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日曜の朝、私はいつもと変わらぬ午前七時に、目覚ましが鳴る直前に目覚め、鳴り始めたブザーを止めた。独り者で、勤め人でないがゆえにいかなる不規則な生活も誰も咎めない自由な暮らしではあるが、それ故にこそ、起きる時間だけは休日も定時とする習慣だ。寝る方は仕事の調子で全く変わるが、睡眠が三時間になろうと十時間になろうと、午前七時起床は、変えない。私の午前七時起床は、体内時計に刻まれている。
今日幸一は来るだろうか。幸い、日曜だ。世間も学校もゴールデンウィークの連休に入っている。早く来てくれればそれだけ長く彼を拘束できる。拘束と言っても、何も強要しない。彼がここにいたいと感じるように仕組むのだ。私と私の部屋で過ごしたいと思うように、仕向けるのだ。鉄は熱いうちに打て、という。今日来てくれれば、昨日の伏線を引き継げる。
チャイムが鳴ったのは午前十時過ぎ。幸一だ! 私はドアスコープをのぞき、わざわざズボンのボタンをはずして、着衣を少し乱す。もちろんいきなり襲いかかろうなどという算段ではない。
二度目のチャイムをやり過ごした。視界の悪いスコープごしにも、幸一がわかりやすい仕草と表情でひどく落胆しているのが窺えた。あきらめきれない様子で、少しだけその場に立っていた幸一が姿勢を変えたタイミングで、私はドアを開けた。私と幸一の目が合った時、ぱっとわかりやすいよろこびの表情が彼の顔に拡がった。本来、こんな子供らしい、いやむしろ年齢よりも幼いほどの人懐っこさと甘えん坊の顔を、彼は持っている。しかしそれをたぶん彼を取り巻く大人の誰もが知らない。とくにあの愚かしそうな両親は。
「ごめんごめん。ちょうどトイレだったんだよ。さあ入りなさい」
私の猿芝居は、幸一をじらすためと、もう一つは大慌てで彼を迎えるアクションが伝えてくれるであろう彼への親愛を目一杯伝えるためのものだ。
ズボンを直す私に、幸一はぼそぼそ声で謝ったが、昨日ほどおどおどしてはいない。私に手を引かれて、引っぱられるようではなく自分の意思で、彼はリビングに入った。
幸一をこたつのそばの座布団に座らせて、
「ごめんね、ちょっと仕事の続き、あるから待ってて。机にそのマンガの続き、五冊出してある。それ読んでもいいし、好きなゲームしててもいいよ」
などと言って、彼をわざとがっかりさせた。すぐに幸一の表情はしゅんと曇ってしまう。このわかりやすさ。
「おじさん、お仕事だったら僕……」
「いいからいいから。すぐ終わるよ。いつでもいい仕事だけど、キリが悪いだけなんだ」
と腰を浮かせる幸一の肩を、私はちょっと強めに押して座り直させた。
私は幸一に背を向けてパソコンに向かう。実のところ仕事がないわけではないが、何も日曜の今やる必要などなかった。彼をできるだけ楽しませて、いつまでも帰りたくないとか、何度でも来たい場所に、ここを仕立てる。そのためのじらしだ。
幸一は音がうるさいだろうと気を遣ったか、一人では面白くないのか、ゲームには手を伸ばさず、黙々とマンガを読み進めていて、それなりに集中していた。 私は時々、「間違った」などと白々しい独り言をもらして、幸一の注意を引いた。もう仕事終わったかな、などと思わせるためだ。
間が持たなくなった私は、三十分ほどで「よし!」と膝を叩いて立ち上がった。幸一は読みかけのマンガを伏せ、私を見上げた。
「幸一、今日のお昼ご飯は? もうお母さん、作ってるかな?」
幸一は首を振った。読み通りだ。昼に呼び戻されるなら、こんな半端な時間に遊びには来ない。本当に彼が、本だけ返してさっと戻る気だったなら別だが。
「あれれ、お母さんはお出かけかな? じゃあお昼、どうするつもりだったんだい?」
私のお芝居がかったセリフに、幸一はうつむいて、なかなか返事は返ってこなかった。
「今日はどこかで、お弁当買って、食べようかな、って……」
せめて何か作り置きでもしておいてやればいいものを。やはりろくでもない母親だ。だが私の計画には好都合だった。
「じゃ、うちで食べればいい」
幸一は「えっ」と声を出して、弾かれたみたいに頭を上げて私をじっと見つめる。
「作るのは手伝ってもらうよ。だから気を遣わなくていい。そんないいもんじゃないしね」
すでに断るという選択肢を、私は与えていない。私はにこやかに強要する。幸一はまたうつむいて、ぼそぼそ声で、
「料理って、僕、できないから……」
と言う。その言葉にかぶせて、私は早口でさらに畳みかけた。
「料理ってほどのもんじゃないよ。冷蔵庫に残ってる野菜と焼き豚とご飯で、チャーハンかな。あとは昨日の残りのみそ汁。おじさんの言う通り手伝ってくれればいいだけだよ、まず手、洗おうか」
何一つ表向きには強要せず、しかし実際は私を全面否認しなくては全てに従わざるを得ないような、私の手練手管だ。幸一はもちろん、私を受け入れる選択をした。
幸一と私は手を洗い、私は幸一にオレンジ色のエプロンをさせた。以前のある子のように、いずれ彼にも素肌に直接身につけさせたいが、もちろん今日それは性急すぎる。私はなめるように上から下まで彼を見て、似合う似合う、と声をかけてやると、幸一は色白の肌を耳まで赤くした。その素直な反応が愛らしかった。
私は幸一はあまり器用でもないと見て取ったし、言うとおり料理の経験も乏しいようだったが、様子を見ながら包丁も使わせて、二人協業での料理を演出した。豚肉を刻ませ、野菜のみじん切りは私が担当する。卵を割ってかき混ぜさせる。一つ一つのことを少し大げさにほめてやると、素直なはにかみと微笑みが額に汗のにじんだ顔に浮かんだ。人見知りも、冷めた感じも、仮面だった。彼は甘えられる対象を、強く求め続けていた。部分的には、歳よりずっと幼かった。そんな子が私などに出会ってしまうとはな。
私は独り暮らしの長さそれなりに、簡単な料理には手慣れている。普段より少し格好をつけて、フライパンを返して飯を炒めた。幸一は私の期待通りの感心した目で、そんな私の姿を見つめた。香ばしい匂いが部屋に拡がった。
出来上がったチャーハンとみそ汁を、こたつに座って二人で食べた。上出来だ。私にはもちろん下心というか悪意があるが、長い独り暮らしの中こんな愛らしい少年と二人で食卓を囲むことへの純粋な幸福感もある。私は性急になり、幸一が自ら言い出す前に、「どう、味は?」などと訊いてしまう。私にして、いわゆるテンションが少々上がっていた。幸一の返事はすぐに返ってきた。「すごくおいしい!」という幸一の早口の言葉は、これまで聞いた中で一番元気だったかもしれない。「よかった。幸一いい顔になってるよ」と私は作り笑顔でない笑顔で言い、彼の頭を撫でてやった。もう敬遠しない。自ら頭を差しだすような仕草すら見えた。
片づけも洗いものも二人で共同作業だ。こういうのが二人の距離を近づける。話したり遊んだりが全てではない。幸一はまた額に汗をにじませ一生懸命で、楽しそうに見えた。
それらが終わると、私は幸一にパソコンを触らせてやると言って、リビングの座卓のパソコンの前に丸い大きなクッションを置き、そこに座らせた。私は彼の後ろに陣取り、からだを密着させて腕を回し抱いてやる。四年生の男の子にするには、やや「子供扱い」の振る舞いだが、幸一はたぶん受け入れると私は読んでいた。あの両親は幸一を愛していない。あるいは世間並みに愛情はあるとしても、幼児期に十分なスキンシップを与えてこなかったのだろうと思う。
私には確信がある。科学的な裏付けはないが、一つの発達心理学的な命題について。
概ね人は、誰かの、絶対的な愛を求めている。自分が何をしようと、何を言おうと、ゆらぐことのない愛だ。こと幼子(おさなご)においては、それは必要不可欠のもので、これを得られなかった人間からは、大切な何かが喪われる。
天上天下唯我独尊。釈迦誕生時の伝説の言葉だが、胎児の宇宙は母親の胎内が全て。この世に生まれ落ちたばかりの時は、母親と自分の空間が全てだ。そこでの絶対的庇護の欠如は、自身と人間社会への信頼を揺らがせる。
もちろん孤児がみんな歪んだ人格になるというのではない。人はその「欠落」を何かで埋めようとし、多くは不完全ながらも埋めることができる。ある程度長じても「甘えん坊」であるといようなことも、代償作用の一つだ。ただし、うまく隙間を埋めることができる場合が多いとしても、そこに隙間があることは疑いがない。
幸一はわずかな抵抗も見せず、私に身を任せていた。私は彼を抱きながら、インターネットの使い方を教えたり、無料のゲームで遊ばせてやったりした。流行りの動画共有サイトで、アップされたアニメ番組を見せてやったりもした。これは効果てきめんで、どうも家ではテレビも自由に見られないらしい幸一を魅了した。「本当は法律違反なんだけどね」と私は笑いながら次々に番組を再生する。幸一、罪を共有しよう、ということだ。もっとも視聴するだけならグレーゾーンなのだが。
私は途中からあぐらになり、幸一を膝の上に乗せて抱いた。小四にしてはちょっと大柄、わずかに肉のついた彼のからだはそれなりに重く、柔らかで抱きしめると心地よい。私は右手を動かし、幸一のからだのあちこちを撫で、さすった。頭、頬、太もも、腹部……幸一は「パソコンに夢中である」というのを免罪符に、幼児やペットになすような私の行為を流されて受け入れた。私の手のひらには温もりがある。「こころが冷たい人は手が温かい」などというのは俗説に過ぎないが、私の場合は、どうか。私の触る手、揉む手に、からだの力を抜き、されるがまま、というより、本当に仔犬のようにうっとりとして身を委ねる幸一。
この感じなら次の一線を今日にも越えられるか。そこは慎重でなくてはならないが、ある意味幸一はすでにかたくなな日常の厚い殻を脱ぎ捨てて、私には甘えん坊の姿を見せていい、見せたい、という選択をしていた。「ここだけで許されること」「秘密」の一線を、越えても彼は受け入れるかもしれない。今、彼は幸せそうだ。
私は幸一の半ズボンの、性器のあたりに右手を置いて止めた。左手は太ももの素肌をさすった。右手でぽんぽんと拍子を取るように、性器に刺激を与える。禁断の行為だ。受け入れるか決めるのは幸一でなくてはならない。強姦も悪くはないし、この状況では可能だ。幸一は誰にも訴えられまい。だが、これから当分隣人である幸一には、自ら受け入れさせてこそ先の愉しみがひらける。
幸一は性器の上での私の手の動きに、ごくりと唾を飲んで少し身を固くした。それから首をひねって私の顔を下方からちらっと見た。私は微笑みでもってこたえてやる。あながち作った微笑みではないが、私の方もここは緊張と興奮が高まるところで、幸一が気づいていたかどうかわからないが、彼の尻の下で私の性器もかたく大きくなりつつあった。
幸一はまた形だけパソコンの画面を見ながら、からだの力を抜いて私に身を委ねた。幸一は禁断の行為を受け入れることを選んだ。私は右手を幸一のむき出しの太ももと太ももの間に入れ、ズボンの上から性器を軽く握ってやる。手をゆるめ、また握る。それを繰り返す。幸一はもうマウスから手を離し、その手を私の悪さする腕に乗せて、視線はじっとパソコンのモニタの方だ。
ペニスのかたさが増してきた。それが手指を通じてはっきりわかると、そのかたくなったペニスをきゅっとつまんで、揉んだ。幸一の鼻から漏れる息は荒い。濡れているだろうか。それは脱がしてみないとわからない。でも今日はそこまではやらない。これはスタートラインなのだ。幸一は今幼児のように私に身を委ねてはいるが、年相応かそれ以上の知能はある。これが誰にも言えない行為であることは理解しているだろう。理解しつつ、彼は自分の判断で一線を踏み越え、私を受け入れたのだ。私と秘密を共有することを選んだのだ。
精通を迎えていないであろう彼は、射精によって「イク」ことはない。私は幸一の「うっとり感」に微妙な疲労が混じってくる頃をもって性器から手を離し、また彼を優しく、赤ん坊にするように抱いてやった。彼はそうされることを期待していたように思われた。