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EVA・きっと沢山の冴えたやり方

・第五話 見知らぬ、天井・シナリオの崩壊   by saiki 20021107



インターホンが鳴る、碇が取るはずは無いので仕方なく私がボタンを押し対応する。

「碇、シンジ君が来たそうだぞ」
「いまは忙しい、冬月相手をしてくれ」

困った奴だ、いつも厄介ごとを私へ押し付ける。

「赤木君がシンジ君の挙動が怪しいから、気を付けてくれといってたが・・・ほって置いて良いのか」
「シンジはたかが14歳の子供だ、問題ない」

こいつの問題ないは当てにならない、
赤木君がわざわざ知らせて来るという事はよっぽどの事だと思うがな。

「シンジ君すまないが君のお父さんはいま忙しいそうだ、
必ず時間を作るから今日は宿舎で休んでくれないかね」
『冬月副司令ですか・・・
後でちょっと話があるから時間を取ってって言ったはずなのに、ひどいな父さんは・・・
申し訳ありません副司令、父さんめんどくさがって押し付けたんでしょう・・・』

ふっ・・・無様だな碇、お前の行動はシンジ君にとっくに読まれてるぞ、まあほっとく訳にはいかんか。

「ああ・・・シンジ君そんな事は無い、たまたまちょっと用事が出来ただけだ・・・」
『ひょっとして、まだ補完委員会との会議が済んで無いんですか?』

んんっ・・・何故、シンジ君が補完委員会の存在を知っているんだ?

「碇、シンジ君は 補完委員会(ゼーレ) の存在を知っている様だぞ・・・まずくは無いか?」
「シンジがそんな事を知ってるはずは無い、ダミーか?」

碇の奴はあわてて拳銃を引き出しから取り出し安全装置を外す、
ばかもんがシンジ君が本物だったらどうする。

「碇!それをしまえ、赤木君の話ではダミーや洗脳の形跡は無いとの事だったぞ」
「しかし冬月、説明できないがとてつもなく怪しいとも言ってなかったか?」

だからと言って息子に銃を向けてどうする、ほんとに非常識な奴だな。

「これ以上息子に嫌われたいのか、碇!」
「くっ・・・仕方ない、シンジを入れてやってくれるか・・・」

碇、10年近くもほって置くからこうなるのだ馬鹿者め・・・ほんとに困った奴だな。
私はドアを開けるとシンジ君を中に入れる、
ガードも入ってきたが、まあ良かろう赤木君の忠告もあるからな。

「すまんなシンジ君、こちらにもいろいろあってな・・・」
「ひどいよ父さん、重症の綾波を後回しにしてわざわざ来たのに・・・門前払いを食らわす気だったんだね」

重症の綾波を後回し・・・どういう意味だシンジ君、意味が読めないのだが・・・
それより、どこで綾波レイの事を知ったんだ・・・ミサト君当たりからか?

「シンジ、なぜお前が補完委員会の事を知っている」
「父さん、この人たちに遠慮してもらわなくて良いの?」

ガードが邪魔?シンジ君何を考えてる・・・碇の奴、浅はかな行動を取らねば良いが・・・

「シンジ、何を言ってる?」
「なにって・・・リツコさんが僕の事を、あんまり怪しい怪しいというから、
一応、父さん達には説明しておこうと思ったんだけど、ネルフの機密に関する事があるから、
まずいでしょう、この人達がいると・・・あと、いくつか頼みたい事もあるしね」

確かに赤木君の話しどおり、シンジ君は少し変だな・・・どうした物か・・・

「シンジ君、なにが、どうまずいと言うのかな・・・」
「この人達が、まずい事を聞いちゃったからって口をふさがれたり、
リツコさんの怪しいクスリにご厄介になる羽目になると、さすがに目覚めが悪いから・・・」

私の問いかけに、まだ年端も行かぬ少年は苦笑いで答える・・・
保安部員達の顔がこころ持ち青くなり引きつる、君の挙動は怪しすぎるぞ、何を考えている、シンジ君・・・

「君達、彼は直接赤木君の所から来たのかね?」
「はい、副司令真直ぐ参りました」
「ではいい、君達は出て待っていてくれないか」
「冬月・・・」
「「はっ!」」

碇が私に向かって唸るが、赤木君が武器など見逃すはずが無いではないか、何を考えてる、碇・・・
シンジ君は丁重に二人に案内の礼を言い、保安部員達はホッとした様子で部屋を退去した。
碇が動くはすがないので仕方なく、自分とシンジ君のためにパイプ椅子を二脚用意する。

「すまないねシンジ君、ここにはこんな物しかないんだよ、
こちらに座って話を聞かせてくれないかね・・・」
「どうもありがとうございます副司令・・・貴方は基本的に良い人みたいですね・・・
でも、お父さんを何故止めてくれなかったんですか?」

私の勧める椅子に座ったシンジ君が、おもむろに口を開く・・・
碇を止める・・・私がか、シンジ君何を言ってるんだ・・・

「父さん、銃を机の上に乗せて、もう少し落着いてくれないかな。
そんなに振るえる手で握り締めていたら、自分の足を撃ってしまうよ・・・
後でちょっと検証実験のために、使ってもらうかも知れないけど、ともかく落着いてくれないかな」
「くぅ!シンジ何を隠してる・・・」

碇の手が振るえながら拳銃を机の上におく・・・何故ここまでシンジ君は冷静でいられるのだ?

「隠す・・・違うよ父さん、僕は教えに来たんだ、これから何が起こったかをね・・・」
「シンジ君、これから何が起こると言うのかね」
「違いますよ副司令、起こるじゃなくて、起こったですよ」

”起こった”、いまシンジ君はそう言ったな・・・先の事が分かるとでも言うのか・・・

「お父さん、よく聞いてね、
サードインパクトは起こった・・・そして、人は僕一人を除いてLCLに還元されて居なくなったよ」
「シンジ!何を言う、ゼーレの考えてる物はともかく、ユイが計画したインパクトは
断じてそんな物ではない!LCLへの還元は一時的な物で人々は補完され元に戻るはずだ」

碇が珍しく長い台詞を吐く、それを聞いたシンジ君の表情が悲しみをたたえ苦笑をもらす・・・
シンジ君・・・君は何を言ってるんだ・・・いや知ってるんだ?

「父さん達は、自我が欠けた人の心や、人を人形のように育てる事で何が出来ると思ったのさ・・・
そんな曖昧な物差しで計れない心なんて物に頼ってどうするんだい、
しかも、やり直しが利かない、検証も出来ない事で・・・」

彼は知ってるのか、ゼーレと私達の補完計画を・・・何故だシンジ君・・・

「全ての人がLCLに還元された後、ヨリシロにされた僕にリリスと一体化した綾波が聞いたんだ、
どうしたいかって、そこで僕は人として生きれる様、元に戻したいって望んだ・・・
でも、帰って来たのは僕とアスカだけだった、
しかも、アスカは全てを否定してすぐにLCLに戻って行ってしまったよ・・・僕一人を残してね・・・」
「だ、誰もLCLから戻ってこなかったのかね・・・」

シンジ君の眼から涙が一筋流れる、私は思わずうろたえてしまった・・・

「副司令、十年、百年、千年僕は待ったんだ、だけど誰も帰ってこなかった・・・
多分LCLの中で補完されてる方が、戻るより気持ちよかったんだろうね・・・
補完は麻薬と同じさ、自分ではそこから抜けられなくなるんだから・・・」

シンジ君が言葉を切って、私と碇の顔を覗き込み力なく微笑む・・・
その眼は悠久の歳を重ねた老人さえ凌ぐ経験した年月を感じさせ、私達をいたたまれなくする・・・

「お前は何者だ!シンジをどこにやった!」
「ひどいな父さん、
正真正銘、僕は貴方の息子さ、前の時から戻ってきた僕の心と記憶が上書きされてるけどね」

碇が机の上に置いていた銃をつかみシンジ君へ向ける・・・まずいな止めないと。

「お前がシンジであるわけが無い!・・・どこにやったシンジを!」
「やはり信じてくれないんだね・・・良いよ、僕を撃ってくれるかな父さん・・・
まあ、父さんは奇跡の一つも見ないと信じられないだろうね・・・
いいよ・・・検証実験になるから、撃ってよ父さん・・・」
「やめろ!落着け碇!」

碇の奴がビストルの安全装置を解除してシンジ君に向け、怒りに任せて叫ぶ・・・
妙に冷静なシンジ君が奴に撃てと促す・・・”奇跡”だって?ばかな、奴を刺激するんじゃない・・・
あわてて止めにはいる私を尻目に、碇の馬鹿は引き金を引く、鋭い銃の発射音が部屋に轟く・・・

私は弾がシンジ君の額を撃ちぬき、
後頭部から脳漿を飛び散らせるシーンを思わず想像して、顔をそらし眼を閉じる・・・
鋭く陶器が物をはじくような音がして、そのまま静かになった・・・
目を開けるとそこには淡い光を放つ八角形が浮かんでいる・・・

「マギに気づかれない為に一番弱くしてるけど、これもATフィールドだよ・・・」
「・・・・」

信じられない、
シンジ君は碇が撃った弾を、兆弾を逸らすため斜めに張ったATフィールドで弾いたのだ・・・
シンジ君の悲しみに染まった目が鈍く赤い色に輝く・・・
シンジ君の生み出したATフィールドが我々の目の前へ近づいてくる・・・

「さてフィールドを少しそちらに寄せるから、平たい面は触っても大丈夫だけど、
端には触らない方が良いよ、危ないから、実際にやって見た方はいいかな、
お父さん拳銃のグリップをフィールドの端に当てて、そのまま横に動かして見て・・・」

碇が呆然としたまま、操り人形のようにぎこちなく、シンジ君の言うとおりの動作をする・・・
大して力を込めても無いのに、簡単に複合合金のグリップがばっさりと切れる・・・
切り口は鏡のように滑らかだった・・・
私はフィールドに指を当てて見る、それはほのかに暖かく感触はガラスのように滑らかだ・・・
こんな体験が出来れば赤木君なら泣いて喜ぶだろうな・・・
しかし、エヴァと使徒にしか発生出ぬはずのATフィールドを何故シンジ君が・・・

「まさか・・・シンジ君、君は使徒なのか・・・」
「そうです副司令、まあ、あえて言えば使徒もどきかな・・・僕は、綾波にもらったアダムの力を受け継いでるから・・・
それと、僕に使徒が触れてもエヴァと一緒でインパクトは発生しないから、その辺は誤解しないでくれると嬉しいな」

シンジ君の言う事はおそらくほんとだろう、どうやらゼーレと我々の補完計画はとんでもない事になるらしい・・・
だが、なせシンジ君はここまで我々に説明してくれるのか・・・彼の体験を考えると、我々を心底恨んでいても不思議では無い・・・
さすがに碇にも、シンジ君の言う事が多少とも分かったのか暗い表情でシンジ君に問いかける・・・

「シンジ・・・どうしたいのだ」
「ここまでは僕の愚痴と前振りかな・・・
これからが本題だよ、父さんと副司令には、
前回、僕と綾波、そしてアスカに何があったか知ってもらうよ・・・
まあ、あまり気持ちの良い物じゃないけど、責任者への罰だと思って我慢してほしいな・・・」

シンジ君は悲しげな笑みを浮かべたまま立ち上がり、私と碇の額に人差し指を押し当てる・・・
走馬灯のように悪夢が頭の中を蹂躙する、使徒の影に取り込まれるシンジ君、使徒の手で切り刻まれるエヴァシリーズ、
ゼーレから送り込まれた少年を泣きながら殲滅するシンジ君、壊れる朱金の少女、自爆するレイ君、
量産型エヴァに食い散らされる弐号機、傷つき蝕まれていく三人の年若い子供達、そして、どこまでも赤いLCLの海・・・
そこにユイ君の求めた明るい未来など、どこにも無かった・・・
我々は何をしようとしていたのだ・・・最後に全ての帳尻が合い、皆に幸せが訪れると信じて、私はあえて碇の非常識な行動を見逃して来た・・・

「不毛だな・・・碇・・・俺は心底、お前の口車に乗った自分を恥じるぞ・・・」
「冬月先生・・・私はどうしたら良いんでしょう・・・」

私の頬を熱いものが滴る、碇の奴も静かに泣いていた・・・奴の手は無意識に壊れた拳銃をもてあそんでる・・・
私も首を吊りたいのを我慢してるのだ・・・我々は、そんな楽な死に方は出来んぞ、碇・・・

「シンジ・・・我々はどうしたら良い・・・」
「とりあえず、ゼーレにばれないように補完計画を潰す方向で動いてほしいな」

心底暗い我々を励ますように、シンジ君が明るい陽射しのような笑顔を振りまく・・・
彼の笑顔を見て、私の胸の重いつかえが少しだけ緩む・・・
彼はあれだけの地獄を見て、何故我々に笑ってくれるのだ・・・

「シンジ君、あれだけの事をしでかした、私達を怨んでいないのか・・・」
「ええ、一時期怨んでた事もあります・・・30年ぐらいかな、最初はただ悲しくて、その後全てを怨んで、
やがて死にたくなって、最後に無気力になりました・・・
でも、すべては時間が解決するとは良く言ったものです。
千年ぐらい経つと、自分でも悟りきってしまったのかもしれません・・・
最後の頃は、だめもとでLCLから人をサルベージして見ようと
試みたりもしました、これは完全には成功しなかったけど・・・」

それで、彼の眼が永遠を刻み込んだように私が感じるのか・・・
まさか目の前の華奢な少年が、私より精神的に目上だとは思わなかったな・・・私はうなる・・・

「シンジ君、あれは赤木君にも見せたのかね・・・」
「いえ・・・あんな物、見ずに終わればそれに越した事は無いんです・・・
でも、リツコさんは最終的には見たがるだろうな・・・それと、ミサトさんと加持さん・・・
マヤさんは見ないだろうけど・・・青葉さんと日向さんの二人はどうだか分かりません・・・
でも、お母さんには必ず見てもらう必要があると思いますよ・・・」

私はシンジ君が最後に言った、”お母さん”と言う言葉に目を剥いた・・・ユイ君の事か?

「シンジ、ユイにどうやってあれを見せる?」
「もちろん、エヴァからサルベージしてからだよ父さん・・・
綾波の一人目や、アスカのお母さん、予備のコアも含めて全てサルベージする気だけど」

碇の奴がまた泣いてる、今度は嬉し涙だ、
まあ奴のいままでの10年はユイ君に合うためだけに、あったのだから当然なのかも知れんな・・・

「シンジ、頼む、ユイを、あいつを あそこ(エヴァ) から出してやってくれ・・・」
「もちろんだよ父さん、でも、すぐに出すわけには行かないよ」

碇が納得行かないと言う顔でシンジ君を睨む、ばかな、ユイ君の事になると見境が無いな、お前は・・・

「何故だ!シンジ!」
「父さん、リツコさんをどうするのさ・・・嫉妬に狂ったリツコさんが母さんに危害を加えても良いの?
言っとくけどリツコさんに手荒なまねをしたらだめだよ、今でもサングラスに悪人髭、僕や綾波の扱いで
印象悪いのに、これ以上悪いことばかりしてると本当に嫌われるよ・・・
会ってすぐ離婚されたいのなら別だけど・・・」

碇の顔が引きつる・・・
こいつ、自覚が無かったのか・・・しかもナオコ君だけでなく、リツコ君にまで手を出していたとは・・・

「すまんシンジ君・・・こいつがここまで馬鹿だったとは・・・私の監督不行き届きだ」
「いえ、副司令これは父さんの身から出たさびですから・・・
しっかり責任を取ってもらった方が良いと思います。
それよりいくつかお願いがあるんですが・・・」
「良いとも何でも言ってくれ・・・
シンジ君、君にはとてつもない借りがあるからな、私に出来る事なら何でもやらせてもらうよ」

そういえばシンジ君、”重症の綾波を後回しにして”と言っていたな・・・どういう意味だろう・・・

「でわ、遠慮なくお願いさせていただきます副司令・・・
かなり広めの家、アパートやマンションでもかまいません、
それと多少まとまったお金を下さい、手持ちがほとんど無いですから、
あと、綾波がいまひどいところへ住んでるので一緒に住みたいんですが」

最初の二つは問題無いが・・・中学生の同棲は・・・まずいのではないかな・・・

「最初の二つは一時間ぐらいで手配が終わるが、
最後のは・・・レイ君の意見を聞かないとな・・・
ところでレイ君はそんなにひどい所に住んでるのかね?」
「では、それに付いては綾波を連れてきてからで良いです」

待てよ、レイ君は重症で一歩も身動き出来ないはずだが・・・

「ああ、でもレイ君に聞くと言っても彼女は・・・」
「大丈夫ですよ、一時間ぐらいしたら一緒にこちらへ戻ってきますから」
「そ・・・そうかね・・・」

私は彼の嬉しそうな頬笑みに見せられて、何も言えなくなった・・・
見た目中学生の同棲といっても、彼の精神年齢はメトセラなみだ・・・心配するだけ無駄かも知れんな・・・

「それと、あつかましいんですが、ミサトさんの車の修理費を、経費で落としてもらえますか?
ミサトさんの車がぼろぼろになったのは、僕を迎えに来たからですから」
「良いだろう、彼女にはシンジ君から教えてやってくれたまえ、喜ぶだろう・・・他には無いのかな」

シンジ君のお願いはちょっと変わってるが、たいして無理な物は無い・・・気を使ってくれているのか?

「それと、零号機を二週間以内に実戦体勢に持ち込みたいのですが・・・」
「シンジ君、エヴァ零号機は事故を起こして、いま特殊ベークライト漬けでな・・・
二週間で実戦体勢にするのは難しいのだが・・・二週間と言うのは何かわけでもあるのかな?」
「ええ、バタフライ効果で数日ずれるかも知れませんが、三週間後に第四の使徒が来ますから」

三週間後に 第四の使徒(シャムシエル) が来る・・・私と碇は一瞬唖然とした後、お互いに目を合わせる・・・
零号機が間に会わない・・・いや、レイ君も三週間ではギブスが取れまい・・・

「ああ、第四使徒の方は大丈夫、前回は僕一人で倒したから、でも一応、零号機も用意しておきたいんだ、
監視装置とATフィールドのセンサーを止めて、人払いしてもらえば僕達でベークライトは片付けるから
何とかならないかな、ついでに一人目の綾波をサルベージする気だけど、お父さん達、見学に来る?」

私と碇はお互い目を見合わせ・・・同時にうなずいた・・・

「ああ、シンジ、是非行かせてもらう」
「う・・・うむ、君の言うように手配する、それと、私も必ず見に行かせてもらうよ」
「じゃあ、頼んだ事お願いしますね、一時間ぐらいで綾波を連れて戻ります」

少し惚けたようにたたずむ我々を後にして、シンジ君は穏やかな笑顔を残し部屋を出て行った・・・
日ごろから重苦しい雰囲気の司令官室に、
一陣のシンジ君と言う心地よい春の風が吹き抜けたような気がする・・・
私はため息をつきながら、内線を切り替えて保安部に回線を回す・・・

「保安部か、碇司令の指示だ、今日現在を持ってシンジ君に対する全ての監視活動を止める・・・
うん、かまわん私も了解済みだ」

指示を出す私の方を、碇の奴は情けない眼で見つめる・・・
ふっ、これぐらいシンジ君へ、気を利かせても罰は当たらんぞ・・・

「ん、どうかしたか碇」
「問題ない・・・とはもう言えませんね、冬月先生・・・とりあえず私も何か始めようと思います」

うむ、なかなか良い心がけだぞ、碇・・・私も早速シンジ君の依頼を手配するとしよう・・・

「うむ、お前はまず何から手を付けるんだ?碇」
「先生・・・髭剃りクリームと剃刀をお借り出来ませんか?」

ユイ君、確かに君の言うとおり、こいつは可愛い奴かも知れんな・・・

   ・
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シンジ君が司令官室から出て行ってから一時間後・・・秘書から呼び出され、ドアを開けると
驚いた事にシンジ君が、昨日まで重症だったレイ君を伴って長官室に入ってきた。
レイ君は平然と動けるようだ、さすがだなシンジ君、いったいどうやったんだ・・・

「・・・碇司令・・・いえ、お義父様・・・お髭はどうされたのです?・・・」

レイ君が碇の奴を見て、あっけに取られた表情を浮かべている・・・
人より控えめとは言え、彼女の表情が今までに比べてなんと多彩なことか・・・ユイ君似だな・・・
シンジ君がレイ君に苦笑を浮かべている、そうだろうな、碇の奴が髭を剃るとはこの私でも信じられん。

「くくくく・・・」

おもわず私はこらえ切れずに笑ってしまった、こんな晴がましい気持ちで笑ったのは何年ぶりだろうか。
レイ君が自分が笑われたとでも勘違いしたのか、頬を膨らませて私を睨む・・・こんなところもユイ君似だな。

「いやすまんレイ君、君を笑ったんじゃない、碇・・・
いや、お義父様はな、シンジ君に髭を生やしていたら
ユイ君に嫌われると言われたので、あわてて剃ったんだ」
「ふ、冬月・・・」

レイ君が碇に笑い掛ける、
その笑みは奴にはもったいないほど、透き通るように透明な無垢な物だった・・・

「・・・お義父様、碇君は正しい・・・いまのお顔の方が私は好きです・・・」
「こんな私を、お義父と呼んでくれるのか・・・レイ、
・・・ほんとに、すまなかった・・・私の罪は、こんな言葉だけで済む物ではないが・・・」

碇の奴はいつも無く饒舌だ・・・それに、奴があそこまで他人に頭を下げるなんて私は始めて見た。
シンジ君に”前世の記憶”を見せられてから、奴は変わろうとしている・・・いや、私もか・・・

「・・・わたし・・・私は・・・
お義父様の罪のおかげで、ここに碇君といられるんです・・・
ですからお義父様、私に謝らないでください・・・そうでないと私・・・」
「・・・レイ・・・」

碇の奴は絶句したまま固まってしまった・・・無理も無い、すべてレイ君の言う通りなのだからな・・・
レイ君のルビー色の瞳から涙がこぼれる・・・年行かぬ少女の涙に私はいたたまれない思いを抱く・・・
碇の奴め・・・レイ君を泣かせるとは、不甲斐無い奴だ・・・だが私も同罪か・・・
シンジ君がレイ君を抱きしめて、そっと蒼い髪をいとおしげに撫ぜる・・・

「シンジ君ひょっとして、レイ君もか?」
「ええ、いまの綾波の記憶と魂の半分は、前の綾波の物です・・・」

シンジ君は悲しそうな微笑を浮かべながら、レイ君の蒼い髪をいとおしげに撫ぜ続ける・・・
子供達にここまで無理をさせて・・・碇と私はいったい、何をしようとしてたのか・・・
我々はゼーレや我々の補完計画の為に、この子達を犠牲にしようとしてたのだ・・・
視野が狭さくしていたとしか思えない、ちょっと考えれば分かる事のような気がして我ながら情けなくなる・・・

「シンジ君、二人とも年寄りの都合に付き合わせてすまないね、頼まれた事は全て手配したよ
この様子だと同棲もすでにレイ君と納得の上のようだね、私達も反対はしないから安心してくれたまえ」

話すのが不器用な碇に任せておいては、話が先に進みそうも無いな、私が主導せねば・・・
二人とも疲れてるだろうし、せめて少しでも休ませてやりたい・・・これもまた、私の傲慢かもしれないが・・・

「住居は・・・悪いがセキュリティの関係で、葛城一尉と同じコンフォート17の別の階、
既婚者用の物件を手配したよ、それと君達のカードのクレジット機能も使用限度額は解除しておいた
まあビルの一軒でも買わない限り、私達の方からは文句は言わないから金は安心して使いたまえ」
「いやだな副司令、そんなに使う気はありませんよ、
新居を構えるのに物入りなのと綾波に服をそろえたいので」

服・・・そういえばレイ君はどんな生活をしているのだ、
シンジ君が気を使うぐらいだから、なにか問題があるのか?
そういえば前世の記憶でも、レイ君の服装は制服とプラグスーツ、検査服しか見た事が無い・・・

「イ・カ・リ、レイ君はどんな生活をしているのだ、私は何も聞いて無いぞ・・・」
「先生・・・私に女の子の服装とか住まいとかの世話が出来とお思いですか・・・
シンジの事でさえ満足に出来なかった、この私に・・・レイの管理は、全て赤木博士に依頼してましたが・・・」

私の詰問に、碇の奴は情けなそうに答える・・・不甲斐無いぞ碇!・・・ううっ!私も同罪か・・・
赤木君はいったい、レイ君にどういう生活をさせていたのだ・・・碇、私はシンジ君に聞くのが心底怖いぞ・・・

「シンジ君、レイ君はいったいどういう生活を・・・」
「父さん達、知らなかったの・・・僕はてっきり、父さんがしてる物と・・・」

未来で幾らでも調べられたはすのシンジ君が、この件で疑いさえ持たなかったと言う事は、
疑う余地が無いほど、我々の業が深かったと言うことだな・・・碇・・・私は、ほとほと情けなくなったぞ・・・

「綾波、父さん達に僕から話しても良いかな・・・」
「・・・うん、碇君・・・でも、お義父様、赤木博士を責めないで下さいね、
あの人は、私にお義母様を重ねてただけなんですから・・・」

赤木君、良かったな、レイ君のおかげで君の首は皮一枚でつながったぞ。
シンジ君の眼が、すごく話しずらそうだな・・・彼女はそんなにひどい生活を・・・

「まず住居だけど、綾波の住んでるのは、取り壊し中の無人のマンモス団地のコンクリート
むき出しの一室で、すごくさびしいところだよ、普通の食事はカロリーを取るためのビスケットと
各種栄養剤、それと水・・・服は、制服が数着と安物の白の下着・・・綾波、これで間違いないよね」
「・・・うん、碇君、間違いないわ・・・
でも、これのどこに問題があるのか、私いまでも良く分からないの・・・
確かにあの寂しいところは嫌いだけど・・・いまは、碇君が居てくれるから問題無いわ・・・」

レイ君・・・それでは問題だらけだぞ・・・シンジ君ほんとに知らなかったんだよ・・・
私と碇は彼女の話を聞いて、自分達が心底情けなくなり肩を落とす・・・

「疲れている所、引き止めて悪かったな、シンジ君・・・とりあえず朝食を済ませてくれたまえ・・・
それと、我々二人の直通ラインを入れた携帯を支給するので、
何か困った事があったら使ってくれると嬉しいよ・・・
また、これは提案なのだが、今日は誰か暇な者を付けるから、
一日、足りない物を買いそろえてはどうかな・・・」
「はい、そうします・・・行こう、綾波」
「・・・どうもありがとうございます・・・お義父様、副司令・・・」

我々二人は年若い恋人達を送り出すまで、出来るだけニコニコと微笑を絶やさないように勤める・・・
まあ、碇の奴の微笑みは私に言わせると一般的ではないがな・・・
まあこの辺が、ユイ君の言う奴の可愛い所なのかもしれんが・・・
ドアが閉じるやいなや、碇と私は打って変って厳しい眼でアイコンタクトする・・・
ふっ・・・怖い眼だな碇、ちょっと引いたぞ・・・

「冬月先生・・・」
「うむ・・・赤木君の処置だな、碇・・・」

私とて、長年こいつの補佐をして来たのだ

「ダミープラグの開発は打切だ、赤木博士は必要無い、あとは伊吹二尉で十分だ、重営倉で一ヶ月だな・・・」
「それがいかんのだ碇、レイ君の嘆願もある・・・まず20%給与カット三ヶ月が妥当ではないかな・・・
それとも、お前も同罪で半月ぐらい入って見るか・・・
まあ、お前が入るなら連帯責任で私も入らねばならんがな・・・」

碇の奴が厳しい眼で私を睨む・・・そして、ふっと眼をそらした・・・勝ったな・・・

「冬月先生にお任せします・・・」
「では赤木君は20%給与カット三ヶ月、罪状はファーストチルドレンの管理責任だな・・・」

すまんなシンジ君・・・我々年寄りはバックアップに回るからレイ君を、くれぐれも頼むぞ・・・




To Be Continued...



-後書-


バタフライ効果=蝶の羽ばたき(ちょっとした変化)が離れた所へ暴風(大きな変化)を起こすかもしれないという理論
メトセラ=聖書に出てくる驚くほど長生きした人物

ネルフのトップの二人、この話では案外普通の人になってしまいしました(苦笑)
ゲンドウよりましだと思ったんだけど、なんか冬月さんの独白も難しい(汗)
しかしめちゃくちゃ長い・・・説明の文章が多いとは言え何故(滝涙)


ご注意!:新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。


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