セクスマシン
(3)



 殺風景な部屋の中は温度管理され過ごしやすいが、そのせいで余計に居心地が悪い。石崎が置いていったコンビニ弁当で食事をすませてしまうと他にすることもなく時間を持て余す。
 八尋はさっきから何本も煙草を消費している。身体がヤニを拒んで何度もえづくが、構わず煙を肺に満たしていく。迫ってくる恐怖を遣り過ごす術が他になかった。
 ベッドの上に寝転びながら何度も体勢を変える。眠りに逃避することも叶わないほど神経が昂っている。
 逃げるか? 隙を突いて? アグレッシブに? めんどくせぇな、と呟いてボトルの水を呷る。流されてしまえ。どうせ、この仕事を始めた時からロクな末路がないことくらい覚悟が極まっていた。眠れないだろうと分かっていながら八尋は両手を枕に目を閉じた。
 目を閉じると空調の音とビル特有の雑多な音が耳に響いてくる。舌を噛んで死んだりするのは苦しいことなんだろうか。きつく舌に歯を立てて、痛いので止める。
 これから先もきっと同じことの繰り返しだ。どうせ俺はそれだけの人間だ、と割り切ってまぶたの上に腕を置く。

 重い扉が開く音に目覚める。なんだ、寝てたのかと我が事ながら呆れ、身を起こす。石崎が手に持っていた袋を投げて寄越すので避ける。受け止めろよ、と言って石崎が笑うのを無視して八尋は袋の中を覗いた。中にはタグが付いたままのシャツが入っていた。
「ボスがジュン君の出来に大層満足してらしたよ」
 冗談のような口振りで言う石崎を無視して八尋は鋏でタグを切る。その鋏は過日八尋の服を切り開いたのに使ったものだ。無駄なことをしている、と感じながらパチンとタグを切る。
「おまえ、益々ボスの気ぃ惹いちまったな」
「誰、ジュンって」
「ボスの弟」
 ああそう、それだけ呟いて八尋は新しいシャツを着る。石崎はつまらなそうに鼻で笑った。
「最後に煙草でも吸っとくか?」
「死刑囚じゃあるまいし」
 石崎は黙って顎をしゃくった。八尋も黙ってついていく。
 見た目に似合わず紳士的な運転をする石崎の車の中で、八尋は煙草に火を点ける。昨夜あれほど煙を拒んでいた身体が素直にヤニを受け入れた。石崎が言うような生活が始まるとしたら、これから先自由に煙草を吸うことも、自由に眠ることもなくなるだろう。肺が最後の自由を儚んでいるのか。馬鹿らしい話だ。
「同じ、か」
 窓を開け放ち、八尋は煙を吐き出し呟いた。何が、と石崎は問う。八尋はまた煙を吸い込み答えなかった。答えるまでもないことだ。
 死刑囚と、自分――。

 コンクリート造りの素気ない家の前に車が止まった。パッと見ただけでは個人宅とは思えない事務所のような外観だが、郵便受けの上に『松木』と表札が出ていたので間違いなく自宅なのだろう。もしくは別宅か。
 石崎に促されるまま車を降りる。呼鈴を鳴らす石崎の後姿を眺めていると、単に上司の家に挨拶に来たような気持ちになる。八尋は何気なく辺りを見渡し、付近に家がないことや自然が無闇に豊富なことからこの辺一帯の土地は恐らく松木のものなのだろうと見当をつけた。
 強面の男が玄関から現れて家政婦の真似事をする。八尋たちは男に促されるまま宅へ上がり、案内されるまま部屋の奥へ進んでいく。
 先を歩いていた男が扉の前で足を止めノックする。石崎がポケットから手を出したのを見て八尋はポケットに手を突っ込んだ。それを見て石崎は八尋の頭をどつく。互いに舌打ちしあうのを見て、ドアノブに手を掛けていた男が何か言いたげに目を彷徨わせた。
 扉が開いた瞬間、耳に馴染んだ嬌声が脳天に響いた。廊下とは光量が異なり、部屋の明るさに合わせて八尋は目を細める。
 絡み合う肉体は来訪者たちをお構いなしに行為を続けている。反吐が出るような思いとは反して八尋の口から乾いた笑いが零れる。失笑に気付いて石崎の足が飛ぶ。ふくらはぎの辺りを蹴られて一瞬よろけるが、持ち直す。そんな事をしてる間に案内役の男の口上が終わっていた。
「悪いな、石崎。茶でも飲んで待っててくれるか」
 ボス、松木が石崎に向かって声をかける。腿の上に弟を乗せてよく言いやがる、と思いつつ八尋は石崎たちについて部屋を出ようとした。したが半分くらいは出れないだろうな、と思っていた。
 案の定、松木は八尋を呼びとめた。石崎たちはさっさと部屋を出て行く。扉を閉められると気まずさが増した。性交が終わるまで待っていなければなれないのか、と思うと八尋は憂鬱になった。
「おいで」
 松木の呼びかけは妙に優しげなものだった。八尋はポケットに手を突っ込んだままベッドへ歩み寄る。隠しておかないと気付かれてしまうほど手が震えていた。
 手招きが止むまで近付いていく。松木は八尋の頬に触れ、伸びた前髪を払った。品定めのようにまじまじと顔を凝視され、八尋はあからさまに眉根を寄せた。
「出来れば俺もお茶会に混ざってきたいんだけど」
「いくらでも飲ませてやるよ」
 松木はジュンの中から取り出したものを誇示するように扱いてみせた。薄ら寒い行動に失笑する。
「俺が飲みたいのはザーメンじゃなくて麦茶なんで」
 へらへら笑って誤魔化そうとしたが、無理に決まっている。八尋はグイと頭を押さえられ下肢へと寄せられる。嫌々ながら八尋は松木の昂りを含み口淫を始める。愛撫を再開されたのかジュンの甘ったれた息遣いが耳に付いた。
 硬度を増していく怒張に舌を這わせ、咥えると松木は再度八尋の頭を押さえつけた。急なことで息苦しさを感じ、頭を押さえつける手を除けようともがいたが、それより先に松木が吐精した。
 喉に絡まる精に苛立ち、八尋は乱れたシーツの端を口に寄せ放たれたものを吐き出す。頭の上から松木の笑う声が聞こえた。
「しつけ甲斐のあるヤツだ」
 松木はそう言うとサイドボードに置いた内線電話の受話器を持ち上げる。短い遣り取りの後、すぐに案内役をしていた男が部屋に現れた。
「準備しておけ」
 それだけ言い残し、松木はジュンを連れて部屋を出て行った。


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(05.7.21)
置場