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穏やかな微笑と共に

第8話 case.Asuka  by saiki 20030629



『ウエルカム・・・ネルフ本部へようこそ、
お手持ちのIDカードは手放さないようにお願い致します、
また、お手持ちのIDのレベル以上の場所に立入られますと、
警告の後、自動警備システムが発砲する事があります、ご注意ください』

ネルフ本部のゲートを、IDカードをカードリーダに、
潜らせて入場した私達に、機械音声の物騒なアナウンスが流れる・・・
アタシの横に立つ、加持さんの顔が嫌そうにしかめられた・・・
警備システムと呼称してるけど、そんな可愛いもんじゃなさそうね・・・

対人自動警備システム(Personal Automatic Defense System) が導入済みとは、聞いていないかったな・・・」
「流石に本部ね、凄い警備・・・でも、全然他の人と会わないのは変ね・・・」

アタシが、だだっ広く冷たい感じのするウエルカムホールを見渡して呟く、
加持さんが頭を掻きながら、苦笑いをした・・・

「実を言うと、急にオーバー・ザ・レインボーからヘリでこっちへ来ただろ、
本部と連絡が付かなくなったからなんだ・・・だから、ちょっと危険かも知れ無い・・・
俺としては、アスカにここへ残っていて欲しいんだがな・・・」
「なに言ってんのよ加持さん!それはもう話し合い済みでしょう、
いい、加持さんには、世界を救うと言う大任を背負ったアタシを、
護衛するという責任があるんだから・・・離れるわけにはいかないでしょ」

アタシの屁理屈気味の言葉に、加持さんは溜息を吐いた・・・
() いのよ、アタシだってチルドレンとして戦闘訓練ぐらいしてるわ、
だから、加持さんのお荷物にはならないんだから・・・

アタシは、薄黄色のワンピースの腰に両の手を付き、
歳の割に成熟した胸を突き出して仁王立ちし、一歩も引かないぞと言うポーズを取る・・・

「じゃあ、行くぞ、アスカ・・・危ないと思ったら、俺を見捨てて逃げるんだぞ」
「うん、大丈夫よ加持さん・・・アタシが身を挺して守って上げるから」

諦めて、アタシの前を歩く加持さんの背に、木枯らし吹くのをアタシは何故か感じた・・・

    ・
    ・
    ・

「加持さん・・・ダルイよぅ・・・少し休んで・・・」
「しょうがないな・・・10分だけだぞ」

うう・・・情け無い、加持さんのペースに付いていけない・・・
アタシは音を上げて、自販売機スペースを見つけたのを幸いに、加持さんに泣き付いた・・・
優しい加持さんは、アタシへオレンジジュースを買ってくれ、一緒に買い求めたコーヒーを啜りながら、
タバコを取り出す・・・喘ぐアタシの鼻腔に、微かに安物のタバコの匂いが忍び込む・・・

「こんなに広いのに・・・だ〜れも居ないのね、皆で慰安旅行でも行ったのかしら・・・」
「はは、そんなはずは無いさ・・・しかし、ここには数万の職員が居るはずなんだが・・・
死体も無いし、争った後も無い、所によっては、すぐ帰って来れる様な状態で、
ちょっと席を立ったような感じだ・・・こりゃあマリーセレステ号状態だな・・・」
「もう、加持さんたら・・・嫌な例えを出さないでよ・・・怖くなっちゃうじゃない・・・・」

アタシは背筋にぞっとする物を感じて、薄暗い通路を見回す・・・

『アテンション!これより30分後に、特令Z-80により、
全所員のIDカードの無効が宣言されます・・・繰り返します、
後29分30秒で、特令Z-80により、全所員のIDカードの無効が・・・』

突然、ふざけたアナウンスと共に壁の赤い回転灯が燈る、
加持さんの顔が、目に見えて青ざめた、なによこのZ-80って?

「誰かマギに割り込んで、めちゃくちゃな特令を通したんだな・・・
IDの無効が実行されると、一斉に対人要撃システムが牙を向く、
休んでる暇は無いぞアスカ・・・しっかり俺に付いて来いよ・・・」
「ああ・・・待ってよ加持さん!・・・」

加持さんが席を立ち、アタシは飲みかけの缶をゴミ箱へ放る・・・
狙いたがわず、缶がゴミ箱へ落ち込んだ音を聞きながら、アタシも後を追って駆け出した・・・

    ・
    ・
    ・

アタシと加持さんは、途中の保安部の詰め所からくすねた重火器を抱えて、
対人自動要撃システムを潰しながら出口へと進む・・・
事態は、安物のアクションムービーを地で行く様子を呈して来た・・・

グレネードが飛び交い、機銃が鉛玉を吐きかけ、対人地雷が断片をばらまく・・・
しかし、なんで飛んで来る弾がダムダム弾なのよ・・・
これって、ヘーグ宣言で使用を禁じられてたんじゃ無いの?
アタシの目の前の壁に鉛弾が命中し、壁にへばり付きへしゃげて鉛の花を咲かせる・・・

「アスカ!・・・当たるんじゃ無いぞ!」
「分かってるわよ!アタシは生きて帰って、加持さんと結婚するんだから!」

アタシは、汗で濡れた軽機関銃のグリップを握り締める・・・
加持さんはにやりと笑うと、ポテトスマッシャー型の手榴弾を投擲した・・・
盾にした曲がり角の向こうから、閃光と共に爆炎と炎が吹き上がる・・・

「よーし!その意気だアスカ!突っ切るぞ付いて来いよ!」
「オーケーッ、加持さん!・・・」

アタシと加持さんが、弾かれたように角から飛び出して通路を走る・・・
しかし突然、前方の防火隔壁が下り、
私達の行く手をさえぎろうとする、加持さんは滑り込んで通り抜ける・・・
でも、少し遅れていたアタシは、そのまま取り残されてしまった・・・
アタシは、壁の緊急開閉スイッチを駄目元で試すけど、この状況で開くはずも無い・・・

「このーっ・・・開きなさいよ、このポンコツ!・・・」

動かない隔壁に、やけっぱちの蹴りを入れるアタシの耳に、
エアクッションに乗って移動する何かの、不吉な音が響く・・・

「ごめん・・・アタシ、もう加持さんと二度と会えないかも知れない・・・」

アタシは諦めて、加持さんの行った方向と別の方向へ、感を頼りに駆出す・・・
その後を、ドラム缶ほどの要撃ロボットがエアタービンを回しながら、追って来る・・・
おそらく、マギによってコントロールされているだろうそれは、
ホバー効果で動きが素早い、人を馬鹿にした外見とは裏腹に、思いのほか強敵だ・・・

自走路を利用してアタシは逃げるが、着弾音はもうすぐ後ろに迫って来ていた・・・
アタシは、最後のパイナップルのピンを抜いて、走りながら後ろへ転がす・・・
爆炎と共に、奴らが自走路の橋の上から吹き飛んだ・・・
炎をまとって落ちていく奴らを、アタシはニヤリと凄みのある笑いで見送る・・・

「う・・・嘘でしょ・・・」

だが・・・次の瞬間、私の笑いは引きつる・・・
アタシが放ったパイナップルは、橋の基礎をも大きく傷つけていたのだ・・・
巨大な鋼の鉄材がばらばらと、自分の足の下から落下して行く・・・
逃げようとするアタシを、大きく揺れ傾く橋が、道連れにしようとその牙を剥いた・・・

「だ〜〜〜〜〜っ・・・・て、手抜き工事よ〜〜〜〜っ・・・」

工事業者を罵りながら、アタシの体が宙に舞う・・・
重力に逆らう (すべ) を持たぬアタシは、そのまま奈落へと落ちて行った・・・
耳のすぐ横を、風が凄い勢いで通り過ぎ・・・
やがて、硬い何かに当たったアタシの体が跳ね返る・・・

全てがスローモーションに見えた・・・少し下の走路へと落下した自分の体が、
二度三度と、鋼の上でバウンドし転がって止まる・・・それでもアタシには意識があった・・・

「い・・・痛いよぉっ・・・加持さぁん・・・」

アタシは、指先すら動かすことが出来ない・・・全身を襲う激痛に、涙が滲み出る・・・
そして、アタシの周りに広がって行く、綺麗な赤い血・・・
自分の命が、まさに流れ滴っていくのを、何も出来ずに見守る事になるなんて・・・

「怖い・・・怖いよぉ・・・加持さぁん・・・アタシ怖いっ・・・」

アタシは吐血し弱々しく咳き込む・・・
だんだん体の痛みが薄れてくる・・・きっと、血が足りなくなって来たんだ・・・

「くはっ・・・うううっ・・・あ、アタシもう駄目なのかなぁ・・・」

ああ・・・なんて事だろう幻覚が見える、エントランスの吹き抜けを、暗い天井をバックに、
黒い服に蒼銀の髪の、天使だか悪魔だかが、アタシへ向かってゆっくりと舞い下りてくる・・・
そいつは、アタシの頭のすぐ上に音も無く降り立つと、その赤い眼で覗き込んだ・・・

「少し遅かった様ね・・・苦しいの?・・・」
「あ・・・当たり前でしょ・・・」

コイツ、なんでこんな当たり前の事を聞くんだろう・・・
アタシは幻聴に違いないそれに向かって、だんだん擦れて行く意識の中で思った・・・

「楽になりたい?・・・」
「あ・・・アンタに・・・何が出来るって・・・い、言うのよ・・・」

専門外のアタシにも、背骨と内臓が酷く傷ついた、
自分の状態が、誰の目にも、もはや手遅れなのは分かっている・・・

「いま、楽にしてあげるわ・・・」
「・・・くふっ・・・そう、じゃあ・・・まかせたわよ・・・」

血まみれのアタシに、見知らぬ少女が穏やかな微笑を浮かべ、手を差し伸べる・・・
アタシの視界が赤くフェードアウトして行き、痛みが溶けて流れていくように消えて行った・・・
ああ・・・アタシは、どうなったんだろう・・・やっぱり、死んじゃったんだろうな・・・

    ・
    ・
    ・

赤い薄暗がりの中、アタシを呼ぶ声が聞こえる・・・
だれ?アタシを呼ぶのは・・・気だるいまどろみの中で、
アタシは油の中の泡のように、時間をかけてゆるりと、現実の中へと浮かび上がって行った・・・

「ア・ス・・・カ・・・ア・ス・カ・・・アスカ・・・」
「だ・・・あれ・・・か・じさん?・・・」

アタシは、重い瞼を引き開ける・・・自慢の青い瞳が、最愛の旦那様をその眼の中に捉えた・・・

「ど・・・うしたの?・・・」
「すまんアスカ、寝たところを悪い・・・
ミクが、腹をすかしちまってな・・・無理なら哺乳瓶を用意するが・・・」

アタシは旦那様の腕の中に眼を移し、穏やかな微笑と共に、
まだ気だるさが残る上半身を、柔らかい眠りを誘うベッドから引き離す・・・

「だ、大丈夫よ・・・アタシ達の赤ちゃんは、
ちゃんと母乳で育てないとね・・・加持さん・・・」
「がんばるな・・・アスカは・・・」

アタシは、ネグリジェの前を引き空けると、母乳で張詰め一回りそのボリュウムを増した乳房を押し出す・・・
ミク・・・アタシと加持さんの愛の結晶は、待ちかねたようにアタシの桜色の乳首へと吸い付き、母乳を貪り飲む・・・
何であの時、子供なんて要らないってアタシは思ったんだろう?・・・この子は、こんなにも愛らしく、可愛いのに・・・

「はふっ・・・当たり前でしょ・・・この子には、アタシ達の分も、
幸せになって貰わないといけないもの・・・そうでしょ、加持さん」
「そうだなアスカ・・・幸せにしてやらないとな・・・」

アタシは、両手の中の柔らかくミルクの匂いのする、最愛の娘に優しく話しかけた・・・

「ミク・・・アタシと加持さんは、こんなにも幸せよ・・・
だから、貴方も幸せになるの・・・いい、これは命令だからね・・・」
「おいおい、アスカ・・・命令してどうするんだ・・・」

アタシ達は、お互い目を見合わせて微笑み合った・・・
15歳に及ぶ年の差を、強引に振り払って結ばれたアタシ達カップルは無敵だ・・・
最愛の娘を抱き締めながら、アタシは願う・・・神様・・・ この子(ミク) に幸多からん事を・・・




To Be Continued...



-後書-


対人自動警備システム = TVでは予算を削られていて導入されていない、
  当物語では六話で、カヲルさんが碇司令を装って指示を出し設置させた(作者談
オーバー・ザ・レインボー = 国連太平洋艦隊の旗艦、架空のニミッツ級空母8番艦
  TV8話でアスカとエヴァ弐号機を乗せて新横須賀へ航行中、第六使徒と遭遇する。
マリーセレステ号 = 乗員が全て生活の跡も生々しく、消えてしまった船
  うまく作られたフィクションだが、良く勘違いされてトンでも本などで、
  ノンフィクション扱いで、人間消失物の代表例として良く使われる。
Z-80 = 分かる人には分かる、なつかしのザイログ社の名CPUの番号
ダムダム弾 = 弾丸の先端に刻み込みが有り命中すると体内で裂けて臓器を破壊する。
  現在ではホローポイントと呼ばれている、ここで要撃システムで使用されていたのは、
  柔らかい弾頭を使い周りの機器を傷つけない為。
ヘーグ宣言 = 1899年に行われたダムダム弾の禁止に関する宣言。
パイナップル = 手榴弾の形状から来た俗称

今回の名前の命名  今日子(キョウコ)  →  明日香(アスカ)  →  未来(ミク)  今回は特に、安直に付けてますね(苦笑

3日にも及ぶ連続しての掲載UP・・・何だか久々です(苦笑
このまま、終わりまで電波が途絶えないことを神に祈りましょう(既に神頼み、汗

ご注意!:新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。


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