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絶望の淵の日常

第六話  同胞(はらから)   by saiki 20030622



アタシは、優等生の話を明け方まで聞いて確信した・・・
コイツはアタシと同じだ・・いや、アタシ以上に酷い目に合っている・・・
しかも、それに本人が、全然気が付いていないのが、なんとも恐ろしい・・・

「ファースト・・・アンタって・・・」
「・・・なに?・・・」

アタシの声に、アイツはシンジの頭をいとおしげに撫ぜる手を休めて、顔を上げた・・・

コイツの今までの環境は、まるで、似非宗教団体にマインドコントロールされて、
最悪の環境を、捻じ曲げられ螺旋階段のようなその価値観で、最高と勘違いしてるに等しい・・・
コイツが司令に 贔屓(ひいき) にされてたなんて、アタシの誤解もはなはだしかった・・・

「いや・・・良いわ、何でも無い・・・」
「・・・そう・・・」

再び、アイツの手はシンジの頭へと戻る・・・

優等生の境遇に思いをはせて、アタシは思わず身震いしてしまった、
ネルフってとんでも無い所だったんだ、そんなとこで、よくもまあ、
アタシは何年もエヴァのパイロットとして、無事に過ごせてものだ・・・

そこで、アタシは、はたと思いついた・・・なんで、アタシが無事だって言い切れるの?
コイツだって、目の前の事は分かってても、
それがどんなにか、酷い事だったか全く気が付いていないと言うのに・・・

いまのアタシは、果たして正常なのだろうか・・・
アタシは、その時自分の手が、酷く震えているのに気が付いた・・・
シンジもコイツも、どこかおかしい・・・ならば、アタシはどうなのか・・・

寒い・・・地獄の深淵を覗きこんだように、アタシの心は冷え切っていく・・・
震えるアタシの、目の前の世界が、暗く澱み・・・
その色をセピアからグレーに、そして、最期に残った光さえ消え失せた・・・

ま、ママ・・・どこなのママ・・・ここは暗くて寒いの・・・
ママ・・・どこ・・・アタシを置いて行かないで・・・ママ!・・・
アタシの心はどんどん心の深淵へと沈み込み、自意識が幼い頃へと逆行して行く・・・
そして思考形態が制限され、アタシの狭まった心は、出口の無い迷路へと嵌り込む・・・

赤い世界に灰色なアタシ、そして首を縄で吊るし、風も無いのに揺れるママと人形の姿・・・
そんな狂った世界がアタシの原風景・・・自分はそこで床に崩れ落ち、壊れた人形のようにうずくまる・・・

そんなアタシを、柔らかく暖かい気配が包みこんだ・・・
アタシは、心の赤黒い闇の中で最後の力を振り絞って、それにしがみつく・・・
そして、その唯一の感覚を頼りに、それこそ死に物狂いで彼岸から現世へとよじ登って行った・・・

「あ・・・ファースト・・・」

正気に戻ったアタシの眼前を、白いTシャツの胸が塞ぐ・・・
アタシは、優等生に抱き絞められていた自分を発見して、とてつもなく狼狽した・・・

「・・・だいじょうぶ?・・・あなたが、消えそうだったから・・・」

優等生が、アタシが向こう岸から戻って来たのに気が付いて、抱き絞めていた腕を離す・・・
そして、何時ものように抑揚の乏しい声で、何故か心配そうに聞こえる問いかけを口ずさむ・・・

「大丈夫よ!このアタシがどうなるって言うの・・・気のまわし過ぎよ・・・」
「・・・そう・・・そうなら良いわ・・・」

アタシのから元気に、優等生があっさりと体を引いた・・・
あ、危なかった・・・
まさかと思うけど、このアタシもシンジみたいになりかかったんじゃ・・・
アタシは、この時、自分がネルフに何かされた事を確信した・・・

「で・・・でも、また、同じようになったら・・・
アタシは、アンタが抱き絞めてくれると嬉しいな・・・」
「・・・わかったわ・・・」

アタシの、縋り付く様な言葉に、優等生が、思いのほか暖かい笑みを漏らす・・・
なんだ、あんたちゃんと綺麗に笑えるんじゃないの・・・
アタシは、コイツにもシンジに許したように、自分の名前を呼ばせる決心をした・・・

「レイ・・・これからはそう呼ばせて貰うわよ・・・
アンタも、アタシをアスカって呼びなさい・・・ () いわね・・・」
「・・・ () いの?・・・弐号機パイロット・・・」

アタシは、レイの答えに、
細い眉毛を危険な角度に持ち上げ、単語を噛んで含めるように発音する。

「あ・す・か・・・ () いっ!」
「・・・ア・ス・カ・?・・・」

レイの奴が、少しだけ首をかしげて、アタシの口調を真似て発音する・・・
その姿を見て、アタシは意外にも、ちょっと可愛いと思ってしまったのはとんでもない不覚だ・・・

「ところで、アンタ何処か行くあてがあるの?」
「・・・いいえ・・・」

レイが、とても心細そうな目で、アタシから目をそらすと、小さな声で呟いた・・・

「じゃあ、アタシが許す・・・ここに居なさい、レイ」
「・・・ () いの・・・いても?・・・」

アタシはニヤリと笑って、無意味に胸を張ると高らかに肯定した。

家主(アタシ) が・・・と、ここはシンジの家か・・・
隣がアタシの家だから・・・そっちはOKよ・・・」

レイが、僅かに残念そうな流し目をシンジへ向ける・・・
ああ、なんだ、良く見ればコイツにも微かだが、ちゃんとした表情が有るじゃやない・・・
アタシは、レイの赤い瞳を覗きこみ、内緒話をするようにその耳元へと呟きかける・・・

「この家へは・・・シンジが治ったら、直接許可を貰うのね・・・」
「・・・そうする・・・」

なんてコイツ、嬉しそうに微笑むんだろう・・・
アタシは、 使徒モドキ(リリス) を自称するレイに、
とても人間らしいとこを見つけて、少しホッとした・・・
その為だろうか、アタシのお腹が、可愛い音を立ててその境遇を主張する・・・

「レイ、アンタ料理できる?」
「・・・必要・・・無かったもの・・・」

歯に衣着せぬ問いかけに、レイの奴はその赤い瞳をそっと、アタシからそらす・・・
アタシは、眉をひそめてちょっと唸った・・・こいつ、こんなに可愛かったっけ?

「えっ・・・じゃあ、いままで食事はどうしていたのよ?」
「・・・これを食べるようにと、赤木博士が・・・」

レイの奴が、ぼろぼろになった制服のポケットから、アタシの前に取り出したのは・・・
ビタミンとミネラルの錠剤らしいタブレットと、ステック状のカロリーバーだった・・・
アタシは、それを見て絶句した・・・これは、人の食べるもんじゃない・・・

アタシは、大きく溜息を突くと、コンビニの袋から乾麺の袋を三つ取り出し、
鍋に水を満たしてそれをコンロの火にかける・・・そして天井を仰いで、また溜息を漏らした・・・

「女の子が二人もいて、どちらも料理が出来ないなんて・・・
お天道様に合わせる顔が無いわね・・・シンジの偉大さが、今になって分かるようだわ・・・」

レイの奴は、床に座りこんだまま、アタシの言う事にじっと耳を傾ける・・・
アタシは、煮立った鍋の蓋を開け乾麺を放り込むと、
コンロの火を弱めてから、レイを振り返って声を掛けた・・・

「しかたない、これをシンジに食べさせたら、本を買いに行ってアタシと練習するのよ!
そして、二人で一緒にシンジに料理を作るの・・・分かったわねレイ!」

レイの奴は、それを聞いてとても嬉しいそうにアタシへ微笑んだ・・・




To Be Continued...



-後書-


マインドコントロール = 精神に重圧をかけて(不眠等)視野を狭めて行き
  不自然な黒を白とも言い含めてしまう技術(だと思っています、汗)
煮立った鍋の蓋を開け乾麺を放り込む = 少量の塩コショウをして、水から煮込んでも大変美味しいです(苦笑

この後、レイ&アスカのキッチン講習・・・になら無いあたりが私の書く物なんですが(苦笑

ご注意!:新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。


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