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絶望の淵の日常

第七話  刹那(せつな)   by saiki 20030712



窓に引かれたカーテンの隙間から見える、外の空は雲って星が見えない・・・
いま、私がここに着いて、最初の夜が訪れようとしている・・・

私とアスカの二人は、 戦場(キッチン) 後片付け(はいせんしょり) をやっと終わって麦茶で一息ついたところだ・・・
結論から言うと、二人で作った料理は大失敗だった・・・アレは人の食べる物では無い・・・

「ちゃんと、本の通りに作ったはずなのに・・・何でああなるのよ・・・」
「・・・わからないわ・・・」

アスカは、お昼に続いて二食目のラーメンを啜りながら、頭を傾げている・・・
私にも分からない・・・でも、焦げ付いた鍋や、消炭のこびり付くフライパンは、
私達の料理技術に、致命的に問題がある事を暗にほのめかしているように思えた・・・

「・・・でも、アレを碇君に食べさせるわけにはいかないわ・・・」
「それについては、アタシも大いに同意するけど・・・
何時までも、インスタントやレトルトばかり食べさせてると、
確実に寿命を縮めるわよ・・・まあ、外食なんかも同じなんだけどさ・・・」

アスカがそこで話すのを止めて、碇君の口へと、ゆっくりと蓮華で人肌まで冷えたラーメンを流し込む・・・
私は、その動作をじっとルビーの輝きを放つ瞳で、見つめ続ける・・・
人形のように、彼女のなすままになっている碇君の喉が、条件反射的に動きそれを飲み下す・・・
アスカは私がじっと見ているのに気が付くと、私の方を向いて口を開いた・・・

「アンタもやって見る?」
「・・・ええ・・・」

私は彼女から蓮華を受け取ると、彼女の視線の下、ゆっくりと見よう見まねで同じ動作を繰り返した・・・
人形のように私の呼びかけに無反応だった碇君の喉が、再び流し込まれたそれを飲み下す・・・
その条件反射に過ぎない動作が、私には無性に彼が生きている事を主張している様で、嬉しかった・・・

「ど、どうしたの・・・レイ」
「・・・なに?アスカ・・・」

アスカが突然、驚いたように声を上げる・・・

「アンタ・・・泣いてるわよ・・・」

アスカの言葉に、私は自分の頬へ指を当てた・・・
指先を、生暖かい雫が僅かに濡らす・・・私、泣いてるの?・・・

「・・・そう・・・たぶん・・・
私は、碇君が生きてるのを感じられて、嬉しいからだと思う・・・」

私は、薄っすらと顔に笑みを浮かべ、彼女に答える・・・
アスカは、そんな私に頷くと、先に立って食器を片付け始めた・・・

   ・
   ・
   ・

隣の部屋から、アスカの敷布団とタオルケットを二人で運ぶ・・・
今夜から、私も碇君達と一緒にここで寝る事になったのだ・・・
座卓を畳んで壁に立てかけると、私達は碇君を二人掛かりで壁際に運び寄りかからせる・・・

「アンタが居るとほんと助かるわ・・・」
「・・・そう・・・たいへん、だったのね・・・」

アスカが額の汗を腕で拭いながら、私へ笑いかける、
私も少し息を荒くして、壁に寄り掛かったままの碇君を見つめた・・・
碇君を二人掛かりで僅かに動かすだけでも、かなり体力を使う・・・
私は彼女が、一人で今までどうやって来たのかとても想像できない・・・

「・・・碇君・・・お風呂はどうしていたの?・・・」
「ごめん、そのうち嫌でも分かるから・・・聞かないでくれる」

彼女は、照れてるのだろか?・・・
私は、そっとアスカの顔を盗み見た・・・
やはり、彼女の顔が赤い・・・そんなに、気にする事は無いのに・・・

「・・・ええ、聞かない・・・」

(ふたりめ) は全裸を碇君に見られた事も、彼の全裸を見た事もある・・・
たしかあの時は、彼女も一緒に全裸でエントリーしたはずなのに・・・
でも、彼女の言葉を尊重して、私は聞くのを止めた・・・
黙々と布団を床に敷く私を見て、彼女はホッと溜息をつき、枕とタオルケットを運ぶ・・・

「さあ、もう一度手伝って、今度はシンジをここへ寝かせるの」
「・・・わかったわ・・・」

再び彼を、今度は布団の上へと引きずり上げる・・・
やはり、体力の落ちている私には辛い・・・アスカも、少しだけ息が上がっていた・・・
後は、私達の寝る準備が済めば、今日は終わり・・・きっと、今日と変わらない明日が来る・・・
そう私は、いままでそれで良いと思っていた・・・
でも、いまは少しだけ違う・・・私は、碇君に帰ってきてほしい・・・また、私へ笑い方を教えてほしい・・・

「レイ・・・明かり・・・消すわよ?・・・」
「・・・ええ・・・」

アスカが、蛍光灯のスイッチの紐を引いて明かりを消す・・・
暗くなった部屋の中を照らすのは、常夜灯の光・・・
薄暗い部屋の中はとても冷たくて、ただただ、寒々しい空虚な空間に感じられる・・・

寝返りをうつ私の目の前には碇君の、体・・・
そして、その体を抱き締めるように白い手が、そっとその体へと廻される・・・

「・・・・・・」

私は無言で、アスカの眼を見つめた・・・
赤のチャイナ風の寝巻きに着替えた彼女の眼が、ばつが悪そうに私からそらされる・・・

「こ、こいつはね、そう、抱き枕なのよ・・・だから、抱き付いて寝ても構わないのよ・・・」

アスカは、とてもやましそうに、声を詰まらせながら自分を弁護する・・・
私は、無言で彼女をジト眼で見つめる・・・その痛い目線に、アスカはついにおれた・・・

「あ、アンタも一緒に抱き付いて寝なさいよ・・・アタシが許可するから・・・」
「・・・そうさせてもらうわ・・・」

私は、抑揚の無い声で素直に答えると、さっそく碇君へと手を伸ばす・・・
彼を抱き締めると、寝巻き代わりのシャツ越しに、彼の心臓の鼓動がかすかに響く・・・
生きている・・・私も・・・彼も・・・

私は碇君の心臓の鼓動を子守代わりに、だんだんと真紅の海の広がる夢の中へと、溶けて流れ込んで行った・・・

   ・
   ・
   ・

珍しい事に夜の夜中・・・
私は、腕の中の大切な物が、何時の間にか消えてしまったのに気がついて、目を覚ました・・・

「・・・いかりくん・・・」

私は、薄っすらと開いた目の前に、彼がいない事に気がついた・・・
そして、慌てて上半身を起こす・・・薄暗い部屋の中を見回す私は、すぐに窓に向かって、
両足を抱くように座わっている彼を見つけて、タオルケットを引きづりながら、四つん這いで近づく・・・

「・・・碇君・・・」

眼に闇を写して座りこむ彼が、ひょっとして私の声に、答えてくれるのではと、
淡い期待を胸に、私は彼へと呼び掛ける・・・でも、やはり答えは帰って来ない・・・
私は軽い失望感と共に、彼の横へ同じように両足を抱くようにして座り込んだ・・・

「・・・あの夜・・・二人目の私は、絆だと答えたはず・・・」

左手には銀色に輝く月・・・目の前には、遠く小さくブルーサファイアの様に使徒が輝く・・・
私は、その時二人目の私の記憶に翻弄されていた・・・そう、ヤシマ作戦の時の記憶に・・・

「・・・でも、いまはエヴァは無い・・・私も、あの時の私とは違うけど・・・
それでも、こんな人外の私でも、貴方とは微かな絆が残ってる・・・
なぜ、貴方は私達の元へと帰って来てくれないの?・・・私も彼女も、貴方を待っているのに・・・」

私の問い掛けに、ここには答える者は誰もいない・・・
寂しい・・・かって、私が感じた事が無かったはずの物、でもいまは違う・・・
心の寒さに震える私と、虚無を見つめたまま身動きしない碇君へ、突然タオルケットが掛けられた・・・

「なに徘徊に付き合って、寒い思いしてんのよ・・・アンタは・・・
常夏でも、 北海道(ここ) の夜は冷えるのよ・・・シンジが風邪を引くわよ・・・」
「・・・アスカ・・・」

灯明だけが明かりの薄暗い部屋の中、何時の間に目を覚ましたのか・・・
私達の前に仁王立ちになった彼女が、呆れたように私の顔をその青い眼で覗き込む・・・

「困った子ねアンタも、こんな時は付き合ってやっても仕方ないでしょ」

彼女は、一通り苦言を口にすると、碇君を私と挟むようにタオルケットの中へともぐりこむ・・・

「こう言う時は、こっちでリードしてやんなきゃ・・・駄目なんだから」

そして、碇君の体に手を回すとギュッと抱き締めた・・・
そして、私へ同じ事をする様、流し目で促す・・・

「さ、寂しいのは、アンタやコイツだけじゃ無いのよ・・・」

彼女は、私から顔を背け、少しだけ頬を赤く染めて小さな声で呟いた・・・




To Be Continued...



-後書-


ブルーサファイアの様に使徒が輝く = 第5使徒ラミエルの事だと思ってください。(作者談
ヤシマ作戦 = 強力な加粒子砲を武器にする使徒に対して、葛城ミサトが立てた作戦名
  その全容は、日本中から集めた電力で、使徒を狙撃すると言う無茶な物だった、TV6話。
全裸でエントリー = TV13話の、オートパィロットのための実験と称する怪しげな物。

しばらくぶりの、こちらの更新です・・・
同じ電波物ですが、既に終了した”穏やかな微笑と共に”と違って、
こちらは、いまだ最後の形が見えてきていません・・・
著者にも、お先は不明です・・・
まあ、無理やり終わらすのは、どうとでもなるんですが(苦笑

ご注意!:新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。


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