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チビ玉とジョージ 3

 例のロシア人が泊まっているのは「ルミネス」という名のアメリカンスタイルのリゾートホテルだ。ただしなぜか、オーナーはイスラム系という不思議だ。
 そこは普段、少年達をショートで買う男達がこそこそと泊まりこそこそと消えるホテルとは少し違う。
 もっとも、十五歳以上の少年なら、地下駐車場からエレベーターに乗り、顧客の部屋に直行できる。そのことは、ホテルオーナーは知らないことになっている。警察機関とは、袖の下を握り合って話はつけてあるのだ。
 ただ、チビ玉のように、十歳以下にしか見えない、身分証もないみすぼらしい身なりの少年、そしてそれを引率するのも、十五で通らないことはないが実際は十四くらいで、これも身分証のないジョージとあっては、これも効かない。
 こういう場合、押しのきく、お得意さんの客だけが例外的なわがままを通すことができる。ホテルに一ヶ月以上何度も連続滞在している。その間あらゆる意味でZに金をばらまいている。おおむね街で無茶をせず地元の大人子どもに嫌われていない、など。
 こうした客は、ほとんどあらゆるわがままがきく。チビ玉を部屋に入れるのも、例外的手法で、従業員用入り口、従業員用エレベーターを通り、それを案内する清掃員に、客からママに、ママからジョージへと預けられたチップを渡し、部屋にたどり着ける。

 アメリカンスタイルのホテルは、重厚さや雰囲気に欠ける面はあるが、グレードの高いリゾートホテルなので、どこも清潔で明るい。
 チビ玉の、場違いさへの戸惑い、不安、怯えが、ジョージには痛いほど伝わった。

   †

 「しごと……?」
 眠い目をこすりながら自分を見上げる幼い少年から何となくふっと目をそらし、ジョージはかすかな胸の痛みを感じた。
 Zに流れてくる少年達は、あらかじめ大概、「仕事」の内容を知っている。無論SEXそのものについての知識がおぼろげな段階だとそれなりだが、女性で言えばお尻を触られてなんぼ、キスされてなんぼの水商売の世界だということぐらいは、わかっているものだ。中学生くらいの年齢なら、すでに「仲間」が経験済みであったりで、仕事の中身の把握は、知識の上ではほぼ正確なものだ。ただ知識と実践、実際の《感覚》には相当なギャップがあり、最初の一回目で泣いて逃げ出す子も多い。逃げることが可能な子の場合はであるが。

 ことに先進国の中流以上に流されるマスコミや、NGOが(自らの利益確保のために)流す情報と現実は全く乖離しており、誘拐や暴力的な人身売買、薬物漬けのような形で、ここに縛りつけられ仕事を強要される少年は、Zにはいない。物理的な意味では、逃げようと思えば逃げられる環境に、少年らは置かれている。
 不良化し派手な遊びを覚え、金ほしさから流れてくる子。親が貧困から、事実上売り渡すような形で送り出すケース。また親の暴力などから逃げて、家出し、流れてくるケース。また子ども自身が、家計を助けるため、出稼ぎのような形で働くケースなど事情はさまざま。
 学校の長期休暇には街に子ども達がどっと増える。一日二日働いて、また来年という少年もいれば、ひと夏の莫大な稼ぎと夢のような浪費と遊興の味から、足抜けできなくなるケースもある。
 現在の日本はやたら餓死者が出るほど貧しくはない。しかし、とくに都市部の児童養護施設は民間委託が多く、キャパシティは常にオーバー気味、それ故にか、かつ監査は甘く、場所によっては大人の刑務所以下の収容所感覚で、子ども同士の陰湿ないじめはもちろん、大人からの暴力やレイプのリスクは高い。
 経済力でも精神面でも、「まっとうな親」の元に生まれなかった子にとって、Zは時に甘い夢を見させてくれる天国であって、夢から醒めても地獄と言うほどの、最底辺の場所とは限らないのだ。

 暴力的強制の児童売春は、大概もっと小規模にひそかに行われている。マンションの一室で、ニーズを考慮しても圧倒的にこういうパターンは女児の被害者が多いが、一人から一桁の子どもを監禁、軟禁し、休日や夜間は延々と客と仕事をさせられていたケースが、何度か摘発されている。こういう場合「管理人」もより凶悪な人間であることが多く、本人がまず子どもを暴力的に陵辱して、屈服させるのである。薬物も使われる。足の指を何本か切断され、走れなくされたり、見えづらい内股に火傷を負わされ、恐怖心を植え付けられた哀れな子どものケースもあった。摘発される度に大騒ぎになるが、打ち上げ花火のようにすぐに消え去る祭りだった。人は自分が生きるのに皆精一杯だったのである。
 供給源はこの場合も実親が多く、悪質な児童養護施設からの「横流し」、家出少年少女の誘拐、などが続く。

 数年に一度、こうしたケースが摘発されると、Zの事実上の支配者(直接的には土地や店を持ち、警察や政治家などとかけひきできる立場の人間)らは憤り、ママさんらは不快感を顕わにし不安に陥る。Zの子ども達も、「かわいそうだね、ひどいね」という反応が多く、自分の立場とは別次元と認識している。
 NGOや慈善家や金持ちのWASPや宗教家の一部もしくは大半には、理解力がないか、理解する気がないか、頭から事象を利用する気しかないため、こうした少年の街の大人達の反応を嘲笑・蔑視・攻撃し、子ども達をありがたくも憐れむのである。

 話を戻そう。
 このように突然拉致監禁されてきたわけでなく、ここ独特のつらさに耐えられなければ街を抜け出す選択肢もある子らは、あらかじめこの街と仕事をある程度理解している。だがチビ玉は異なる。
 ジョージはまだ彼の身の上をそう聞いていなかったが、父親と放浪しながら紙芝居などの大道芸をやって食いつないでいたというのだから、当然テレビも新聞も、不良化した中学生も友人も、彼には情報源がなにもない。自称十歳にジョージがかなり驚いたくらいで、体格はそれよりさらに二歳下に見える。第二次性徴など遙か遠く、精神も肉体も女性への性的関心にすら目覚めていまい。

 「……男の人とチューとか、すんの?」
 「うんまあ……」
 安請け合いはまずかったのかもしれないが、いずれ知るしかない、やるしかないことなのだ。だから自分が一緒に行って……。
 「とりあえず一文なしやろ。ここの人らかてタダでメシ食わしたり寝かしたりはできへんし、お医者さんにもお金払わな。ちっちゃいのにかわいそうやけど……」
 チビ玉はソファに浅く座って、ちょっと足を跳ね上げる。
 「バカにすんなよ! これでももう何年も、お父ちゃんと一緒に働いてきたんやから。学校とかで遊んでるボンボンとは違うねん!」
 「……わかったわかった」
 俺は学校行きたかったな。行けなくしたママ、恨んだな。この子は何も恨んでないみたいだな。オヤジも大好きだったみたいだな。……ちょっと、うらやましいな。
 「もしな、気持ち悪いとか痛いとか、きつかったらお客さんと違て俺に合図してくれたら、俺お客さんに交渉するから、あんまりなんも考えんと……」
 「痛い?」
 「……う、うん。いやまあ大丈夫と思うけど」
 あの客が大丈夫かは正直わからないが、ジョージは多少腕っ節には自信があったし、ナイフもいつも持っている。首を絞めてくるような狂った客からは、実際に刃物を振るうかは別にして、ひっぱたいて逃げてもよいことになっている。
 少年らは商品だから、経営者も壊されては困る。働き手が大人の場合よりもさらに、恐怖やストレスを軽減した状態で仕事をさせられるようケアしたいというのは、動機は同情でも何でもない実益だが上の人間の偽らざる本音だ。
 「ようするにエッチなことやねんな」
 「……そやねん。女のかわりに男の子がええちゅう人が来るとこやから……」
 「うん、わかった。がんばる」
 逡巡するジョージの言葉を遮るようなチビ玉の早口。くりくりした大きな黒目が、ジョージを下から見つめた。
 「…………」
 「お父ちゃん紙芝居自分で作るねん。資料で、江戸時代とかの本が写真になったやつとか、持ったはったり、図書館で借りたりしたんやで」
 「……?……」
 「シュンガっていう昔のエロ本があるねん。それに男とお坊さんがエッチなことしてるやつとか、あるねんで」
 「……マジで……?」
 ジョージだって大人ではない。まともに小学校も出ていない。大して何も知らない。お坊さんが? 日本人ってそんな昔から変態だったのか、とちょっと驚き、ちょっと自己嫌悪になる。
 「ジョージみたいにかっこいい子は出てこうへんで。たいがい太って色が白くて長い髪後ろで結んだ感じで、お坊さんにおちんちんくわえてもらったりおしりに筆入れられたりしてるねん」
 「……筆て……」
 チビ玉の高い子ども声がどんどん大きくなっていて、ジョージはなぜが恥ずかしくて耳まで真っ赤になるほどかっかとしてきた。
 「行こう」
 「え?」
 あんな話をここでこれ以上されたら動揺する。なぜか恥ずかしいし、絵で見たものを、言葉で聞いたことを、自分のからだで実際受け止めた時、この子がどう感じ、どう反応するのか、もう考えたくない。まあ筆は入れられないと思うけれど。
 「バイク乗せたる。乗りたいやろ?」
 「うん」
 「お金たくさんもらえるから、ちょっと風に当たってから、うまいもん食って、それから行こうな」
 「うん!」
 チビ玉ははね飛ぶように、ガムテープで補修したぼろソファから立ち上がる。

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