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穏やかな微笑と共に

第5話 case.Maya  by saiki 20030628



先輩と連絡が取れなくなった・・・
司令も副司令も、もう二週間も姿を見ていない・・・
あの居ると無駄ににぎやかな葛城さんも、最近指令所に姿を見せない・・・

日向君は葛城さんを探して見ると言って、今日も無断欠勤だ・・・
昨日まで日向君の心配を笑っていた青葉君も、
今日はもうお昼だと言うのに、まだ姿を見せない・・・

すっかり、がらんとしてしまったオペレーター席に・・・
私は一人、謎を解こうとマギのキーを打ち続ける・・・
せめて、マギで監視映像と失踪した原因が結び付けられれば・・・

「みんな・・・どこへ行ったの・・・
先輩・・・私は、どうすれば良いんですか・・・」

私はあまりの心細さに・・・目の淵に涙を滲ませる・・・
保安部に掛け合ったけど、上からの許可が無いの一点張りだ・・・
お役所じゃあるまいし・・・こんなときに役に立たないなんて・・・

「601・・・解析不能・・・」

私は、長い演算の結果の、マギの解析結果に大きな溜息を吐く・・・
ここから見下ろす、
下部の下級職員の居るフロアにも、その席に空きが目立つようになって来てしまった・・・

未確認の情報だけど・・・
行方不明者は、上部スタッフだけで無く一般職員にまで広がっている・・・
交代が来ない、休暇に行ったまま復帰しない、お昼から帰って来ない・・・
私が、マギを駆使して調査した結果によると、いなくなる人、時間、場所にパターンは無い・・・

私はその結果を見て、背筋が震える思いだった・・・
ひょっとして、先輩と連絡が取れないのも・・・
この現象の、犠牲になっているんじゃないかと思うと・・・
震えるだけではなく、先輩の分もがんばった疲労で隈の出来た瞳から、涙さえ溢れ出てくる・・・

某国の謀略説、先輩の研究室から逃げ出したモンスターの犠牲説、宇宙人誘拐説まで飛び出して・・・
一部では既にノイローゼ患者が出始め、それが静かにネルフ中に蔓延していこうとしているようだ・・・

「ああ・・・もう信じられない・・・
人類の英知を集めた ここ(ネルフ) で、こんなホラー紛いな事が続くなんて・・・」

私は、その手でさほど大きくも無い自分の胸を掻き抱く・・・
そして私は気が付いた、もう夕方になっているという事を・・・

「あ・・・青葉君・・・」

私は、自分の退所時刻になっても、彼が来ていない事に気が付いた・・・
まさか、彼も消えてしまったんじゃあ・・・
私は何だか、地獄へ引き込まれるような、恐怖に襲われる・・・
ここを出なきゃ、私は慌てて私物をかき集めると、ブリーフケースに詰め込み席を立とうとした・・・

「・・・伊吹二尉・・・」
「ひ!、ひいぃぃぃぃぃ〜〜〜〜っ!!!」

いきなり声を掛けられたわたしは、見事にパニックに陥り、
あられも無い悲鳴を上げ、情け無い事に椅子から転がり落ちる・・・

「・・・今日は定期検査があるはずですが・・・
私は、いまだ何も指示を受けていません・・・検査は中止でしょうか?・・・」
「れ・・・レイちゃん・・・」

私は聞いたような声に顔を上げ、そこに見知った顔を見つけ出して、ホッと息を吐いた・・・
蒼銀の髪の彼女は、無様な私の姿に何の表情も見せず、淡々と必要な情報を要求する・・・

「担当医のキリカさんは・・・はい、まだ来ていない・・・そ、そうですか・・・
では、どなたかファーストチルドレンの健康診断を・・・はい、わかりました」

内線電話を握りながらも、私は怖い考えが頭から離れない・・・
キリカさんもひょっとして・・・私は、その考えを頭を振って追い出す・・・
渋滞か何かに巻き込まれて・・・そうよ、そうに違いないわ・・・

「レイちゃん・・・医務室で、貴方の検査をシズエさんが受け持ってくれるそうよ」
「・・・わかりました伊吹二尉・・・これより医務室に赴き検査を受けます・・・」

相変わらず、彼女の私への受け応えは、短く無駄が無い・・・
まるで、何処かでプログラムされた人形のように・・・
彼女は、私へ僅かに頭を下げると、後ろも振り返らず、医務室へ去って行ってしまった・・・

「レイちゃん、無事に帰れると良いけど・・・」

私は無論、彼女に護衛が付いている事を知りつつも、そう口走る・・・
その護衛さえ、いまは、しばし集団でどこへとも無く、跡形も残さず消えるのだ・・・
私は青い顔のまま、レイちゃんの乗ったのと、
反対方向の自走路に乗り、自分の私物を置いてある更衣室へ向かう・・・

気のせいか・・・
帰宅ラッシュが起こるはずの、この時間帯でさえも、眼の届く範囲に居る人はまばらだ・・・
来るべき使徒との戦いに、恐れをなして逃げ出したのだと言う人もいるが・・・
私はそんな事を信じない、先輩がそんな事をするはずが無いからだ・・・

私は目的地が近くなったので、自走路を下りて少し薄暗い通路を足早に歩く・・・
こんな時に限って人が一人も居ない・・・私は心細さに急かされて、ますます足を急がせる・・・

そんな私の前を歩く人を見つけ、ぎくっとして誰かと思って良く見ると、そのシルエットは少女の物で、
少し近づくと、特徴的な蒼銀の髪の毛が眼に入った・・・良かったレイちゃんだ・・・
私は、そっと胸を撫で下ろすと・・・一緒に帰ろうと、この無愛想な少女に声を掛る・・・

「レイちゃ・・・」

声を掛けてから、私は背筋に氷水を掛けられたように震えた・・・
彼女がここに居るはずが無い・・・
私は彼女が、反対方向の自走路に乗るのを、その眼で見たのではなかったろうか?
では、ここにいる彼女は一体?・・・

「・・・・・・・・」

少女が、無言で私へ振り向く・・・
そして・・・場違いな、穏やかな微笑をその唇に浮かべた・・・

「伊吹・・・マヤさんですね・・・」
「レ・・・レイちゃん?・・・」

私の全身の血が、音を立てて引いて行く様に感じられた・・・
手足がガタガタ震えて力が入らない・・・
私が後ろに後ずさると、背後に有ったドアが自動的に開く・・・
その音で少し正気に戻った私は、部屋の中へ飛び込むと中のロックを蹴り壊した・・・

「あ、あああっ・・・どこ、何処入れちゃったの?・・・」

私はパニックの中、何処かへ仕舞ったはずの携帯電話を探す・・・
急いで警備に連絡して、助けを呼ばなきゃ・・・私はその一心で、
ブリーフケースの中身を床へばらまいて、ポケットと言うポケットをひっくり返す・・・

「う・・・うそっ!・・・ロックは壊したはずなのに・・・」

その時、私の目の前で、特殊工具が無いと開けられないはずのドアが、ゆっくりと開いて行く・・・

「ああ・・・なんて事・・・
こんな時に限って、携帯が見つからないよ〜〜っ・・・先輩〜〜っ・・・」

私はべそを掻いたまま、床へ跪くと・・・
自分で床へぶちまけた、記憶媒体や化粧道具の中で、ぶるぶると震え続ける・・・

開ききったドアから、レイちゃんそっくりの少女が、
軽やかな足取りで部屋へ入り込み、その足を私の目の前で止める・・・
私は、おずおずと少女を見上げた・・・
彼女は、こんな時じゃなかったら、きっと見とれてしまうような笑顔を浮かべ、
右手を私の方へ差し出す・・・その手には私の携帯が握られていた・・・

「くすくす・・・お姉さん・・・落とし物ですよ・・・」

少女は、その赤い目の端にユーモアを称えたまま、か細い指で私の携帯を易々と握り潰す・・・
私の目の前で、青い放電と、薄い煙を残して、携帯は一握りのガラクタに姿を変えた・・・

「ひいいっ!・・・いやーっ!・・・」
「怖がらないで・・・大丈夫、痛くしないから・・・」

痛くはしない・・・私は少女のその一言に微かな希望を繋いで、
嗚咽を漏らしながら、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる・・・

「ひくっ・・・ほ、ほんとに痛くしない?・・・」
「くすくす・・・しない・・・信じてよ・・・」

少女は、私の顎を持って上向かせると、その紅い眼で覗き込む・・・
彼女の、レイそっくりの顔が、穏やかな微笑を浮かべた・・・
そして、突然、私の周りが紅く染まる・・・

「ねっ・・・痛くなかったでしょ?・・・」

私は、少女の声と共に、水のように液体となって溶け崩れる幻覚に襲われた・・・

    ・
    ・
    ・

赤い海の波のゆりかごから、何かが私を揺さぶり起こそうとする・・・

「うん・・・あぅ・・・や、やだ・・・寝ちゃった・・・」

ドア越しに、キッチンから、トーストの焼ける良い香りが漂ってくる・・・

私は、キーボードの上から顔を起こすと、手の甲で口の傍のよだれを拭った・・・
服はよれよれ、髪もばさばさ・・・うううっ・・・お風呂へ入りたい・・・
私は、もさもさとはっきりしない目を擦った・・・打ちかけのレポートの空白が目に痛い・・・

そんな私の耳に、ドアを控えめに叩く音が聞こえてくる・・・
私は寝起きの頭を振りながら、ふらふらとドアにたどり着くと、
のろのろとドアノブをまわして、それを引き空ける・・・

「おはようマヤ・・・」
「お、おはようございます、先輩・・・」

颯爽とした先輩が、私の姿をぬふふふと穏やかな笑みを浮かべて見つめる・・・
そして、おもむろに右手の指を、綺麗に染め上げられた、
自分の金色の髪に差し込んで、ガシガシと乱暴に掻きまわす・・・
先輩の足元にちょこんと座る、真っ白な猫、
私が尊敬する先輩の飼い猫、”タブリス”が呆れたような鳴き声を上げた・・・

「マヤ・・・また居眠りしたのね・・・」
「ど、どうして分かるんですか?先輩・・・」

私は心底驚いて尋ねた、先輩・・・まさか、私の寝顔を覗いたんじゃあ・・・

「鏡を見る事ね、マヤ・・・頬にキーボードの跡があるわよ・・・」
「え・・・ええっ!・・・」

ああ・・・トンでもないとこを、先輩に見られちゃった・・・
あう、嫌われちゃったらどうしよう・・・
追い出されたら、下宿させて貰ってる私は、明日から寝る場所も無い・・・

「何してるの?マヤ・・・せっかく作った朝食が、冷めちゃうわよ・・・」
「あ、はいっ!先輩!」

妄想に浸る私を、先輩の呆れたような声が現実に引き戻す・・・
先輩はクスクス笑いながら、先にダイニングに行ってしまった・・・

私は慌てて、パソコンの電源を落とすと、白い猫を抱き上げる・・・
その時、私の眼と腕の中の猫の赤い瞳が一瞬絡み合う・・・
私は何故か彼女が”幸せかにゃ”と問いかけて来てる様な気がして・・・

「もう、先輩と同居できるなんて、幸せに決まってるじゃないですか・・・」

私は、すこしにやけて、惚気るように白猫の赤い瞳へ語りかけた・・・




To Be Continued...



-後書-


601 = SF”アンドロメダ病原体”ハヤカワSF文庫から、
  しかし、いまさらマギも、何もコードで知らせなくても、
  良かろうにと思うのは、私だけでしょうか?

まあ、ごろが良かったからなんとなく、夢落ちにリツコを振って見ました
でも、映画でもお迎えがリツコさんですから、否定できないような気も・・・(苦笑

このケース・マヤは、当HPの書下ろしです。
れんちゃんで更新とは我ながら電波が来てるなと・・・(苦笑・・・

平行して六話を”戦国時代+エヴァ小説リンク集”の投稿掲示板に連載開始しました(20030628)。

ご注意!:新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。


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