新聞記者S氏の話 〜ある猟奇的少年殺害事件の真相 その2
マスター:犯人の男は、何というか、魅力のある風貌をしていたんですかね?
S氏 :そうでもないね。大人の目からはいかにも怪しげな人物と映るだろう。百歩ゆずって平凡か。先日テレビで見た十歳の少年殺しの死刑囚はは大した美青年で、バイクに乗って少年をナンパするんだと。これと目をつけた獲物はほとん逃がしたことがないそうだ。そんな輩とはこの「おじさん」はほど遠い。むしろ、少年の父性喪失と孤独に、うまくつけ込んだんだな。
最初に少年と出会ったのは、やはり現場付近の河原で、夕闇せまるころ、独りぼっちで座り込んでいる少年を見かけたという。「そのかわいらしさに、僕はノックアウトされた」「孤独で寂しげな有様を
見ていると、衝動を抑えるのに苦労した」と男は書いている。男はとりあえず彼の横に座り、話をしながら半ズボンの足に触って、しばし幸せな時を過ごせたら十分だと思っていたらしい。
だが少年は、話にほとんど乗ってきもしないが、逃げもしなかった。彼には帰るところもなかった。男は、ほのかな期待をこめて、こんなでまかせを言った。
「僕は写真家なんだ。子供や、動物の写真をいっぱい撮っているんだよ。よかったら、うちまで、見に来ないか」
少年は怪訝そうに彼を見るだけだった。
「じ、実は・・・僕は君のことを撮ってみたいんだ。うまく撮れたら、写真をあげるよ」
「僕なんか、僕なんか撮ってどうしようっていうのさ」
親から疎まれている子供なんていうのは、大部分自己否定的なものだ。
「君が思っている以上に、君は魅力的なんだよ。君なら、かっこいい、かわいい写真になる」
君は魅力的だなんて、大人から似たような言葉さえかけてもらったこともないだろう。親からも教師からもね。夜中までほっつき歩いていても、ろくに心配されないんだ。もっとつまらない誘い文句にも乗ったかも知れない。
「とにかく、僕の写真を見てもらうだけでいいからさ、ちょっとおいでよ」
少年はついに腰を上げて、運命の歯車は回り始めた。男は、河原から歩いて行ける距離に住んでいて、二人一緒に家に向かった。この何度めかの行路が、近所の人間に目撃されている。男は少年を居間にあげると、部屋から何十枚かの写真を持ってきた。慎重にチョイスした動物と少年の写真。サッカーをしている少年とか、露出があっても、公園で水遊びをする少年、動物たちだ。実際彼はかなり手慣れたカメラマニアで、アマチュアレベルの実力は持っていたから、少年はころりとだまされた。いつからか忘れていた笑顔を取り戻して、写真を見ながら、ああでもない、こうでもないと話し込んでいたそうだ。その少年の幸せそうな顔を見ながら、男は自分の欲望をいかに満たそうかと策を練っていたわけだから皮肉な話だね。
男は少年をスタジオ(にしている部屋)に連れて行って、着の身着のままのスナップを十数枚撮った。その日はそれだけで、少年を帰したという。
マスター:よく何もせず帰しましたね。
S氏 :男には、ある程度少年を手中にしたという自信があった。少なくとも、今回の写真を渡すときに、チャンスはつながると。
事実、約束通り彼はやってきた。が、案に相違して少年の様子は沈みがちだった。喜ぶと思ってできあがった写真を見せてやったが、見ているのか見ていないのか、うつろな感じだった。男は何だか不安になってきた。何しろ心に後ろ暗いことがあるからね。
「ど、どうしたんだい。せっかく写真を撮ってあげたのに、気に入らない?」
少年はうつむいたまま、黙っていて、長い間、白い間が続いた。やがて、少年が、突然、こんなことを言ったんだ。
「おじさん、今日、ここに泊まっちゃいけない?」
「え」
「頭の中で桜が満開したような気分」と彼は書いているが、必死にその気持ちを抑えた。
「いったい・・・」
「お願い! わけはきかないで」