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絶望の淵の日常

第九話  深淵(しんえん)   by saiki 20030826



私の、キーボードを叩く音が、薄汚れた部屋の中に響く・・・
液晶を睨んだまま、アスカの希望をかなえようと、私は持てる力を全注ぎ込んでいた・・・

「どう、進み具合は?」
「・・・このままのペースで、明日の夕方には仕上がると思う・・・」

私の答えに、自分を見つめる彼女の細い眉毛が危険な角度へと跳ね上がる・・・
なぜ?・・・私が何か、彼女の気に障るような事を言ったのだろうか?

「あんた・・・まったく・・・徹夜は止めなさいよね・・・
アンタが其処までしても、世の中何も変わらないんだから・・・
それに・・・アンタの身体にも、徹夜なんて良く無いわよ・・・」

そう、彼女は、私の火傷の痕が癒え無い身体を案じて怒っていたのだ・・・
それに気付けない私は・・・彼女の言う、いわゆる人生経験に乏しいからなのだろうか?
少しだけ嬉しく思った私は、彼女へ微笑みながら自分がいま出来る、最大限の誠意を返す・・・

「・・・ありがとう・・・アスカ・・・」

”ありがとう”・・・二人目が、碇君にしか言った事の無い感謝の言葉・・・
いまの私は、それを素直に言える・・・これも、彼女のおかげかも知れない・・・

   ・
   ・
   ・

「・・・じ・さんっ!」

突然の悲鳴に、私は目を覚ました・・・
常夜灯に照らされた布団の上で、タオルケットを撥ね除けたアスカが、頭を抱えたまま、
青い顔で荒い息を吐く・・・その瞳は、横で眠る碇君の様に虚ろで、何も映し出していない・・・

「・・・アスカ!・・・」

それを見た私の背筋を、冷たい物が走る・・・
碇君に続いて、アスカも同じように、心が焼け付いてしまったら・・・
何も知らない、私一人で、何が出来るのだろうか・・・

「・・・アスカ?・・・」

私は心配になって、すぐ傍へ横たわる碇君越しにアスカへと手を伸ばす・・・
彼女のパジャマはぐっしょりと汗に濡れ、私の指先に僅かな振るえが伝わる・・・

「思い出した・・・あの時・・・鈴原の・・・シンクロデータを見つけた時・・・」

アスカの顔が、油の切れたドアが軋みながら動く様に、ゆっくりと私の方へと向けられる・・・
なに・・・何を言ってるの?・・・鈴原?・・・フォースチュルドレン・・・彼がどうしたのアスカ?

「221.485.115.666.215・・・」
「・・・ウエブアドレス?・・・」

セカンドインパクトでずたずたにされた際に、将来を見越して四つから五つに増やされた三桁の数字の羅列・・・
世界を覆うローカルネットのアドレス・・・それがアスカの口から、かすかに漏れる・・・

「そう・・・加持さんの・・・たぶんプライベートアドレス・・・」

虚ろだったアスカの眼に鋭い光が戻る・・・その光は、私が怯むほど鋭く力を持った光だ・・・
アスカは、碇君の寝顔の頬へ優しく指を這わせると、そっと布団の中から抜け出す・・・
そして、肌寒い暗闇の中、上着さえ羽織らずに、何かに取り憑かれた様に、赤いノートパソコンを立ち上げた・・・

「・・・待って・・・アスカ・・・」

私も布団から抜け出して、彼女の肩にそっと手をかけて引き止める・・・
そんな私へ、肩越しにアスカの鋭い眼光が突き刺さった・・・

「・・・アクセスするのなら・・・仮組みしたソフトを使って見て欲しいの・・・」
「解ったわ・・・レイ、早くそれをちょうだい」

私は、急いで自分が使っていた、蒼いノートパソコンを立ち上げると、
アスカの赤いノートパソコンと光ファイバーケーブルで繋ぎ、
リモートでアスカのノートからネットへアクセスして、プログラムを解放つ・・・
常夜灯だけが光源の薄暗い部屋の中で、二台のノートの液晶画面がいやに眩しく自己を主張する・・・

「・・・いま、プロバイダーのホストサーバを乗っ取っている所・・・
後10分ぐらいで、こちらへ応答があるはず・・・」
「乗っ取るって・・・あ、危ない事するのねアンタ・・・」

アスカが、げんなりした表情で私を見つめ、大きな溜息をつく・・・
何故・・・これぐらいの事は、赤木博士はコーヒーを嗜みながら片手でこなしていたわ・・・
そんなに、彼女にとって、いま私がしている事は、異常な事なのだろうか?

「・・・大丈夫、 第11使徒(イロウル) のハッキング方法を参考にしているけど・・・
放ったプログラムの寿命は、設定しているから・・・アスカが悩む事は無いわ・・・」
「あ、あの・・・もう少しで、マギを乗っ取りかけたって奴の・・・」

私の言葉を聞いた、アスカの顔が青くなる・・・
何か、彼女が心配するような事を、自分が言った様だ?・・・
そう、きっと使徒と言うキーワードが混ざっていたから、誤解したのね・・・

「・・・参考にしているだけ・・・プログラムは使徒では無いわ・・・
たとえ、これにバグが合っても、ホストコンピューターが10数台
クラッシュするだけ・・・サードインパクトは起きないから・・・」
「そ・・・そう、なの・・・」

安心させようと説明する私へ、アスカはまるで壊れた人形のように、ギクシャクした動きで首を縦にふる・・・
ますますアスカの顔から、血の気が引いていくような気がする・・・いったい、何がいけないのだろうか?
ノートから電子音が響く・・・どうやら、私が送り込んだプログラム達は、無事にホストコンピューターを乗っ取ったようだ・・・

「・・・安心してアスカ・・・問題なく上手く行ってるわ・・・」

いままで、何の変哲も無いプロバイダのトップページを表示していたプラウザに、アスカのプライベートIDへ
専用の画面が送られてくる、五つのノードを介して、五台のホストサーバコンピューターの並列動作で負担を軽減、
画面左上に表示された時間表示が、まるでエヴァのアンビリカルケーブルが切れた時の様に、忙しく減っていく・・・

私はプログラムがちゃんと動いているのを確認して、まさかの時のために用意した、
強制消去プログラムを送り込む為に、リターンキーに乗せていた人差し指を引っ込めた・・・

「・・・アスカ、もう一度、あのアカウントのアドレスを・・・」
「・・・OK・・・221.485.115.666.215・・・」

私は、アスカが読み上げるアドレスを、ポップアップしたプラウザの作業領域へと、
スクリプトと一緒に書き込み、実行のボタンをマウスでクリックする・・・
待ち受け画面の表示が作業中に変わり、こちらの支配下にあるホストコンピューターへの命令伝達の経路を表示した・・・

私のプログラムは、ホストのログをあたり障りの無い物へ改変しながら、
パケットを介した、情報データの中に潜む一つの生物のように、受け入れた命令を順次消化し実行していく・・・

「レイ、この左上のエヴァの残起動時間表示みたいなのは?」
「・・・このプログラムの活動時間・・・時間が来れば、
これは自分自身を書き潰しながら、生物が死ぬように消えて無くなるようにプログラムしたから・・・」

小さな音と共に、アスカが指定したアドレスのデータ領域の概略と、その容量が表示され、表示が指示待ちに戻る・・・
私は、ノートの記憶容量と、例のアドレスの新たに乗っ取ったサーバのデータ容量を見比べて、全て選択を選ぶ・・・
今度は僅かなタイムラグで、データパケットが次々とアスカのノートパソコンの中へと、ダウンロードされていった・・・

「・・・松代のマギ2号を相手にするには、大容量の記憶装置とバックアップ媒体が必要・・・」
「確かにね・・・加持さんの私設のホストサーバーでさえ、この容量だもの・・・」

見る間に減って行く、自分のノートパソコンの記憶容量を見ながら、アスカも私に相槌を打つ・・・
私は、ダウンロードが終わったのを見計らって、プログラム達へ自己消去を促すコマンドを送る・・・
表示されていた命令のノードが、次々と穏やかに自己消去して断絶し、最後のホストサーバが解放されると、
プラウザの表示が元の、何の変哲も無いプロバイダのトップページに戻った・・・

「・・・これで終わりなの?」
「・・・ええ・・・後は、ウイルスチェックをするだけ・・・」

私は、ありふれたウイルスチェッカーを立ち上げると、チェックエンジンとウイルスデータベースを、
ねんの為アップロードしてから、ダウンロードした領域にウイルスチェックを始めさせた・・・

「・・・少し時間がかかるわ、アスカ・・・上着を羽織った方が良いと思う・・・」
「そうね・・・やっぱり、第三と違って夜は少し冷えるようだし・・・」

アスカはブルリと体を振るわせると・・・壁に掛けてある上着を手に取り、素早く袖を通す・・・
私は、その間に、魔法瓶からカップへお湯を注ぎ、彼女に声を掛けた・・・

「・・・アスカ、コーンスープで良い?・・・」
「ごめん・・・ポタージュにしてくれる?」

私も、アスカと同じポタージュにする事にして、インスタントのスープの粉末を、
アルミの袋を破って、二つのカップへ適量入れてから、おもむろにスプーンで掻き混ぜた・・・
まだ夜明け前の、寒く暗い部屋の中へカップポタージュの良い香りが広がる・・・

「・・・アスカ・・・」
「んっ・・・ありがと、レイ・・・」

アスカが、受け取ったカップに口を付け一口啜る・・・
私もカップへ口をつけ、少し冷えた体に、染み入るようなその暖かさを堪能する・・・
私達が丁度カップを空にしたころ、小さな電子音と共にウイルスチェックが終わった・・・
とりあえず私は、インデックスファイルをテキストで開いて、
おかしなスクリプトが埋まっていないのを確認してから、普通にウエブプラウザで表示させる・・・

「何だか、私には普通のホームページに見えるけど?」
「ええ・・・でも、これはダミー・・・」

アスカが、呆れたように声を上げている横で・・・
私は、奥まったシステム用のフォルダに偽装されたデータを発見し、
それをエディターで開く、そして幾つかの怪しいスクリプトの間に、葛城三佐へのメッセージを見つけた・・・

《これ () 36の方法でミサトへ送ったメッセージの一つだ、
お前がこれをみている時は多大な迷惑を () けた後だと思う、
データーのキーワードは俺達の最初の () いでだ。
りっちゃんにも、お前からすまなかったと () っていたと伝えておいてくれると嬉しい
またお前に () えるなら、こんどこそ8年前に言えなかった事を言う、すま》

「何を考えてるのょぉ!・・・加持さんっ!・・・」

アスカは、そのメッセージを見たとたん、俯いて体を震わせながらすすり泣きを始める・・・
私は、やるせ無い思いで、同じようにそのメッセージを見つめた・・・
かなり急いで打ったのだろう、所々タイプミスや変換ミスが目を引く・・・

「ミサトもリツコも逝っちゃったのに・・・なんで助けて上げなかったのよ・・・」

アスカが、メッセージを見つめながら、逝ってしまった加持リョウジへしゃくり上げながら愚痴をこぼす・・・
自分は、彼とあまり面識は無かったけど・・・アスカとは、きっと近しい人だったのだろう・・・
私は、泣き止まぬアスカの鮮やかな朱金の髪を、碇君と同じように繰り返し撫で続ける・・・

やがて、朝日がカーテンの隙間から差し込み始めた頃、やっと泣き止んだ彼女が、
暗号化されたファイルに思い当たるパスワードを入れると、あっけなく解除に成功した・・・
そして、暗号解除されたファイルを読み進めるに従って、私とアスカの表情はどんどん暗くなっていく・・・

「そんな・・・嘘でしょ・・・何でよ・・・何でこんな事が出来るのよ・・・」

アスカの、絞り出すような力無い呟きが・・・私の耳へと響く・・・
ネルフの影の支配者、ゼーレの進めようとした強引な人工進化の為の”人類補完計画”・・・
そして、エヴァの人柱にされた碇君とアスカのお母さん達の、あからさまな推測・・・
私には 第18使徒(リリン) たる人の業の深さが、いつか読んだ小説に書かれていた、地獄の底まで届く様に感じられた・・・




To Be Continued...



-後書-


初頭だけ書いた後、ほぼ一月ぶりに書き上げたので、
恥ずかしい事ですが、最初と最後のあたりが少し不整合が有るかもしれません(滝汗
うーん、だんだん電脳SF小説の色が付いて来たかも♪(苦笑
明日はどっちだ〜〜〜〜っ・・・まあホラーにはならないと思います(苦笑

ご注意!:新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。


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