迷いと策略 〜Time Lag3話〜

 ベッドの激しい軋みの中に、荒い息遣いと、悩ましい喘ぎが交じる。
 もう、幾度も重ねられた情事の度に、利明は精液が枯れる寸前まで永木に求められ続けていた。
 週末、金曜の深夜。
 永木の部屋で交わされている行為は、5時間以上にも及んでいる。

「……いい加減に…っ…ねぇっ…も…ああっ!」
 永木の執拗な攻めに、思わず弱音を吐く。
「ヤメたいの…? まさかね、こんなにヒクヒクしてるもんな…」 

 セックスはキライじゃない。 
 けれど、永木との情事を知るまでは、自分がこんなに乱れる方だとは思ってもみなかった。
 行きずりの男とした事だってあるのだから、身体だけの繋がりは知っている。
 しかし…ここまで溺れたことは……なかった。
 焦らされたかと思えばたまらない程に深くまでイカされ。
 少しまどろんでは、今度は優しく求め合う。
 その時には、互いにこれでオシマイのつもりでも…まだ若いゆえか、結局段々と激しい行為へと移っていき…。
 夕食も朝食すら取らず…まる一日離してもらえない、などと言うのは初めてだった。
 そこまで激しいのは、4月当初に無理やり休暇を取らされたときだけだったが…。
 それにしても永木とのセックスは濃密だった。
 

 定期的な情事は4月以来、毎週金曜と土曜に、繰り返され続け、もう2ヶ月も経つ。
 4月の始めに、無理やり休暇を取らせて、そのまま週末になだれこんだときから、毎週末になると、必ず永木は利明を誘うようになった。
 有無を言わせずに連れ帰っていたのは最初の2週ほど。
 今は週末になると互いに目線を交わしただけで、同時退庁をするのが無言の約束となった。
 ちょうど、時期的にも忙しくなくなってきたのが幸いだ。
 
 職場にバレるとイロイロ面倒なのはお互い様なので、どちらかの退庁を見届けてから、後を追うように、電車を一本ずらす程度の時差をつけるようになった。
 大抵永木が先に出て、利明の携帯にメールする。
 忙しい利明が定時に退庁することはまずないのだから、食事は互いに済ませてから会うのがほとんどだ。
 部屋に着いてからの食事は2人とも自炊が出来るので適当に食べる事になる。
 意外なことに永木は和食党であり、利明は洋食党だった。
 たまに気分を変えてホテルを使うこともあったが、大抵はどちらかの自宅に行く。
 永木の家と利明の家は同じ沿線で2駅離れている。
 互いに一人暮らしの気楽な身分だ。
 なので、週代わりで互いの家を行き来しつつ、週末の快楽を分かち合っていた。
 
 ぎりぎりまで引き抜かれた永木の分身が、本当にそのまま抜かれてしまうのではないかと感じた利明は、後肛をキュッと絞りこみ、抜かせまいとしてしまう。
「…うっ……く…やぁっ! ぬいちゃ…やっ…あっ、はぁっ、あっ!」
「…すご…っ…瀬川さん…からみついてくる…いいよ…もっと…してあげる…」
 利明の熱い襞は永木の分身を溶かそうとするかのように淫らな動きを繰り返す。
 バックから結合していた体勢を、打ち込んだ楔はそのまま利明の腰に手をまわし、騎乗位へといざなった。
 利明がもっとも恥じらいながら、でも、深く感じる体位がコレであることを、永木はもう知っている。
「はっ、やっ、いいっ、ねっ、いく…もう……いく、いっちゃぅ…」
 もはや無意識に腰を振りたて、頂点に上り詰めようとする利明の表情を下から眺めるのはたまらない。
 漏らし続ける喘ぎのせいか、舌を微かにつきだし、唾液が顎を伝うのも構わず、頂点に駆け上がろうとする利明を、もう少しだけ乱れさせたくて…そして泣かせたくて。
 トロトロに蜜を零す彼の分身をギュッと握り、射精を止める。
「やっ、いきた…い、ねぇ、やっだ、離せって…ねぇっ、あっ! ああっ!」
 
 こうやって射精を止めて快楽の頂点を引き伸ばせば引き伸ばすほど、あとの利明の悦楽は深い。
 少しでも悦ばせたくて、と言うのは言い訳かもしれない。
 深い快楽の分、利明の身体にはかなりの負担がかかるのだから。
 しかし、利明の悩ましい顔を見ると、僅かな理性などフッ飛んでしまい、つい、暴走しがちになってしまう。
 とにかくこうやって身体を交わして絶頂を極める回数が増えれば増えるほど、益々利明から離れられそうにない。
 その位、ソソられるのだ。
 惚れた弱みと言うべきだろうか。
 自分でも呆れるほど貪欲になってしまう。
 
 今も握り締めたはずの利明の幹からはじわり、と蜜が湧いてきた。
 下から思い切りグラインドの激しい突き上げを始めると、もう、声を押さえるスベもなく、とてつもなく甘い声で、泣き叫ぶ利明の姿が、永木はたまらなく好きだった。
 その時だけは自分を激しく求めてくれるから…。
「あっ、あっ、永木…さ…いくっいくぅ、いいっ! あ、もっと、あ、ひぁっあんっはあっ!」
 望みどおり、激しいグラインドを繰り返しながら、腸壁をえぐる様にかき回す。
 握り締めたまま、人差し指で、利明の分身の先端を指先でえぐる様に擦ると、しゃくりあげるような喘ぎが漏れ、一段と後部の襞は永木の分身をとろかせるように痙攣を始める。
 こうなると、永木も我慢の限界だ。
「……出そっ……瀬川さん…出すよ…」
 言いながら、少しずつ利明を握り締めていた握力を弱め、一層敏感な先端を強く抉り溢れる蜜を細かく指先でもみ込むように刺激を与える。
 永木はそのまま身震いと共に、利明の中に精を放った。
「くっ…あいかーらず……すげぇ…イイよ…瀬川さんっ、くぅっ!」
 2度、3度と思い切り奥深くに溜まった欲望を注ぎ込む。
「あああっ、あっあっ! 当たるっ…熱い…すごいっ、ああっ、あ、あっ!」
 ぶるっ、と軽い痙攣をおこしながら、永木の吐いた飛沫さえも快感に変え、利明は恍惚とした表情で登りつめた。
 
 吐き出された利明の精液はもう、薄い色しかついていない。
 利明が3度達する内、永木の絶頂は1度がいいところだ。
 利明の感度の良さもあるし、永木は早い方ではない。
 だから永木は本当は、男とのセックスの方が好きだ。
 キツいくらいに自分が絞られるのが…気持ちいいからだ。
 女性との恋愛は様々なプロセスの方が楽しい。
 男性とは、即物的にセックスのみが目的となるから、長続きする訳がない。
 だから、利明とは初めてプロセスを求めながらセックスもしたい、と思ったのだ。
 ついつい、いつもの手順を踏んだので…順が狂ってしまったのだが……。
 
 平日にこんな濃厚な情事を交わそうものなら、ただでさえ、華奢な利明は絶対に倒れてしまうだろう。
 永木としては本当は毎日でもこうやって可愛がりたい。
 が、利明の敏感さや体力を考えると、絶対にムリをさせてしまうのが解っている。
 利明も華奢な見かけによらず、案外タフな方ではあったが、それでも普段ジム通いを欠かさず、学生時分から水泳で鍛えている永木とは比べ物にはならない。
 身長180センチ、体重70キロの永木と、174センチ、58キロの利明ではムリからぬ事だろう。
 ならば、週末にたっぷりと愉しんだ方が得策、というものだ。
 

 行為のあと、風呂場で利明の体内に残った精液の始末をしてやる後戯が、永木のもう一つの楽しみだ。
 最初は散々イヤがっていた利明を宥めるようにしていたのが、最近はもう、当たり前のようになったのが、嬉しくてならない。
 このときに見せる、利明の恥じらう様が、永木の目的だ。
 最初はちゃんとゴムを使っていたのに、ある時、それが途中で破れてしまった。
 永木も限界だったのでつけかえる余裕もなく、中に出すことになったのだが、その時に彼の飛沫を浴びて、しゃくりあげるほどに泣いた利明を見た。
 それからは…打ち止めの交わりにはゴムをつけず、ローションのみで行為を重ねている。

 衛生上問題があれど、この点は二人とも互いに認識を確認している。
 利明は行きずりの相手とは必ずゴムをつけたし、ゲイだと自覚があるからちゃんと検診に行っている。
 3ヶ月前だから、結局、半年前の結果はシロだ。
 その後の3ヶ月は忙しくてソレどころではなかった。
 当然永木も検診まではしていないが、行為にゴムは欠かしたことがない。
 利明と初めて寝るようになってから、当然他の相手と致す事もない…と言うよりは利明に惹かれるようになってからのここ1年半ほどはご無沙汰と言うのが事実なのだ。
 勤め先が勤め先ゆえ、その辺りは当然、回避できるリスクは予防していて当たり前、と言うのが互いの言い分だ。
 
 そのかわり、ナマで致すからには、後始末をしなければ、受身である利明がのちのち腹具合に悩まなければならない。
 入念に、出来れば利明自身でなく、第三者の助けを得ながら、後始末を行った方がベターでは、ある。
 が、一種の排泄行為を永木に見せることに対する屈辱感に、最初利明はひどく暴れ、自分がすると言って聞かなかった。
 なのに…永木に何だかんだと丸め込まれ、結局最近は唇をかみしめ、目を潤ませながら身を任せるようになったのが……たまらない。
 
 屈辱感が、恥じらいに変わり、その恥じらいが昂じ、時に興奮を覚えるようになったのだ。
 もともと被虐性の強い利明が、そう言う要素を持っていたのも事実だがワルい事を教えてしまった気がしないでもない。
 が、自分のサド気質を自覚していた永木としてはちょっとした調教のようで…、ついつい回を重ねるたび、利明を苛めすぎてしまう。
 
 自分でも変態じみていると思うほど、利明への執着は強い。
 職場では必死に感情を押さえ込んでいる分、週末となると、こうやってタガが外れてしまうのだ。
 利明も、最初はヘンタイだのなんだのと散々喚いていたりもしたのだが…自分の被虐性を開花しつつあるこの情事が、実はイヤでなくなりつつあり…だからこそ複雑な気持ちが先に立ってしまう。

 
 人は誰でも多少は変態性を持っていて、それがセックスの時に現れやすく、それらが上手く合致すれば当然、性的な相性が良いと言えるのだ、と、理論としては知ってもいて…。
 まだまだ、若く、そっちの欲求は充分にあるのだし。
 しかし、あれほど金子を好きだと思っていたはずが好きでもナンでもなく、むしろ嫌いな筈の永木に…。
 こんなに肉体的な満足を覚えるなんて、と、自分自身に呆れてしまう。
 だから、土曜の夜に永木と別れてからは、しばらく自己嫌悪に陥り、つい、ウツウツと日曜を過ごしてしまう事も多いのだった。
 かと言って到底他の情事の相手を探す気にもなれず…好きな人が簡単に出来るワケでもない。


 利明はどちらかと言うと、全く見ず知らずの人間に簡単に好意を持てない。
 身近な人に恋心を覚えることが多いのだ。
 だから、ハッテン場で知り合った男たちとは大抵一度きりで別れてしまう。
 付き合ってくれと言われて付き合った事もあるのだが、結局時間が合わなかったり、二股、三股をかけられて別れたり、と言うのが今までの恋愛歴だ。
 だから、甘い恋に憧れてしまうのだが…矢張り現実は厳しい。
 かと言って女性には全くソッチの欲求はなく…。
  彼女らに対しては友情しか感じないのだ。
 今こうして永木に求められ、その上に、情事の度に好きだ、と告げられると…どうして彼を好きにならなかったんだろう、と言う気がする事もある。

 永木とは確かに仕事も一緒にやっているし、性格も何となくはわかっている。
 しかし、自分が彼について知っていることは、同じ課の連中が全員知っている、いわば「公式データ」 のみしかないのだ。
 しかし、金子とて似たようなものだ。
 人を好きになるのに理屈は関係ない。
 結局何となく惹かれるタイプ、相手というのがあるのだろう。
 たまたま永木は金子と敵対していたから、そして利明が永木の悪い点のみをピックアップして捉えていたから…キライだと思っていただけで。
 対個人として付き合えば、案外自分の好みのタイプなのかもしれない。
 しかし、それは矢張り……余り現実味のない話だ。
 矢張り自分は金子が今でも好きだった、と思うし、永木に告白されたからと言って、ハイそうですか、と彼に軽々と乗り換えられるワケがないではないか。
 
 確かに永木とはここ2ヶ月、幾度も情事を重ねている。
 過ぎるほどの満足も覚えていて、ハッテン場にアシを伸ばそうとしていない自分も解っている。
 けれど、いつかは離れなければならないと…そうも思う。
 いつまででも快楽のみを分かち合うセックスフレンドが…そんなに長続きするワケがない。
 永木とて、今は自分がものめずらしいだけで夢中になっているが、時間が経てばきっと別れを持ち出すに違いない。
 
 そのとき……自分は……。
 別れられるだろうか。
 また、一夜限りの相手を探しに街に出る勇気が残っているだろうか。
 誰かを好きになれば…話は早いのだけれど…けれど…金子の時のような心の痛みを思うと、そんなに簡単に人を好きになれないのではないかと言う恐怖心が、利明を苦しめていた。
 

 そして、また、週が明け、仕事に追われる日々が始まる。
 
 勤め人は誰しも感じる事だが、休み明けの午前中は時間のたつのがとても早い。
 瞬く間に昼になり、配達の弁当をたいらげた永木は食後のコーヒーを飲もうとパントリーを覗き込んだ。
 チラと横目で様子を伺うと、利明は、食事が済んだ後も、また、パソコンに向かってなにやら書類を整理しているようだった。 
 週末に自分の腕の中であんなに乱れて甘い声を上げていた人物とは到底思えないくらい、彼に情事の名残はない。
 忙しさは多少落ち着いたものの、それでも仕事に対してはいつもながらコツコツと取り組んでいる。
 永木に対する態度も、週末のコトなぞどこ吹く風で、以前通り、冷めた対応をしてくるのが小憎らしい気がしなくはないのだが……。
 そんな他愛もないコトをぼんやりと考えながらコーヒーをドリップしていると、隣の課の女子職員が声をかけてきた
「あ、永木さんじゃない。美味しそう、ご相伴させてよ」
 と、ちゃっかりコーヒー豆を足し、永木の手からヤカンを奪うと、二人分を漉してくれる。
 気分がサバサバとしていて、良い子なので、男子職員の人気も高い。
 
 そのまま何となくコーヒーを飲みながら雑談を交わすうち、彼女の失恋話を聞く羽目になってしまった。
 最近まで付き合っていた彼が「仕事と俺とどっちが大事なんだよ」 と問い詰めるのがうっとうしくなったから別れるコトにしたと言う。
 らしいな、と思いながら永木は苦笑が隠せない。
 最近はこう言う女性が随分と増えてきたように思う。
 彼女もこうやってコーヒーを飲む余裕があるのは、年に1、2ヶ月あるかないか、と言う激務続きの課で頑張っている。

「でもさ、結婚考えてたんなら、ちょっとは仕事にセーブかけねーと、そりゃ、オトコだって怒るよ」 
 と、少しばかり気の毒な彼のカタを持つと、彼女はサバサバと言い放つ。
「あら、ワタシは結婚なんか考えてないもの。子供なんか面倒なだけだし。高い税金払ってもいいから、一生自分の好きなように暮らしていくつもりよ。だからオトコは恋人で充分なの。ねー、永木さん、永木さんは結婚とか考えてるの?」
 結婚か、と、永木は軽くため息をつく。
 ここは日本だ。
 同性同士の結婚は考えられない。
 そして、永木自身、そう考えたことにいささか驚きつつ、それでも今、自分の頭の中に思い浮かんだ人物を思い出しながら、彼女の問いに応えた。

「ん、俺も独身主義かな。親不孝だとは思うけど。結婚ってカタチに縛られる必要はないと思うね…好きな人と一緒にいるだけでいいかなと思うよ。俺個人の意見だけどね」
 女の子は大きく頷く。
「そうよね! 永木さんならそう言ってくれるって思ってたのよ! だってさぁ、アタシだってあなただって、人が遊んでる間も必死になって勉強して、T大出て、折角キャリア組でここに入ったワケじゃない。一生公務員ってつもりもないけどさぁ。結婚なんかしたらアタシにとっては荷物が増えるだけだわ。あーあー、恋人にはやっぱり永木さんみたいに捌けた人を選ぶべきだよね。ね、永木さん、今、フリー? 良ければ付き合わない?」
 余りに率直な言葉にさすがの永木も少したじろいだ。
 確かに彼女は並以上の美人で才媛で、挙げ句、性格も良い。
 利明のコトがなければ、当然互いの望むカタチでのお付き合いを願いたいところだ。
 
 しかし……まだ…応えは出ていないと言えど、自分は利明を諦めるつもりはない。

「や、ありがとう、嬉しいよ……」 
 でも、と続けようとした時だった。

「失礼します、ちょっとお茶頂いてもいいですか」

 入ってきたのは利明だった。
 
 さすがの永木も咄嗟に何も言えなかった。
 聞かれていたのだろうか。
 
 一体どこから?
 いつから?
   
 珍しくパニックになりそうな永木を尻目に、利明は黙々と茶を煎れている。
 彼女は軽く肩を竦めると、
「あら、瀬川くん、今のオフレコでお願いね。じゃー、永木さん。良いお返事期待してるわ」 
 と言うなり、さっさとパントリーを出て行った。

「冗談じゃないぜ、おい、断るからな。頼むから気にしないでくれよな。ってか、聞いてた?」
 少し慌てる永木に、利明は平然とした様子で
「途中からかな。付き合わないかってアタリから。あんな大声で言ってるんだから聞こえるよ。でもあんたが誰と付き合おうと俺の知ったコトじゃない。どうぞご自由に。もう週末は会わないんならそれでもいいし。断るんなら続けるし。どっちでも」
 そう言うと、煎れた茶を片手に出て行こうとする。
「待てよ、その態度は失礼じゃねーか」
 鋭い声で永木が制するのに、思わずビクリ、と肩を震わせる。
「俺、あんたのコト、何て言ってた? 好きだって言ってたよな。それを言っときながら他の人に目移りするとでも思ってんの? 金子じゃあんめーし。俺が好きなのは今んトコあんたなの。だから誰とも付き合う気はねーよ。そりゃあんたに俺を好きになれなんて到底言えねーけど。だから今週末も当然。あんたんチに行くからな」
 声を潜めて、それでも永木はハッキリと利明に告げる。
 ふと手を伸ばし、くしゃくしゃ、と軽く利明の髪をかき混ぜながら
「……余りにいいタイミングで入ってくれたから…妬いてくれたのかと思ったのにな」
 と小さく呟くのに、カッと頭に血が上る。
「なっ…! どっからその自信が出て来るんだよ、図々しい!」
 思わず吐き捨てるように言ったのに、顔に血が広がるのが自分でもわかる。
 永木はニヤリと笑い捨てると、そのまま課の方へと立ち去った。

「くそっ…何で…こんな…信じらんねー…」
 赤面を隠せない自分に利明は戸惑う。
 どうして…永木に好きだといわれるたび、こんなにドキドキするんだろう。
 あんなヤツ…傲慢で陰険で、さっきも金子の悪口を言ったし…自分だって女にモテて鼻の下を伸ばしていたくせに…と散々心の中で悪態をつきながら、それでも…先週の情事の度に漏らす、永木の甘いセリフが耳の奥に蘇ってくる。

「瀬川さん…好きだ…あんたがこんなに感じてくれて…嬉しい」
 利明が絶頂を迎えるたび、何度も何度も囁かれた言葉。
「くそっ! んなの…ピロートークに決まってんじゃんか…」
 小さく呟いたその言葉の真の意味を、利明は認めたくなかった。

 ピロートークと言う言葉に抵抗を覚えるのは…なぜ?
 あんなヤツを好きなワケが…ない。

 かたくなに自分にそう言い聞かせる。
 でも…好きだと言われるのが…どこか嬉しい自分が…酷く情けなかった。
 

 週末、書庫に利明が一人で入ったのを確認し、永木は後を追った。
 フロア内の稼動書庫とは言えど、ちょっとした密室になるし、小声で話せば、内容は誰にも聞かれる恐れはない。
「今日、あんたんチ行きてーんだけど。予定あけといてくれる?」
 資料を苦労して並べていた利明は少し言いよどんだように意外な言葉を告げた。
「…ごめん…ちょっと腹…こわしてて。ムリっぽい」
 言った途端、腹をこわした事実より、その言葉があまりに露骨にセックスそのものを連想させる事に気付いて、利明は見る間に赤面した。

 頬に血を上らせながらも、資料をせっせと片付けている利明が、永木はかわいくてならない。
 ココが職場でなければ即、押し倒すところなのだが…。
 すんでのところで自制をしつつ、ふと思いついた言葉を口にする。
「じゃ、メシでも食いにいかねー? ちょっと値は張るけど薬膳でウマイ店あんだよ。どうせ一人で寝てたってロクなもの食わねーんならさ、タマにはH抜きでデートってのどう? 毎回Hもそれなりにいいんだけどさ。俺にもその…デートのチャンスくれるとさ…」

 永木の言葉に、利明は咄嗟にポカン、とした表情を見せる。
 まさか、彼からこんな普通の言葉が出るとは思いもしなかったのだ。
 まるで、女の子を口説いている男子学生のようで、思わず利明は軽く笑ってしまった。
「んだよ、ナンかヘンなこと言ったか?」
 ちょっとスネた声色の永木に、思わずほだされそうになっているのを、自覚した。

「いいよ」

 唐突に、今の永木なら悪くない、と思う。
 もともと、金子と似たような野性的な美丈夫なのだから、好みの外見ではあるのだ。

 ……止めなくちゃ、やめなくちゃ。
 捨てられたら辛い。
 どうせ目当てはセックスだけで…興味本位で近づいているんだから。
 
 飽きたら…捨てられる。
 今週は、月曜からこっち、そんなコトばかり考えていた。
 けれど、今、永木の言葉を聞いて、気付いてしまった。
 
 どうして止めなくちゃいけないんだろう、セフレなのに。
 どうして捨てられることを恐れるんだろう……セフレなのに…… セフレだって……思いたいのは、何故?
 応えはわかっていた。
 まだ…自分に踏ん切りがつかない。
 でも……こうやって永木が優しくしてくれるのは…事実で……。
 強引なようで、セックスだって、本当に自分がイヤがるコトは、絶対に永木はしなかった。
意地の悪い求め方はしても、結局自分だってイヤじゃないから受け入れた。
 
 まだ言葉には出せないけれど。
 永木の好意に応えていくうちに……いつか彼を好きになるのだろうか。
 想い合うことができるんだろうか。

「……今日は…7時頃あがりだと思います………」 
 そう告げると利明は書庫を後にした。
………メールが入るといい…… 
 そう思ったのは……実は今だけじゃなかった気がする。
 

 永木は利明が出て行ったあと、密かにガッツポーズを作る。
「そっか。この路線もアリかー。よしよし。Hのみってのはちょっと自粛して…デートとHを半々で攻めてみっかな。それか、しばらくHは焦らしてってのもアリかもしんねーし……」 
 利明が聞けば、激怒してしまいそうな不埒な考えも交えつつ、永木は顔が綻ぶのを軽く叩いて引き締め、ビジネス向きの表情で課内へと戻った。
 
 その夜の利明の薬膳メニューは、確かに整腸作用のあるものが多かったのだが、何故か、精力増強メニューも一緒に入っていたらしいのは、後日談である。

 当然、利明の腹具合のおさまった土曜にどんなコトになったのかは、言わずもがな、かもしれない。

END



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