セクスマシン
(4)



 整えられたベッドの上に寝転がって天井を見る。僅かな間に作り直された寝床は先ほどの情事を感じさせない。清潔なシーツは松木の権力を思わせて不愉快だ。
 ドアノブが鳴ったので八尋は体勢をそのままに目線だけを扉に向けた。自分が着ているのと同じ型のバスローブを羽織った松木がお待たせと言って笑った。
「待ってねぇよ」
 松木は笑っている。ベッドに腰をかけ、バスローブの隙間から八尋の膝頭を撫でた。冷えた膝に松木の熱い手の温度が馴染まず不快感が起こる。
「準備万端?」
「万端万端。つうか洗浄くらい一人で出来るっつの」
「そう? 気を遣ったつもりだけど」
「大きなお世話ってんだ。田中? 田中さんが可哀相だろ」
 八尋はつい先ほどバスルームで顔を突き合わせていた男を思い出し息を吐く。生真面目な顔をしていた。八尋が一人で構わないと言っても聞かなかった。仕事ですから、と畏まった声音に居たたまれないような余計な羞恥心を煽られるような気がしたのだ。
「大丈夫、彼かなりの変態だから」
 松木は本当か嘘か分かりにくい冗談みたいな調子で言う。まさか、と思いつつ八尋は溜息を吐く。ここは変態の巣窟か。

 言われるまま八尋はバスローブを脱いだ。松木の唇が鼻息と一緒になって身体の上を通っていくのをボンヤリとした気持ちで甘んじる。なんだ、ただセックスしたいだけか結局。そういう風に考える。本当は安堵していたのだ。ただの愛撫、ただの口付けは生温く穏やかで不穏を感じさせない。八尋はホッと息を吐く。
 松木の手が急所にかかる。身体が強張ったのに松木は気付いて小さく笑った。八尋は居心地悪く舌打ちする。
「怖い?」
「怖かねぇよ」
 八尋が感じているのは恐怖ではない。恐怖ではないが居心地悪い不自然な感じがしていた。松木の手がじれったいほど緩やかに動くからだろうか。八尋は奥歯を噛み締めながら心地好い刺激に流されないよう苦心した。
 ローションの滑りを借りて中に指が差し込まれる。内壁を擦る感覚に八尋は息を詰めた。ゆっくりと繰り返される前立腺への刺激に声を出さぬよう堪えるが、身体は如実に快楽を反映する。
「くぅ…、んっ」
 中をかき回す指はそのままで松木は八尋の昂りに舌を這わす。今までのやり方を忘れ、新しいやり方を覚えろと言う。先端の割目を抉る舌先に身体を引き攣らされる。腹に力を入れて堪えるが、八尋は小さく呻いて吐精した。
 先ほどまでジュンの相手をしていたからか、松木はやたらと気が長かった。焦れることなく丹念に八尋の身体を解していく。苛烈さのないぬるい快楽は八尋にとっては不本意なものだった。
「しつっこいよ、もう好い加減…」
「じれったい?」
 松木の指は増やされても変わらず一点を集中して責めてくる。そこを擦られるたびに八尋は身体を震わせ息を詰める。激しく責め立てられることもなく生煮えの地獄が延々つづいている。
「どうして欲しいの?」
 松木が問う。ああそういうことかと八尋は思う。こういうやり方もあるのだ。ぬるい地獄に突き落とすやり方。少しずつ正常な頭の状態を削っていくやり方。終わらせるのは簡単だ。
「入れて欲し…」
 息苦しいのを耐えて言う。八尋の言葉に松木は満足そうに口角を上げた。
「よく出来ました」

 脚を抱えられる。昂りを押し当てられるそこが充分に緩みひくついていることは八尋にも分かっていた。先端から押し入ってくる。
「うっ…あぁ、くぅッ!」
 ゆっくりと差し込まれる。すべて埋めると松木は止まり息を吐く。汗ばんだ手が八尋の額に掛かった前髪を払った。
「動くよ」
 短く言って松木は律動を始める。細かく突き上げられ八尋の呼吸は松木のペースになった。
「ああっ、はぁっ、や…、まっ」
 奇妙な充実と違和感とも思える快感に八尋は上体をのたうち松木の首に縋る。身内に男のものを納めるのは初めてだというのに、そこは端から受け入れる器官だったように八尋に快を与える。
 出しっぱなしになる声と何故か流れる涙に嫌悪しながら八尋は果て、身体の中に松木の精を受けた。

 身体中白濁に汚れ、体内は精を納める壷のようだと思う。終わった行為を馬鹿らしいと思う。それ以上に自分を愚かに思い八尋は息を吐いた。松木に引き摺られバスルームに連れられる。
「よくなかった?」
 いやらしい言い方で松木が問う。どんな答えをしたところで先ほどの自分が裏切る。よかったと八尋はぶっきらぼうに答えた。松木は笑ってシャワーの蛇口をひねる。
 このまま松木に慣らされ、今までやってきたように自分も壊されるのだろうか。人間的な理性よりも快楽を優先させる動物になってしまうのだろうか。
 水を浴びながら八尋はボンヤリ考える。
 何を一番憎んでいるか、ということと松木の手の温度がもたらす感情が同時に成立するのかどうか。


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(05.7.28)
置場