Novel Top Page

絶望の淵の日常

第五話  奈落(ならく)   by saiki 20030618



弐号機パイロットは、私へシャワーを薦めると、
サンダル履きで、急いで出かけて行ってしまった・・・

私は、ほぼ一週間ぶりのシャワーを浴びる・・・
小ぶりの形の良い白い乳房から、汚れを 穢れ(けがれ) 無き水の流れが押し流して行く・・・
日焼けや、火傷で傷ついたアルビノの肌へ生温い水流が心地よい・・・

「・・・火傷の治りが遅い・・・新陳代謝が落ちて来てる?・・・」

半ば作り物の自分の体は・・・ 本体(リリス) から量子空間越しに、
S2器官のエネルギーを受けられなくなって、弱ってきているのだろうか?

しばし、水しぶきを浴びながら惚けいていた私は、シャワーのコックを締めると、
水滴と湯気だけをまとったままの姿で、狭いバスルームから上がる・・・
今のワンルームの中には、私と物言わぬ碇君だけ・・・

その時二人目の私の記憶が、鮮明なデジャブとなって私を襲った・・・
裸の自分の上に覆いかぶさる碇君の体の重さ、
その熱い手の平を胸の上に感じ私は、思わずごくりと喉を鳴らす・・・
おそらく、溶け崩れて逝った筈の、眼鏡の感触さえも右の手に感じながら私は呟く・・・

「・・・碇君・・・」

両の手の平から、流れ去る砂のように消えていくビジョンと共に、
自分の、血のように赤い光を宿す両の (ひとみ) から、涙が溢れて行く・・・

私は、両の膝を抱きしめるようにして座る碇君の前に 跪く(ひざまずく) と、
左手を床に突いて、少し震える右手の指で彼の頬をなぞる・・・

「・・・碇君?・・・」

何故、自分は、こんなにも始めて逢った彼に拘るのだろう・・・
二人目は、どんな想いで彼を見ていたのか・・・
私には、ベールの向こうにちらつく幻影のようで、その思いを汲み取る事が出来ない・・・

でも私は、その名前を呼ぶたびに、胸を暖かく満たしてくれていた彼の名が、
いまでは、呼ぶ度に、自分の胸を切なく締め付けるように痛くする事に気が付いていた・・・
何故、私を慈しむ様に見てくれないの・・・何故、その暖かい声を聞かせてくれないの・・・

「・・・い・か・り・く・・・」

喉から絞り出すような声が、私の口から漏れる・・・
自分の物では無い、二人目の理不尽な想いが三人目の私をかき乱す・・・
私の頬を伝う塩分を含んだ水滴が、彼のズボンに染みを作った・・・

    ・
    ・
    ・

私の目線が、碇君の方へ彷徨う・・・
それに釣られる様に、弐号機パイロットも、
身動きしない彼の方へ、その青い目を向けた・・・

「シンジ・・・第三が壊滅した日にああなって、それからあのままなのよ・・・」

彼女は、私の腕に買って来たばかりの、真新しい包帯を巻く手を休めて、
真赤なTシャツの、襟に掛かる朱金の髪を掻き上げながら辛そうに呟く・・・

「私の見立てだと、たぶん心的外傷後ストレス障害だと思うわ・・・
通称、帰還兵士症候群・・・分かりやすく言うと、PTSDの一種よ・・・
アイツ、第三使徒戦の前まで普通の学生だったんでしょ?・・・」
「・・・碇君は、ネルフに・・・司令に追詰められて・・・
無理やり、初号機に乗せられたと聞いているわ・・・」

私の答えに、弐号機パイロットは天井を仰いで大きく溜息を付く・・・
そして再び、私の赤黒く変色した傷口に、消炎ペーストを塗り付けて包帯を巻いて行った・・・

「アンタの方も・・・この傷じゃ大変だった見たいね・・・
これ・・・跡が残らなければ () いのだけど・・・」

彼女は、二人目の記憶の人物と同一とは思えないぐらい、
優しい手つきと眼差しで、私の手当てをてきぱきと進める・・・

そして、弐号機パイロットは傷の手当てだけでなく、
私へ、自分の下着と白いTシャツを貸してくれた・・・
更に、いま食事さえ提供してくれようとしている・・・

「毒は入っていないわよ・・・」
「・・・ありがとう・・・」

インスタントのスープの入ったマグカップを、
弐号機パイロットは、私に差し出しながら、軽口を叩き薄く笑みを漏らす・・・
この人は、私を 蛇蝎(だかつ) のごとく嫌っていたはず・・・
では、何故、私へ親切にしてくれるの?・・・

「まあ一息ついたところで、改めて・・・
ファースト、久しぶりね・・・最後に合ってから・・・
第三で何が合ったか・・・アタシへ教えてくれると助かるんだけど・・・」
「・・・違う、私が貴方と合ったのは、今日が始めて・・・」

私はコーンの入ったスープを 啜り(すすり) ながら、彼女へ答えた・・・
からかわれたとでも思ったのか・・・途端に、彼女の表情が険しさを増す・・・

「どういう事よ・・・優等生・・・」
「・・・貴方が知ってる二人目の私は・・・ 第十六使徒(アルミサエル) 戦の時、零号機と一緒に死んだの・・・
私は三人目・・・そして 本体(リリス) と、スペアが居ない今となっては最後の綾波レイでもあるわ・・・」

私の率直な答えに、弐号機パイロットが、その朱金の髪を抱えてうずくまる・・・
そして、そのまま大きく溜息を突くと、唸るような声で再び私へ質問を搾り出した・・・

「い・・・いまいちアタシと、
話がかみ合っていないような、気がするわね・・・
悪いけど、質問を変えさせて貰うわよ・・・アンタ・・・何故ここが分かったの?」
「・・・私は・・・私はきっと碇君に引かれたのだと思う・・・」

本体(リリス) とスペアの無いいま、微かに感じられる、途切れそうなほど僅かな暖かい流れ・・・
おそらく量子空間を介して繋がる、自分に残された世界でたった一つの絆・・・

「・・・彼が私に残された・・・最後の絆だから・・・」

根拠は無いが・・・暖かい流れ、私はその先にいるのが、碇君だと確信している・・・
私の言葉に弐号機パイロットが、今度は機嫌悪そうに眉をしかめる・・・

「アンタ、シンジの何なの?
アタシの来る前に、コイツとどういう関係だったの?」
「私は多分、碇君に残された最後の近しい者・・・
私の 遺伝子配列(DNA) のかなりの部分は・・・
彼のお母さんから与えられたと、聞いているわ・・・」

私の抑揚の無い答えに、彼女は目に見えてホッとした様子を見せる・・・
その変化が、私には珍しく、微かな苛立ちを喚起した・・・

「アンタ・・・そんな事を気にしてたの?
いまどき、それぐらいで驚かないわよ・・・
私だって、ママが人工授精で生んだって・・・」
「・・・そう・・・別の意味で・・・
貴方は、私と同じ存在なのかも知れ無い・・・
でも、私は 使徒(リリス) と碇君のお母さんとのハイブリット・・・
貴方から見れば・・・私はネルフの生み出した、忌まわしい フランケンシュタイン(キメラ) に過ぎないわ・・・」

私の口から呪詛にも似た、自らの忌まわしい生い立ちが暴露される・・・
なぜ、彼女に話す気になったのか自分にも分からない・・・
しかし、放たれた言葉はもう取り返せはしない・・・私は、弐号機パイロットを静かに見つめた・・・

彼女の瞳に複雑な感情が渦巻き、その指が畳みの上で何かを掻き毟る様にざわめく・・・
長い沈黙の末、弐号機パイロットは私へ、その口を開いた・・・

「アンタ・・・サードインパクトを起こせるの?」
「・・・無理だと思うわ・・・」

私は、ちょっと驚いた表情で答えた・・・
それを聞いた彼女の表情が、目に見えて穏やかになる・・・
そして、少しニヤケた顔で再び口を開く・・・

「じゃあ、血を吸うとか、満月の夜に狼に変身するとか、
夜中に融合を求めて、首だけになって蜘蛛歩きで襲ってくるとかも無いのね・・・」
「・・・アナタ・・・私を何だと思っているの?・・・」

あまりな質問に、私は少し頬を膨らませて冷たい抗議の声を上げる・・・
弐号機パイロットは、そんな私のそぶりに、満足そうに笑った・・・

「じゃあ、アンタがなんだろうと私には、問題無いわ・・・」
「・・・そう・・・そうなのね・・・」

すました顔の弐号機パイロットに、無害宣言をされた私は・・・
少しほっとすると共に、からかわれた事に気が付いて、むっとした・・・

「で、自称使徒モドキのアンタは、いま何が出来るの?」
「・・・ 本体(リリス) が健在な時はATフィールドが使えた・・・
でも、いまはなにも出来ないわ・・・S器官が無いもの・・・」

私の自信のなさそうな答えに、弐号機パイロットは
なるほど、立派な役立たずだわねと、すまし顔で頷く・・・
私は、何故か凄く悔しい思いが込上げて来るのを感じ、途方にくれた・・・

「ファースト・・・
同じ、役立たず同志仲良くしましょう・・・」

弐号機パイロットは、私へ右手を差し出す・・・
私は、心にしこりを残しながらも、しぶしぶそれを握り返した・・・
そして、再びまじめな表情になった彼女が、その口を開く・・・

「改めて質問するわ、第三で何が合ったの?」
「・・・あの日・・・」

弐号機パイロットは短く口を挟みつつ、赤くなったり青くなったり、
目まぐるしく顔色をカラフルに変え、間に、食事を挟んで、私の長い話を聞き続ける・・・
理解出来たかは疑問を残しながらも・・・やがて、長い長い私の話が終わった・・・

「アンタ・・・良くそこまで知ってて・・・
あいつらに協力してたわね・・・まってよ・・・
これって、ネルフでもかなりのトップシークレットじゃ無いの?」
「・・・そう・・・貴方の言う通り・・・
確かに、二人目には司令が口止めしていたわ・・・」

弐号機パイロットは青い顔で、私へ同意を求める・・・
私は、さも当たり前のように。それに頷いた・・・

「それって・・・守秘義務違反なんじゃないの?」
「でも・・・三人目の私には、口止めしなかったわ・・・」

弐号機パイロットは、私の答えに、
青い顔のまま、頭を抱え込んで唸り声を上げた・・・




To Be Continued...



-後書-


心的外傷後スレス障害 = 帰還兵士症候群、ベトナム帰還兵に多発したようです
最近は他の別原因の症状を含めて、PTSDと呼ばれるようになりました。(と思います)
首だけになって蜘蛛歩きで襲ってくる = カーペンター監督の”遊星からの物体X”のモンスター

何故か”きっと沢山の”24よりこちらの方が早く上がりました、なぜでしょう?

ご注意!:新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。


Novel Top Page

Back Next