いので、かなり文章の感じが違うと思います。
まあ、小説と言う舞台を神の目と言うか、高い所から見て解説している感じなので、
私はなんでも知っている、何が起こっても予定調和だと言う書き方になることがありますが、
これもまた一つの技法かと、利点は細かい所を書かなくても説明で済むということです。
ま、コメディ度が上がると、”後世の歴史家は○○と語った”とか”それは正に○○で、あった”とか
これに皮肉さが加わってどんどん偉そうに見え(読め)ますが、そのギャップがまたツウにはたまらないかも(自説・苦笑


ご注意!:新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。


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