仕掛ければその仕掛けに見合った範囲の結果が出る。その結果に沿って、新しい計画を立てれば、また予想の範囲に結果は収まる。
 だから私は、何かを始める時、はるか遠くにある結末も自ずと予想の範囲に収まると考えてきた。
 百発百中のインチキ預言者や占い師の話ではない。物事には必然がある。私は百五十歳まで生きられない。99.9%。その程度の予想を、よく考えて絞り込めば、もっと計算に沿った行動がとれ、限られた範囲の望ましい結果が生まれるのだ。
 だが私には、そんな計算が人生のあらゆる局面で通じるという、驕った過ちがあったようだ。
 そもそも、私は人を愛せない人間だと自覚してきたのだ。
 だが愛は私を裏切る。私は私自身のことすら、全くわかっていなかった。幸一のことなど理解しきれるはずもなかった。
 私が愛を知る時、エンディングは残酷な悲劇しかあり得ない。私はその結末を待望しているのか、否、これにも計算違いを求めているのか。ほとんどのことを冷徹に迷いなく選んできた私が、揺れている。

 今私には私がわからない。もしかしたら幸一の方が、私を知っているのかもしれない。それでも彼は私からはなれない――

 


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