メルクアーナ戦記

 

外伝 上
 春。
 ファルク親王国の王都の近く、アルミルの森に、一人の青年が歩いていた。
 手に、青年の身長ほどもある鉄の棒。そして、マント姿といういでたちで、長い漆黒の髪、鋭い目を持っていた。
「もう少しだな」
 青年は呟く。
 彼は、ある目的で、この森の奥のとある場所に行くつもりである。そして、目的地にあと1日というところだった。
 青年は、不意に周りの雰囲気が変わったのに気が付いた。
「囲まれた?」
 彼は、鉄の棒−棍−を構えた。
「野盗か?」
 そう考えた。普通の野盗であれば、負ける気はない。しかし、その考えは、却下せざるおえなかった。
 前方から、ひずめの音が聞こえる。そして、騎影が見えた。まっすぐ、こちらに向かってくる。
「周りを囲んだぞ、この誘拐犯め!死にたくなければ、武器を捨てろ!この森に弓兵で貴様を狙っておる!」
「誘拐犯?俺が?」
 青年は、突然のことに驚き、とまどった。
「何を言っている、貴様のことだ。数日前から、近くの村々で子どもがいなくなっている。その時、数人の男も一緒に目撃され、この森に入っていったという」
「それが何で俺に関係する?」
「しらばっくれるな!その誘拐犯が、この森に潜伏しているとの情報が入っている」
「その一人が、この俺とでも?」
 青年は、冗談であろうと思ったが、相手が真剣な顔で言っている。
「その通りだ!おとなしく捕まってもらおう。お前は大事な情報源だからな」
 青年は、あきらめた。こういう輩は、何を言っても聞かない。自分の信念を貫き通す。青年は、あきらめて棍を放り投げると、その場に座った。
「ようし。いい心構えだ」
 騎兵は、にやりと笑い。部下に青年を縛るように命じた。縛られた青年を見て、騎兵は誇らしげに笑った。

 青年は、ファルク親王国の首都であるシリルーンに護送された。青年は縄をかけられ歩いてここまで来た。町の人は、青年を白い目で見ている。
 そうこうしている内に、城門の前にやってきた。
「森林騎士団シークレットだ。誘拐犯と思われる人物をひっとらえてまいったと伝えて欲しい」
 この国ではいくつかの騎士団が存在する。まず、シークレットが所属する『森林騎士団』。その名の通り、アルミルの森といった、森を外敵から守ったりするいわゆる野伏部隊である。
 もう一つは『人形騎士団』と呼ばれる少数の騎士団である。隊長であるハールを中心とした、20人の女性騎士団である。彼女たちの任務は様々で、ゲリラ戦、斥候、主力、様々な事を行っている。

 話を戻そう。
 シークレットは城門を通ると、ある一室に通された。この時、青年は別の兵士により荷物を没収され、牢に入れられるということになった。
「取り調べは、あとで行う」
 青年に対して勝ち誇りながら言う。
 シークレットは、隊長の自室の前に来ると、ノックをする。
「入れ」
 中から、男の声がする。シークレットが入ると、そこには初老の老人が机を前に雑務をしていた。この男が森林騎士団隊長でボーンレスと言う。
「シークレット、ただいま戻りました」
「おお、戻ったか。して、手がかりは見つかったか?」
「はっ、実は・・・・・・」
 シークレットが、これまでのことを話す。実はこのシークレット、この部隊の副隊長であり、ボーンレスの一番のお気に入りである。
 シークレットの報告にボーンレスは喜んだ。
「よし、もうすぐ事件は片が付くな。今度こそ『人形』共より先に手柄を奪ってやる」
 『森林』と『人形』基本的に仲が悪い。いや、森林のほうが人形に嫉妬していると言って良い。なにか事件が起こると、二つの騎士団は協力して解明に当たるが、いつも森林騎士団が手柄を取られている形となっている。それが、何回も続いていたので、王も森林騎士団を解体しようかと思ったほどであった。
 しかし、人形騎士団のハール隊長が、王にそれを思いとどめさせた。
「確かに事件を最終的に解決していたのは私たちですが、彼等には、それまでに有益な情報も頂いております。ましてやアルミルの森の守り手としての部隊である森林騎士団をなくしてしまったら、誰があの森を守るというのですか?」
 ハールは、臆面もなく王に進言したため森林騎士団は存続となった。しかし、ボーンレスとしてはおもしろくない。女に助けもらったというのが、嫌であるらしい。その為、今回の誘拐事件に対して人形騎士団より先に解決しようとしていた。
「そいつを、取調室まで連れてこい。儂自ら問いただしてやる」
 ボーンレスは、意気揚々と取調室まで歩いていった。

 牢屋に入れられた青年であるが、とりあえず周りを確認することにした。ここには牢が6つばかりあるが、人の気配は感じられない。また両手は枷を使って両手を大きく広げることが出来ない。脚には鎖でつないだ鉄球をつなげてあった。
 徹底的である。
「俺、一人か・・・・・・」
 ため息をつく。
「こりゃ、帰るのが遅れそうだ」
 青年は呟いた。
 突然、人の気配がした。青年が見ると牢の門番である。
「出ろ!お前を取り調べるそうだ」
 青年は、無言で立ち上がった。

 取調室は、地下の出入口の目の前にある。その出入口からでてきた青年は取調室に放り込まれた。
 中にはテーブルと椅子がいくつかあるだけで、テーブルにはローソクが一本、小さい炎を揺らしていた。
 足につけられた鉄球が外されているので、まだ気が楽だった。
「そこで、待っていろ」
 門番は、青年を座らせた。しばらくすると二人の男が入ってきた。一人は初老の男であり、もう一人は青年を犯人と決めつけたシークレットという男である。初老の男が座り、シークレットはその横で立っていた。しかし、片手が剣の柄にのっている。おそらく青年が、反抗したときに男を守るためだろうと考えた。
「儂は、『森林騎士団』のボーンレスという。お主の名は?」
「・・・・・・」
 青年は、しばらく何も言わなかった。
「・・・・・・ホープ」
 長い時間が過ぎたような感じをうけてから、青年は答えた。
「では、ホープ。子ども達はどこへやった?」
「知らん」
「知らんはずはなかろう?誘拐犯の仲間ならな」
「俺は、誘拐犯ではない」
 ホープは静かに答える。
「いーや、お前は犯人の仲間だ。お前が通ってきた道は裏街道で、我ら騎士団の連中ぐらいしか、その存在を知らないはず。そして、誘拐犯はその道を通っていったという目撃者もいる。そんなところにいたお前が、犯人でないはずはない」
「・・・・・・」
 シークレットが、ホープをにらみながら怒鳴る。ボーンレスはシークレットを制止する。
「と、いうわけじゃ。素直に白状したらどうじゃ?」
「俺は、ただ墓参りに来ただけで、誘拐はしていない」
「墓参り?そんなはずはない。この森に墓があるということは、聞いたことはないのう」
「それは、あんたらが知らんだけだ」
 ホープは、静かにそう言った。その言葉に、シークレットは、顔を赤らめていた。怒っている証拠である。
「貴様ぁ!隊長に対して・・・・・・」
「落ちつけシークレット。気にするな」
 ボーンレスが、制止する。
「分かった、そこまで言うのなら、しばらくは泊まっていてもらおうかの」
 ボーンレスは、門番を呼んで、ホープを連れて行かせた。
「慌てるな。きっと尻尾を出すはずじゃ」
 ボーンレスは、にやりと笑った。

 そして、二日後。
 王が、各騎士団の団長をよんだ。
 この王、名をキルクスと言い、あまり欲深くもなく善政をひいていた。それだけでなく両騎士団をまとめているので、無能というわけでもない。
 王宮の広間には、大臣と森林騎士団隊長ボーンレスと副隊長シークレット。そして、その向いには金髪のショートカット、そして儀礼用の軽い鎧を来た騎士、そう『人形騎士団』の隊長ハールである。その側には、長く茶色っぽい髪をした騎士がいる。この騎士団の副隊長を務めるヤエルという女性騎士である。
「良く来てくれたな。ここでは、話しにくいので場所を移そう」
 そう言うと、王は場所を移した。その部屋は、主に外交の使者と対面する部屋である。少し長めのテーブルに4人が座る。残りの二人が、それぞれの隊長の後ろで控える。
「実は、今日も二人、子どもが誘拐された」
 王が、口にする。
「何ですって?」
 ボーンレスが、驚いてみせる。
「そこで、この事件の究明と子どもの救出を急ぎたい。ボーンレス、お主が捕まえたというホープとかという男、何かしゃべったのか?」
「申し訳、ございません。かなり強情でいまだ犯人と認めず、犯人達の居所を話そうと致しません」
 ボーンレスが立ち上がって謝罪する。
「で、その男の目的は、なんと言っている?」
「はぁ、墓参りに来たとか・・・・・・。しかし、そのような虚言、すぐにくつがえて見せますよ」
 ボーンレスは、誇ったように言う。
「ボーンレス殿」
 それは、ハールである。
「そのお話、詳しく話してもらえないでしょうか?」
「ああ、良いとも。この城から、北西に半日ほど行ったところに、墓があってそこに墓参りに行くと言っておった」
「そうですか?これで確信が持てました」
「何をじゃ?」
 ハールは、立ち上がって王の方に向くと、一度礼をした。
「その、ホープは犯人ではありません!」
 そう、言い切った。
「どういうことですかな?」
 ボーンレスが、首をひねる。
「王よ、覚えておられますか?『剣術指南』事を?」
「おお、覚えておるとも」
 王はなつかしそうにうなずいた。この剣術指南、名をファルム・レンティングといった。ファルムは、約10年ほど前まで、この国で剣術を教えていた。そして、その10年前に、戦いに巻き込まれて死んだとされていた。そして、謎なのがその住んでいる場所を一人の人間にしか言わなかったことである。その一人こそが、当時、騎士見習いであった14歳のハールである。しかし、実際にハール自身その場所に行ったことがなかった。ただ、ファルムから小さい隠れ村だとしか聞いていない。そして、10年前、その日限ってファルムが来なかった。病気であろうと皆が思っていたが、一週間を過ぎても現れない。不審に思ったハールが、馬をとばしてその教えられた場所に行くと、そこには、全ての家の残骸といくつかの墓が見つかった。その墓には、一人一人の名前が彫ってありハールがファルムの名前が無い事を祈ったが、離れの小丘にファルムの墓があった。そう、彼は死んでいたのだった。当時のハールは信じられず、悔しさのあまり一日中馬で遠乗りをした。そして、ようやく冷静さを取り戻すとファルムが死んだことを報告に戻っていった。 

「その剣術指南の墓がある場所と一致するのです」
「何?」
 ボーンレスが驚いた。そんなことは初耳である。しかも、自分の部下の中で知っている者もいなかった。
「そういえば、剣術指南はお前をかわいがっていたな」
 王は、なつかしいそうに言った。ファルムは、当時のハールに自分が持っている剣術の技を全て教え込んでいた。名を『八極流』といった。
「どうでしょう、そのホープという男、私たちに引き渡していただけないでしょうか?」
「何を勝手なことを。そ奴は我々が捕まえたのだ。もう少しで場所を吐くところだったのじゃぞ」
「あなたは、私の話を聞いていなかったのか?彼は犯人じゃない」
 ハールが立ち上がる。
 その時、突然ドアが開いて甲冑姿の女性が入ってきた。その甲冑は白銀の鎧であり、胸には紋章が入っている。腰には長剣をさしている。
 名を、シアといった。この王家の次女であり、あらゆる学問を修めている姉と違って、彼女はハールを師と仰ぐ剣の達人である。負ける相手といえば、ハールとシークレットぐらいであろう。
「話の一部は聞かせてもらいました。その男は強いのですか?」
「さあ?森林騎士団3人に何も抵抗もしませんでしたからな」
 王に話しかけたシアは、シークレットの答えを気にせず話を続けた。
「その男と闘ってみたいと思います」
「お前、突然何を・・・・・・?」
 驚愕する王。シアは、話を進める。
「その男がもし強いのであれば、犯人という可能性は残っていると思うの。もし、弱かったら、ここの騎士団を相手に誘拐なんて出来るはずはないと思うのです」
 シアは力強く話す。その通りと王は思った。ここの騎士団は、そこまで強いことで有名である。それを、知っていながら、誘拐をやっているのはここの騎士団が恐くないからであろう。
「よし分かった」
 王は、承諾した。
「ボーンレス、そのホープという男、ハールに引き渡すように」
 最後にそう言った。

 時間は少し戻る。
 牢の中で、ホープは座っていた。
 一定の呼吸をしている。
 これは、『気』を練っていた。
 気とは、人間の中に存在する不思議な力である。この気は、難しい呼吸法の技術と強靭な精神力を持った人間しか用いることが出来ない。
 しかし、それを用いることが出来る者であれば、怪我を治したり、武器の威力をアップさせたりする事が出来た。
 その呼吸法を途中で止めた。気配は無いに近いが天井に誰かいる。天井の石板の一部が取り除かれた。そこから、一人の男がホープの後ろに降りる。
「どうされたのです?」
「いや、ちょっとした勘違いだ」
「勘違いで、こんなところにいれられるのですか?」
「で、用件は何だ?」
 ホープは座ったまま問う。
「帰る予定の日になっても、帰られないので心配して見に来たのですよ」
「シリニアだな?」
「はい」
 ホープはため息をついた。そしてこれまでのことを話す。
「そうでしたか・・・・・・。なんと不運な」
「でも、俺は何もやってない。だから、もうすぐ帰ると言っておいてくれ」
「分かりました。お嬢様も喜びます」
 そう言うと、小男はさっきの天井裏から消えた。
「早くしないとな」
 ホープは呟いた。しかし、帰るのにはまだ時間がかかることに気がついていなかった。
 それから数十分後。
 門番がやってきた。ただし、二人の女性を連れてきていた。
「出ろ」
 門番が、扉を開けた。ホープが、ゆっくり出る。そして、女性が進み出る。
「私は、人形騎士団隊長ハールという。こっちが、副隊長のヤエルだ」
「で、その隊長さんが、俺なんかに何か?」
「何も言わずに、黙ってついてこい」
 ホープは言うとおりにした。ここで、戦いでもしたら本当に罪人になってしまう。
 ハールはある部屋の前に来ると扉を開けた。
「入れ」
 そこには、大部屋で石畳がしいてある。壁には篝火や剣や槍などの武器が立て掛けてあった。つまり兵士達の習練場であった。その習練場には野次馬が大勢おり、その部屋の中心に白銀の鎧をつけた女性がいた。この国の第二王女シアである。しかしホープはそのことを知らない。
「どういうことだ?」
 ホープがハールに向かってそう訪ねた。どう見ても、あの女性と闘えと言っているようなものである。
「あの方と闘ってもらう」
 ハールはそう言うと、長剣をホープに渡した。これは練習用の剣であり殺傷能力はない。しかし、当たり所が悪ければ大怪我をしてしまう可能性があった。その為この剣で練習をしようと思えば、真剣になざるおえなかった。
 ハールは、ホープをどんと押した。その反動で、ホープはシアの前に出る。
「へぇ、どんな凶悪な顔をしていると思ったら、案外いい男なのね」
「ご期待に添わなくて、悪かった」
 シアはほほえんだ。いつも自分のことを特別扱いされているので、シアの前に立つと礼儀正しくしている人間の方が多い。シアは、それがあまり好ましくなくうっとおしさを感じていた。その為、自分を知らないとはいえ、ホープのような言葉使いをされると、やる気が出てきた。
「しかし、きれいな黒髪ね」
 シアが感心するように言った。ホープは、黒眼、黒髪というこの大陸では珍しい人間である。普通、目と髪の色は、同じ色という事にはならない。例えば、目が黒なら、髪の色は黒以外の色となる。その為、ホープはとても珍しい人間であった。しかも、長くのばして後ろでくくっているだけだあった。
「世辞は良い。早く始めよう」
「そうね」
 ホープが装備を選んで二人は身構えた。シアは練習用の長剣と胸あて、そして盾といった装備。対して、ホープはシアと同じものを押しつけられたが、盾は返した。ホープにとって盾は邪魔なだけであった。
「行くわよ」
 そう呟くと、シアは構えた。
「ファルク親王国第二王女、シア・・・・・・参る!」
「何!?」
 ホープが驚く。目の前にいる女性が王族とは思っていなかったためである。せいぜい、どこかの部隊の隊長クラスの人間であると思っていた。
 そう思ったのもつかの間、シアの剣がホープに襲いかかった。ホープがそれを慌てて剣でうける。その為、バランスを崩した。
「もらったっ!」
 シア叫ぶと剣を打ち下ろした。誰もがこの瞬間シアの勝利を確信しただろう。しかし、その確信は覆された。ホープがすばやく体制を立て直し、片足を後ろに退くという最小限の動作でシアの剣を避けたのである。これにはシア自身驚いた。
 ホープは、すぐに攻撃に移ることなく間合いを広げた。
「嘘!?シア様の剣を避けただと?」
 驚いたのはヤエルである。彼女でも、シアの剣を受け流すことは出来ても、一瞬にして避けることは出来ないと言って良いだろう。
 シアの攻撃は続いた。しかし、その攻撃の中でホープが避けたのはさっきの一回だけであり、他は何とか剣でうけている状態である。ホープも剣を振るうが、その剣は素人同然の攻撃であり、シアは易々と受けきった。その為、ホープの疲れが目に見えていた。
 シアが、重い攻撃をホープにする。ホープは何とか受けきったが、先ほどの疲れから手に力が入らず、剣を弾き飛ばされてしまった。
「そこまで!」
 先ほどまで、見物人の一人であったハールがその試合を止めた。
「この勝負、シア姫の勝ちとする」
 ハールは、宣言すると周りの野次馬から歓声がおこった。シアは、それに答えて手を振る。ふと、ホープの方を見るとホープは倒れ込んでいた。
「誰か」
 ハールが、叫ぶ。
 そして、二人の兵士がやってきてホープを抱えた。
「医務室に」
 ハールの指示に兵士がうなずくとこの部屋から出ていった。ヤエルも部屋から出ていく。
「さあ、皆の者余興は終わりじゃ。すぐに自分の仕事に戻れ」
 王が、叫ぶ。その一言に周りの野次馬は、次々に部屋を出ていった。しばらくして、この部屋には2人しかいなくなった。
 シアとハールである。
「お見事でした」
「ありがと。けど、何か腑に落ちないのよ」
「といいますと?」
「なんて言ったら良いのかな?そう・・・・・・手応えが違ったというのかしら?」
「手応えが違う?」
 ハールは、突然のシアの言葉にびっくりした。
「そうなの。私は、的確に急所を狙ったはずなのに、たとえ鎧の上からもね、その場所に当たった感触が違うのよ」
「そんなハズはないと思いますよ。遠くから見ていましたが、的確に当たっていましたよ」
 ハールはそう言ったが、実際シアが言っていた通りに思えた。遠くから見ていても何か違和感を覚えていたからだった。それが何か分からない。
「そう・・・・・・ハールが言うなら間違っていないわ」
「もう、部屋で休まれては?」
「そうね、ちょっと汗もかいちゃったしね」
 そう言うと、シアはハールに対して微笑んで部屋をあとにしていった。
 ハールは、シアが出ていくと考え込んだ。
 しばらくして、ヤエルがやってきた。
「どうしたの?」
「はい、イシュがすぐに来て欲しいそうです」
「分かった」
 ハールとヤエルはすぐに医務室に向かった。そこには、静かに寝息を立てているホープと白衣の女性がいた。ここの担当医で名をイシュアーナという。彼女もまた人形騎士団の一人であり、ハールの良き友人であった。
「どうした?」
「いや、彼の容態を報告しておこうと思ってね」
 イシュアーナは、微笑みながらそう言った。
「それで?」
「命に全くと言っていいほど別状はない。骨も全く異常は見られない」
「何?」
 ハールは、その言葉を疑った。シアの剣撃を無数に受けたのだ。骨にヒビがいっていてもおかしくはない。
「ただ、打ち身が何カ所かあるだけよ」
「そんなはずはない。姫の剣撃を十数回受けているはずだ。なのにそんなに軽傷なのか?」
「といわれてもね、本当のことだものねぇ」
 イシュアーナは首を横に振った。彼女の腕前は、ハールも良く知っている。病気に対して適切な治療を施せ、その病気名もはずれたことがない。そういった彼女である。ハールも信じるしかなかった。
「まさかな・・・・・・」
 ハールが、呟く。
「どういうことですか?」
 ヤエルが、訪ねる。
 このことを言おうとした瞬間うめき声がした。ホープが気がついたのである。
「ここは?」
 ホープは訪ねる。
「医務室よ」
 イシュアーナが答える。ハールは、ヤエルとイシュアーナに出ていくように命じた。二人は、それを了解して部屋を出る。
 しばらく沈黙が続いた。
 先に口を開いたのはハールである。
「シア様との勝負、なぜ手加減したんだ」
 ハールは、そう思っていた。ホープはシアの剣撃を身をよじって微妙に急所からずらしたのではないか?そう考えていた。そして鎧で剣の軌道をずらし致命傷を避けたのでは?だとしたら、この男は相当の実力を持っている。
「手加減はしていない。あれが、俺の剣の実力だ」
「そうか・・・・・・。ところで、『隠れ村』に墓参りに行くそうだが、誰の墓なのだ?出来れば聞かせて欲しいのだが・・・・・・」
「ああ」
 ホープは承諾した。ハールが近くの椅子に座った。
「俺の両親だ」
「何っ・・・・・・?」
 ハールは驚いた。彼もまた、あの村の住人である。
「十年ほど前に、『赤旗の盗賊団』と名乗る奴等が、俺達の村に攻撃を仕掛けやがった。親父達は抵抗したが、周りの村人が一人一人と倒されて、俺と親父だけになってしまった。親父は俺を守るために地下倉庫に俺を押し込めた。俺は気を失っていた。気がつくと、声がしなくなっていた。俺は、地下室の扉を開けようとしたが、開かなかったので思いっきり押し開けた。その時見た光景は、地獄だった」
 ホープはここで言葉を切る。
「扉の横には、親父が血塗れになって倒れていた。剣も抜いていなかった。俺は親父の死体を引きずって外に出た。一面焼け野原だった。俺は、泣いた。涙が涸れるほどにな。しばらく思い立ったとき、俺は死んだ人間の墓を作るため穴を掘り始めた。この時、今の俺の師匠である男が俺を拾ってくれた。そして、墓堀を二人でした。そこで、気がついたんだが、子どもの死体がなかった。奴等は子どもが目当てだったんだ」
「ちょっと待て、そいつらは子どもをさらうためだけに村を全滅に追い込んだというのか?」
「ああ、それしか考えられない」
 ホープは、頷いた。ハールは、これまでのことを考えた。そして、あることに気がついた。
「あの村には、建物が残っていたな」
「ああ、墓を作るときに住んでいた家が何件かあるはずだ」
「もしかしたら・・・・・・」
 ハールは考え込んだ。そうだ、そうに違いない!
「ヤエル!!」
 ハールは、自分の副官を呼びつけた。
「すぐ、今から教える場所に偵察隊を送り込んでくれ」
 そう言うと、ハールは隠れ村のあった場所を教えた。ヤエルは、すぐさま飛び出していった。
「どういうことだ!?」
 ホープが、ハールに訪ねる。
「奴等の居場所の見当がついた」
「隠れ村か?」
「おそらく・・・・・・」
 ハールは微笑んだ。

 

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