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絶望の淵の日常

第二話  追跡(ついせき)  by saiki 20030524



鈍い音と共に、小波のような振動がLCLを振るわせ、
弐号機の起動さえ思いどおりにならなくなった、アタシの体を伝う・・・
それが、あの優等生が自爆した時だったことを、
アタシが知ったのは、かなり経ってからの事だった・・・

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アタシは、赤いバッグ一つで優等生の作り出した廃墟を 彷徨う(さまよう) ・・・

「シンクロ率ゼロ、もうアタシはチルドレンでさえない・・・
きっともう、誰も私を見てくれない・・・ヒカリの家も 倒壊(とうかい) しちゃったし・・・」

いまの自分には、今晩泊まる家さえ無い・・・
でも、アイツが居るあそこへ帰る気にもなれなかった・・・

「第一、どんな顔してアイツと顔を合わせば良いのよ・・・」

イジイジして内罰的なアイツ、家事万能なアイツ・・・
アタシの居場所を奪ったアイツ、アタシを幾度となく助けてくれたアイツ・・・
平凡な中学生のアイツ、でもエヴァの事だけはアタシ以上に優秀なアイツ・・・

アタシが一番嫌いで、そして一番気になるアイツ・・・
そして、きっと自分でなく優等生を見ていただろうアイツ・・・

アタシは物思いにふけりながら、
何気なくところどころ瓦礫が転がる道の角を曲がり、そいつに気が付いた・・・
アタシの一番嫌いなアイツ・・・碇シンジ・・・
何時も、おどおどとした雰囲気をまとっていたアイツが・・・
いやに自信満々と歩いて居る様に、その時の自分には見えた・・・

「何よ・・・アタシが抜けて、
ライバルが居なくなったとたん、アイツに自信でも付いたというの?」

いまの自分の顔は、 醜く嫉妬(みにくくしっと) でゆがんでいる・・・
きっとアタシはその時、どうにかしてたにちがいない・・・
アタシはアイツに気づかれないように、アイツの後を意味も無く付け始めた・・・

やがてアイツは、 瓦礫(がれき) の端で (かろ) うじて意地で営業している様に見える銀行に消える・・・
アタシも、アイツに気が付かれない様に、別の入り口から銀行の中へと入リこむ・・・

「・・・なんであんなに簡単に、お金が引き出せるのよ?」

キャッシュコーナーとのガラスの仕切り越しに、
アイツがバッグに札束を押し込むのを見ながら憤慨して唸った・・・
こんなことならあの時、アイツにお金なんか借りなくたってどうにかなったのに・・・
アタシは、アイツがキャッシュコーナーを出るのを待って飛び込むと、アイツと同じ操作を試す・・・
たちまち自分のバッグも、僅かな時間でアイツと同じように札束で膨れた・・・

「・・・でも、何でアイツ現金を・・・」

アタシの理性は疑問に 翻弄(ほんろう) されるが、本能がアイツと同じようにしろと 囁く(ささやく) ・・・
アイツがIDカードを捨てた時にも、 流石に躊躇(さすがにちゅうちょ) したが少し迷った末に同じ行動を自分は取った・・・

これでアタシもアイツも、ネルフからの脱走兵か・・・自分の醒めた心が自分へ呟く・・・
でもそれで、少しだけ心が晴れたように思えたのはたしかだ・・・

「エヴァに乗れ無いアタシは、もうネルフに居ても仕方が無いものね・・・」

自分の目立つ赤く長い髪を、手近な紐でアップに 括り上げ(くくりあげ) ながら、
駅のホームの陰に隠れる自分の口から、自嘲の言葉が漏れる・・・
物陰からアイツを目で追いながら、駅の売店で求めた麦藁帽子の中へ髪をたくし込んだ・・・

やがてホームに進入して来た汽車の中へと、アイツが消え・・・
アタシはアイツと一つ違いの客車へ乗ると、連結越しに鋭い目でアイツを観察し始める・・・
アイツが椅子に座ってパンを食べ始めたのを見て、自分のお腹が情け無い音を立てた・・・

「・・・そう言えばここんところ、何も食べていないわね・・・」

アタシはアイツの口に消えるパンを睨みながら悔しそうに呟く、そしていままでと打って代わって、
空腹を訴え始めた胃に、ちょっと腹を立てて八つ当たり気味なセリフを吐いた・・・

「なにさ、今まで全然食欲無かったのに・・・なんでこんな時に限って、こんなにお腹が空くのよ・・」

アタシは次に停車駅でいちかばちが食料を仕入れようと、情けなくも固く心に誓った・・・

それからもアイツは、のらりくらりと列車を乗り継ぎ、バスに揺られ、
夜は公園で野宿をしたりしながら、ゆっくり北上していく・・・
アタシは時々見失いながらも、何かに引かれるようにアイツの後を追っていった・・・

何故かアイツは、船で海峡を渡り北海道へ渡る・・・
そして、長い逃避行の末に、アイツがたどり着いた場所は・・・
不思議と場末の雰囲気が漂う、少し寂れた町だった・・・

「何でアイツこんな、辺ぴなとこへくんのよ・・・」

アタシはアイツの背中が不動産屋の中へ消えるのを、電柱の影から見つめながら呟く・・・
幾日にも及ぶ追跡で自分の服は、埃まみれでよれよれだった、アイツが昨日、
珍しくビジネスホテルへ泊まったわけが、今頃になって納得できる・・・

「・・・アタシも薄汚れちゃったわね・・・でも、サバイバル訓練の時よりましか・・・」

アタシは、自分の空色のTシャツの裾を広げて精一杯の虚栄を吐く・・・
昨日までのアイツの姿は、自分と変わり無かったから・・・浮浪者と間違え兼ねられない・・・
アタシは自分のシャツの脇の匂いをかいで、ゲッと呻く・・・ああ、シャワーを浴びたい・・・

「・・・これも、あれも、みんなアイツのせいよ・・・」

アタシは危ない虚ろな目つきで、アイツの入って行ったガラス扉を睨む・・・
神経を昂らせて睡眠不足気味のアタシは、危なく少し白昼夢に陥りかける・・・

「どうも・・・ありがとうございました・・・」

アイツが礼を言いながら不動産屋から出てきた、それを、初老の人の良さそうな親父が見送る・・・
自分が思っていたより、ずいぶん簡単に部屋が借りられたようだ、
アイツが古めかしい鍵をポケットに入れ、歩道さえ無い道を歩きだす・・・

アタシは、少し広めに間を取ってアイツの後を付ける・・・
迷う事は無い、行き先は多分さっき下見したアパートだから・・・

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それから夜と無く昼と無く・・・アタシはシンジの奴を見張り続けた・・・
アタシは、じつを言うとあいつはスパイで、いつかの戦自のマナとかいった奴と、
コンタクトでも取るのかと、疑心暗鬼と悪夢と白昼夢に苛まれ浸りながら、
一週間をビスケットをかじり、公園の水をすすりながら、藪の下や木陰から目を光らせ続けた・・・

「もう、ずいぶん経つのに・・・あいつ動かないわね・・・」

アタシはアリと蚊に悩まされながら、植え込みの影でうつぶせのまま、
ごつい野戦仕様の双眼鏡を片手に、ぼろアパートのドアを睨み付ける・・・

今までにあの部屋に出入りしたのは、宅配業者や家具屋ばかりだ。
まあ宅配業者や家具屋がじつを言うとスパイだった・・・と言う事もありえるけど・・・
アイツ自身は、ごくごくたまに近所の商店街へ食材を仕入れに行くぐらいしか、部屋を出ようとしない・・・

アイツを巡る事態は長期戦の模様を示しだしたようだ、アタシはそろそろ枝毛が気になりだした、
自慢の朱金の髪を泥に汚れた指でかきむしると、薄汚れたアイツの部屋のドアを睨んで忌々しげに呻く・・・

「何時までも、公園で野宿するわけには行かないわね・・・」

アタシは思い切って、シンジと同じぼろアパートの部屋に入る事を決意した。
新しい服を調達後、ラブホテルで一人でシャワーを浴びてさっぱりしてから、不動産屋の事務所を訪ねる・・・
もちろん、自称とは言え天才美少女であるアタシは、途中で文房具屋に寄り印鑑を入手することも忘れない。

なんだ、好都合にもシンジの隣の角部屋が空いてるじゃない・・・
アタシはクリーム色のワンピースの裾を翻して、不動産屋のガラス戸を押し開けた・・・

(じょう) ちゃん、あそこはアンタみたいな人の住むとこじゃない、
他のとこを紹介してあげるから、違う物件にした方が () いぞ。」

シンジの隣の部屋に入りたいと切り出すと、事務所の主らしい、
初老の人の良さそうな親父が、アタシを爪先から頭の上まで、
まるで値踏みするように、ジロジロ見つめながら、
錆付いたような渋い声で、アタシに再考を促す・・・
まあ、あそこがぼろアパートなのは良くわかってるわよ・・・

「あはは、アタシは苦学生でね、
ドイツの大学院から交換留学したんだけど・・・分かるでしょ?」

まあ、いやらしい目つきじゃなかったから、
愛想笑いを浮かべたまま、見つめ返すだけにしてやったけど、
もし、嫌らしい目で見たら蹴りの一つも入れたいところだ・・・

「それにしても若く見えるな、ほんとにアンタ大学院生かね?」
「あ、アタシ、クオーターだからあんまり背が伸びないのよ・・・
それに、こう見えても優秀だから、学年をスキップしてるの」

初老の男は、アタシの曖昧な言い訳に、
全然納得した様子ではなかったけど、溜息一つついて、
もう一度良いんだねと確認してから、しぶしぶ書類を取り出した・・・

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アタシは、隣の部屋との敷居の壁へとコップの口を当てて、朱金の髪を掻き上げながら聞き耳を立てる・・・
隣からは相変わらずゴトンとも音がしない・・・アイツ何してんだろう・・・
まさか・・・こっちを向いて体育座りのまま、この壁を睨んでるんじゃあ・・・
アタシは自分の妄想に、云われの無い寒気を感じて思わず肩を抱いて体を振るわせる・・・

「・・・ほ、ホラームービーじゃあるまいし・・・そんな事あるわけ無いわよ・・・」

でも・・・アイツ、一体何をしてるんだろう・・・
アタシはクッキーを一欠片かじると、それをミネラルウオーターで流し込む・・・
そして、そのクッキーが少し喉に詰まって、慌てて咳き込みながら更に水をあおる・・・
ホッと一息ついてから、自分の喉を押さえる手を見つめて、アタシはある可能性に気が付いた・・・

「まさか・・・アイツ、首をつってるとか、手首切ってるとかじゃ無いでしょうね・・・」

アタシの色白で整った顔から、音を立てて血の気が引く・・・
アイツに、アタシは何時も内罰的な奴と言って 嘲って(あざけって) いたのを、今頃になって思い出す・・・
自分の脳裏に、自室で首を 括って(くくって) 揺れていたママの事が思いだされ・・・
アタシは真っ青になる、でも、慌てて玄関へと駆け出そうとした自分の耳に、
アイツの部屋のトイレのドアが締まり、水の流れる音が薄い壁越しに響いた・・・

「・・・たく・・・心配させるんじゃ無いわよ・・・」

アタシは安堵の溜息を吐き、土間に座りこんだ・・・
そして、アタシは無意識に吐いた自分の言葉に困惑する・・・

「何でアタシ、こんなに焦ってるの?・・・
あんな奴、どうなろうと良いじゃない・・・なに、心配する必要があるのよ・・・」

アタシは、まだドキドキしている自分の胸をごまかそうと、クッキーをつまもうとする・・・
でも、その指は抵抗無く紙箱の底に当たる、アタシは箱を振り中を覗き込んだ・・・

「あれで最後ってわけね・・・まあ、しょうがないか、クッキーやビスケットにも飽きたし・・・
インスタントで良いから何か食べたい所ね・・・外食も捨てがたいか・・・」

久々に髪にブラシをかけると、床一面に転がるビスケットと、
ミネラルウオーターのボトルを蹴り除けて、あの新調した服を拾い上げる。
ちょっと皺が寄ってるけど、これぐらいは許容範囲ねと自己欺瞞で自分を欺き、
クリーム色のワンピースに袖を通す、久々の外出にアタシはちょっと心躍らせた・・・

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『第3新東京市に何か起こったようです・・・詳しい情報は・・・
少しお待ちください・・・ただいま入った情報によりますと・・・
当社の取材ヘリが、問題の第3新東京市上空に入ったようです・・・』

電気屋の店頭にずらりと並んだ液晶テレビが、一斉に同じ画像を映し出す。
アタシはその画像に目を奪われた・・・空を黒煙が覆っていた・・・
一面に走る地割れ、何処か見覚えのある兵装ビルが幾つか目に入る・・・
それが 倒壊(とうかい) し、落ち込んで行った後の四角い穴から激しい炎が 噴出した(ふきだした) ・・・

「・・・なに、なにが起きてるの・・・」

アタシは呆気に取られて、思わず呟く・・・
さっき買ったばかりの、インスタント食品の入った袋を、
無意識に握り締め、乾燥麺が割れる音が微かに耳に響く・・・

「・・・アスカ?・・・」

茫然自失状態のアタシは、その小さな呟きに我に帰った・・・
少し離れた人ゴミの向こうにアイツの、神経質そうな黒い目がこちらを見ている・・・

「やばっ!!・・・」

アタシは、電気屋の店頭に並んだ液晶テレビに気を取られていて、
アイツが自分を見つめているのに、気が付くのに少し遅れた・・・
とっさにしゃがみこんで、適当な人の横を手で腹部を押さえ、
お腹の痛いふりをしながら、ゆっくりとその場所を離れる・・・

「なんで・・・こんな時に限ってアイツが居るのよ・・・」

タイミングを計って、通りの角を曲がると、
ぴたりと壁に体を押し付けて、角越しにアイツが追って来ていないかどうか確かめる・・・
アイツは・・・いた、まだ電気屋のショーウインドウの前に立ったままだ・・・

「アイツ・・・日ごろからぼけぼけっとしてたと思ってたけど・・・
いまはそれに感謝ね・・・めでたいアイツの事だから、
ひょっとして、アタシの幻覚でも見たと思ってるんじゃ無いかしら・・・」

アタシはホッとして、冷汗に濡れた手を服の裾で拭う・・・

「まあ良いわ、どうせアイツはあのアパートに帰ってくるんだし・・・」

アタシは、アイツを置いたまま踵を返して先にアパートへ帰ろうとした、
その自分の目の端で、アイツが地面に崩れ落ちる様に横たわる・・・
最初はなにが起きているのか、全く見当が付かなかった・・・

アイツは、泥に汚れた薄汚いアスファルトに横たわったまま動かない・・・
5分・・・10分・・・最初は無視して傍を通り過ぎていた通行人が、
だんだん人垣を作って、そのうち何人かはどうしたのかとしゃがみこむ。

「まさか、芝居で倒れてるって事も無いわよね・・・」

怯む心を 叱咤(しった) しながら、アタシは足早にアイツに駆け寄る・・・
アタシの心が不安に揺れる、軍事教練で叩きこまれた疾病の症状のリストが、
頭の中で高速にスクロールして、アイツの該当症状と照らし合わせる・・・

跳ぶように駆けていた自分の足が、だんだんとその勢いを無くして・・・
恐る恐る近づいたアタシは、しゃがんで横たわったままのアイツを覗き込み、
ためらいながら、ずいぶん久しぶりに、あいつの名前を口にした・・・

「シンジ・・・どうしたのよ・・・」

自分の姿が、どこと無く 憔悴(しょうすい) して痩せ細ったアイツの黒い瞳に写りこむ・・・
その時、アタシは自分がアイツの心に写っていないのを知った・・・




To Be Continued...



-後書-


やっとアスカの視点が第一話の終わりのシンジの場面に追いつきました(汗

ああ、なんか吸血昆虫の襲来が・・・年中になってきたような気が・・・
明日は切れたベーぷを買いに行かねば・・・60日用にしよう(涙


ご注意!:新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。


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