SAFETY LOVE


「あ、いいところでお会いできました!」
 突然声をかけてきたのは、同盟軍きっての名医ホウアンだった。
 レベルアップのため戦闘から帰ってきたばかりの連中に、出会い頭に発したのがこの台詞である。声をかけられた一同が立ち止まる。リーダーであるディランを筆頭にビクトール、フリック、マイクロトフ、カミュー、ハンフリー。今度の戦いが正念場になるだろうとのことから、今日のメンバーは同盟軍の中でも精鋭ばかりだった。最近人使いの荒くなったディランに付き合わされて、みなへとへとだった。これから風呂へ行って一汗流そうかと思っていたところへのホウアンの登場だった。
「どうされました?ホウアン殿」
 カミューがいつもの柔らかな笑みで尋ねる。
 誰もが見惚れるカミューの笑顔に負けないくらい穏やかな笑顔を、ホウアンが返す。
「ええ、ちょっとお付き合いいただきたいのですが」
「誰に用があるんだ?」
 ビクトールがぐるりとメンバーを見渡す。
「そうですね……」
 ホウアンが顎に手をやり、一通り見やったあとにっこりと微笑んだ。
「ビクトールさん、マイクロトフさん、ハンフリーさんの3人にお願いしたいのですが」
 選ばれた3人を見て、これは力仕事に違いない、とフリックは思った。
 年末が近づき、城の中はいたるところで大掃除が始まっているのだ。ホウアンの医務室も例外ではないだろう。ベッドを動かすのはけっこう大変なのだ。選ばれなかったのは少々不満だが、大掃除の手伝いとなれば話は別だ。今から力仕事は勘弁願いたい。
「あ〜じゃ、俺は先に戻ってるから、がんばれよ、相棒」
 フリックが笑いを堪えつつ、ぽんとビクトールの肩を叩く。
「では私も先に戻ってるよ、マイク」
 フリックと同じ考えに至ったらしいカミューも、満面の笑みでマイクロトフの肩を叩く。
 まぁこのメンバーではフリックとカミューが除外されてもおかしくはないであろう。別に二人が非力だということではなく、他の3人がいれば十分だというところである。
 選ばれなかったディランもほっとしたように3人に微笑む。
「日頃お世話になっているホウアン先生の頼みだからね、ちゃんと手伝ってあげなよ」
「ちっ、可愛くねぇやろうだな」
 ビクトールがディランの頭をこづく。
「では、参りましょうか。医務室へどうぞ」
 帰ってきたばかりで、すぐに力仕事とは正直言ってうんざりなのだが、ディランが言うように、日頃世話になっているホウアンだけに邪険にもできない。
 仕方なくマイクロトフもハンフリーも素直にホウアンのあとについた。


 てっきり大掃除だとばかり思っていたのに、医務室の中は綺麗に清掃しつくされていた。
「何だ、えらい綺麗じゃねぇか。まだ掃除するのか?」
 ビクトールがきょろきょろと部屋の中を見渡す。
「確かに、これ以上綺麗にされなくても十分だと思いますが」
 マイクロトフもうなづく。
 ホウアンは扉を閉めると、がちゃりと鍵をかけた。その音に3人がぎょっとして振り返った。
「お、おいおい。鍵かけるなんて物騒だな」
 苦笑交じりにビクトールが肩をすくめてみせる。
「いえ、人には聞かれたくないことなので。さ、どうぞイスにお座りください」
 ホウアンが3人にイスを差し出す。
 トウタがいない。
 ハンフリーがその事実に気づいた。いつもホウアンの手伝いをしているトウタが医務室にいないなど、滅多にないことだ。いったいどこへ行ったのだろうか?この時点でやっと様子がおかしいと気づいたハンフリーだった。ビクトールもマイクロトフも何も感じてないようだが、何やら嫌な予感がする。
 それは日頃「悪巧み」を得意とする年下の恋人と一緒にいるために身についてしまったハンフリーの悲しい勘だった。
 どかりとイスに座ったビクトールが腕を組む。
「何だ、頼みたいことってのは、掃除じゃねぇのか?」
「ええ、掃除はもう昨日すませました。トウタが手伝ってくれましたので」
「ふぅん」
「………」
「………」
「で、我々にどのような用なのでしょうか?力仕事以外にお役に立つことがあるのでしょうか?」
 マイクロトフの言葉にホウアンがにっこりと微笑む。
「ええ、もちろんです。あなた方じゃなければ無理なので」
「まさか人体実験じゃねぇだろうなぁ」
 わっはっはと大声で笑うビクトールに、ホウアンはにこにこと笑うばかりである。
 妙な沈黙が医務室に漂った。
「え?お、おい…まさか…冗談だろ?」
「いえ、冗談ではなく」
 優しげなホウアンの微笑。
「ま、待てよ、人体実験だなんて、お前さんらしくもない。いったい俺たち相手に何をやろうってんだ!」
「新しい薬を作られたとか、そういうことでしょうか?あいにく我々は健康体ですので、効き目を試すことはできそうにないのですが」
 やんわりと、しかし引きつった笑みを浮かべてマイクロトフも提言する。
 人体実験など、いったい誰が「はい、そうですか」と受け入れることができようか。まさか新しいメスが手に入ったから試してみたいなんて言うつもりじゃないだろうな、とビクトールは眉をしかめる。そんな二人にホウアンは首を横に振った。
「いえいえ、そういうことではなく。健康体のあなた方じゃないと試していたけないので。実は先日やっと新しい試作品ができましてね、ぜひとも効果のほどを教えていただきたいのですよ」
「だから、それは何なのだ?」
 めずらしくハンフリーまでも焦れたように先を促す。
 ホウアンは相変わらずにこにこと机の引出しを開けると、中から袋を取り出し、その中身を机の上にばらまいた。
「ん?」
 3人が思わず顔を寄せてソレを凝視する。
 しばらくじっと見つめたあと、ビクトールがその一つを手にした。
「…………ホウアン、これって…まさか…」
「ええ、そんな疑わなくてもそうですよ?」
「ホウアン殿……」
「ああ、良かった。マイクロトフさんもご存知なんですね。これを知らないとそれから説明しなくてはいけませんからね」
「………」
「まさかハンフリーさんがご存知ないことありませんよね」
 良かった良かった、とホウアンが胸を撫で下ろす。
 その様子にビクトールが立ち上がって叫んだ。
「何が良かっただっ。こりゃ避妊具じゃねぇかっ!!」
 色とりどりのパッケージに包まれた避妊具。
 その数の多さにはびっくりである。
 マイクロトフもハンフリーも無言のままじっと机の上の避妊具を見る。
「ええ、そうです。避妊具ですよ。つい先日、やっと改良版が仕上がったんです」
 改良版??
 3人は思わず顔を見合わせた。
 ビクトールが呆れたようにひらひらとパッケージを振ってみせる。
「そ、そりゃ良かったな。しかしお前さんがまさか避妊具まで作ってるなんて知らなかったぜ」
 小さな袋に入った避妊具。
 ここんとこずいぶんと世話になっていない代物だった。今さらこんなもので恥ずかしがるような歳でもないが、しかし、こうして明るいところで男4人が避妊具を囲んで座っているというのも、何だかマヌケな図である。
 いつにない皮肉なビクトールの口調などものともせず、ホウアンはにっこりと笑うと、机の上の一つを手にして、ぴりっと袋を破いて中身を取り出した。
「ええ、こんな時代ですからね、子供ができても育てられないというご夫婦も多くて、結構相談に来られるんですよ。町で売られている避妊具は粗悪品が多くて、失敗してしまう例もありまして。失敗したからといって堕胎するのもかわいそうですし。こうなったら、もっと丈夫なものを作ろうと決心しまして、いろいろと試行錯誤を繰り返していたんですよ」
「それは……ご苦労さまです」
 マイクロトフが深くうなづく。何にしろ、勤勉なのはいいことである。マイクロトフの同意を得られたホウアンは得々と話を続ける。
「まず素材からして、苦労しました。男の立場からすれば薄ければ薄いほどいいんでしょうが、薄いからと言ってすぐに破れるようでは意味がありませんからねぇ。それでは何のためのものか分かりませんし」
「………」
「かといって、あんまり分厚いと大変でしょう?まぁいろいろとね。薄くて丈夫!それをモットーに日々研究を重ねて、やっと出来上がったのがこの試作品なんです。どうです、パッケージにも凝ってみました。毎日使っても飽きないように、色を7色にして、裏には占いなんかも載せてみたんですよ」
「………」
「他には、YES,NOなんかが書いてるのもありまして、まぁこれを使う直前でNOってことはないんでしょうけどねぇ」
 くすくすと笑いながらホウアンが力説する。
 3人は思わず顔を見合わせた。
 ホウアンがこんなとんでもない性格をしていたとは……。
 ビクトールたちは今の今まで知らなかったのである。
 というか、城の誰も思いもしないのではなかろうか?
 ビクトールがびびりながらも、ホウアンに声をかける。
「ホ、ホウアン先生よ、ま、念願叶っていいもんができたのはめでたいこった。良かったな。で、俺たちが呼ばれたのは……いったい…」
「もちろん、これを使っていただくためですよ!」
 やっぱり。
 3人はじっと机の上の避妊具を眺める。
「しかし、どうして我々なのですか?その……試してみるのであれば、やはり男女の夫婦の方が…そう、アレックス殿夫婦とか、フリード殿とか…」
 マイクロトフの提案にホウアンはちっちっと首を振る。
「そりゃもちろん、最終的には男女のカップル用にお配りしますがね、試作品ですよ?もしも失敗作だったらどうするんですか?それで子供でもできたら目も当てられないでしょう?ですから、恋人が男であるあなた方を選んだんじゃありませんか」
「なるほど…」
 思わずハンフリーがうなづく。
「それにですね、あなた方を選んだ理由は他にもあるんです。まずビクトールさんっ!」
「は、はいぃ??」
 ホウアンの真剣な顔にビクトールがかしこまる。
「あなたは絶対に一晩に行う回数が多いはずだ。翌日のフリックさんの憔悴ぶりを見るたびに、私は心の中で手を合わせてましたが、こうやって役に立っていただける日がくるのは喜ばしいことです。あなたには一晩で何個使っても、肌に優しく使い心地がいいことを証明していただきたいのです」
「………」
「そしてハンフリーさん、あなたは一回にかかる時間が長そうなので、どれくらい持続力があるか試していただきたいのです。いえ、これは別に見たわけじゃありませんけどね、シーナさんがたまにぼやいているのを耳にしましてね。あんまり長いと足が痛くてたまらない、と」
「………」
「そしてマイクロトフさん、あなたは一回が激しそうなので、ぜひ、耐久性を試していただきたいのです。いえいえ、これも別に見たわけじゃありませんし、カミューさんがぼやかれていたわけでもないんですが、年齢からして、一番精力のある時期ですからね。それにあのカミューさんが相手では激しくならないはずがないっ」
「………」
「使い心地、持続性、耐久性に優れてこそ、胸を張って皆さんにお配りできるというものです。結果次第ではすぐにでも配布したいと思いますので、今夜にでも早速使ってみてください」
 ホウアンはうっとりと自分の言葉に酔っている。ビクトールたちは見てはいけないものを見たような気分でそんなホウアンを見つめる。
 早速使ってみてくださいというのは、早速ヤってください、ということか????
 ホウアンがさぁさぁと3人にものを握らせる。
 これ以上ホウアンの演説を聞くのは耐え切れず、3人は思わずうなづいてしまった。
 ホウアン…あなどれない男である。


「しっかし、使ってくださいったってよぉ」
 逃げるようにして医務室を出た3人は、廊下の片隅で顔を付き合わせた。
「そんな簡単に使わせてくれるのかね?」
 ビクトールががしがしと髪をかきむしる。
 ビクトールの相手であるフリックは、何しろコトに及ぶまでが一苦労なのだ。そういう仲になってずいぶんたつというのに、今だにベッドの中では必ず抵抗するのだ。普段使っていない避妊具なんか試したいと言ったらぶん殴られるに決まってる。
「それは……俺も同感です」
 マイクロトフの相手であるカミューは、それを使うこと自体は文句は言わないであろう。しかし、愛情の証としてではなく、単に実験のためにセックスをするということに、絶対にいい顔はしないに違いない。下手すればさせてもらえないことも考えられる。
「…………」
 ハンフリーは二人とは別の意味で困っていた。恋人であるシーナは、セックスについては何の抵抗も恥じらいもないタイプで、実験台になることには何の文句も言わないであろう。だがあのシーナのことだ、持続性だけではなく、使い心地も耐久性もすべて試してみようと言うに違いない。それが恐い。
「あ〜どうしたもんかね」
「ビクトール殿、言葉の割には嬉しそうに見えますが?」
 マイクロトフが胡散臭そうな視線をビクトールへと投げかける。
 ホウアンに押し付けられた大量の避妊具。回数担当のため、仕方がないとはいえ、膨らんだポケットはかなり情けない。
「お前、顔がニヤけてるぞ」
 ハンフリーも渋い顔で指摘する。
「そ、そうか?いや、ちょっと試してみるのも悪くはないかなぁと思ったりしてな。実はまだあいつにこの手のもの、使ったことなくてよ」
 へへ、とビクトールが悪びれない笑顔を見せる。
「確かに…俺もカミュー相手には使ったことはありませんが……」
「カミュー相手には、ってことは他の相手には使ってたってことか。お前さんも昔はけっこう女泣かせてたんだろ?」
 ビクトールの冷やかしに、マイクロトフがむっとする。
「今はカミューだけです」
「そりゃけっこうなこった。で、旦那は?あのひよこ相手に使ってんのか?」
 これこれ、とビクトールが袋の一つ目の前で振ってみせる。こんな場所でよせ、とハンフリーがビクトールの手からそれを奪い取る。
「………使ってない。嫌がるんでな」
「…ほぉ…そりゃまた……」
 シーナらしい、とビクトールとマイクロトフが同時にうなづいた。
 ばたばたと3人の後ろを城の住人たちが通り過ぎる。
 思わずこそこそと廊下の隅へと身を避ける3人。
 何にしろ、こんな場所でするような話ではない。
「ま、とにかく、頼まれちまったもんはしょうがねぇ。お互い、がんばって実験台になってやろうぜ」
 実験台。
 それはいいが、何だかとても大切なことを忘れているような気がする。
 この時点ではそれに気づいていない3人であった。


  な、何はともあれ  ビクフリ編へ……

  ここは一発  青赤編へ……

  やはりマニアは  ハンシナ編へ……



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