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チビ玉とジョージ 4
ルミネスの十二階、業務用エレベーターががくんと音を立てて止まると、チビ玉は壁の方に飛ばされそうになって腰を下げた。その低い位置の手に、ジョージの手が伸びてきて、チビ玉はそれを握る。薄いブルーの作業着を着た清掃作業員は、振り向きもせず背中に手を回して、二人を手招きする。
深紅の短毛絨毯は足音を響かせない。廊下を折れ、清掃作業員は、
「1214」
と廊下の奥を指さしてひと言言うと、背中に手を伸ばす。ジョージがチップを握らせると、そのまま踵を返してエレベーターの方に戻った。互いに一度も顔を見ていない。これはいざとなればなかったことになるのだから、それでいいのだろう。
1214号室のドアをノックする。ドアが細く開き、ロックバー(ドアチェーンと同じ働きだがより丈夫なもの)が外され、静かにドアが開いた。
あらためて見上げるに、このドアから入れたかと思うほどの巨魁だった。
カクテルグラスを大きな手につまんでおり、ピンク色の酒が少量残っていた。髪は白髪というか銀、眉も薄いが同じ色で、えらの張った体格の割りにしても大きな顔はブルドッグを思わせる。白い肌は酒に朱に染められていた。廊下の絨毯に似た臙脂色のガウンを着ており、胸はもじゃもじゃの毛で覆われている。この距離でも体臭は強烈だった。ジョージはもちろんロシア人の相手をするのは初めてではないが、大概、三、四十分は獣じみた体臭と戦うのに必死で、いくら触られても勃起どころではないくらいで、最初の頃はあとに頭痛が残ったものだ。
臭いのせいか定かではないが、チビ玉は顔をしかめてジョージの後ろに隠れてしまった。
「Hello,I long long for your comming. ……Come in,Come in!! Hurry!」
ジョージの肩を引き寄せ、逃げ腰のチビ玉の小さな手を引く男。二人を導き入れ、ドアを閉める。電子式のオートロックが作動した。チビ玉はその発振音に、何か恐怖をかきたてられた。
「Ah... My name is George. Nice to meet you.」
「Oh you so nice! is he ...?」
男はジョージの手を強く握って振り、続いて軽くハグすると、少し横に寄らせ、腰の引けたチビ玉の手を、本人にその気はないのかもしれないが無理に引っぱった。枯れ枝を噛む狼の口のような手だった。
「Ah... He is new boy,So he still doesn't have nick name in this town.Call him ah... チビ……玉」
誰かが彼をそう呼んでいた。ジョージはチビとかおいチビとかしか言っていなかったが、とっさにその名前が口から出た。
「Chubby? Oh he is not...」
「No, No, チビ means little, shorty, tiny ...in Japanese.」
「Oh I see! Just tiny! So cute!」
ロシア人は満面に笑みを浮かべるとチビ玉の脇に手を差し入れ、軽々と持ち上げた。一瞬足をばたつかせたチビ玉だったが、ジョージが優しく目線を送ったので大人しくなる。チビ玉はそのまま男に運ばれ、ジョージはそれについていって、ほぼ正方形の大きなダブルベッドの片端に並んで座らされた。部屋はダブルベッドが小さく見えるほど広く軽く十畳はあって、これも正方形に近い。窓側は広いヴェランダになっている。バスルームは入り口の横というつくりだ。
「チビ……玉。とりあえずこいつに嫌そうな顔見せたらあかんで。どうしても嫌やったら俺に合図せい。ええな?」
「何でチビ玉なん?」
小声の早口で合図を送っているというのにとぼけた返事が返ってきたのでジョージはいらついた。
「ええから! わかったんかいな?」
「うんがんばる。でもあの人くさい」
「日本語わかるかもしれんにゃぞボケ!」
囁きながらも、チビ玉の罪のない愛嬌にジョージは何となく反応してしまう。もともと、ゲイの気はなかった彼だったが……。
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