フォークダンスで口説いて 4/9
清田からのバックコールは早かった。遅昼を済ませ、布団や洗濯物を取り込んで、少しウトウトとしていた所に携帯が鳴る。壁の柱時計を見ると、別れてから、僅か三時間足らずだった。 「はい、もしもし。秋野です」 緊張しながら出ると、馴染み始めた低い声が受話器越しに、少し遠い感じで響いてくる。 『あ、清田です。さっきは悪かったな。今、仕事終わって。あ、電話、ありがとう。その。で、今からもう一度でも逢えたらって思って。無理かな? 今、どこにいる?』 声音は落ち着いて聞こえるが、彼も少し緊張しているらしい。段取りの悪い、思いつくがままの話し方をしている。 「いいよ。今は家にいる。清田は会社?」 『ああ、今から出るとこ』 「どっちにしても部屋には帰るよね? 清田のマンション、解るし近いから、そこで合流してから出る出ないを決めたら、どうかな?」 秋野の提案に清田が納得したように、うん、と頷いているのが解る。 『あ、じゃあ、帰ったら電話入れようか?』 優しい口調で尋ねられると、甘いような気分になってしまう。 「ちょっと雑用片付けてから行くから、30分ぐらいしたら、おれからかけるね。じゃ、また後でね」 『ああ。ありがとう。後で』 まさか礼を言われるとは思ってもいなくて、驚いてしまう。返事を一瞬、躊躇った隙に通話は向こうからプツン、と切れた。 「ありがとうって。なんだかなあ」 ボヤいている内にも、頬に熱がジワジワと集まってくる。 ふと清田のマンションはわかるが、自宅については、暫く黙っていようと思った。全てをさらけ出してくれた相手に申し訳ないが、賃貸の清田とは違うし、母の側にもいなければならない。そう易々とは引っ越せない立場は守りたかった。 その後、少し念入りにシャワーを浴び、身支度を整えた。ベッドヘッドの引き出しから小物や着替えを取り出して、先ほどのバッグに放り込む。髪を乾かし、母に出かける旨を書き置きする。 旧友と会うので、場合によっては外泊するが、気分が悪かったら遠慮なく電話をするように、と書き添えておく。最近は小康状態を保っているとは言っても油断は出来ないのだ。 先ほどの出で立ちから帽子とサングラスを抜き、部屋の入り口で「あと5分ほどで着きます」と、メールを入れる。マンションの階段を降りきった辺りで「帰宅してます。待ってます」と返信があった。 外は早くも日暮れの気配を滲ませ、日中よりは風も出て、結構寒い。清田の住むマンションの玄関へ、急くような気持ちを抑え、寒さを堪えながら、わざとゆっくりと歩く。 すると見覚えのあるすらり、とした立ち姿が吹き曝しの駐車場の側で、所在なげに立っている。 あわてて小走りに駆け寄ると、清田は軽く手を上げて微笑んだ。 会社のロゴの入ったジャンパーを羽織ったままだ。待ってくれていたらしい。見れば鼻の先が少し赤くなっていた。 季節はもう11月下旬、南国に当たる地域とは言えど、外気はかろうじて2桁の気温だ。ビル風の吹くマンションの陰にある駐車場は一層冷え冷えとしている。鼻の先を見て、寒かっただろうに、と、気の毒でならない。 「ごめんね、寒かったろ? 部屋で待ってたらよかったのに」 何気なくかけた声が緊張で掠れているのが、妙に恥ずかしい。 「や、うん。でも迷ったらいけないと思って」 少し目を反らしながら、そんな優しい言葉を言うなんて、反則だと思う。 「ありがとう。へえ、作業着も似合うじゃん」 軽く笑いながらジャンパーの裾を引っぱってみる。すると清田は階段を上がりながら憮然とした顔で返事をする。 「さっき、客先で多分ハタチそこそこの若いアンちゃんがさ。おっさん、休みだったらしいのに悪いね、ご苦労さん、だって。まだ30だっての。凹むよ」 珍しくいじけているのが妙に可愛くて、思わずぷっ、と噴き出せば、こいつ、と鼻を軽く摘まれた。少し馴れたようなその接触が、酷く甘ったるい雰囲気だ。戸惑いと嬉しさがないまぜになって、胸が益々痛くなる。 ジャンパーの下に着られた紺のスーツは、決して高級品ではない。でも、間違いなく、とてもセクシーだった。 三階の階段のすぐ隣の角部屋が清田の住まいだった。玄関を入るなり、いきなり4畳程度の台所に、奥は12畳程度のフローリングと言う造りで、台所の横に引き戸が見える。 脱衣所などの水周りを纏めてある様な雰囲気だ。使い勝手の良さそうな構図だが、台所は手狭な印象を否めない。 「結構音は響かないんだけど、ちょっと手狭だろ。なるべく物も、置かないようにはしてんだけど、むさ苦しくて悪いな」 「いや、綺麗にしてる方じゃない? 料理もするの?」 調理器具は少ないが、割と使い込まれたものが揃っていた。それを見ながら何気なく、尋ねてみる。 「ああ、もともと多少は、やってたから。でも簡単なものだけな。今の時期だとカレーとかおでんぐらいか。大体炒め物が多いな。最近は肉じゃがを何とかな」 「あれ、それが一番難しいんじゃん。それと味噌汁が出来れば男の人にしちゃ上等だよ」 煮物や味噌汁の類だけは、経験年数を経なければ中々あの深いような滋味が出せないものだ。 「どうも俺が作ると味気なくてな。秋野は結構やれそうだな」 「大体全部やるね。今は母親の方が出来ないぐらいだから。得意なのは煮豆かな。刺身も取るし、梅干とかラッキョウ位なら漬けちゃうよ。いいお婿さんになるでしょ」 笑いながら応えると、清田は凄いな、と目を見開いている。 ローテーブルの前に置かれたクッションを薦められたが、軽く頭を横に振る。そっ、と近寄って、首に手を巻きつけ、背伸びをしながらチュッと唇を吸い上げる。後はゆっくりと彼のなすがままに任せながらも、テーブル横の大きめのセミダブルベッドへ足を向けた。 「準備してきたから、すぐでもいいよ。それともさっきの、真に受けちゃいけなかった?」 バッグからこれみよがしにローションとスキンを出し、ほら、と笑いながら見せてみる。 ひくのなら今だぞ、と相手に突きつけるようなそんな行動。そんな試すような事は止めようと何度も思ったのに。 しかし、清田は激しいほどの勢いで秋野の唇を奪ってきた。体勢は上下を覆され、彼の熱烈な情熱を、息を上げながら、受け入れる。 沈み込む布団の中で、ぴたり、と露骨に股間に当てられた掌に驚けば、睨むような眼で清田が自分を見た。 「やめるなら今のうちだぞ」 どう考えても自分から口にする台詞が清田から出たのに驚いた。思わず目を見開けば、音も高らかにやや腰履き気味のノータックパンツのジッパーを降ろされる。ソフトタッチなのに、動きは露骨だ。腰骨に添って這うような、しかし少し立て気味にした指使いで下着を一緒に下へとずらされるとその刺激でビクン、と身が跳ねる。 「くそっ……こんな色っぽい服だの下着だの、何人に見せてきたんだよ」 悔しそうに告げながら、それでも片方の指は確実にニットとカットソーの奥の胸元へ這わされ、臍の辺りをチロチロと舐められる。その刺激に、またも身体が揺れてしまう。 「ローライズ、くらい誰だっ……て」 かすかに抗えば、すっ、指で掻くようにして、すとん、と下着ごと全部引き抜かれた。 「清田っ、やっ、ん、ぁっ」 どうやら部屋に予め軽い空調を入れてくれていたらしく、頭上を温風がそよそよと吹いている。その優しさが、余計に胸を疼かせた。 あられもない格好にふ、と軽く息を吹きかけるようにされただけで、早くも反応を示す分身を片手で押さえようとする。その手を、やんわりと取り除けられた。性器を指先で摘みあげるようにして、そのくせ妙に丹念に焦れるほどの刺激を与えられ、見る間に先走りが滲んでくる。 自分ばかり追い詰められるのは、癪に障る。どうにかしてイニシアチブを取ろうと手を這わせても、軽くあしらわれ、無駄に空を掻くだけになってしまう。悔しさに軽く睨みつければ、清田は満足げな微笑みを浮かべるばかりで、中々自分に触れさせようとはしてくれない。 「ねえ、キス、ほしい、キスして」 キスだけはかろうじて強請れば躊躇なく、与えられた。先ほど言ったのは世辞ではなく、清田のキスはまさに、絶品だった。最初は啄ばむように。そして舌を差し込んでからが凄い。奥まで入れて舌を絡めて扱く。上あごをねぶり回し、舌を唇で挟んで扱かれながら甘く噛まれたりもする。歯列もくまなくネロネロと舐められた上に、口の外の零れた唾液まで啜られた。 自分もそこそこだとは思っていたが、余りに巧みなそれと、熱い熱に浮かされてしまう。合間にすっかり上も脱がされ、されるがままに身を任せて、くたり、と力を抜いた。 誘われて、あーんと開けた口の中の上あごをねっとりと攻められると余りの快感に、耳の奥でキン、と音が鳴る。 結局、下肢に施される掌と指使いとキスだけで瞬く間に高みに追いやられ、快楽の証拠を腹の上に噴き上げた。 「ごめん。我慢できなくて。ねえ、清田も、いって」 荒い息のもと、絶え絶えに呟けば、ぐり、と太腿の辺りに固いものが押し付けられた。 「ん、俺も結構余裕ないけど、ごめんな」 意外な言葉に、目をパチクリさせていると、照れたように告げられる。 「本当は見てるだけでイキそうだった」 耳元で零される睦言が嬉しくて、甘いような声で強請ってみる。 「いって。いっぱいして」 すると耳元で何度も、秋野、と小さな声で囁かれる。くすぐったさに喉を鳴らせば、激しい程の水音を立てて耳の奥を舐められた。 「あっ、あ! 耳、やあ、ぁんっ!」 悲鳴に近いような声を、それでも抑え気味に上げれば、今度は胸元をコリコリと弄られる。押し付けられる清田の滾りは益々固さと熱さを増している。焦れたように掌をそこへ当て、ジッパーを探った。自分ばかりが裸なのも癪に障る。 そろり、と掌を払われ、睨むように見上げれば、清田が左右に軽く首を振り、しゅっ、と音も高らかにネクタイを引き抜いた。シャツは幾つかボタンを緩めたままで、手早くベルトとスラックスを寛げている。少し乱れて額に落ちた前髪が酷く色っぽい。 思わずうっとりとそれらに見蕩れてしまう。「こら。そんなエッチな顔で見るな」と気付いた清田に照れたように笑われた。バカ、と小さく囁き返しながら、掌は清田の猛りへと伸ばしてしまう。先走りを零したそれをつっ、と指でなぞれば、清田が軽く息を飲んだ。 「先、一回しとく?」 そっと囁くように、聞いてみる。 「や、それより秋野の。奥も全部見たい」 全く予測もしなかった卑猥な言葉が降ってきた。赤面を隠せずにいれば、ニヤッと笑われ、逆襲されたのだと気づいた。してやられた気分になりながらも、酷く恥ずかしい。 けれど、結局は清田の掌の力に任せ、彼のこれから侵略する先を、おずおずと目の前に晒す。 昼日中の情事も、それこそ青空の下ですらも、経験はあるが、羞恥が消えてなくなるわけではない。特に清田が相手であれば、同級生と言う存在ゆえか、余計な含羞が胸底から、ふつふつと沸いて来る。 腰の下にさっ、と枕とクッションを重ねられて、清田に少しはその知識があるのだと解った。もしくは案外女性にもこうやって労わっていたのかもしれない。 そう思った途端に、じりっ、と喉の奥が焼け付く様な嫉妬を感じてしまう。 ゆっくりとなぞるようにして指が奥の蕾へとあてがわれる。洗っては来たが、矢張りローションなしではきつい。それを口にしようとすれば、清田は思ってもいない行動に出た。 躊躇わずに当てられた舌が、自分の蕾の周辺を舐めているのが解り、悲鳴に近い声で阻止をする。 「だ、め! 清田そん、やっ、やぁっ!」 ぬくり、と奥まで入り込み、ぐるりと嘗め回されれば快感に声はあがる。しかし余りに恥ずかしいし、感染症のリスクも高い。異性愛者だったと言うのに、こうも躊躇いが無いのには、秋野の方が驚いてしまう。 「舌、だめ、や、やぁんっ、やめ、だめぇっ」 コシのある黒髪ごと頭を掴んで、必死に引き離し、しゃくるように頼み込めば、ようやく舌が蕾から引き抜かれる。 「気持ち悪い?」 そっと尋ねられた言葉に、ブンブンと首を左右に振る。良すぎて困るのだと解ったらしい清田がくすり、と笑い、再びぐじゅっと奥を穿つように舐めてきた。それを感じた途端に、僅かに中が蕩けるように綻びるのが解る。もう、欲しくてたまらない。びくびくと背筋を震わせながら、軽く清田を睨んだ。 「も……焦らすなって……」 囁くように強請れば、清田は薄く笑って頷いた。かちっと音がするや、粘性のジェルを馴染ませる水音が聞こえるのに、半ば安堵をする。暖められたローションを塗られ、つぷん、と指が中へと侵入してくる。 「ごめん。余り可愛いから、つい、苛めたくなった」 小さな声で詫びられ、それでも指はゆったりとした仕草で中へ中へと侵略してくる。いいよ、と囁いて唇をなぞれば、軽く指を銜えられた。そのままチロチロと指先を舐めていたが、徐々に指の股を粘っこく蹂躙される。もう全身が過敏になってしまって、それにすらもピクピクと身体が跳ねてしまう。 清田はその間にも、ぬかりなく緩んだ奥の襞に、少しずつ指を増してくる。ずん、と響くような体積に息を上げれば、唾液で粘った指で胸をクルクルと丸く描くようにして苛められた。あの、セーターを触っていた時の動きそのものを思い出して、酷く興奮する。 「すごい。三本、入った」 小さな声で呟かれ、ぐるり、と中で回されればじわっと滲むような快感がある。 「う、ふぅっ、んっんんっ」 思わずねっとりとした吐息が漏れてしまう。 そのまま探るようにしていた動きが、クン、とあるポイントを衝き、あっ、と声を漏らせば、ここか、と尋ねられる。ぐうっと指を曲げて重点的にそこを抉られるとたまらぬような快感が背骨を走り、思わず矯声が上がった。 「あっ、そっこ、ぁ、あ、あぁ、ん」 ふるふると頭を振っても次々に沸く快感をどうしようもない。最早だらだらと絶え間なく蜜を零す前部を意地悪く塞き止められ、秋野は思わず強請るように腰を弾ませてしまう。 「やっ、欲しい、もうお願い。来て、清田」 上がる息を隠せずに請えば、清田はこくり、と頷いた。手早くスキンを着け、首を傾げながら声をかけてくる。 「秋野。恥ずかしいかもだけど、うつ伏せになれる? これだと足、辛いだろ」 そろっと太腿の筋肉を撫でながらそんな事を言う辺りは、さすがスポーツ選手と言えようか。身体に負担が無い体勢なぞは、見当がつくのかもしれない。 無言で頷き、そろり、と身を起こせば、少しずつ肩や背に唇を落としてくれる。リラックスするようにと気を配っているらしい。 酷く優しい動作に、思わず目が潤んだ。こんなにも優しい男を捨てて、他の相手をみつけただなんて。それでも彼とは合わなかったのだろうか。彼も苦しんだんだろうか。 それとも矢張り自分もこの優しさに狎れてしまうのだろうか。 膝を立て、獣のような体勢になれば、切っ先が入り口に当てられる。軽く息を吐いて力を抜こうと神経を集中する。 「痛かったら絶対に言えよ」 言葉をかけられ、軽く頷く。ゆっくりと押し開かれるその感触は、何度受け入れても中々慣れる事はない。矢張り最初は痛みがあるものだ。平均以上のサイズの清田のものなら尚更だ。 背骨から首筋へと柔らかく唇を落とし、乳首へも柔和な愛撫を施しながら、秋野の気配を少しずつうかがっているのが解る。その優しさが、どんな愛撫よりも心を溶かす。 猛った牡は自分の中へじりじりと着実に侵略してくる。一番嵩の高い部分が通り越せば、後は惰性で何とかなる。久しぶりの上にサイズの少し大きめなそれを受け入れるのは結構きつい。 しかし、散々蕩かされた奥へ、ゆっくりと清田の牡は侵入を遂げてくる。じゅくじゅくと粘った音の末に、とん、と奥を突かれた。臀部にざらり、とした感触を得たことで、最奥までの貫通が解った。 「秋野、痛くないか? 全部入ったぞ」 小さな声で告げられ、痛くない、と囁き返す。その僅かな振動すらも、ビクビクと内壁に伝わり、じわじわと痺れるような快感が背を伝う。中の襞が久しぶりの侵入者に馴染むまで、清田が根気強く待ってくれる気配があるのも嬉しい。 少し身を捻り、再びキスを強請れば、存分に甘やかしてくれる。乳首をきゅっと軽く抓るようにされるのが堪らない。観察眼の鋭いらしい清田には、何が好きなのか、僅かな動きであっと言う間に見抜かれてしまう。 かなり、器用だし、相手を読むのが抜群に上手い。営業をやっているだけはあるんだなと、妙に醒めた事を思っていても、徐々に内部の襞は蕩けて、清田の分身に絡み始める。 最初はざわざわと探るようだった蠕動が、きゅっ、きゅっ、と焦れたように分身を食い締め始めた。まるで恋人にキスをするような秋野の襞の動きに、清田は満足げに微笑んだ。そのままゆったりとした動きで、中を試すように擦り始める。 「は、ああっ、んっ」 思わず上がった切ないほどの吐息を清田は聞き漏らさなかった。 「どこがいいか教えて」 甘いほどの声で、そんな可愛い事を言う。先ほど指で抉られた部分に嵩高い部分が当たり、揺するようにされた途端、喉が引き攣れるような荒い喘ぎが出る。 「あっ、そこっ、あっ、そこぉ、やぁんっ」 「ああ、ここか。解った」 言うや否や、捻りの効いた動きでそこを衝かれ、しかも前部の先端を親指と人差し指の先で開けるようにしながら擦られる。余りの刺激に、早くも限界が訪れた。 「やっ、だめそ、れ、いっ、いく、いくぅっ!」 びくびく、と身を震わせ、声を引くようにしながら、瞬く間に頂点へと駆け上がる。到底男を初めて相手にしたとは思えないほど、清田は優しく丁寧で、しかも巧みだった。 放出の後も、今度は奥を丹念に責め上げられ、立て続けに到達をさせられる。一度達すると続けてイキ易い方だが、こんなに即座に達した事は無い。清田が皮膜越しに体内で放った熱を感じた途端、じわっと粘るような余韻が襲ってくる。 けれども奥ではまだまだ疼くような気分が燻り続けている。納まりのつかない程の淫靡な欲が身体のうちで滾っている。深く穿たれたまま、結合部の摩擦で滅茶苦茶に苛め抜いて欲しい。そして清田のものを一杯かけて欲しい。けれどそれを口にするのは恥ずかしくて堪らない。放出の後で一度引き下がろうとした清田を、慌てて引き止める。 「や、清田、抜いちゃ、や、あっ、いやっ」 今は、どうしてもそれを失いたくない。理性ではスキンの付け替えのためだと解っている。けれど滾り始めた欲情は止まらない。 「秋野。つけかえるだけ、な?」 宥めるように言い聞かされるのが、辛い。 「ごめ、ごめん、清田。おれ、こんな、もうやだ、恥ずかしい。ごめんね」 こんな浅ましい程の感覚になるのは、滅多に無い。そしてこんなに、はしたない自分が許せない。確かにセックスは好きだし、気持ちの良い事は大好きだ。 けれど納まりの着かないような妙な感覚には戸惑ってしまう。はっきりと飢えを自覚してしまう。そして何より清田が感じたと言う、確たる証拠が欲しくてたまらない。感情が高ぶっているのと、久々の快楽で、身体も迷走しているかのようだ。 理屈ではどうにも説明のつかないこの事態が、自分でも恐ろしい。ぎりっ、と血が出そうなほどに唇を噛み締め、欲を律しようとすれば、咎めるように濃い口付けを送られる。 中には、まだ望み通りに彼が残っている。そしてびくびくと脈打っているのが嬉しい。必死の自制とは裏腹に、節操の無い襞は清田に臆面もなく絡みつき、もっと強い刺激を求めて強請るような蠕動を続けている。こんなにも淫らな自分が、余りにも惨めだ。 ……欲しくて堪らないのは事実だ。けれど淫乱だと思われてしまうのは嫌だ。それが、酷く怖い。再び唇をキュッと噛む。 「こら、そんなに噛むな。痛いだろ? 欲しけりゃ幾らでも欲しがっていいぞ。お前だけがおかしいんじゃないし。何か今、俺もちょっとブっ飛んでるもん。このままお前がいいなら、出しちまいたいけど、それはさ」 言いよどむ清田に、頷いて、一旦中止すればいいだけの話だ。なのに口をつくのは、はしたない強請りばかりだ。 「して。いいから、そのまま、中、して」 恥を偲んで、かすかに呟くと、ぐっと清田が息を飲むのが解る。そのまま、くうっと微かな呻きを上げるようにした清田は秋野の望むままの動きを取る。深く穿ったまま恥骨同士をグリグリと擦るようにされると、もう堪らなかった。ビクビクと性器が震え、触れられもしないのに白濁を撒き散らす。なのにその途中で再び酷いほどに抉られるとまたもや新たな芯が通る。 「あーっ! あぁっ、いく、いっちゃうぅ! あ、ああ、ああっ!」 最早、喘ぎを通り越し、半ば叫ぶようにしながら清田の動きに溺れ込む。奥の襞は大喜びで彼の性器に絡みつき、それをズッズッと摩擦されながら抉られると頭の髄まで真っ白になりそうだ。 「あーっ! はぁんっ、またぁ、ぁぁ…ぁ」 随分長い射精に感極まり、啜り泣くようにしていれば、再び前部から、勢いを失いつつも精液が零れ落ちてくる。 「くっ、うぅっ、あき……のっ、くぅっ」 一際奥を穿たれた途端、熱いものが秋野の体内に迸る。皮膜はもうとっくにずれていた。同時に秋野も、今度は自ら前を握り、強めに扱いて残った精液を搾り出す。 「あ……はぁ、ぁ、清田……凄いぃ」 清田の下腹部がビクビクと僅かに震えている。その振動で、清田の快感の余韻が秋野の身体に伝わってくる。ジワジワと熱いものを沁みこまされるのが気持ち良い。背を軽く撫でるようにされながら秋野も、はあっ、と深い満足の吐息をついた。口の周りは既に唾液だらけでベトベトだ。深い余韻に震える身体を励ますようにして起こし、そっと手の甲で口を拭う。 「ごめんな、ガキみてえで。なんか夢中で……。痛くないか?」 労わりを忘れぬ優しい言葉が沁みるようだ。秋野は、快楽の余韻に滲む涙を指先で拭い、清田を見詰める。優しい微笑みを目にすると、また鼓動が無闇に早くなる。 「凄かった。よすぎて困るぐらい。清田は?」 呟くように言えば、チュッと可憐な音を立てて、鼻先に口付けられた。情事の後で、甘やかしてくれるタイプらしい。こんなくすぐったい様な甘やかされ方は、久々だ。 「俺もすげぇ、よかった。秋野、滅茶苦茶可愛いし。こんな興奮してがっついたの、高校以来かも。最後、結構乱暴にしたけど本当に痛くない? 大丈夫か?」 耳元で囁かれる言葉に、蕩かされてしまいそうだ。なのにその甘さに浸りきってしまうのが、酷く怖い。こんな事になってしまって、もう手遅れもいい所かもしれないのに。 「痛くないよ。おれももう、ぐちゃぐちゃでごめんね。清田、本当に上手いの通り越して凄いって感じ。てか……真顔で、可愛いとか……嬉しいけど。なんか、そっちの方がめっちゃ恥ずかしいんですけど」 可愛気の無い言葉を意識的に選んでも、潤んだ目と、頬の紅潮で、照れているのはお見通しらしい。くすっと清田が笑う。 「照れるなよ。俺だって恥ずかしいよ。でも思いもしねえ事は言えねえし。本当に可愛いかったし、秋野の中も、すげえ最高だった。気持ちいい。それにこういうのって大事なんだろ?」 問いかけで終わったと言う事は、多分その類の事を誰かに言われたのかもしれない。例えば、別れた元妻だとか。浮かんだ苦いような考えを噛み殺しながら、そっと清田に返事を返す。 「まあ確かにおれは、好きだけどね。嬉しいし。でも中には女の人でも嫌がる人がいるって聞いた事がある。珍しいって思ったけど」 「へえ。まあ人それぞれなのかな。あ。ごめん。今度こそちょっと」 語尾を小さくして、清田が身じろぎをした途端、ギシリ、とベッドが軋む。まだ体内に残っていた熱を、ゆっくりと引き抜かれるのが解る。未練がましく半ば抜け出た清田のそれを、後部が名残惜しげにキュッと引き締めて、反射とは解りつつもつい、焦ってしまう。 「あ……んっ、わわ、ごめ、ごめん、わざとじゃないよ、ごめんね」 慌てて謝ると、プッと清田が噴き出した。 「ははは、うん。解ってる。反射でこうなるからな。でもそれだけってのも、寂しいけど」 枕元のティッシュを盛大に抜いて、秋野の後部に素早く当ててくれながらのリップサービスが、とても嬉しい。 互いの粘りを拭き取りながら、体勢を向かい合う形に入れ替える。そして軽いキスで余韻を愉しむ。こんな事が出来る相手に巡り合えるのは、かなり稀だ。目の前の貴重なお相手は、こつん、と額をつけ、秋野の瞳を見詰めてくる。 折角抜いたのに、と言いながら清田がまだまだ憤った固い芯をそっと秋野の腰に擦り付けるのに息を飲む。羞恥よりも嬉しさが先立ち、おずおずと見返す。すると、またも清田が、思いもしない言葉をかけてきた。 「秋野。その……こうなってから言うってナンだけど。俺と付き合ってくれないか?」 「え、えっ? ええっ?」 驚きの余り、唖然としてしまう。 「嫌か? 俺、面白みないし、バツイチの上にもうオヤジだし、秋野ほど色々物も知らないし。退屈させちまうかもだけど。でもかなり本気なんだけど」 口説くと言うより、頼み込みに近い、その言い方に秋野の胸がキュッ、と竦む。確かに身体を重ねてからの言葉で、段取り的には問題があるだろう。 しかし清田の態度には真摯な誠意が溢れているように見える。 何て可愛気のある男なんだろう。自分に出来る事なら何でもしてやりたくなってしまう。もともと甘えられるのが好きなタイプだし、こんな健気な事を言われて断る理由も無い。 しかし……。 「確かに急っちゃ急だね……嬉しいけど。清田、本当におれでいいの? おれ、かなりしつこいし、ネチっこいよ。それに……おれから誘っときながら、こう言うのも変かもだけど、遊びは、余り向かない方だし。それと同性の相手って、想像よりかなりキツイよ。隠しても話しても、しんどい事の方が多いし」 こう言う、くどくて恩着せがましい所が自分でもいやらしいと思うのに、中々この欠点は、直らない。 今までは客は対象外だったし、ノンケとはほんの若い頃に、一度付き合ったきりだ。 当時の相手とは色々スムーズで、別れすら大して揉めずに済んだが、それは運が良かっただけだ。大抵は付き合いの時点で、ノンケならではの面倒さやトラブルが出てくる事が多い。相手は勿論、自分にも必要以上の傷を受けたくなかったからこそ、避けていたのだ。 「知り合い連中の話とか聞いてるとさ。エッチして相性よかったからそれが好きって勘違いって、ノンケにはよくあるんだよ。それだと結構、おれは、辛い。好きは好きだし、付き合うのもおれは嬉しい。でも……」 語尾を言いよどめば、清田も軽く吐息をついている。 「俺もこの調子だし、遊びはダメな方だよ。それに気持ちの問題なら、勿論今は夢中だって断言出来る。でもそれの変質って事になると、それこそ時間が経ってみねぇと解んねえんじゃねえかな? 結局そんな心配は取り越し苦労で済むかもしれねぇだろ? それって男と女でも一緒だと思う。ただ今日、お前、喫茶店で言ってくれたろ。縁って」 意外な言葉が出てきて、秋野はコクン、と頷いた。確かに縁と言う言葉は使った。 「取り敢えずこういうスタートになっちまったけど、お前とは縁があったって俺が思いたいのは、都合が良すぎるか?」 縁は優しい言葉だと、自分は清田に告げた。これほど真摯に言ってくれる気持ちに応えたいのも事実だ。それ以上に傷つくのも怖い。 けれどその傷を恐れるばかりでは、欲しい相手に愛想を尽かされるだけだ。自分が相手を欲しいのならば、本音や気持ちをぶつけて傷がつく事を恐れていては、何にもならない。第一、そんな恐れは、今、こんなに真摯に話をしてくれている清田にも失礼だ。 秋野は軽く吐息を落とし、清田の綺麗な瞳を見詰め返した。 「そうだね。お互い良いご縁だといいね。色々至らないけど、お付き合い、宜しくお願いします」 言い終わった途端に、きゅっ、と軽く抱きしめられる。 互いの意志を確認した安心から、清田に施される蜜の様な、軽い愛撫に目を細め、ベッドへと再び沈み込む。そして甘い吐息が激しく切羽詰ったものに変わっていくのに、時間はさほどかからなかった。
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