| 蜜月寸景 〜Time Lag お正月バージョン〜 ちらほらと、小雪散る外を眺める男の横で、唐突に寝間に匂い立つ香り。 蜜柑だ。 「……おい……ちょっと?」 呆気に取られたような恋人の呼びかけに応えず、利明は橙色の皮をふっつり、と二つに裂く。 腹が減ってたまらなかった。 年末から泊まりがけでやってきた恋人と初めて過ごす甘い年の瀬は、充分に嬉しい。 おまけに手作りのオセチがついてきた。 が。 それを食するヒマもなく、年の瀬のお参りにも、初詣に出かけるでもなく。 昼過ぎまで、恋人ならではの密か事に励めば、正月早々、寝乱れた布団の上で蜜柑を貪るハメにもなろうかと言うもので。 「食べる?」 半分に割いた塊のまた半分をブロックごと、口におしこむ。 咀嚼を二度ほどすれば、酸味と甘味の絶妙な液体が、馥郁たる香りと共に喉の渇きを潤し、血液の循環も脳に行き渡る気がする。 それでようやく人心地ついた利明は、改めて恋人の様子を見やる余裕が出来た。 自分も疲れたが、求めてくれた相手も少しは、疲れているだろうか。 そう思って、なにげに見やれば、果たして、永木は渋面を作っている。 「…え? どしたの? 腹減ってない?」 小首をかしげて、枕もとに転がってきていた蜜柑をもう一つ拾い上げ、膝でいざって、永木のそばにペタン、と腰をおろす。 「…いや…そのな…」 見れば永木の耳は真っ赤になっている。 「なに、真っ赤だよ、耳。風邪ひいたかなぁ?」 すい、と延ばされた指先が、柑橘の香りを振りまきながら、額に当てられる。 ひやり、とした感触が心地よい反面、背筋にゾクリ、と快感がはしるのが解る。 なにげない恋人の所作がいちいち衝動につながる自分は異常じゃないかと思えるくらいだが、これが恋人同士の蜜月時代というものか。 「熱はないみたいだけど…」 しゃくしゃく、と蜜柑を咀嚼しつつ、おっとりとしている利明は一糸まとわぬ姿なわけで。 おまけに、年の瀬から新春の今までしていた行為を思えば、不道徳極まりないわけで。 その上、こんな…しどけない姿を取らせてしまったわけで…。 永木の頭の中は衝動と理性が渦巻いていた。 計画としては。 年越し蕎麦は利明が準備してくれていたので、自分がオセチを持ち込み。 のんびりコタツで過ごして……当然、少しは恋人らしい育みも計画の内には入ってもいたが。 朝はきっちり起き出し。 近所の神社に詣でて。 雑煮でも食して。 互いに来た賀状でも月旦しつつ。 ……そんなことは全て計画倒れに終わってしまい…挙げ句恋人を飢えさせてしまった。 その上に。 清涼なハズの柑橘の香りに刺激され、自分の衝動は…まだも、恋人を求め燻り続けている。 どっぷりと自己嫌悪になりそうな気分で恋しい人から顔を逸らせると、冷たい物が唇に押し付けられた。 一房の蜜柑。 「おいしいよ。食ってみたら。今年のはデキがいいみたい」 にこやかに微笑む利明の母方の実家から送られた果物をそっ、と噛み締める。 口の中に甘味と酸味の絶妙なハーモニーが沁みた。 同時に、不思議と、気分がスッとする。 「うまい……」 呟くと、ポン、と半分に割かれた蜜柑の塊が掌に乗せられた。 「それ食ったら神社行って、遅くなったけどオセチとお雑煮食べよっか」 優しい言葉に、ただ、永木は子供のように首を縦に振った。 「じゃ、フロにお湯張ってくるから。とりあえずそれでオナカなだめといて」 そう言いながらするり、とベッドを抜け出す間際。 「まだ、休みはたっぷりあるし。また、ゆっくり、いっぱい。しよ?」 咳き込む恋人を目の端で笑いながら、利明は風呂場で小さく漏らした。 「気分的にはオサマリつかないんだけど…でもちょっと一休みさせてもらわないと腰がイキそうなんだよな…。大体、アイツも体力オバケだから…にしても、ガッつきすぎだし。夜までお預け。だからお前も幾らタフになったからって、お昼は、ガマンの子だぞ。しばし、休憩。いいね?」 誰と会話をしたのかは。 男性のみにしか解らぬ事なのかもしれない。
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