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 金は思わず吹き出し応じた。
 「カカカ、その時は甘んじて感染されてやろう。俺の腕が悪かった報いだからな」
 昌巳はもう憎まれ口を返すことはせず、そのかわり顔を金の反対側、診察室のドア側に向けて、金には表情を見せなかった。

 昌巳が眠りに落ち、再び目覚めて朧な意識で頭を振った時、突然間近に大声を聞き、驚きにからだを硬直させた。
 「起きたか! あ、すまんおどかしたか」
 昌巳は目をしばたたき首を振った。
 「ううん……ここどこ?」
 どこか甘い眠たげな少年の声だった。
 「俺の寝ぐらだ」
 金の家は彼の診療所の真上にある。つまり、古いエンピツビルの三階で、当然敷地面積は診療所と全く同じだ。
 「下は診察ベッドがひとつきりでな。悪いが寝てる間に勝手に動かした。いたずらはしてないから安心しろ」
 「……脳みそ腐ってんのちゃうかホンマ……」
 運んでくれたことに対してなど、珍しく礼の言葉の一つも口にしようかという思いが、ちょっとは脳裏をよぎった昌巳だったが、表情一つ変えないままの金の軽口に文字通り閉口して顔をしかめた。
 昌巳は、陽に焼けた畳の六畳間に敷いた布団に寝かされていた。
 「腹減ってるか。おでんと……米の飯だけはたっぷりあるが」
 昌巳は自分のものでないかのように、腹を触って、
 「後にしてええ? もうちょっと寝てから……」
 と答え、金の顔を窺う。
 「好きにしなよ。点滴に栄養も入れたから、腹減った感じがしなくても不思議はない」
 うん、と小さくうなずき、昌巳は目を閉じ、再び眠りに落ちていった。

  ――――

 「先生! 先生!」
 「どうした!」
 階下の診療所に下りていた金は、戻ってきた自宅のドアの中から聞こえた昌巳の声に切迫したものを感じ、玄関のドアを乱暴に開けて部屋に飛び込んだ。

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