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絶望の淵の日常

第四話  澱み(よどみ)   by saiki 20030615



あの第三新東京市の 壊滅から、8日が経った・・・
でも、シンジの奴は相変わらずアタシを見てくれない・・・
日がな一日、ぼさっと壁を見つめたままだ・・・

アタシは苦労して着替えさせた、アイツの紺のTシャツと短パンが
だらしなく埃をまとい、着崩れてきているのを見て溜息を吐いた・・・

あそこから、苦労して家まで連れ帰ってやったと言うのに・・・
アタシは、こいつがこんなに 脆い奴(もろいやつ) だとは思わなかった・・・

・・・違う・・・
コイツは、ただエヴァと 相性(あいしょう) が良いと言うだけの、普通の奴なんだ・・・
エヴァの付属品みたいな優等生や、軍属モドキのアタシとは違う・・・

「・・・そう考えれば・・・アンタには、同情の余地があるかもしれないね・・・
・・・それに比べてアタシは・・・大きな事を言って息巻いてたけど、これじゃあね・・・」

自分の行動を 遡って(さかのぼって) 評価できるほど、余裕が出来たアタシには・・・
思わず穴を掘って埋めてしまいたいほど、周りに対する自分の行動が酷かったのが分かる・・・

「思い起こして見れば・・・
加持さんがアタシを子供だって言ってたのが、何故だか良くわかるわ・・・」

いけない、また 溜息(ためいき) をつくところだった・・・何だかアタシは、最近溜息が多くなった・・・
あの日からシンジの奴は、自分でトイレに行くようだけど、
自発的に何も食べたり飲んだりしようとしない・・・

4日ほど、意地になって 傍観(ぼうかん) を気めこんだアタシだが・・・
多少短気なアタシは4日目の夜、ついに切れてアイツを蹴飛ばしてしまった・・・
体操座りのアイツは、面白いように自分の蹴りを受けて転がっていく・・・

そして、そのまま、 睨み付ける(にらみつける) アタシの前で転がった姿で・・・
一時間を過ぎても少しも身動きせず、アタシを慌てさせる・・・
青くなったアタシは、シンジの奴がちゃんと息をしてるのを確かめると・・・
思わずアイツを抱締めて、不覚にも泣き出してしまったっけ・・・

思わず思い出して、アタシは羞恥に頬が熱くなる・・・
何故自分はあんな行動を取ったのか、いまもって自分でも分からない・・・

でも、まるでシンジの奴、自分が餓死するのを望んでいる様だ・・・
逃亡者のアタシ達には、普通に医者に掛かるすべは無い・・・
アタシは、これからの前途を考え、諦めにも似た思いで天井を見上げた・・・

「シンジ・・・早く元気になりなさいよ・・・
また、アタシに美味しいご飯をつくってちょうだいよ・・・」

張り詰めていた心が 緩み(ゆるみ) 、最近涙もろくなってきたのか・・・
アタシは目じりを手の甲で拭い、人形のように身動きしないアイツを見て溜息をつく・・・
そして、インスタントのパックをコンビニの袋から取り出すと、
封を切ってお湯を注ぎ、タイマーをセットする・・・

「アタシ、文句が多かったけど・・・
それでも、アンタの作るご飯を気にいってたんだから・・・」

アタシは食べ物をこぼした時、シンジの服が少しでも汚れないように、
アイツの首の周りにタオルを巻くと、洗濯バサミで固定する・・・
軽いベルの音で、タイマーがインスタントのオジヤのパックが出来上がった事を知らせた・・・

アタシは蓋を開けて、それにスプーンを突っ込んで少し味を見る・・・
不味くは無い・・・でも、シンジの作ってくれたそれと比べて。なんて味気ないんだろう・・・
全ては、失って見て始めて、その 有り難味(ありがたみ) が分かると誰かが言っていたが・・・

「お待たせ・・・シンジ、アンタが作る物ほど美味く無くて悪いんだけどね・・・」

アタシはアイツの (あご) を押さえて口を開けさせると、スプーンに乗せたオジヤを口に押し込む・・・
シンジはそれを条件反射的に、 咀嚼(そしゃく) もせず飲み込んだ・・・

短期的には、きっとスープの方が良いのだろうが、
使わなくなった器官がたちまち 萎縮(いしゅく) してしまうのを、自分は知識として知ってる・・・
だから、少しでも固形物を取らせないと・・・
シンジの体は、あっけなくバランスを崩してしまうだろう・・・

「・・・どおシンジ?・・・お代わりはまだいる?」

アタシは・・・シンジの、光の無い目を見つめながら呟いた・・・
あはは・・・コイツが答えるわけ無いのに、自分はまた、話しかけてる・・・

きっとアタシの心も、だんだん変調をきたして来ているのかも知れない・・・
自分も、コイツの隣で同じように、じっと壁を見続ける日が来るのだろうか・・・
そして、いつかドアを開ける不幸な奴が、とうに息絶えミイラと化したアタシ達を見つける・・・
真っ暗な未来予測を、アタシは心の中から身震いをして追い払った・・・

「・・・しっかりなさい!アスカ・・・アンタは自称天才美少女なんでしょ!」

アタシは硬く目を 瞑って(つむって) 、こんなときに唱える呪文を口にする・・・

「アタシは大丈夫・・・アタシは大丈夫・・・アタシは・・・アタシは・・・」

最後のスプーン一杯のオジヤを,アイツに食べさせたアタシは、
セントジョンズワートのカプセルを一錠、シンジへ含ませ湯冷ましで喉へと流し込む・・・
ネットで調べて購入した、サプリメント扱いのハーブだけど、
軽い抗精神効果があるらしい、アタシは2日前から気休めにコイツへ飲ませ続けている・・・

アタシはシンジの首の周りのタオルを解くと、
それであいつの口を拭ってから、軽くシンクでゆすいで洗濯機へと放り込む。

その時、ドアを、弱々しい拳が叩く音が響いた・・・
こんなボロアパートでも、訪問販売人と宗教の斡旋人は容赦なくやってくる・・・

でも、宗教の斡旋は日本独特の物のようだ、ヨーロッパで仏教徒やイスラム教徒が、
キリスト教徒の家を訪問し改教を迫るなんて事は、ついぞ聞いた事が無い・・・
しかも、つい最近まで使徒を 屠って(ほうむって) いたアタシへ、神様が微笑んでくれるとでも・・・

アタシはまたかと額を押さえながら、ドアの向こうに向かって大声で 誰何(すいか) する・・・

「だれっ!・・・神様と、押し売りなら間に合ってるわよ!」
「・・・弐号機パイロット・・・碇君はそこにいるの?・・・」

弱々しく 抑揚(よくよう) の無い、アイツ・・・ 優等生(ゆうとうせい) の声が、薄いドア越しに自分の耳へ響く・・・
アタシは顔を真っ青に染め、ついに来るときが来たかと身構えた・・・
きっと優等生の後ろには、黒服か軍服の人間でも控えているに違いない・・・

ここまでアタシ達を追ってきたのだ、とぼけて見ても始まらないだろう、
アタシはドアが蹴破られる前に、なるようになれと鍵を開けた・・・

「・・・碇君に合わせて・・・」
「ファースト!・・・アンタ・・・」

アタシは、ドアを開けて思わず絶句した・・・
アタシが、ボロアパートの玄関先に見出した物は・・・
黒服でも軍服でも無い、火傷の跡も痛々しい、浮浪者のような優等生の姿だった・・・




To Be Continued...



-後書-


セントジョンズワート=サプリメント扱いのハーブです、軽い抗精神効果があるということで
 わりとあちこちから出てますので、コンビにでも入手できます。

この後も派手なアクション抜きに、
ほろ苦い崖っぷちの日常のまま話が進むんじゃやないかと(苦笑

ご注意!:新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。


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