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チビ玉とジョージ 7
ショートを終えたチビ玉が、ビアバーに戻ってきてママと話している。ママはいい顔はしていない。どうやら引っ張れるはずだったものを、チビ玉が早々に切り上げてきたらしい。
大男を鼻であしらって、お愛想のキスと笑顔だけは忘れずに、忍者のように部屋から逃げ出してくるチビ玉の姿が目に浮かぶようだ。
この街にいると、時の流れはずいぶんとゆったりとするが、それでも二時間は経っていない。ショートというのは男といる正味の時間が二時間ということなんだがな。遠方に出る時以外は。
先ほどと違い、チビ玉は三木の視界に入るようにちらちらと近くを横切っていた。珍しく構って欲しいとでもいうつもりだろうか。いや、こういうのに騙されるんだよな。
「座れよ」
三木は声をかけた。チビ玉は小さく駆け、がさつにイスを引き寄せて浅く座り、ママにコーラを注文した。冷えたやつだ。
「自分で金出せよ」
「どケチジジイ!」
「金持ちはわんさかいるやないかい。どこへでも行けや文句あるなら」
三木もある意味手慣れたもので、にべもない切り返しだ。
「……ええわ自分で出すから、ここ(イス)ええやろ?」
「……冗談や。コーラぐらい出したる。……さっきの客は金払いよかったんか」
少しからかい節に三木は訊いた。
「金はね……。でも重たいねん」
三木はビールを軽く吹いて、口を拭った。
「……そらそうやろな」
「何かひたすらのっかられて全然先に進まへんし、おっさんイカすか俺イカなきりつかへんねんけど……」
「……そのへんでええわ」
うんざりして、安くでいいからと適当に札をもぎとって逃げてきたのだろう。
再び、くぐもったような爆発音が、二発、三発、エコーをともなって轟いた。ホテルの(階の)高い部屋か、川べりに出れば花火が見られるかもしれない。薄もやが冷たく、夏にしては肌寒い。
「ミッキー……」
「ん?」
三木は空になったビール瓶をごとんとテーブルに置く。
「朝まて買うてくれへん?」
……………
「金がないわ。お前の言うとおり俺はビンボーのどケチジジイやさかいな」
「五百で……」
「朝までかい。ママに金渡したら赤ちゃうんかい」
さて、買い叩いたとして、夜彼に振り回されても不快なだけだ。一方で肉欲は求めるものを求める。それよりも三木は、彼の何か子細ありげな、いつもと違う様子に惹かれていた。心配したというのとは、ちょっと違う。
†
ジョージとチビ玉は、名コンビで、傍目にも愛らしい兄弟分だった。ほんの短い間だったが。
二人で客を取り、自分たちでペースを握り、客から金をもぎとって派手に遊ぶ。特に実入りのよかったあとのオフタイムでは、ジョージは神戸の港まで、小さなチビ玉を背に乗せてバイクで疾走した。貨物船の霧笛、ひねもす波音、潮の香り、油の匂い。ジョージがそれらを愛したように、チビ玉もそれらを愛した。
だがそんな「蜜月」は、長くは続かなかった。
一つには、ジョージが、十分に男前で、きれいな肉体を持ちながらも、街が長すぎ、あきられてきていたこと。彼はまた一面不器用で、客に媚びを売ることもうまくはなく、一方でハードなプレイも嫌ったこと。
客は離れつつあり、英語や長年の顔を活かした「仲介」で、実入りの減少を補っていた。
その一方で、街では新顔、特に年齢の幼い者は、少なくとも半年から一年は相当にちやほやされるものである上、チビ玉は愛嬌もので、すぐにジョージの不器用さを補うほどに客扱いもうまくなった。
いつかジョージは、チビ玉にぶら下がっていた。派手な遊びとも手は切れない。兄貴分としての立場も、言葉のやりとりにおいては失わないとしても、チビ玉の気むらに振り回され、辛抱しながら、経済的には彼に頼るようになってしまっていった。
心の奥底に遠慮のあるジョージの軽口や偉そうな言葉は、遠回しにチビ玉を傷つけていた。彼には、本当は保護者が必要だった。さびしさを抱きとめてくれるとともに、わがままをたしなめ、叱ってくれる力強い存在が。
何度目かの口汚い言い争いのあと、二人は完全に離反した。それぞれが勝手に仕事をするようになる。チビ玉の方は、この街に来て一年弱が経っても、絶頂の人気を保っていたので、実入りも仕事の量も、彼自身の匙加減一つだった。だがジョージは、コンビを組んでいた時に比べて大して払いのよくない客にペースを握られるなどかえって凋落ぶりを自覚するはめになって、時にはチビ玉と出会ったことを呪った。
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