セクスマシン
(5)



 君とは前に会っているんだよね、と松木が言った。
「何だよ、運命とか言っちゃう系? やめてよ」
 濡れた髪をタオルでかき回しながら八尋は鼻で笑った。まさか松木が恋人ごっこを始めるつもりはないだろうが、それにしても情緒的な話は嫌だった。
「この仕事を始める前に何度かショーに出てるだろ。一度挨拶に行った時に会ってる」
「知らねぇ。あのオッサン知り合いばっか多かったから」
 八尋がショーに出たのはほんの僅かな回数だけだ。急に人手が足りなくなった時のピンチヒッターとして使われていただけだ。顔の広い男――業界ではMと呼ばれていた男とは違い、ショーの後八尋を訪ねてくる者はなかった。
「はじめましてって言わなかったっけ?」
「覚えてねぇよ」
 なんだ、と松木は呟いてベッドの上に寝転がる。また知らないうちにシーツが掛けかえられていた。
「俺ひとりで寝たいんだけど」
「今日はダメ」
「ああそう」
 今日は、ということは普段は一人で眠れるのだろう。淡い希望を持って八尋は松木を背にする形で寝そべった。松木の腕が伸びてくる。本当に恋人ごっこでもする気かとウンザリする。
「驚いたもんだよ。急に出てきた素人みたいな子がムチャクチャなやり方で責めるんだもん。Mの子飼いだって聞いて納得したけどねぇ」
 無理やり向かい合うように身体の向きを変えられて八尋は嫌になる。思い出話がしたいのなら他をあたってくれないだろうか、と思う。松木と八尋とでは年月の価値が違う。松木にとってMは懐かしい思い出だろうが、Mと暮らした二年間は八尋にとって大昔に過ぎ去った過去でしかない。Mを思い出すこと自体、止めてしまってだいぶ経つ。
「眠いんだけど」
 それだけ言って目を閉じる。
「彼にはどこで拾われたの」
 しつこく松木が語りかける。ああそうか、そういうことか。この男もまたMの崇拝者か。自分がここにいる原因はこれか。目を閉じたまま八尋は再度松木に背を向ける。松木はしつこく追及してくる。
「うるせぇよ」
「腑に落ちないんだよ。身体売ってたわけでもなし、元から男に興味があるわけでもなさそうだし……ああ、セックスも嫌いなんだっけ」
「よく喋るな……」
「あれ、セックス嫌いは嘘? 若い頃に奔放すぎて痛い目見たとか。ああでもバックの経験はないんだっけ」
「くだらねぇから嫌いなんだよ」
「くだらない?」
「セックス大好きで馬鹿みたいに死んだ奴知ってるからなぁ」
「ああ……」
 もういいだろ、と吐き捨てて布団を頭から被る。それを引き剥がして松木はなおも食い下がる。
「で、どこで知り合ったの?」
「……言ったら満足? 黙ってくれる?」
 元からこんなに喋る奴だったろうかとウンザリしながら八尋は松木に顔を向ける。心底眠りたかった。ゴシップ好きの軽薄さを滲ませて松木が頷く。胡散臭さを感じながら、八尋は諦めて息を吐く。
「血縁者」
「嘘ぉ?!」
「なんで嘘吐く必要があんだよ」
 馬鹿らしい。それだけ言って寝にかかる。背中越しに松木はブツブツ何か言っているが、八尋にはもう応える気がなかった。眉間に皺を寄せ眠る。
 夢の中にセックス大好きで馬鹿みたいに死んでいった男が現れる。おまえ死んでから一度も出てこなかったくせに、今更。
 松木が背を撫でる。その仕方がそっくりだった。


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(05.9.16)
置場