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 「とりあえず一文なしやろ。ここの人らかてタダでメシ食わしたり寝かしたりはできへんし、お医者さんにもお金払わな。ちっちゃいのにかわいそうやけど……」
 チビ玉はソファに浅く座って、ちょっと足を跳ね上げる。
 「バカにすんなよ! これでももう何年も、お父ちゃんと一緒に働いてきたんやから。学校とかで遊んでるボンボンとは違うねん!」
 「……わかったわかった」
 俺は学校行きたかったな。行けなくしたママ、恨んだな。この子は何も恨んでないみたいだな。オヤジも大好きだったみたいだな。……ちょっと、うらやましいな。
 「もしな、気持ち悪いとか痛いとか、きつかったらお客さんと違て俺に合図してくれたら、俺お客さんに交渉するから、あんまりなんも考えんと……」
 「痛い?」
 「……う、うん。いやまあ大丈夫と思うけど」
 あの客が大丈夫かは正直わからないが、ジョージは多少腕っ節には自信があったし、ナイフもいつも持っている。首を絞めてくるような狂った客からは、実際に刃物を振るうかは別にして、ひっぱたいて逃げてもよいことになっている。
 少年らは商品だから、経営者も壊されては困る。働き手が大人の場合よりもさらに、恐怖やストレスを軽減した状態で仕事をさせられるようケアしたいというのは、動機は同情でも何でもない実益だが上の人間の偽らざる本音だ。
 「ようするにエッチなことやねんな」
 「……そやねん。女のかわりに男の子がええちゅう人が来るとこやから……」
 「うん、わかった。がんばる」
 逡巡するジョージの言葉を遮るようなチビ玉の早口。くりくりした大きな黒目が、ジョージを下から見つめた。
 「…………」
 「お父ちゃん紙芝居自分で作るねん。資料で、江戸時代とかの本が写真になったやつとか、持ったはったり、図書館で借りたりしたんやで」
 「……?……」
 「シュンガっていう昔のエロ本があるねん。それに男とお坊さんがエッチなことしてるやつとか、あるねんで」
 「……マジで……?」
 ジョージだって大人ではない。まともに小学校も出ていない。大して何も知らない。お坊さんが? 日本人ってそんな昔から変態だったのか、とちょっと驚き、ちょっと自己嫌悪になる。
 「ジョージみたいにかっこいい子は出てこうへんで。たいがい太って色が白くて長い髪後ろで結んだ感じで、お坊さんにおちんちんくわえてもらったりおしりに筆入れられたりしてるねん」
 「……筆て……」
 チビ玉の高い子ども声がどんどん大きくなっていて、ジョージはなぜが恥ずかしくて耳まで真っ赤になるほどかっかとしてきた。
 「行こう」
 「え?」
 あんな話をここでこれ以上されたら動揺する。なぜか恥ずかしいし、絵で見たものを、言葉で聞いたことを、自分のからだで実際受け止めた時、この子がどう感じ、どう反応するのか、もう考えたくない。まあ筆は入れられないと思うけれど。
 「バイク乗せたる。乗りたいやろ?」
 「うん」
 「お金たくさんもらえるから、ちょっと風に当たってから、うまいもん食って、それから行こうな」
 「うん!」
 チビ玉ははね飛ぶように、ガムテープで補修したぼろソファから立ち上がる。

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