昼行灯にご用心5
大団円。 そんな言葉が脳裏を掠る。 まさか。 大団円に周りからは見えるだろうが…これからの事を想定すればするほど、青山の眉間には思わず知らず、溝が刻まれていく。 しかし、なるようになった気はしている。 何よりこの体温に身を預けるのは…悪くない。 言葉を貰ったけれど、最中で。 これからどうなって、どうやって…。 考えればキリがないけれど、気持ちは固まっている。 この男と。 もう一度…過去に自分が踏み出せなかった道に踏み出せたら。 言葉を出して気持ちを確認しあって、それから踏み出すのか。 なし崩しに…続くのか。 切れてしまうのかもしれない。 けれど。 切れさせない努力はしてもいい。 気持ちが同じように擦り合わされる事なんて、ないのだ。 互いの同意が点で結ばれているのなら、今はまだ、それでいい、これから色々、築いて行く事も出来る。 それを。 大石が言ったのだから、信じるしか…ないだろう。そして自分が彼から離れたくないのだから。 昨夕の唐突な彼の訪れから一夜あけた、その明け方に。 ふと目覚めたときに、そんな事を青山は思いながら再び眠りについた。 酒井と林のラブシーンにアテつけられるようにして出た店から大石の自宅に戻り、会長に要求された卑猥な物品を包装し終えてタクシーに再び乗り込む。 会社に戻って付き添ってくれた店員にお礼を渡して車を返したあと。 驚く早乙女に淡々と状況を説明した。 結果としては自宅謹慎と言う名の待機を命じられた。 携帯と家電だけは出なくてもいいから絶対に電源を切らないように、留守番電話にしといてね、と懇願に近い厳命を受けた。 状況説明に同席した萩は太く大きな溜息をついて、軽く首を左右に振っていた。 とにかく仕事してる状況でもないみたいだから、帰って休養した方がいいね、の一言で、別に何も言わず早乙女はむしろ労わるような微笑を口元に浮かべていた。 僅かに縋るような目で見上げると、普段と変わらぬ読めない表情のまま、大石が帰るまでとにかく、休暇だと思って休んどきな、心配しなくていい。 そう告げると、青山の車のキーを取り上げ、人事課長自ら自宅まで送り届けてくれたのだ。 何も、コメントはなかった。 酒井のことも、林のことも。 自分の、ことも。 が、何となく予測はつく。 クビは免れまい。 台所にフラフラと入り、滅多にあけないキャビネットをあける。 そこから盆暮れの挨拶に会社に配られたものをおすそ分け頂いた酒瓶を何本か取り出した。 バランタイン30年もの。 ホワイトマッカイのこれも30年もの。 シュヴァリエ・モンラッシェ1998ドメーヌ・ドーヴネが1本。 司牡丹が1升。 久米島の久米仙(球美)18年古酒が1本。 冷蔵庫からは、千代亀酒造の銀河鉄道が1本。 しずく酒が1本。 デパ地下真っ青の品揃えである。 まず冷酒からクイクイと呑み始め、一本干しては眠り、また起きては一本干し、と言う按配にやっていく。 別に呑まねばいられないほどの精神状態でもなかったと思う。 が、飲むごとに美味なのは解るので、ついつい、一本あけ切ってしまう頃にトロトロと眠り込むのだ。 結局これらが少しずつ干され、空き瓶となって床の上に転がるハメになってしまった。 もともとザルの気がある青山がグイグイと痛飲するのには向かない貴重品ばかりだ。 オマケに胃腸は頑丈ときているので、3種ほどの塩を皿に盛って時々舐めながらつるり、つるり、と言う具合に飲み干していく。 とんでもない酒の肴だが、大学時代に高知出身の同級生がしているのを見て、真似たところ、悪くない、と思ったので一人で酒を飲むときには以来、ずっとこの方法である。 日本酒の次にワイン、スコッチの順にあけていき、最後の久米仙は非常に気に入ったのでチビチビとなめるように呑んだ辺りでぷっつりと記憶が途切れた。 その時点で2日ほどは経過していただろうか? 目が醒めた時にはナゼか風呂場にいて、頭の上からザーザーとぬるい湯がかけられている。 「……?」 ぐい、と口元に水を押しつけられ、くいくい、と干すと、少し意識がハッキリしてきた。 「飲め、もっと」 聞きなれた低い声が耳を打つ。 誰何する暇もなくグイグイと押し付けられる水を立て続けにコップ3杯分も飲んだ辺りで大きく吐息をついた。 咽喉が渇いていたワケではないが、アルコールで麻痺した味覚が少し醒めたようで、水が美味だ。 そう思った途端に、両脇を抱え上げられ、とんでもない事をイラついた口調で告げられる。 「おーし。大分ヌケたな。ションベン出せ、ドンドン出せ、早くアルコール抜いちまえ、おら」 「なっ! ちょっ! 社長! あんた…どっからわいて…つーか今日…なんにち…ゴルフ! ゴルフはっ?」 気になる事が立て続けに口から出るのに相手は仏頂面である。 「今日は8月さんじゅういちんちだっ。アレから3日経過して、ゴルフは俺様と会長の大活躍で神奈川が無事優勝、パンツはなんか、松山とか高松とかの四国の連中がドンケツでお持ち帰りだっ、わーったか、おらっ! っとによー、酔ってんだかシャッキリしてんだかわっかんねぇな、オメーは」 闖入者はだれあろう、大石であった。 合鍵を渡した記憶は無いが自宅の住所は派遣先に教えてある。 どうあれ、部屋に居る、と言う事は事実で、こう言う事にはひたすら頭の回転の速い大石のことだ。 ナニやら限りなく非合法だが世間様には全く疑われないような…詐欺的で無茶苦茶な手段を駆使したに違いない。 「フン、意識が戻ったか。もー心配ねぇな。まぁいい。いつもご帰宅もクソもねぇ、もう2回しちまってんだから四の五の言わずにとっととションベンしやがれ」 「なっ! なんて…っ? 2回?」 耳を疑うセリフがポンポンと入ってくる。 一体全体、ナニがどうなっていると言うのだろうか? 鯨飲して眠り込んでいただけの間に、少しは酔ったのだろうか? 無意識の間に放尿するなどと、恐ろしい事を聞いた気がする青山にはお構いなく、大石は厳粛な事実を伝えてくる。 「無茶飲みしやがって。おマケにお前、ありゃ、上等モンばっかじゃねぇか。塩だけで鯨飲しやがって…っとに、酒に失礼きわまりねぇったらねぇぞ、おい。お前はザルだから余計に勿体ねぇ。どうせ、寝てただけで酔ってもねーだろーけど、まぁ、いい、ほれ、とっとと酒ぇ抜け。んで、ヤルことやっちまおう。ま、腰ぐらいは抜けるだろうけどよ、んなのはオレが姫抱きでもなんでもして連れてってやるから、次に会社な。んだからよ。早いトコションベンしてアルコール抜いちまえ、な? あんだけ水飲んだんだからよ、出そうだろうが」 あんだけ、と言う言葉にクビを巡らせば、ペットボトルの1リットルボトルが2本も空になっている。 大石の右手には3本目と思しきボトルが握られ、それが既に半分近く、ない。 とんでもない台詞も聞いた気がしたのだが、確かに尿道を切迫している感覚がある上、全身スッポンポンに脱がされて、大股開きの体勢を取らされていた。 段々と下がってくる血の気と妙に頬に集中する熱さを感じながらも、股間をせめてもと、握り締め。 「見ないで下さいっ!」 と怒鳴ると自分の息の酒臭さに気分が悪くなった。 ふん、と軽く鼻をならした大石がまたまた、とんでも発言を繰り返す。 「見ないでっつったって、んなもなぁ、とっくだぁな。最初の一発で、俺のスーツにひっかけちまってよ、お前。それにそんな身体濡れてんの拭いて、いち−ちトイレ行くのも手間だろ。んで、おめーのは一応脱がせたワケよ。こーもあろーかと思って着替えは持ってきてあるから心配すんな。それに湯ぅかけたんだから冷えちゃねぇし、いいからソコでやっちまえって。ションベンくらい2〜3回フロでしたって構やしねって。風呂場エッチしたらアレだって流れるし、よ。スカトロしやがるヤツもいんだからよ、ダイジョブだっつの」 余りの台詞の衝撃に、ほれ、と促され、つい…本当につい。 手を離したら、切迫していたものは、当然、結構な勢いで放出されてしまった。 「っ! うわっ! ちょっ…なっ!」 驚いてしまった青山の腕をぐぐっ、と押さえ込み、事も有ろうに、大石は、かぱっと開けた口を青山に押し付け、深い口付けを与えてくる。 キス、なんてカワイイしろものではない。 顎をガッチリ押さえ込まれ、歯が当たるのも構わず口の中を食われる、と言った按配のシロモノだが…さすがに大石である。 ポイントを見つけるのも、早い。 「…―っ、んっ、んぅ、うーーっ、う……んっ!」 微かに響いた最後の悲鳴は、抵抗でなく、違う意味で、知らず鼻に抜けて、やらしい雰囲気を醸し出してしまう。 生理現象は、途中停止寸前だったのに、上あごをねぶられる、と言う言葉そのものの愛撫を受け、その刺激で…思わず残りが放出されてしまい、幹はじわっ、と固さを伴ってしまう。 確かに数回放出したと言っていた通り、尿に独特の臭気はなく、色もほぼ、透明に近い。 プン、と鼻につくのは、むしろアルコール臭のみだ。 しかし、既にグショ濡れになっていた大石のスーツをぬるい液体が伝って行くのが信じられなくて、そして、たまらなくイヤで、身をよじっても、この男は離してくれない。 どころか、シャワーの流れの中で、大石の熱を某所にハッキリと感じ、目を見開けば、耳元に甘い囁きが落とされた。 「ホントは違うモン出してほしかったんだけどよ…まぁ…酒抜くのが先だったかんな…。メロメロんなってっと、こーやって野郎がションベン出すの見てもコーフンするもんだな……っとによ、おまー、シンよ、どんだけオレ様が今までガマンしてやってたと思ってんだ、おら。酒井バカなんか林とくっつけてやってる場合かってんだよ…この、バカたれの鈍チン。おれぁ、今回ほど情けなかったこたぁねぇぜ、おら。泣いても叫んでも、もう、待ったなしだぜ、シン。愛してるっつってんのよ? 聞いてんの?」 じん、と耳の奥が痺れる。 まさか。 夢だろうか。 こんな、告白じみた事を…しかもこんなとんでもないシチュエーションで言われるものだろうか? まぁ、夢なら、あの大石のことだからこれくらいはやるだろうと思うが…しかし、夢を見ているにしても、ワイセツな上に尾篭極まりない。 そんなに…欲求不満なんだろうか、と思い、思わずそれが口に出ていたようだ。 「ふん、タマってんなら丁度いい、夢じゃないってわからしたらぁな…」 聞こえるや否や、既に着衣をむしり取られていた上に、胸にきゅっ、と痛烈な刺激が走る。 この痛みは。 夢…ではないかもしれない。 抵抗しても。 抗っても。 体温が…嗅ぎなれた彼の臭いと、声が。 僅かに残ったアルコールも手伝ってか、脳髄をとろかすように、青山をグダグダにしてしまう。 汚い、と半べそで泣けば、ボディーソープをボトル半分もかけられ、これでよかろう、と洗い流され。 挙げ句、ハナから用意されたと思しい潤滑剤をしこたま局部に塗り込められ、口の中をまるで獣が食らうようにしゃぶり、なぶり尽くされて。 それでも、抵抗をすれば、局部に…あろうことか、潤滑剤を散々入れられ、腹を押してバスタブに腰掛けさせて、逆流するものに色がつかないのを確認させられ。 挙げ句、数年振りになる後部をこれでもか、と言うほどにほぐされ、散々に中の襞まで、指で割り開いて嘗め回され、ソレだけで、射精を幾度も繰り返し。 弱い胸は、既に痛みが快楽に直結するほどまでに弄り倒された。 胸だけで射精をさせられるほど追い詰められて。 とうとう…せがむ形で強請らされた後部に彼を受け入れ…なのに、既に薄くなった精液を漏らす先端を意地悪く指でえぐるようにしながら、塞がれて。 それでもイケずに、ダラダラと精液を零すうちに、今まで知らなかった感覚を。 目覚めさせしまった。 後ろだけで、イッてしまう。 分身はくたり、と萎えてしまい。 しかし、後部の刺激が…オルガズムが訪れ、イキッ放しになってしまうのだ。 何度も何度も波のように繰り返す激しい感覚に悲鳴をあげようにも、もう、声すら出ず、けれども…抉られ、擦られ、こね回される事によって得られる快感は凄まじく。 知らず、尻を自ら何度もこすりつけ…内側の粘膜は、大石の分身をなめずるようにして絡み付き、大きく、長く、太い彼自身を味わい続け…奥に熱い液体を出されるたびに、喉奥と脳の髄から何かが溶け出すような感覚を、ハッキリと快楽と認知し。 …ひたすら、彼の分身に突かれ、抉られ、彼の欲望を奥に叩きつけ、粘膜に擦り込まれるのが…歓喜に変わり、卑猥なほどに求め合い…。 全身、神経のカタマリのようになって、溶かされるように感じてしまった。 同時に、身体の奥に、溶岩のように渦巻いて止まない、淫靡な核を自認してしまった。 荒い息と低い声、囁かれるいやらしい欲求に喜びを感じ、求めさせられて、ねだる事を躊躇わず。 浴室からからみ合うようにして何時の間にか入った寝室中に響き渡る粘性の音と、肉と肉がぶつかる音に…酔いしれて。 とうとう、声すら出なくなって。 そして…耳の奥に欲しくて堪らなかった甘い言葉や、卑猥なセリフを求める囁きがずっと注ぎ続けられ…時間の感覚なぞ、もう、とうになくなってしまう。 林も…こんなふうに…酒井に…したんだろうか。 酒井もこんなにイヤらしく、独占欲と愛と言う名の中に共存する、狂気で…林を犯し抜いたのだろうか。 林のあの赤い潤んだ瞳は、この悦楽を、酒井によって開花され、あの華奢な腰を振って、いやらしく彼を欲しがった証拠なんだろうか。 あれほど、清楚で潔癖に見える林が。 人前でも、舌を絡ませるほどのキスをせずにはいられないくらい…むしろ、見られてしまう事に悦楽の前戯を感じるほど。 酒井に。 溺れてしまっているのだろうか。 今なら、その気持ちが解らなくは…ない…。 そう思う事で、身が震えるほどに、感じ、興奮し、自ら…求めるのを益々煽り立ててしまい。 もっとして、やめないで、手加減しないで、と、とうとう泣き叫ぶに至った時には、流石の大石もわずかながら、たじろぎを見せた。 その感情のゆらめきすら、青山を冷静にはしなかった。 浮かされたように彼を求める青山の入り口が、大石の身体を、心底欲して蠢くのを見た途端、彼の回路も焼ききれたように、青山を求め、抉り、思う様、啜り尽くし。 ……最後に、大石に求められた言葉を、何の躊躇いもなく。 口に。 してしまうほどに…求められるのが酷く嬉しかった。 愛してるから、放さないでと。 そして、自ら、尻の奥をわり開き、絶叫するように、お願いだから、ずっと、ココだけ犯して…ヨソでは出さないで、ずっと側にいて、ココだけにして…欲しかったらどこででも、いつしてもいいから、一杯出していいから、お願い、と。 まるでポルノ俳優のようなセリフを、絞り出すように叫んで…与えられた快楽を貪り尽くし…とうとう、ソコで記憶が…すっぱり、と、途絶えた。 どうやら、トンでしまったようだ。 それでも、やめないで…ずっとして…もっとして…と。 うわごとを呟きながら大石の頬を包み込み、口付けて、泣きながら、腰をくねらせて…社長、好き…大好き…そう啜り泣きながら囁くと、とうとう、彼を受け入れたまま、ぷっつり、と青山は、本格的に失神した。 目覚めた時、不思議と痛みも痺れもなかった。 どころか。 大石の分身はまだ挿入されたままの…状態だったのだ。 タフな彼も流石にバテたのか、軽い寝息を立てて青山の横で眠っている。 アルコールとは違う匂いの立ち込めるベッドの中で…それでも、大石の汗の匂いと体温に、ほっ…とする自分がいた。 吐息をもらした衝動で、甘く後部が引き締まる。 「……っん…あ…ふ…だめ……だめだ、こんな…」 呆れたことに、まだ、彼を求めようとする自分の身体に言い聞かせるようにして少しずつ大石から抜け出そうとした途端。 「こら。勝手に抜くな」 掠れた声で呟かれ、ズン、と再び奥まで突きこまれた。 衝動と重み、そして僅かに戻る大石の固さと、再び始まった緩い振動を感じた途端。 「あ…んっ! あっだめ…会社…行かないと…ねぇ…あっ! あっ、んっああっ!」 「もう一回してから…な? シン」 甘えるような声で囁かれて耳をがぶり、と噛まれると、もう、青山の瞼の奥は赤く染まってしまう。 「はぁっ…っ、あっ…ああ…あっ、いっ…そこ…やぁぁぁっ、いいっ、いっく…あーーっ!」 散々放出されたもので微妙な具合にぬるむ後部がまるで男を受け入れる女の性器のようにとろけ、突きこまれた雄に絡みつき、ぐいぐいと締め付ける。 「まぁな…こんな調子だとお前の心配ももっともだけどもな…うっ、う、シン…そんなうっ…い…くって…くぁっ…たまんねー…こんなん俺も初めてか…もっ」 もういっぺん、が、一時間延長となるのはアッと言う間で…それでも互いに一息つけた頃合に漸く身体が離れた。 「…なぁ。お前、こんななって一緒にいらんねーつぅけどよ。逆に一緒にいらんなくなると俺がヘンになっちまいそうだ。俺ぁ欲張りだからよ。仕事も愛も…トーゼンこゆ時間も欲しいワケよ。でもお前の心配も尤もだとは思うワケ。俺も下半身の制御にゃ自信ねぇ。でもよ。二人で住んじまって世間様に公表しちまやそれも別にワケねぇこったろ。それで仕事が減るような会社は俺ぁ、作ってきてねって思ってる。言葉ぁわりぃが、嫁にきてくれっつのは。そゆ意味なんだよ。そらぁ人間の気持ちとかは不動のもんじゃぁねぇ。動くからこその人の心なんだけどよ。俺ぁお前が丸ごと欲しいし…ここまで強烈に誰かにこんな感情覚えたこともねぇ」 ゆっくりと髪を愛撫しながら大石が呟くのに、青山は身を委ねながら彼の体温を感じていた。 彼のこの熱い体の熱が沁みるように。 言葉が信じられたらいいのに、と思う。 「ダメになった時の事を考えると、私は…怖くて仕方がありません。嬉しいのに、怖い」 大石の瞳は、いつものように柔らかい。 「でも…あなたの側を離れたくもないのは本当です。下半身に自信がないのは私も一緒です。それ、乗り越えられるんでしょうか? 乗り越えたら醒めちゃわないですか? それが怖いんです…人の性愛と気持ちの一致は三年が限度って説は。確かに正しいのかもしれませんけど…子供の産める男女ですら、そうなんですよ?」 一気に話して。 そうして。 怖くなる。 一体自分は大石に何を求めるんだと。 永久不変の気持ちを求めているんじゃないか。 そんなの…傲慢だ…。 冷や水を浴びせられたように気付く…いつものこの絶望感。 だから。 あの人の言葉を受け入れてしまったのだ。 自分も納得したハズなのにどこか被害者意識が棄てきれなくて。 そんな自己嫌悪をダレにも知られたくない。ましてや、押し付ける事なんか出来るわけが無い。 「幾らだって欲しいなら言えよ。求めろよ。応えられる限りの努力はするつもりだぜ? それ言うならお前が俺に飽きる事、俺が恐れてないとでも思うか?」 見た事もないような、優しい目で、自分を見つめるこの人を。 ……確かに呆れる事も多いのだが…それに勝る地熱のようなぬくみと、恐ろしいほどになるくらいの包容力に。 甘えていいのだろうか。 「俺ぁ…自分の気持ちの将来ってな、正直わからん。でも、今目の前にいるお前すら引き止めらんねぇなら…多分一生結婚とか、伴侶持つってこたぁ、叶わんだろうと思うな」 「…そんな事、誰にでもきっと言ってる…」 性の悪い言葉ばかりが、青山の口をついて出る。 「言ったこた、ねぇぞ。女にもねぇ。男なんざ、あるわけねぇだろうがよ…確かに俺ぁ助平だな。節操もねぇ。それは認めるけど、こんな愛してるなんて言葉とかぁ…ざらざら言えるタチだと思うか? 俺と半年一緒に仕事しててお前、そう思う? 仕事とプライベートの切り分けなんか出来るタイプならおめぇ、早乙女なんかウチの会社に呼ぶと思うか? …そっか。思えばお前のタイプはアイツか。やっぱアイツのがいいわけか?」 珍しい事を言う、と思いながらも青山は大石をどうしても責める言葉ばかり出してしまう。 嫌われたくないのに。 離れたいわけじゃないのに。 それなのに、恐れだけが先に立つ。 「言っときますけど、あなたのその口の上手さにお得意様も全員財布の紐を緩めてらっしゃるんですよ? あの酒井くんすら顔負けで人を散々誑し込んで…愛してるなんて、しょっちゅう仰るし、私以外にだってキスだのなんだの男性女性構わずなさってるじゃないですか。私の目の前で。そのくせ、誰かれには本心は滅多にお見せにならなくて。そんな人の言う事……」 あまりに女々しい言葉だと思いながら、口は止まらない。 「いやその…そりゃ営業トークつーか…まぁ確かに俺は人を嫌いになる事が滅多にゃないけど…惚れっぽいし…でもよ。ヨメに来いとまで言ったのはマジでお前が初めて。コレは早乙女に聞いても本当だっつうの」 「セックスも出来る家政婦が欲しいなら貴方なら甲斐性がお有りですから幾らでも候補は…」 「違うっての、おい、シン、待て、こら! ナニ一人がさっさとスーツなんか着やがって!」 大石の言葉通りである。 会話はベッドで繰り広げられていたのでなく。 シャワーを浴びながら、髪を乾かしながら。 青山の身支度を大石が追いかける形で横に寄り添いながら。 オマケに、大石の着替えも準備しながら、繰り広げられていたのだ。 「待てもクソも。そろそろ出社しなきゃ、もう14時じゃないですか。そろそろ社長も着替えて下さい」 「こら、待て、シン、お前って奴ァ……くそ…! 惚れてメロメロなのは俺だけかよ、っとに…」 憤りに任せながらちゃっかり自分もシャワーを浴び、髪を乾かすだけに身の整った大石が憤懣やるかたない表情でスラックスに足を突っ込んだ時だった。 「私も、惚れてメロメロですよ。だから。浮気なさろうと。下品な事をなさろうと。あなたはあなたでいらして下さい。私は私で自分の調整はします。ただ私があなたに飽きるまでは、側にいますから。離れませんから。どんな手段を使ってでも。そして仕事に支障のない範囲で下半身もスケジュール管理は私自身に合わせて頂きます。私もそう決めました。こうなったら、シツコイですよ。イヤだって仰っても離れません。覚悟なさって下さいね」 ……青山なりに。 出した結論だった。 その場で性懲りなく押し倒そうとする大石をさらさらと流し、会社へと車を走らせる青山の腰はガクガクしていたのだが。 それとは反し、胸の奥の支えが、ポッポと熱くなるような。 そんな充足感を覚えていた。 ……後日憚によれば。 株式会社OBMは上場二部企業に成長し。 大石宅には、真、と言う養子が入籍し。 それを大石の母も大変祝福して迎え入れた時に、又もや事件が発生した。 そして大石の父とは腹違いの母の息子が大石宅に新たに入籍したのが1年後。 その息子が既に結婚と離婚をし、小さな娘まで引き取って育てていたのが解ったのである。 大石曰くは 「…そーいやガキん時にオカンが1年ぐらい家出しちまったことがあったけど…あの時に産んだのかもなぁ…。オトンは婿養子なんだけど、このオカンちゅうのがオレのオカンだけあってまぁ…なぁ…」 との事で。 「これで跡取問題はこの子がレズビアンでも無い限りは安心でしょう?」 とても60歳には見えない、大石に良く似た派手やかな美貌の女会長は、28歳の愛人と25歳の苦労人の息子を側に置いて堂々と言ってのけたと言うのだから天晴れだ。 流石に大石もコレには大変驚いたようだが…割り切りは早く、義理の弟とも持ち前のサバサバとした性格で馴染み。 大石の義弟にしては義理堅くマジメな彼が、経理部に入社して早乙女の右腕としての手腕を発揮するのはまた後の事。 一方、問題を起こした酒井と林は。 特に林は皆に惜しまれつつ、大阪の株式会社酒井興業へと言うシナリオを、早乙女と萩は用意していたのだが。 大阪の酒井社長より、あと10年ほど預かってくれ、と頼み込まれ、そして酒井も帰省の意志をあまり見せず。 営業部のエースとして相変わらずの関西弁で客を篭絡している模様である。 林はと言えば、営業事務に通暁しながらも、現場の管理も出来るツワモノとして、専務の萩にしごかれつつ。 日々を送っているようだ。 −−−−さて。 大団円を尻目に、ココで一人、ボヤいている男がいる。 EXCELとACCESSの両ウィンドウをマトモに見もせず入力しているにも関わらず、その数字は全てミスフィードを行わない。 もう一台のサブノートでは、目下動きの激しい東京証券取引市場のチャートが出ている。 証券会社にコールしようとビジネスホンに手を伸ばしかけては引っ込めて、を繰り返している内にボヤキが出たようだ。 「…ったく、どいつもこいつも男同士だ離婚だ入籍だナンダと言いながら結局ハッピーエンドじゃないか。全員の尻始末してんのは俺なんだぞ? この、俺が尻始末だけなんだぞ? ご褒美があってしかるべきじゃないか…萩くんにご褒美が……ああ…萩くん…あ、止まったな、模様眺めかな今日は……」 ブツブツと文句を垂れていれば、乱暴に戸を開けて血相を変えて駆け込んできたのは専務の萩である。 「早乙女課長!」 「はっ、はいっ? 何だろう? 萩くんっ!」 クールな男として通っているハズの早乙女の目尻が下に垂れ下がる。 「いい加減にあの酒井・林バカップルに会議室をそう言う目的に使用しないように仰って下さい! っとに、社長は社長で会社を使わないのはいいけど、こないだは駐車場で…っご近所からの報告も発生してるんです! 気がついたら止めてくれたらいいのに、物好きな奥様で、一部始終をご覧になってたらしいんですよ…お宅の社長さんたちって凄いのねって言うからまた僕は珍しく褒められるようなことでもしたのかと思ったら…。 っとに、どうなってんですか、この会社の風紀はっ! 倫理はっ! 結果オーライそのものの会社はもう脱却して欲しいんです、僕は!」 「まぁまぁ萩くん…そう怒らないで…ね? だから僕たちだけでもね、こう、ある程度風紀に抵触しない程度でいいから…ね? その…ね? 萩くん?」 「会議室管理をしましょう! 鍵の管理を僕がします。予約制でないと入れないようにしましょう! そして駐車場はあの無駄なブロック塀を撤去してスモークガラスを社用車から撤去しましょう。皆様の視線に駐車場の内容が見えるようにしてしまいましょう! せめてそれぐらいは…ねぇ、早乙女課長…」 「う? うん、うん、そう、そうね、ははは…ねぇ…」 「僕は別に社員が同性愛者だろうが異性愛者だろうがどうでもいいんです。でも、ココは職場です。秩序のないのは許せません! 恋人同士で会社勤務するのも結構。しかし、人目構わず仕事中でも盛りたいときにその場で盛るのでは動物そのものではないですか! あんなものは夜…だけでちゃんとしかるべき場所で適宜でいいと思うんですよ…ねぇ…? 早乙女課長?」 「…………。そう…かなぁ…? くそ…何でオレだけ…大石の昼行灯ですらあんなに…ラブラブイチャイチャなのに…」 「何か仰いましたか? 課長? 予算が難しかったでしょうか? それともわが社の株に何か不審でも? それとも今日の取引でまさかスッたんじゃ……?」 横須賀の某所。 皆が元気溌剌と働く鰍nBMのビルの中。 外の抜けるような晴天にも関わらず。 早乙女の心だけは、朝からどうやら雲行きがアヤシイ模様である。
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